第162話 私の誕生日を祝います

 ◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆




「ただいまエクスプロージョン」

「コケー!」


 私が学校から帰ると、リイムが翼をバタバタさせながら走り込んできた。


 うん・・・・実は、リイムが最近声変わりしたと言うか「ピィピィ」鳴かなくなった。

 しかし君「コケー」・・・って、実はコカトリスとかじゃないよね?


 私はソファに倒れ込む。


「学校疲れた、主に精神的に。いつもの事だけど」


 でも夜ご飯作らないと駄目だ、ひもじいのは嫌だし。

 リイムとアルカナくんも食べるし。

 出前を使うのもいいけど、育ち盛りの二人には栄養を考えた物を食べてもらいたい。

 などと思いながら、ソファに埋まった頭を持ち上げられないでいると、ハタと思い出す。


「そういえば私、明日は誕生日だ。プレゼント買わなきゃ――とりあえず、明日は誕生日配信でもするかなぁ」


 などと言ってから、気合を入れてゴムにでもなったような体を無理やり起こしてキッチンに向かうのだった。




 というわけで次の日、私は配信を初めてスワローさんのワンルームでクラッカーを鳴らした。


 ローテーブルには、ショートケーキとジュース。

 ちなみにジュースは、パックジュース。


 前にアリスが教えてくれたんだけど、紙パックジュースが宇宙だと便利だと知ったのは目からウロコだった――流石は大手クラン出身者、生活の知恵が深い。


「ハッピバースデー私」


 パチパチパチ。


 執事服のイルさんも、拍手でお祝いしてくれる。


『マ、マイマスター、おめでとう御座います』


「コケッ」


 リイムも私の肩に乗ってきてお祝いのスリスリをしてくれる。

 アルカナくんもワンルームにいて「おめでとう御座います!」と拍手してくれる。ごめんね急に誕生日始めちゃって。


 今年は、賑やかな誕生日になりそう。


 去年まで私の誕生日会の参加者は、帽子のイラストと、サボテンだったからなあ。


 私は「さてどうしようかな」と考える。


「ただ今年の誕生日プレゼントを何にするか、決めかねてるんだよね」


❝え・・・自分へのプレゼント?❞

❝毎年自分に買ってるの!?❞


「はい、中学生以上でプレゼントを貰うのは恥ずかしい事だって」


❝は? ・・・・中学生で?❞

❝誕生日プレゼントは、80歳のジーちゃんにも渡してるが?❞


「え」


❝スウたん、家族関係大丈夫か??❞


「い、いえ、大丈夫ですよ。仲良くやってます」


(妄想の中では)


❝¥10000:スウたん、これをうけとってくれ!❞


 あ、あれ?


「な、投げ銭ありがとうございます!」


❝お、おう。スウたん、それでなんか欲しいものを買ってくれ! 俺からのプレゼントだ!❞


 なんか空気が変だ。


「涼姫様! 申し訳有りません、プレゼントを用意してなくて!!」

「い、いや、だってアルカナくんはさっき私の誕生日を知ったんじゃん」

「事前に尋ねておくべきでした! わたくしの配慮が至らず――この責には、どのような罰でも!!」

「や、やめて!? アルカナくんが辛い目に遭って嬉しいタイプじゃないからね、私!」


 自責の念でボルテージが上がっていくアルカナくんを鎮めるために、私は話を変える。


「そ、そういえば今、プレイヤーイベントでフリーマーケットやってるんですよね? そこに――」


 私が言い掛けたときだった。

 大きな通信ウィンドウが、私の目の前に開いた。

 怖い目のアリスが、映っていた。


『スウさん! なんで誕生日の事言ってくれなかったんですか!!』

「ア、アリス!?」

『なんで言ってくれなかったんですか!!』

「えっ・・・なんというかっ。誕生日とか誰かに教えたこと無かったので・・・」


 いや、実はある。

 生まれて初めて誕生会とかやろうと準備して「今日、誕生会やるの!」って招待券配ったら、誰も来なかったという――参加人数0人の記録を叩き出した事が。

 ――そう、誰にも抜けない記録。今度ギネス申請してみよう。

 という感じで、誕生日の事はあまり他人に言いたくない。


『今そっちに、お祝いに向かってます!!』

「ちょ、ちょっと怖いよアリス」

『怒ってますんで!!』

「ひぃん」


 私は怯えながらアリスを待った。


 アリスは5分くらいで、ワンルームに来た。

 バーサスフレームを呼んで、宇宙まで来るだけで10分は掛かるはずなのに、早すぎる。――本当に向かってる途中だったんだ?


