第151話 「誰か」の記憶を視せられます

◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆




 私はジゴロの魔手から逃れて、病室を出て手洗い場で顔を洗う。

 学校にあるような横に長い手洗い場。

 ――というか、アリスの病室にも手洗い場はあるのに、飛び出してきてしまった。


「まったく、アリスは・・・病み上がりの癖に、私を落とそうとしてくるなんて。大体、私はアリスに化けさせてもらえないと、どこも可愛くないでしょ」


 私が文句を言っていると、スマホが震えた。


「あっ、アリスの配信開始のお知らせだ。タイトルは――【無事です】生きてます【ご心配おかけしました】。そっかみんな心配してるもんね」


 アリスが配信を開始すると、すぐさま大量の❝生きててえらい❞のコメントが。


「ほんと、『生きてて偉い』だよ」


 私がぼそぼそ言っていると、ふと『〖サイコメトリーωオメガ〗』という声が聞こえてきた――え、誰!?


 突然――えっ、なにこれ、なにこの光景、誰かの記憶?!




 眼下に私とアリスがみえた。

 フェアリーテイルのワンルームを見下ろしているような視点だった。

 ――ほ、ほんとに誰の記憶!?

 なんて思っていると、いつの間にか私の視界が、光景の中の私の視界になっていた。

 光景のフェアリーテイルはワープ航行中だ、どこかに急いでいるのだろう。


 光景の中の私は震える唇で、アリスに告白する。


「・・・と、友達になってください!」


 アリスが、ちょっと泣きそうな顔になる。


「そんな風に、思ってたんですか」

「と、友達に・・・なって・・・ください!」


 千切れそうな、私の声。


「ほんとうに、――最初の印象どおりです」


 私はアリスを抱いていた。腕の中のアリスの体から失われていく、体温。


 光景の中の私が、胸をえぐられたかのような痛みを憶えながら、心の中で叫ぶ。


(ケロベロスの〖再生〗さえあれば!! ――あの時、逃げずにケルベロスさえ倒せていれば、もしかして。――間に合って、お願いだから、間に合って!!)


 腕の中のアリスが、眉尻を下げて泣きそうな顔で笑う。


「・・・・・・その言葉を胸に抱いて死んでいけます。次のわたしはきっと、貴女と友達から始められますよね」


 アリスが拳を突き出してくる。光景の私は、一瞬意味が分からなかったけど、アリスが拳を振って私の拳をみた。


 理解した私は、自分の拳をアリスの拳にあわせた。


「どうか、次のわたしをお願いしますね。――わたしの友達」


 アリスが私の拳を解いて、指をからませてくる。

 そうして色を失った唇で呟く。


「おやすみなさい」


 アリスの小さなつぶやきが、わたしの耳をつんざいた。


「い、いかないで、アリス!」

「すぐに目を覚ましますよ」

「いかないで――、アリス!!」

「寂しい思いはさせません」

「ちがう、ちがう、そのアリスは今の貴女じゃない!!」


 絡んでいたアリスの指の力が抜けていく。


「お願い、いかないで、いかないで―――ッ!!

「―――笑って? 私は、かわいい、貴女の笑顔を、見なが、ら死にたい・・・・」


 私は息を切らすように胸を揺らしながら、震える表情で笑顔を作る。


「・・・・ありが・・・とう・・・・・・涼姫―――大・・・好き」


 アリスの身体から、完全に力が抜けた。


 私の腕に、アリスの重さがより強く掛かる。


 急速に失われていく、腕の中の熱。


「アリス? ねえ、アリス? ――おねがい、アリスやめて・・・? ―――アリス・・・」


 私は身体をのたうたせ、アリスの身体に抱きついた。


「――――――――――――アリスッ!!」


 アリスの身体が、光になって私の腕の中から消えていく。


「・・・・なにこれ? えっ――まさか―――!! や、やめて、アリスを持っていかないで、アリスを消さないで!!」


 アリスの身体に、重さがなくなっていく。


 光になっていく。


「やめて、やめて!! やぁめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 私はねじれるように、躰を伸ばして天井に吠える。


 気づくとアリスの重さが消えて、沸き上がる蛍のような光に包まれていた。


「返せよ、アリスを返せよぉ、アリスを返せよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 唇を噛みちぎり、歯ぎしりしながら、震える顔で窓の外の宇宙を睨んだ。


