第9話
従来の外壁を第三防衛壁として、第二防衛壁との間には魔物大繁殖に備えてやってきた冒険者達が寝泊まりするための宿屋やテントを張るための広場を用意し、街からは出張鍛冶屋や飲食の屋台、ギルドの支部と素材買取所も作られた。
第二防衛壁から第一防衛壁の間には騎士団の詰め所と、森を望むための櫓を建てて常に警戒しながら、壁の外では騎士団と共に数名の冒険者が森の中を巡回している。
そして、私達は第一防衛壁に作られた門の門番をしている。
街を出て王都へ向かう人が増えるに連れて、冒険者を相手に商売をする商人や職人が増えるから、門での身分確認は衛兵隊から人員補充をして、冒険者を私達が、それ以外を衛兵隊に任せている。
この街に元々いた冒険者は百人前後で、今は二百人近くまで増えた。……それでもまだ心許ない。
「――次、ギルドカードの提示を」C級の三人パーティーで犯罪歴は無し。「
「ああ、善処しよう」
そう言ってくれる冒険者ばかりなら衛兵隊としてはどれだけありがたいことか。
「次――」
門を通った冒険者を見送って居直ると、目の前には膝を着いた金髪の冒険者がいた。
「お久し振りです、お嬢」
「あ~……す……スザク? で合ってたっけ?」
「そうです。不肖スザク、魔物大繫殖と聞きオルト領地のため馳せ参じました」
「ああ、うん。まぁ、とりあえずギルドカードいい?」
「はい、どうぞ」
本来であれば魔剣を手にした勇者だけの特権であるA級に踏み込んだ冒険者――魔剣を持たぬ異端のA級冒険者パーティーのリーダーであるスザク。思い出してきた。門番になって少し目立ってきた頃に、スカウトに来たのでもなくただ戦いと言ってきたから相手をしたんだった。それから何故か師匠と呼び始めたから、やめてと言ったらお嬢呼びに変わって一部で浸透してしまったのだった。
「……前は四人じゃなかった?」
「ええ。前は斥候がいなくて行く先々で助っ人を頼んでいたのですが、数か月前に新たに加入しました。腕はありますが新人ではあるでのバグとダンに指導させようと思っているのですが」
「あの二人なら今は森の中かな。昼過ぎには戻ってくるからその時に訊けばいいんじゃない?」
「わかりました。できればお嬢と手合わせしたいところですが――そんな状況でもないですね。決闘をしたとは聞きましたが」
「少し前だけどね」
「まだこの街に?」
「いや、一人は冒険者を辞めて王都に帰ったらしい。もう一人は残って魔物大繫殖に参加するみたいだから第二区画で探せばすぐ見つかるんじゃない?」
「なるほど、それなら――」
「おい、それくらいにしておけ」スザクよりも一回り大きい戦士がスザクの首根っこを掴んで持ち上げた。「悪いな、お嬢。久しぶり過ぎてテンション上がってるだけなんだ。とりあえず俺等はギルドに向かえばいいんだよな?」
「うん。第二区画にギルドの支部があるからそこで」
「わかった。行くぞ」
連れられていくスザクを見送って、その後を女の弓使いと男の魔法使いが追い、その後を付いていく一際小さな女の子が新しい斥候か。新人とはいえA級冒険者のパーティーに選ばれたってことは何か良いスキルでも持っているんだろうけど、スザクなら無理させることも無いか。
「次――」
冒険者全員が礼儀正しく並んで待っているわけじゃないけど、前にいたのがA級冒険者パーティーだと知っていれば喧嘩を吹っ掛ける者もいない。
魔物大繫殖に参加する冒険者のほとんどはお金が目的だ。ギルドからの特別手当や、位の高い魔物を倒した時に出る報奨金、それに加えて素材を売れば大金が手に入る。あとは名誉。魔物大繫殖で戦い生き残れば、そのあと王都ではしばらく持て囃される。
そういう欲は大切だ。生き残る糧になるし、だからこそ死ぬかもしれない戦いに参加する意思が生まれる。故に――スザク達のように欲も無く人民のために戦おうとする冒険者は珍しい。というか、ほぼいないに等しい。
日が傾きかけて並んでいる冒険者の数も減ってきた。
「ギルドカードを」
B級二人とC級一人、それにF級の荷物持ちが一人のパーティーか。迷宮に潜る冒険者パーティーは割と低級の荷物持ちを雇っているらしいけど、辺境にまで付いてくることはほとんどない。迷宮の中と違って、他人に気を配る余裕のない辺境は自らを守れない者には厳しい環境だ。で、こういう場合の手順も決められている。
