第10話

 魔物大繫殖スタンピードには段階がある。


 第一波では普段よりも強い魔物が森の中を闊歩し始める。それの対処をするために騎士団や冒険者が見回りを強化していた。可能な限り数を減らしておかないと、その後の戦闘で不意打ちされる可能性があるからだ。


 そして第二波では特定の魔物の大群が押し寄せてくる。過去にはコボルトの大群やリザードマンの大群があったらしい。少し前にあったのもオークの大群ではあるけれど、魔物大繫殖で黒森からとなれば規模が違うとも聞くが――今にわかる。


「――報告ッ! 冒険者の斥候から得た情報通りゴブリンの軍勢を確認いたしました!」


「やはり……よりにもよってゴブリンですか……」


 騎士団員からの報告を受けたクレアさんの表情が曇った。


 それもそのはず。本来、ゴブリンは迷宮内にしか現れず辺境では目にする機会の無い魔物だ。私も本で読んだ知識しかないけど、痩せこけた子供のような体躯に知性を持ち合わせた狡賢い魔物で、迷宮では多くの冒険者の命を奪っていると云う。それが徒党を組む――どころか軍勢だと? 


「現在、確認できているだけでも千体以上――その中にはゴブリン弓兵やゴブリン魔導士だけでなく、ゴブリン将軍の姿まで」


「相手がゴブリンであれば冒険者主導だな。ギルド側からは誰を出せる? オルヴ」


 ギデオンからの問い、左眼に眼帯をするギルドマスターのオルヴァリアスが頭を掻いた。


「あ~……難しいな。スザク達に任せたいところだが、あいつらはほとんど迷宮に入ったことがねぇからゴブリンとの戦闘経験も少ねぇだろ。まぁ、現場で指揮を任せられるA級は二組ってとこだな。それ以外の全統指揮はわしが取ろう」


 現ギルドマスター・隻眼のオルヴァリアス――十年前の魔物大繫殖でもギルマスだったようで、経験も豊富。もさもさの髭を蓄えたおじさんだけど、服の上からでも鍛えられた体がわかる。


「騎士団にも冒険者上がりの者がいるので知識の共有はできますが、主軸を冒険者に任せて我々は後方で待機しておいたほうが良いですか?」


 クレアさんの問い掛けに、オルヴァリアスは顎鬚を撫でる。


「いや、ゴブリンってぇのは不意打ちや闇討ちが基本で、あとは数任せの特攻が厄介なくらいだ。正面切ってなら騎士団や衛兵隊でも問題なく戦えるだろう」


「では具体的な配置を決めていきましょう」


 この場にいるのは騎士団の団長と副団長、衛兵隊長にギルドマスター、教会のシスターに加えて門番の代表である私。まぁ、いざという時に動く私達も情報は知っておく必要があるし、仕事の名を借りて座っているだけでいいのならいくらでも付き合うけどね。


「弓と範囲魔法を使える奴は後方だ。騎士団も衛兵隊もそれ以外で組み直せ」


「こちらから森の中に奇襲を仕掛けるのは?」


「森の中こそ奴らの独壇場だ。あくまでも戦うのは森からこちらの第一防衛壁の間だと考えておいたほうがいい」


 私とシスターとクレアさんは冒険者経験が無いからゴブリンに関しては経験者に任せるしかない。


「ああ、それと奴等は刃や矢に毒を塗ることがある。教会のほうで解毒剤の用意は出来るか?」


「すぐに用意できるのは百人分程度かと思います。私達治癒士は解毒魔法も使えるので、動けないほど重傷でなければ直接赴いて頂ければ、と」


「伝えておこう。それから今回の防衛戦では嬢ちゃんにも重要な役割がある」


「まぁ、仕事の範疇であれば」


「その点は問題ない。だが、門番の仕事は別に回すといい。しばらくはわしに付き合ってもらうぞ」


 ギルマスの提案に対してギデオンも隊長も口を挟まないってことは問題ないんだろう。魔物大繫殖による警戒中だから私も含めて門番はいつでも出られるようにしているし大丈夫かな。


