第178話 奇跡のような一瞬に

更新22時頃に戻すかもです。あと予約で行くかもです。


~~~


「はじめ!」


「アリス、さてどうする。今の貴女が、私に勝てる?」

「勝ちますよ――涼姫と約束したんですから。貴女との約束は決勝に来ることで果たしました。今から涼姫との約束を果たします!」

「どうやって?」


 みずきの姿が消える、現れる、消え――。


「面ェ――!!」

「残像を残される前に潰そうって事!? だけどこっちの隙を狙った訳でもない、隙を作って攻撃したわけでもない――そんな見え見えの攻撃は!!」


 振り下ろされるアリスの竹刀。

 あっさり躱す、みずき。


「そもそも、素人と変わらない! 問題外!! つまらない幕切れだよアリス! 胴――」


 アリスが微笑むのが、みずきには見えた。

 まるで〝この時を待っていました〟とでも言うように。


 アリスの竹刀が反転する。


(燕返し!?)


 アリスの竹刀が、振り上げられていく。


(何処を狙ってる!? ――小手!?)


 アリスの竹刀が、みずきの竹刀に絡んだ。


(違う!! ――アリスの〝うち〟が軽い。小手じゃない―――これは―――しまっ――)


 アリスが左手を筒のようにして、右手を廻す。

 竹刀が捻るように回転、みずきの竹刀に蛇のように絡み、


(――すり上げ!!)


 弾き飛ばした。

 みずきの口から、小さなうめきが漏れる。


不味マズ――」


 アリスの竹刀が、みずきの竹刀を下から絡み吹き飛ばした。


 みずきの竹刀が、体育館の宙空で回転した。


 アリスが自分の竹刀を、みずきの竹刀を吹き飛ばした勢いのまま、振り上げる。


 高身長の上段から、轟音を鳴らすような一撃が振り下ろされた。


 竹刀を失ったみずきが、慌てて腕で面を庇うが、


「小手ェェェェェェ!!」


 振り下ろしが炸裂した。


「一本!!」

「痛ッッッッッッ!!」


 みずきが、小手を押さえながら涙目で飛び跳ねる。


「痛い痛い痛い痛い!! だから、アリスの小手は、痛いって!!」


 文句を言うみずきに、慌てるアリス。


「あ―――ご、ごめん!」

「大体すり上げとか、卑怯者!」

「それは、予想してないから悪いんです」

「ヌググ」


 じゃれ合う2人に、審判が注意する。


「両者、開始線に戻って」


 アリスが慌てて、白線に戻る。


 みずきが竹刀を拾って、白線に戻った。

 向かい合う2人。


 みずきが呟く。


〔この土壇場で、なんて事をするんだ・・・・いや違う、油断したわたしが悪い。――相手はもう、初めて竹刀を合わせた時のような、油断できる相手なんかじゃないのに。春に出会ったアリスのすり上げなら、わたしは絶対に食らわない。通用しなかった――それが通用したってことは、そういう事〕


 みずきが微笑んだ後、息を吐いて目をつむる。


「楽しい試合だ」


 みずきは静かに静かに、明鏡止水に入っていく。


 立ち上がる、みずきの巨大なオーラ。

 だが最早、アリスは怖気付かない。


「これで一本同士――イーブンですよ。後はありませんよ」

「それは、そっちも同じ」


 次に一本取ったほうが、日本一。

 けれど、そんな事より。――と2人はおもう。


 2人の今の目的は一つ。


「「貴女に、勝つ!!」」


 二人が目標を口にした。


 日本一なんかより、今この本気の親友に勝ちたい。


 お前なんかに負けるかでも、わたしの方が強いでもない。


 〝――貴女に勝ちたい〟。


 親友だから、大好きだから――!


 これは剣士として――女剣士として――時代遅れの侍として、誇りをかけた――命の取り合いより真剣な戦い。


「ヤアアアァァァアアア!!」

「タアアアァァァアアア!!」


 2人の気合が炸裂する。

 まずアリスが、視線を仕掛けた。


 アリスの視線が全体をみるともみない、千里の彼方に視線を送る。


 アリスの〝よそ見〟は、この短い時間で進化した。

 だが、みずきは掛からない。


 みずきからアリスに返ってくる、

 

 「よそ見? するもんか、最強のライバルから目を離すもんか」


 という答え。


 対してみずきも仕掛ける。消える動き。

 だが返ってくる、


 「見えない訳がない、見えるに決まってる。もう、目標を見失ったりしない」


 そんな思い。


 心技体。心は、互いに十全。


 2人は思う。


(技は、みずきに一日の長が)

(体は、アリスに分が)


 みずきが、竹刀をゆっくりと下げた。

 構えを変えた。


 会場がざわつく。


 みずきが取ったのは、下段の構えだ。

 それは剣道において脇構えと同じく、最弱に分類される構え。〝役に立たない〟とすら言われる構え。

 だが、アリスは電撃を受けたように背筋を伸ばす。


 それはアリスがかつてみずきの前で上段の構えをした事で、みずきが受けたような衝撃に似ていた。


 アリスが笑う。


「もう、胴しか狙わないって事ですか」


 アリスが上段に構えている今の状態では、みずきが取った構えから狙えるのは――胴のみ。

 面も突きも遠すぎる、アリスが上段の構えであるのだから、小手も頭上だ。


 みずきが応える。


「得意をぶつけ合うんだ」

「ですね」


 アリスとみずきが、しずかに――ゆっくり、長く息を吐く。

 二人の呼吸音すら響き渡りそうなほど、静まり返る体育館。


 観客も審判もアリスの祖父エリオットも涼姫もみな、呼吸を忘れていた。張り詰めた緊張があった。


 先に仕掛けたのは、攻めの剣道を自負するアリスだった。

 このレベルの戦いでは先行不利、そんなのは分かっている――けれど「後出しジャンケン上等!」、と。


「面ェェェエエエ―――」


 迎え撃つみずき。


「胴ォォォオオオ―――」


 普段の物静かな彼女からは、想像もできないほど張られる声。


 聞いた人間が、すくみ上がりそうなほどの張り。


 みずきの腹の底から、相手の脳髄まで真っすぐ轟く気合。


 みずきが、体中――あらん限りの力を振り絞る。


(アリスの体に追いつけ!)、と。


 アリスが踏みこむ。


(みずきの技に追いつきたい)、と。

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