第174話 インターハイ
んで次の日、〖洗う〗を手に入れたことで、アリスとリッカにすがりつかれた。
「剣道の篭手を〖洗う〗してください!!!!」
「篭手を〖洗う〗してぇぇぇ!!!!」
「え、何々、どないしたん。話聞こか?」
鬼気迫る形相のお手本みたいな。
凄い必死。
「剣道の篭手って、どうしても臭くなるんですよ・・・っ」
「汗腺から香水が出てるこの立花 みずきであってもこの問題はクリアできなかった・・・!」
みずき、やっぱりそうだったんだ?
コヤツもなかなかナチュラルフローラル。たまに柑橘系の香水つけてるけど。
ちなみにみずき、私がレモンにかぶりつくほど、柑橘系が好きだって知ってる?
アリスが憎々しげに藍色の篭手を見る。
「普段から消臭スプレーや、着ける前に手を〝消毒〟したりしてるんですけど、それでも・・・・せでも、やっぱりそこはかとなく匂うんです!」
アリスが「そこはかとなく」と言う時、若干言い淀んだ。まあ気持ちは分かる。女子として。
「辛いんです!」
「キツイんだ!」
二人に涙目で訴えられる。
私は篭手をこちらに押ししつけてくるアリスとみずきを、手で押しながら言う。
「オーケー、オーケー、わかった。だからその篭手をどけて、たしかにちょっと匂うから」
ちょっとだけね。でも大分対策してるみたいで、そこまでひどくない。
だけど、私が言ったら、
「涼姫、ひどいです! もう口を聞きません!」
と、アリスにそっぽを向かれた。
「そうだそうだ! 女子にクサイは駄目だろう!」
と、リッカにもそっぽを向かれた。
「いや、それ男子も一番傷つくらしいから、男子にも駄目だと思うけど。とりあえずゴメン」
まあ二人が頑張ってる証拠だもんね。
「じゃあ」
私は「〖洗う〗、〖洗う〗」と、二人の篭手に使う。
「ありがとうございます!」
「これから定期的に頼む!」
言ったリッカが、恐る恐る篭手を顔に近づけて、
「おおおっ、まるで新品の頃のように!!」
アリスも感動した様子。
「ああっ、布の臭いだけになりました!」
アリスは言いながら、高そうな香水を篭手の中に振りまいていた。
その後私は「どうせなら、防具一式〖洗う〗しとく?」と提案。
二人が「是非!」と〈時空倉庫の鍵〉から防具を取り出したので全部お手軽に奇麗にしておきました。
女の子だもんね。
さらに次の日、私がインターハイ会場に行くと、ウチの学校の剣道部員全員と、百合ヶ浜南の女子さんが殺到して、私に篭手を押し付けてきた。
や、やめて! 数が集まると、そこそこ殺人的なスメルが!
◆◇Sight:三人称◇◆
8/16 全国高等学校総合体育大会 剣道――インターハイ。
準決勝。
会場にざわめきが起こっていた。
「今年の女子はどうなってんだよ・・・特に個人の部」
「どこの高校も聴いたことねえ」
大会という物にはどうしても常連校という物が生まれる。
強豪校、常連校――呼び方は様々だが、上位にはそういった高校の名前が連なるものだ・・・・が、
「爽波? 百合ヶ浜南? 京都八幡? どこも聴いたことがないぞ」
「つか神奈川の男子は強いところがあるけれど――女子は優勝したことないし、京都に関しては男子も女子も優勝したこと無いぞ」
「なのに準決勝に残ったのが神奈川2校、京都と、九州かよ・・・」
「九州の高校は分かるんだよ、あちこちつえーから。だけど――ベスト16どころか、ベスト4に神奈川から2校?」
「つか神奈川の2人、どっちも1年らしいぞ――」
「な・・・・なんだこの異常事態。今年の女子は―――どうしちまったんだよ!」
ざわつく観客の声に、割れるような拍手が聞こえてきた。
白い旗が上がっている。
「一本!」
「え、準決勝始まったのか。つかもう一本?」
「神奈川 対 九州の強豪か。流石に神奈川の快進撃もここまでか。3年と1年だもんな」
「違う違う、よく見ろ! 神奈川が一本取ってる」
「はあ!? 百合ヶ浜南女子? ――立花 みずき? 誰だよ!」
「百合ヶ浜は弱いけど、立花 みずきはあれだ、中学3年で全国優勝した」
「あー!」
大分からやって来た3年の剣士、中岡は、面の中の顔を真っ青にしていた。
「な、なんなんだよコイツ!」
自分の方が早く打ち込んだのに、――相手が絶対間に合うタイミングじゃ無かったのに、相手の竹刀が先に自分の胴を薙いでいた。
しかも何をされたか、分からない。――見えない!
(ふ、ふざけんな! 1年生の癖に、こっちは3年――いいや中学から6年。ずっと頑張って、やっと準決勝まで来たんだぞ。なのに――なのに! こんな、小柄な1年に負けてられるか! ――こっちは3年、相手は1年だ――1年なんだぞ!!)