「荷物持ちを連れている場合は確認しなきゃいけないことがあるんだけど、いい?」
パーティーによっては低級の冒険者を奴隷のように扱ったり契約で縛ったりしている可能性もあるから、その場合はギルドに報告する必要がある。
「ああ、別に構わない。だが、そもそもそいつは自分から雇ってくれって来たんだぞ?」
「だそうだけど?」
荷物を背負う私と同じくらい小柄な男の子に問い掛ければ、フードを下ろしたところに黒髪が現れた。
「その通りです。僕がここに向かう冒険者の方々に無理を言って荷物持ちとして参加させてもらいました」
嘘を吐いているようには見えない。無理やり連れてこられたのならそういう雰囲気を感じるだろうし、窺い見るような視線も無い。とはいえ、気掛かりはある。
「なるほど。じゃあ、F級というのは?」
「ああ、それはですね――」
「魔法が使えないんだとよ。じゃなけりゃあ黒髪の冒険者なんて引く手あまただろ」
髪の色はあくまでも体内の魔力保有量の指標であって、黒髪や茶髪だからといって必ずしも戦闘に役立つ魔法が使えるわけではない。そういう人は一定数いるし、冒険者にもいないことは無いと聞くけど……いち冒険者の事情にまで首を突っ込む権利はないか。
「……まぁ、問題なしかな。とはいえ、F級の扱いについては第二区画にあるギルドの支部で確認するように」
「ああ、わかった」
魔法の使えない黒髪のF級冒険者――それが事実かどうかはさて置き、普通の人は自分の体より三倍はある大荷物を苦も無く運ぶことは出来ないんだけどね。
それから何組かのパーティーを通し、並んでいる最後の冒険者の番が来た。いや、正確にはもっと前から並んでいたけど、あとから来る冒険者に次々と場所を譲って最後になった人だ。
「じゃあ、最後の人。ギルドカードを」
「いやぁ、こんな時間までごめんね~」
背を丸めているからわかりにくいけど二メートルは超えているであろう長身から見下ろしてくるのに圧迫感の無い珍しいタイプの女冒険者だけど――斥候なのに魔剣持ちの勇者でA級?
「あんまり詳しくないんだけど、A級って冒険者パーティーに付けられるものであって、魔剣持ちでも個人ではB級が最高位なんじゃない?」
「それで合ってはいる、かな。うちの場合は辺境渡りと同じで特例というか……元々はパーティーを組んでたんだけど、誰も付いてこれなくなっちゃってね~」
辺境渡りとはスザク達のことだろう。王都へ寄り付かず辺境から辺境を渡り歩いて魔物を討伐する変わり者の冒険者パーティーだが、確かな実力を持っている。少なくとも目の前の女冒険者にはパーティー一つ分の実力があるということなんだろう。
ローブの隙間から見えるのは腰に差した短剣――いや、双剣かな。二振りの魔剣に、斥候の勇者に、単独でのA級。どれをとっても異端だけど、背の大きさとは裏腹に柔らかい雰囲気を持っているから強さを感じにくい。まぁ、悪人ではないか。
「わかった。とりあえずは問題なし。第二区画にギルド支部があるからまずはそこへ行ってもらって」
「は~い。あ、ちなみに甘い物ってあるかな?」
「どうかな……冒険者はお酒と肉が好物だし、あってもハチミツ酒くらいじゃない?」
「ハチミツ酒かぁ……」
甘いには甘いけどお酒だから割と好き嫌いは分かれる。
「あ、じゃあこれを」ポケットから取り出した小袋を投げれば丁寧に受け取った。「ちょっと硬めだけど甘いクッキーが入ってる。明日になれば街の中で買えるだろうから今日はそれで我慢して」
「いいの? やったー! ありがとう!」
門番の仕事は眠気との戦いでもあるから顎を使って目を覚ますために普段から硬めのクッキーを持ち歩いているんだけど、今日は間食する暇も無いほど忙しかったから残っていてよかった。
夜勤と交代して、私は街へと戻る。日が落ちたら外側から街の中には入れなくなるから急ごう。本格的な
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます