第175話 相手は師範代
「・・・や、やっぱりみずきはヤバイ」
鈴咲 涼姫が観客席のほとんど最前列で、今の試合を見て震え上がっていた。
「・・・竹刀で人が浮くって、そんなの有り得ていいの?」
側で試合の準備をしていた八街 アリスが、頷く。
「本当に凄かったですね・・・やっぱり、みずきはトンデモです」
「化け物すぎるよ」
八街 アリスは「貴女がそれを言うのですか」と少し可笑しくなった。
可笑しくて、緊張が解けていくのが分かる。
「ふふっ」
涼姫が、アリスの目を見て尋ねてくる。
「決勝で当たるんだよね? ――あんなトンデモなリッカと、まともに戦えるの?」
「戦える? いえ、勝ってみせますよ」
「いきなり、勝ってみせる。なんだね」
「です。勝つ気もないのに決勝に立つのは、この夏に掛けた全ての選手に失礼でしょう」
「・・・・あ・・・ごめん、確かにそうだよね――そっか―――じゃあ準決勝、頑張ってね」
「はい。みずきも関東大会の時にわたしと交わした約束通り、わたしと戦うために決勝に進んだんです――今度はわたしの番です」
こうしていよいよ八街 アリスの準決勝だ。
八街 アリスは試合場に向いながら、体中を気合で満たしていく。
「ハッ!!」
気迫の声を挙げた高身長な女子に、会場が一斉に注目する。
その端正な顔立ちに、何人かが気付いた。
「あれ――? ちょっとまって、あの顔って」
「ん?」
「いや、あれ――やっぱ一式 アリスじゃね!?」
「え、うそ」
「ちょ・・・間違いない―― 一式 アリスだ!!」
「八街 アリスって、一式 アリスだったのかよ!」
「そ――そういえば一式 アリスがTVで『得意なのは剣道です』とか言ってたの見たこと有る!」
「え・・・一式 アリスってイギリス人じゃないの? インターハイの決勝に来ちゃってるの?」
「ちょ・・・・・・インターハイの準決勝まで来れる実力って、得意とかいうレベルじゃないぞ!? 本物というか――ヤバいレベルじゃねぇか!!」
とはいえ、応援は拍手のみというのがルール。
だから「一式 アリス頑張れ」などと声を挙げるような者はいない。
だが、期待は膨れ上がるのだった。
ほぼ同時に、アリスの対戦相手もまた準備をしていた。
「では行ってくるでござる、さくらどの」
「はい、頑張ってくださいハクセンさん」
さくら――クレイジーギークスのメンバーであり、空母ティンクルスターのメイン操舵士。
その友人ハクセンこと、
白泉もまた、全国ベスト4に上がってこれる選手だった。
さくらとハクセンの二人は、とある掲示板で出会った。
FLにおいて、さくらが最初の機体にスワローテイルを選んだところ、どこのパーティーにも入れてもらえなくて、その理由を掲示板で尋ねたのだ。
すると返ってきたのは、詰んでいるという沢山の返事。
そんな時、彼に自分の予備機をくれるという人物が現れた。
初めは予備機を貰ったさくらだったが、その後スウの活躍を見て、スウを目指す事を決意。
予備機はハクセンに返したのだが、その後も交友関係が続き、今やこうして試合の応援に駆けつける程の仲になった。
さくらは、アリスやリッカが準決勝まで上がってきているのを知っている。
だけど、応援するのはハクセンに決めた。
アリスやリッカとも仲は良いが、ハクセンとの仲は少し違う。
それにあっちにはスウがいるし、アリスとリッカはライバル関係。
ならばハクセンは自分が応援すると決めていた。
白泉は試合場を目指しながら、呟く。
「拙者にも、負けられぬ理由はあるでござるよ」
白泉は、袴の帯を強く締め直した。
そうして、さくらを視る。
「勝つと約束したでござる!」
決勝進出を決めた立花 みずきは防具の面を外しながら、接近しつつある白泉とアリスを見て――ふと、呟いた。
「あれ・・・? 白泉って名字の人の名前、結菜って言うの? ――まさか・・・」
「はじめ!」
アリスは目を見開く。
(二刀流!? ――しかも左右逆?!)