しかし違うのだ――彼女の前に立っているのは、高校生になってから1年だけ剣道を齧った少女などではない。
物心付いた時から模擬刀を与えられ、剣に向き合ってきた少女なのだ。
さらには一族が200年という膨大な時間〝剣〟に向き合ってきた、その結晶。
中岡の前に立ちはだかっているのは、そういう時間なのだ。
しかし中岡も、ベスト4まできた――只者ではない。だから相手に恐怖しながらでも、冷静に十分な考えを巡らせられる。
中岡は歯噛みしながらも、作戦を練る。
面の中で呟く。
「訳の分からない速さで胴を狙ってくるなら、こっちは最短距離にある小手を狙えばいい―――! それにあの小さい体なら、力押しでいける」
中岡は女子ではかなりの大柄だ。180センチを超える身長を持ち、さらに男子顔負けの筋力を持つ。
「初め!」
二本目が開始された。
「まずは、小手調べだ!」
竹刀の先を打ち合わせる。
立花の竹刀に隙を作る。中岡は、そんなつもりで打ち込んだ。ところが――、
「え、滑――」
立花 みずきは中岡の思惑など、お見通しだった。
「――不味」
中岡の竹刀の切っ先が吸い込まれるように、立花 みずきの竹刀の根本に引き寄せられる。
重力でもあるかのように、紐で引っ張られるように。
中岡はこの事態の危険性に、すぐさま気づく。
剣道にしても、みずきの好きな西洋剣術であるフェンシングにしても、剣というものを「先 中 根」に分ける。
そしてどちらも、先を根で制せよと説く。
剣先はコントロールしにくく、力も入らない。
返って剣の根本はコントロールしやすく、力も入りやすい。
そうしてみずきは、相手の太刀の先端による攻撃を、自らの太刀の根本へ導く技を持っていた。
しかし、さすがにここで幕切れにする中岡ではなかった。
中岡は急いで竹刀を立てて、立花に突進した。
二人の剣士の面と面が向き合う。
真っ青な顔で、中岡が立花を威嚇する。
「1年の癖に! ――こんな小手先の技で!」
だが中岡の威嚇にも、立花の明鏡止水の心にはさざなみすら起きなかった。
「そう」
苛ついた中岡が、鍔迫り合いに持ち込む。引き寄せられるのに逆らわず踏み込んだ。
「そんな小さな身体じゃあ――――え?」
互いの竹刀の根本を、ガッシリと組んだ中岡と立花。
中岡が体重をかけ、全身の筋肉を強張らさせ押し込もうとする。
だが、異常事態が起きている。
「う、うご――うごかない」
圧倒的な体格差の相手の体重を受けて、見事な姿勢で立つ立花。しかも立花は足をそれほど開いてもいない。普通に立っている小柄な少女が、男子顔負けの体格と筋力で押しても微動だにしない。
中岡が震える。
(ありえないっ!! ―――こんな小さな体に籠もっていい力じゃないっ!!)
「大した力じゃないね、彼女の当たりの方がずっと恐ろしい」
(か、彼女?)
震える中岡が、立花の小さな呟きに眉をひそめた。
立花の言う彼女とは、もちろんアリスの事だ。
立花はこの3ヶ月。西洋人譲りの体格を持つ上に、立花 みずきの技を他人の心を読むように吸収し続ける、八街 アリスの突進を受け続けてきたのだ。
高校生女子――いや高校生男子程度の力技は、立花には、もはや通用しなくなっていた。
――むしろ。
立花が剣を引く。
「え」
中岡が、支えを失って前につんのめる。
立花が、脇構えに竹刀を構える。
竹刀を下げて大きく後ろに引いた構えだ。まるで西洋の戦士のような構え。
「脇がま――!?」
脇構え――剣道において最弱と言われる構え、実戦でなければ役に立たないとされる。
「小手先の技じゃないっていうのを、見せてあげる」
立花が取った脇構えは、小手が後ろに隠されてしまうので、対戦相手は小手を狙えない。
胴もそこそこ守られているものの面と突きが、がら空きである。
脇構えは、防御すべき場所から竹刀の位置も遠く、面と突きへの防御が間に合わない。
中岡がつんのめりながらも、竹刀を振り下ろした。
「隙だらけなんだよ!」
もし当たっても、一本にならないであろう中岡の一撃。
立花にとって当たっても問題ないが――立花は、見事な足さばきで躱す。
面も突きも守れない脇構えだが、立花には足さばきがある。
がら空きの上半身に攻撃が来ると分かっていれば、躱すのはそう難しくない。高速で迫る竹刀でも躱せる。
そうして躱してしまえば――もはや脇構でも相手を打ち放題。
敵の竹刀と腕は――自分の竹刀を遮らない。
立花の刺すような入身、一瞬で肉薄の距離。
「胴ォォォ!!」
肉薄から放たれる胴抜き。
恐るべき炸裂音が、中岡の胴から響いた。
立花の一撃は、完全なテイクバックから行われた。
猛烈な勢いで斜め下から胴に打ち込まれた竹刀の威力は、中岡の身体が宙に浮く程だった。
中岡は身体が宙に浮いたあと、着地に失敗して尻もちをつく。
中岡が完全に姿勢を崩していたのもあるが・・・竹刀で人間が浮くというありえない光景を見た会場が戦慄に包まれた。
審判も驚愕し、すぐに反応できなかった。
だが、それでも意識を取り戻すように「ハッ」となり、旗を上げた。
「い、一本! それまで!」
会場全体から巻き起こる拍手、凄まじい試合を見たのだという感動の拍手だった。
白線を挟み、互いに礼を向けあう選手。
中岡の顔は面の中で崩れ去っていた。
3年目、全国を征する最後のチャンス。なのに1年相手に勝ち筋もなく、尻もちを着かされ負けた。
中岡は悔しさの余り、嗚咽が抑えられなかった。
中岡もまた、剣士だったのだ。
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