「変えなきゃ、こんなの――変えなきゃ。変える、変えてみせる―――ッ!!」




 光景が消えた――途端、私は凄まじい吐き気を憶えて、そのまま手洗い場に思いっきり嘔吐した。

 あの光景の私が感じた凄まじい悲しみと後悔に同調して、嘔吐が耐えられなかった。


「ォ―――オぅゲぇぇぇ」


 アリスが死ぬ瞬間なんて、・・・なんて最悪な光景を見せるんだ。


 今の光景、今回のボス直後の光景っぽかった。――今の記憶の世界のデータベースって言うのは壊れてなかったみたいだけど、なんなんだ本当に最悪だ。

 というか・・・ケルベロスがやたら私との戦いに執着したのって・・・・まさか。

 ――アイリスさんが、どこかでこんな事があったのを知っていて?


 ケルベロスが私との戦いにこだわり、なんとしても私に〖再生〗を手に入れさせようとしたのは、アイリスさんを元に戻す為に必須のスキルだからだと思ってた。

 でも、本当は・・・・。

 そしてあの時ケルベロスから逃げていたら、相手が追いかけて来なかったら――、アリスは・・・今日。

 ・・・・私は、寒気のするような事実に身を抱いて震えた。


 ――優しいアイリスさんの事だから、〖再生〗を私に渡そうとしたのは、十分あり得る。


 お陰でこの私は、アリスの死を回避できた? ――回避できたんだよね!?


 私が青ざめたまま震えていると、アリスの配信から声が聞こえて来た。


『え、黒い妖精?』


 私が手洗い場の上のに置いたスマホを見ると、アリスが病室の何もない宙空を指さしていた。

 リッカが尋ねる。


『――ん? どうしたアリス?』

『なんだか、蝶の羽根を持った黒い妖精が・・・・。え、視聴者の皆さんには視えないんですか!? ―――いえ、ここに居ますよ、黒い妖精が、ほら!』

『いや、何も見えないぞ?』


 リッカの疑問の声、病室にいる他の人も首を傾げている。

 周りの反応で困惑するアリスに、撮影しているショーグン・ドローンが告げる。


『姫、MoB反応じゃ』

『えっ!? ――この妖精、MoBなんですか!?』


 アリスの戸惑いの声が挙がった。

 そしてアリスは、妖精から話しかけられているのか、何かを呟き出す。


『へっ、何を? ――「私にはもう要らない」? 「変えられなかった」? 「託す」? 「あなたには必要」!? ――何を言ってるんですか!?』

『姫、印石が出たようじゃ』

『あ、妖精が消え――えっ!?』


 アリスの配信から、印石がコックピットの床に転がる音が聞こえてきた。


『あっ、不味い、ベッドの下に!! どこいったんですか!?』


 ――えっ、見失っちゃったの!?


『〖透視〗―――あっ、ここですか。良かった有りました』


 私は、胸を撫で下ろす。

 そうか、アリスには〖透視〗があった。探し物とかに便利そうだなあ。


『こんな真っ黒な印石あるんですね・・・・なんの印石でしょう? ――ショーグン、何の印石ですか?』

『〈時空回帰〉。時間を巻き戻す印石じゃな』

『はぁぁぁぁぁぁ!?』

「ええええええええええええ!?」


❝❝❝んじゃそらあああああああああ!?❞❞❞


 私含め、みんな一斉に大騒ぎ。そらそうだよね、時間を巻き戻すとかチートもいい所だし。


 ショーグンの声が続く。


『ただし、使用できるのは一度だけ。一度、時間を巻き戻したのと同時にスキルは消え去るようじゃ。戻せる時間は僅か10秒』

『な、なるほど・・・・それでも凄まじいスキルですね・・・とにかく急いで石を砕きましょう。無くしたら大変です』


 モニターをみると、アリスが印石を砕いていた。


 画面の向こうでは、黒く発光するという意味の分からん現象が起きていた。


「アリス、本当に凄いスキル手に入れたなあ。――それにしても」


 私はアリスが口にした、妖精が発した言葉らしき物を呟く。


「『変えられなかった』・・・・か」

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