第3話 『Sweet Happy Destiny』
重たい扉を開けて外に出ると、目の前にところどころ崩れた石造りの階段があった。人1人通れるくらいの幅しかない。その横には看板があって、右に行けば住居、左に行けば医務室、図書室、その他施設があると表記されていた。こんな場所、ゲームに出てきた記憶がない。首をかしげていると、後ろを歩くお仲間に小突かれた。早く行けってことね。身にまとった黒装束を踏まないように、裾を持ち上げる。なんだかコレ、魔法使いのローブみたい。杖やら魔導書やら、この辺の内ポケットにしまってないのかしら。もぞもぞと手を動かしていると、また小突かれた。
「S01番、どうかしたのか」
「いえ、なんでも!」
お仲間に虐げられています、とは言えず。慌てて男性の後を追う。数分歩いたのち、医務室前で彼は足を止めた。ノックをすると、中から色っぽいお姉さんの声が返ってくる。絶対美女だ。ヒロインとはまた違うタイプの。ワクワクしながらドアに手をかけると、こちらが開けるより先に開いた。飛び出してきたのは、どえらい美女。私のようなちんちくりん寸胴モブには目もくれず、真っ先に男性に飛びついた。
「会いたかったわ、イザク!」
「俺もだよ、ドクター・シシス!」
2人はひっしと抱き合うと、およよよと泣き出した。何が何だか分からず、後ろを振り向く。小突かれるかと思ったが、お仲間の2人もヤレヤレと両手をあげた。どうやらいつものことらしい。
「それで、どうしたの。こんな真夜中に」
「もちろんキミに会いに」
「まあ!」
ひっしと抱き合う②。この2人、一会話ごとに抱き合わなきゃ気が済まないご様子。話が一向に進まない。私のこと、診てもらいにきたんじゃないの? 入り口で立っていても埒が明かない。抱き合う2人の横をするりとすり抜けて、中のソファーに腰かける。お仲間も私の両隣りに座る。なんか可愛いかも。ツンデレ妹って感じ。ニヤッと笑うと、左右から小突かれる。どうして! これ以上やられると、脇腹やら背中やらに穴が開いちゃいそう。おとなしく座っているが吉。いちゃつき、チューまで始めた美男美女を眺めながら、改めて『Sweet Happy Destiny』の内容を思い返すことにした。
ヒロインはふんわりのんびりしたお嬢様、アリアネル。これはデフォルト名で、変更可能。私は自分の名前、のえみをちょこっと変えて、ノエミールでプレイした。彼女は名門リコゼット学園に通いながら、個性豊かな5人の王子たちと甘くて幸せで運命的な恋に落ちる……というストーリー。共通イベントを見終えると選択肢が出て、そこから各キャラとの恋に分岐していく。私は筋肉ムキムキのセオドリク王子からプレイ。こちらの殿方、おすすめです。ぜひ!
さて、そんな『Sweet Happy Destiny』。乙女ゲーム界隈での評価はというと、なかなか厳しかった。バッドエンディングがない点、王子たちの好感度が『普通』より下がらない点などがチョロすぎると言われ、乙女ゲーム唯一、『攻略本がいらない』と話題になった。フラグが途中で折れることも、三角関係でケンカになることも、ラストでヒロインor王子が死ぬこともない。私はそこが大好きで、何周もプレイした。クリア後に追加されるモーション付きスチルも、番外編の彼目線ノベルも全部見た。最高でした。世間の評価がどうであれ、『Sweet Happy Destiny』は私の人生を輝かせてくれた。
「その世界に、今いるんだよね」
ぽつりと呟く。実感がわかない。わくことなんてあるんだろうか。まだ夢の中にいる気分で、どこかふわふわしている。階段から落ちたところをテレビ局の人たちにさらわれて、『あまりに大掛かりなセットの中でなら、誰もが転生したと思い込む』みたいなドッキリをかけられている可能性の方が高く感じる。どれくらいボーッとしていたのか、ふいに我に返って顔を上げる。さっきまでイチャコラしていた2人とは思えない、真面目な顔の男女が私を見ていた。
「どうだ、何か分かるか」
「うーん、特に変わった感じはしないわ。……記憶を失っていること以外は」
「そこが1番厄介だ。もうお上はコイツを身代わりにすると決めているし」
「レゾイア様には?」
「まだだ。これから説明に……」
大変そう、なんて他人事な感想しか出てこない。ゲームにはなかったし、こんなの。新キャラに新エピソード。もしかしてコレ、『Sweet Happy Destiny』は『Sweet Happy Destiny』でも、2の世界だったり? なんてね。
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