「い、いらっしゃいアリス」


 アリスが隔離区画で滅菌消毒や汚染除去を受け、隔離区画が空気で満たされたところで、ワンルームの床にあるドアが開いた。

 極寒な空気(物理)が、隔離区画からコッチに流れてくる。

 アリスが隔離区画からワンルームに入ってきて、すぐにため息を吐いた。


「・・・・はあ」

「あの、怒ってる?」

「普通なら怒らないんですよ。ですけど、あんな顔するくらいなら教えてくださいよ」


 え、私どんな顔してたの――?

 私は、自分の顔でうどん職人ゴッコをしながら尋ねる。


「アリスは何を観たの?」

「『誰かに優しく抱きしめて欲しい』って顔をしてる人ですよ」


 アルカナくんが「そうだったのですか!?」と、驚愕している。いやでも、


「なにその欲張りな人」

「抱きしめられる事を、欲張りなんて言わないで下さい」


 でも、誰かに抱きしめて貰える人って結構少ない気がする――贅沢じゃない?

 アリスが私を ぎゅっ てする。さらにアルカナくんまで抱きついてきてくれた。

 なにこのエデン。


 私が我慢してるから怒ってくれる人、そんなの・・・・この世にいるんだ?


 鈴咲 涼姫は適当に扱われるのが当たり前――じゃないんだ・・・?

 私のこと、考えてくれる人がいるんだ?


 私、自分の幸せを考えて良いんだ?

 自分の幸せを考えないと、叱ってくれる人がいるんだ?


 だめだよ・・・・視界が滲んでいく。

 こんなの誰かに見せちゃ駄目だ。私が ぐっ と歯を食いしばっていると、アリスが優しく歌ってくれた。


「Happy birthday to you,(お誕生日おめでとう)

Happy birthday to you,(お誕生日おめでとう)

Happy birthday, dear(お誕生日おめでとう、親愛なる)――」


 ここでアリスが私の耳に唇を寄せて、小さく呟く。


〔涼姫〕


「――Happy birthday to you.(お誕生日おめでとう)」


 私はアリスの胸に頭を埋めて、お礼を言った。


 アリスは歌の「涼姫」の部分は、私だけに聞こえる声で耳元で囁いてくれた。少しだけくすぐったかった。


 アリスが私を離す――ちょっと寂しい。


 私は、歯を食いしばったまま眼を落とす。


 急に机の上のショートケーキが小さく見えた。


 アリスが、私の両手を握ったまま言う。


「そういえばプレイヤーイベントのフリマでしたっけ? ――副惑星の都市で、FLのアイテムを色々売ってるそうですね。そこに行きましょうか、スウさんへのプレゼントも買いたいです」

「いいの!? 実は私、フリマ行きたかったんだ。――そういえば、アリスってお誕生日いつなの?」

「4月13日ですよ。私達が出会った、正にあの日でした」

「え!?」


❝調べたら、俺等がスウたんを知った次の日だぞ、それ❞

❝一式 アリスのプロフィールにも、誕生日は4月13日って書いてあるわ❞

❝すごいタイミングだな❞


「運命を感じますね」

「う、うん――じゃあ、私もその日の分のアリスへの誕生日プレゼントを」

「いいえ。スウさんとの出会いが、わたしにとって最高のプレゼントですので」


 ――私との出会いが最高のプレゼント!?