 騎士団と衛兵隊とギルドの会話がまとまりかけたところで、一人の騎士団員が駆け込んできた。


「報告です! ゴブリンの先行部隊が姿を見せました!」


「数は?」


「ホブが一、他が二十ほど。弓か魔法であれば遠巻きに殲滅も可能ですが」


「いや、奴等のことだ。先遣隊とは別に斥候を放ちこちらの様子を窺っているはずだ。出来るだけ使える手は絞っておきたい」


「なら、ゴブリン退治の経験が無い騎士団から数人出そう」


「準備させます」


 即座に動き出したクレアさんに続いて私達も席を立った。


「丁度いい。嬢ちゃんとシスターにゴブリンという魔物について教えてやろう」


 ギルマスに連れられ櫓に登れば、二十体のゴブリンに対して騎士団七人で戦いが始まるところだった。


「……醜悪、ですね」


 普段、魔物を間近で見ることが無いシスターの呟きは否定できない。私も本に描かれた絵で姿を知ってはいたけれど、直接この眼で見てわかった。胸の奥に沸き上がってきた嫌悪感――魔物は生きるために人間を襲うけど、ゴブリンは人間を食料としていない。つまり理由も無く殺し、楽しむために殺している。そういう生物としての生態が表情に現れているから、見ただけで殺さなければという気持ちにさせる。


「あの子供サイズが通常種だな。んで、騎士団と向かい合っても大差ないのがホブで、小さい群れを率いていることが多い。見た通り、大抵は粗雑な鎧を身に付けて、剣や槍であれば刃毀れしているし、無ければ棍棒か石斧を持っているが、そのどれもに毒が塗られている可能性が高い。故に、一撃もらっただけでも死ぬ危険があるわけだ」


「毒の種類はわかりますか? どんな毒かわかれば薬の用意も出来ますし、効果の高い魔法も使えると思いますが」


「あ~、血と糞だろうな。即死の毒では無いが、放置すれば死ぬ」


「……なるほど」


 とはいえ、刃毀れしている剣や槍では革の鎧も貫けないし、ましてや騎士団の鎧なら石斧や棍棒でも凹まない。


「一匹ずつは大して強くも無いが、脅威なのは死を恐れていないってことだ。奴等は自分が死ぬことを前提に突っ込んでくる」


「自分以外の誰かが倒すと信じているからですか?」


「いや、むしろ逆だな。奴等は自分が死ぬとは露程も思ってねぇ。敵を殺すのは自分だと信じて疑わねぇからこそ、同族が殺される姿を笑って見ていられるわけだ」


 目の前でゴブリンが斬り裂かれた陰から次のゴブリンが飛び込んでいく。仲間を囮にして戦うのは連携を取っていないように見えるけど、こちらからすれば厄介な立ち回りになる。が、統率の取れた騎士団の敵ではない。


 ホブには騎士団二人が対する。体は大きいが動きは鈍く、棍棒を振り上げている間に一人が片足を切り落とし、バランスを崩したところでもう一人が首を刎ね飛ばした。通常よりも強い個体が相手でも騎士団二人でどうにかなることはわかったけど――あまり良くない状況なのは変わらない。


「少なく見積もったとして、おそらくあれの五十倍程度だろうが……どう見る? 嬢ちゃん」


「まぁ、最悪ってほどではないけど魔物大繫殖のために来た冒険者にはここでの戦い方を教えとかないと、それなりに死傷者が出るかもね」


「何故ですか? ハクサ様。今の戦いを見る限りでは問題ないように思えますが」


「騎士団と長いこと辺境で活動している冒険者、それに衛兵隊も一応は大丈夫だと思うけど、今回の魔物大繫殖のために来た冒険者のほとんどはゴブリンの弱さを知っているでしょ? ここが辺境で戦争だってことを理解しているのなら平気だと思うけど、自分の実力を過信して森に入った切り帰ってこなかった冒険者なんて数え切れないほど見てきたからね」


「今回もそうなる、と?」


「もちろんギルド側も対応するだろうけど、言うことを聞く人ばかりじゃないから……可能性だけで言えばご五分五分じゃないかな」


「嬢ちゃんの言う通り、どれだけ注意しようにもはみ出す奴等はいる。それを限りなく減らすのがわし等の仕事だが、そもそも冒険者というのはそういう生き物だ。諦める他にない」


「無茶をする方々だとは重々承知していますが……わかりました。こちらも出来る限りの治癒士を待機させておくので何かあればすぐ来るように伝えてください」


「そうさせてもらう。さぁ――これで布石は打った。最後の仕上げを頼むぞ」


 その言葉で振り向くと、そこには街で魔道具屋を営む黒髪のお婆さんが杖を手に立っていた。


「老体に鞭打つような仕事を任せるんじゃないよ、まったく。まぁ、街のためなら骨くらいは折ってやるさね」


 私の知る限り、魔道具屋のお婆さんは黒髪だけど攻撃系の魔法が使えるとも元冒険者という話も聞いたことが無い。まぁ、全統指揮はギルマスに任せるし、私も従うだけだ。

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