第8話
客席のざわつきが治まると、再びこちらに視線が集める。
「まず確認だ。魔剣の使用は?」
「好きにするといいよ。どうなっても構わないならね」
「言質取ったぞ」
鞘から抜いたのは刺突剣か。斬るための刃は無く、刺すことに特化した剣。鎧の隙間を狙うにはいいと聞くけど、どちらかと言えば珍しい類の武器だ。
「燃えろッ!」
声と同時に剣から炎が巻き上がった。通常、魔剣は持った者が思えばその力を使えるわけだけど、景気づけの発声かな?
女戦士とは違い、ただの身体強化による駆け足で剣を振ってくる。
刺突剣で注意すべきなのは突きだけど、炎を纏っている以上は当たらないほうがいい。というか、こんな雑な振りなら当たるほうが難しい。
「もしかして、さっきの人とパーティーを組んだのは勇者になった後?」
「それがどうしたっ!?」
魔剣は強い者を選ぶという噂があるけど、女戦士と一緒に迷宮を踏破したのならこの男が魔剣に選ばれたのか怪しいところではある。
辺境伯の手前、一応は棒で剣を弾きながらそれなりに戦っている風を装っているけど……あまりにも弱過ぎる。魔剣の力に頼る戦いをしていて、剣技が無いし体も鍛えてない。剣から炎が出ていたとしても、脅威にはならない。
「ん~、もういっか」
剣を避けて棒を振れば、男の横顔を叩いて地面に倒れ込んだ。
「っ――不意打ちくらいでっ!」
不意打ちどころかたぶんこの場で戦いを眺めている衛兵や騎士団なら簡単に避けられるものだけど。
「もういいんじゃない? そもそも、さっきの戦いを見た上で私に勝てると思ってる実力ならたかが知れているし」
「黙れっ! 俺は勇者だぞ!」
巻き上がる炎の先が蛇の頭に形を変えて意思を持ったようにこちらに向かってきた。なるほど、これがその魔剣の本質か。
様子見に炎が届かない場所まで浮かび上がって見下ろしていれば、どこに行ったかと探す男は客席の視線で空を見上げた。
「飛んっ――どういうことだ!? 白髪に魔法は使えないはずだろ!?」
魔法が使えたとしても空を飛ぶような魔法は存在していないと思うけど。
「そりゃあまぁ、スキルだし。別に隠しているわけでも無いから知ってる人は知っているはずだけど」
「ハッ……だが、どうするつもりだ? 浮いてるだけなら攻撃もできねぇだろ? なら、俺の勝ちってことじゃねぇか?」
暴論にも程がある。そもそも勝利条件は相手を戦闘不能にするか降参させるかだから、私が宙に浮いたままなら攻撃も届かず降参するしかないと思うけど……こういう相手は力で屈服させないとわからないか。
ゆっくり地上へと下りた瞬間を狙って男は剣を振ってきた。勘は良いけど、実力が足りていない。
「燃えろッ!」
向かってくる炎の蛇を真正面から受けながら、棒で男の腹を突けば後方へと吹き飛んだ。魔剣を使うことに集中し過ぎて身体強化が切れてるね。
「もう降参したら?」
「するわけねぇだろっ!」
向かってくる男の剣を避けながら肩を突き、胸を突き、膝を突き、脇腹を突いても尚――まだ立ち上がる。意地なのか諦めの悪さなのかわからないけど、冒険者としては引き際を見極められない馬鹿でしかない。
覚悟は聞いたし、もういいか。
突いてきた剣先を掌で受け止めて、横から衝撃を加えれば――まるで小枝が折れるようにパキッ、と綺麗に折れた。
「なっ――俺の、魔剣が――」
「どうなっても構わないならって言ったよね?」
「このっ――」
魔剣を手放し、予備の短剣を抜いて飛び掛かってこようとした瞬間に棒の先で男の顎先を掠めれば、まるで糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちて動かなくなった。
まぁ、気絶させなくとも刃の潰していない短剣を抜いた時点で反則なんだけどね。
とりあえずこれで終わりなわけだけど――客席を見回せば、いつの間にか辺境伯の隣に座っていたギデオンが立ち上がった。
「全員傾聴!」
拡声魔法で声が響き渡り、隣にいた辺境伯が立ち上がった。
「良き試合であった。ここに集まっているのは騎士団、衛兵隊、冒険者と腕の立つ者ばかりだ。故にここで伝えさせてもらう。今朝方、王都より
なるほど。この通達をするために使われたわけか。まぁ、文句を言える立場でもない。
去っていく辺境伯を見送ってから、徐々に客席からも人が帰り始めた。
こっちは倒れた勇者のパーティーが集まってきて、未だに目を覚まさない男に幼馴染の魔法使いが膝枕をしている。この様子なら私はもう帰って大丈夫そうか?
「……ん?」辺境伯が去った後、客席から降りてきたギデオンがこちらに向かってくる。「何しに来たの?」
「いやなに、お前のことだ。大事なことを話していないだろうと思ってな」
「大事なこと? ……何かあったっけ?」
「ハクサがどうのではなく、戦った者には知る権利があるという話だ。若い君らは知らないと思うが、十年前の魔物大繁殖は過去に類を見ないほど穏やかでな。その原因を調べるために黒森へ向かったところ――大量の魔物の死骸の傍で佇む少女を見つけた」
「なんの話だ?」
疑問を口にする女戦士に対して掌を向け、言葉を続ける。
「その少女――木の枝一本で魔物を倒していた少女こそが、ハクサだったというわけだ。記憶を失っていたこともあって騎士団で保護した後に成人まで面倒を見て、今は門番をやっている」
「と言っても、私自身はほとんど憶えてないけどね。だから自分から話すことは無いんだけど……重要なこと?」
「冒険者というのは強さの秘密を知りたがるものだ」
「なるほど? 強さ以上にあたしが感じていた魔物と対峙した時のような圧迫感はそれが理由か。黒森で生き残ったことを思えば納得が出来る。まぁ、こいつが納得するかはわからないけど。魔剣も折れちまったし」
「ああ、知らないようだから教えておくけど、魔剣って欠けてもしばらくすれば勝手に直るし、折れたとしても折れた断面を合わせて鞘の中に納めておけばくっ付くから」
「そうなのか。まぁ、それも伝えてはおくが……」
「どうするかは本人次第だし、あなたが気にする必要はないでしょ。で、ギデオン。私達はこれから会議じゃないの?」
「ああ、それもあって呼びに来た。魔物大繫殖に備えて騎士団と衛兵隊と門番に加えてギルドを交えて話し合いをする。君等も冒険者ならどうするか決めるといい。去るか残るか――前回の魔物大繁殖が穏やかだったとはいえ、死傷者は百人以上。この先は死地だ。去るのも勇気だと知っておけ」
冒険者に戦う義務は無い。大抵はお金のためか、もしくは自分の力を試したいという欲を満たすため。とはいえ、どちらにしても命あってのものだから、時には逃げたほうが良いこともある。
選ぶのは冒険者自身だ。私は自分の仕事を全うするとしよう。
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