「左利きの二刀流・・・・視たことがない」
アリスが愕然と呟いたように、白泉により構えられた二本の竹刀。
長い竹刀を持った左腕を上段のように構え、短い竹刀を持った右腕を中段に構えている。
最近まで高校生では二刀流は禁止だったが、FLが始まった頃から解禁された。とはいえ二刀流自体、使う人間があまりいない。
指導員がいないのも有るが、特に女子の二刀流は片手で相手の竹刀を捌いたり、片手で有効打と審判に見える一撃を加えないといけないため、男子より扱いづらいと言われる。
アリスも存在は知っていたが、向けられたのは初めて。
対策は、主将から聴いているけれど。
二刀流――時折色物扱いされる構えだが。
アリスは白泉の立ち姿をみて呟く。
「堂に入ってる」
間違いなくこの人の二刀流は、伊達や酔狂じゃない。本物だ。
白泉の構えを見た瞬間アリスが感じた、身体の底から沸き上がってくるような寒気が、目の前の構えが危険だと告げている。
対するアリスも上段の構え、こちらも使い手の多い部類ではない。
だが、誰にでも分かる――アリスの高身長から繰り出される、面の恐ろしさは。
アリスが気迫を相手にぶつける。
「ヤアアアアアア!!」
白泉も呼応するように返した。
「セアアアアアア!!」
2人の女剣士の気合で、体育館の空気が震えた。
観客や審判たちも、2人の息の詰まるような睨み合いを固唾をのんで見守った。
二刀流と上段の構えが向き合うと、中段同士の時のような竹刀の先を合わせるような攻防がない。
この二人の構えは真逆の効果がある。
上段は、隙を見つけて飛び込む超攻撃的構え。
片や二刀流は、小太刀で徹底的に攻撃を防ぐ、超防御的な構え。
互いに全く真逆の構え。両者が、にらみ合う。
目に見えるようなぶつかり合いがまだ無いにも関わらず、観客席は緊張に静まり返っていた。
2人は互いに、今――呼吸と間合いを読みあい、フェイントをぶつけ合い、タイミングを取り合っているのだ。
けれど間合いは身長が高く、手足の長いアリスが有利。
しかも二刀流は攻撃用の竹刀を掲げているので、主に面を狙うのが定石、アリスの面は上段でしっかりと守られている。
ただ剣道において上段の構えも、二刀流も両手の小手が有効打とされる。
つまり今、アリスも白泉も、左右の小手どちらを打たれても駄目だ。
また二刀流の短い方の太刀――小太刀での打突は、有効な攻撃とほぼ判断されない。
主将の声がアリスの中で、繰り返された。
「対二刀流の戦いにおいて恐ろしいのは、防御力だ。二本の刀による驚異的な防御力。しかも、もし小太刀に防御されたら最後、こっちは一本しか無い太刀の制御を奪われ、がら空きの身体に長い太刀が叩き込まれる。――だからアリス、小太刀を相手にするな。小太刀に何もさせなければ、二刀流などただの片手上段だ。恐るるに足りない。――しかもアリス、お前は上段の構えだ。〝両手で構えた疾い上段〟。対して相手は〝片手で構えた遅い上段〟――お前が圧倒的に、有利だ」
私が有利!
アリスが踏み込む。
挙げられている相手の右腕、その小手を狙って。
「小ぉて――」
小手を入れようとしたアリスが、その行動を止めて咄嗟に後ずさった。
(なに、今の寒気!!)
次の瞬間、アリスは気づいた――白泉の姿が消えていることに。
(体が消え――みずき!?)
この時、立花 みずきも白泉の動きをみて気づいた。
面で見えない顔が、ハッキリと見えた気がした。
「――やっぱり! 名字と髪型が変わってるから、分からなかった」
しかも前は、髪の毛はザンバラ頭みたいな感じだったのに――今はまるで、日本人形みたいな髪型になってる。
リッカの小さな唇が、警戒を放つ。
「結菜! ・・・本家の結菜だ!! ――不味い、アリス! ―――そいつ立花放神捨刀流の本家の師範代だ・・・・!!」
立花 みずきは全国中学生剣道大会で、3年まで優勝できなかった。
その理由こそ、当時の立花 結菜である。
立花 結菜は中学の3年間、立花 みずきの前に立ちふさがり続け、ついぞ1勝もさせなかった。
今、アリスの眼の前に立つ結菜こそは全中三連覇。そうして去年の高校、インターハイの優勝者。
4連覇覇者、白泉 結菜なのである。
もし、アリスが立花 みずきと何度も稽古をしていなければ。
もし、アリスが人の隙を視る
――立花放神捨刀流の技を、目にしていなければ。
アリスは、今放たれている白泉の一撃を躱せなかっただろう。
後ずさるアリスの喉元に伸びてくる切っ先。
最短距離を走る突き。
アリスは竹刀の〝柄〟で、何とかはたき落とす。
竹刀の軌道を変えられた白泉が、驚きの表情を見せた。
「これは驚いたでござる・・・八街どのには、拙者の動きが見えるでござるか?」
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