 私は自分の顔が、沸騰するのを感じた。


 なにをメチャクチャ照れることを、自然に突拍子なく言うのこの子!?


 頬を押さえて抗議する。


「ジ、ジゴロめ!」

「それ、日本語だとヒモとかいう意味なんですけどねぇ」

「え、じゃあ・・・・女たらし」

「あははっ、女たらしな女の子って、なんですか」


 でもそれ意外の言葉が思いつかないんですよ、貴女。


「じゃあ、惑星トレズへ行きますか? わたしがスワローさんを運転して連れて行ってあげましょう」

「そこまでしてくれるの?」

「運転していいなら」

「うんうん、ありがと! 操縦設定は、アリスの機体からコピーすればいいかな」


 アルカナくんが、執事のお辞儀をする。


「ではその間にわたくしは、地球で涼姫様のプレゼントを買っておきます」

「そっか、ありがと」

「いえっ、涼姫様に自分の買ったものを使っていただけるなら光栄です!」


 実用品をくれるようだ。


 というわけで、アルカナくんを地球に送り届けて、その後アリスがフェアリーテイルを運転したんだけど。


「ちょ――えっ、加速、速ッ――止まらな――なにこれっ!?」


 アリスの悲鳴とともに、真空中でコントロールを失って、転がりまくるフェアリーテイル。

 私はワンルームでケーキを守りながら揺さぶられ、思わず叫ぶ。


「あびゃびゃびゃびゃびゃ、アリス右ペダル踏んでぇ!!」

「こ、こんなに敏感なんですか!? フェアリーテイルって!! ――人型戦闘に特化してる私達の世代機とは違いすぎます!! ジャイロもなんですかこれ、敏感すぎてっ!!」


 フェアリーテイルが反転して逆向きに転がる。


「そんなに強く踏んだらだめ! 優しく踏んでぇ! ――おぼぼぼぼぼぼぼぼ」

「そんな事を言われましても!! こんなの敏感すぎて!! ――しかも四方八方からGが掛かりまわる中で優しくとか!!」


 私とアリスは、無重力を滑りまわり転がりまわるフェアリーテイルから、傍若無人なGを受けまくって――酔って、吐いた――二人で。

 なんとか私に操縦を代わって、たどり着いた惑星トレズ。


 街中に降りると、アリスは電信柱みたいなものに手をついて、体を折ったまま青ざめていた。


 私はちょっと前に回復した。


「――氷の上でノーマルタイヤどころじゃなかったです」

「こ、氷の上? ――ま、まあ、出力とか、結構ピーキーに調節してあるから」

「ピーキーどころじゃないです!! 殺人マシーンですよ、あれは!!」

「そんな、大げさな」


❝いや、景色がぐるんぐるん回るんだもん、観てるだけで三半規管おかしくなる❞

❝私、三半規管弱いから3D酔いみたいになって吐きそうだった。ベッドにダウン中❞

❝Gも凄そう❞

❝旧世代機やばすぎんご❞


「そ、そうかな? ――まあ、とりあえずフリマに行こっか?」

「この人は、なんでもう平気な顔に戻ってるんでしょうか?」

「な、慣れてるから?」


 私はアリスと知らない街を歩く、なんだかワクワクしてくる。――アリスが若干フラフラしてるけど。


 惑星トレズの街は、日本の都会みたいな感じだった。

 ただ、なんだろう――出来立ての街という感じ?


 ビルが建ち並んでいるんだけど、建築物がなにもかも真新しくて輝いている。


 苔も雑草も全くない、道路もひび割れてないし、標識とかの塗装も剥げていない。


 「日本の高度経済成長期の後、都市開発が進んでいた頃ってこんな感じだったんじゃないかな?」って思う町並み。

 

 そんな街の中を行くと、やがて見えてきた――広い広い駐車場みたいな所に沢山のプレイヤーが集まって、ゴザを敷いたり、机を置いたりして、その上に商品を並べている場所。

 その合間を、人々が行き来している。


「ほんとにフリマだー、初体験!」

「わたしも、フリマは初体験です!」

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