第149話 攻略完了します

 言葉に、その場にいた全員に衝撃が走った。


「え」

『アイリスさんの子供?』

『アイリスの子供?』


 クナウティアさんの声も震えている。


『旧人類の子供・・・』


 命理ちゃんが少年に尋ねた。


『アイリスの子供って――遺伝子的にも肉体的にも完全に人間なの? それなら――』

『いいや? MoB達と同じ、ケイ素生物だよ。だけど思考は人間。――人類を憎んでいるけどね』

『そんなの人間だなんて!』

『呼ぶよねえ? 君等の定義なら』

『それは・・・』


 「それに」そう少年は言って、命理ちゃんをみた。


『記憶をなくす前のお前は言っていたよな。「本気で生きている奴が、本物の生き物に決まってる」』

『・・・・当機は、知らないわ』

『アイリスの子供達は、本気で生きているぞ。翻ってお前はどうだ、心をなくし、記憶をなくし、本気で生きられるのか? お前は生きているのか?』

『当機は、よくわからないわ・・・』

『成田 命理が生命体なら、アイリスの子供たちは間違いなく生命体だ。そしてデータノイド? アニマノイド? ヒューマノイド? ソイツらより、あの子達はずっと人類である資格がある。あの子達に銀河を返還してもらおうか』

『ふ、ふざけないで下さい! わたくし達は、アイリスさんの子供たちと手を取り合えるなら、取り合いたい!』

『はっ、口ではなんとでも言える。そこにいるプレイヤー共が動かぬ証拠だろう。100層を目指し、アイリスを殺す――アイリスの子供たちもそんな事はさせないと激怒しているよ』


 この言葉は私にとって、聞き捨てならなかった。


「そんな事、する訳がない!」

『・・・・なに?』

「少なくとも私は、アイリスさんを救いに行く!」

『救う? また、嘘か――』


 すると命理ちゃんが反応した。


『違うわ、スウは言ってくれたわ「アイリスを笑顔にしに行こう」って』


 命理ちゃんの言葉に、少年が一瞬固まった。そして徐々にお腹を押さえくの字になり、吹き出す。


『笑顔!? ――ぶっ―――ぶははは、ぶはははは!』


 少年はくの字から徐々に体を反らし、おとがいを反らし、しばし嗤うと、やがて私に向き直った。


『どうやって、マザーMoBを笑わす気だ。彼女にはもう破壊衝動しかない。お前の言葉で笑うのはアイリス以外だけだ。マヌケだとな』


 アイリスさんに破壊衝動しかない? そんな有り得ない――。


 少年の言葉は、私には鋭い違和感として感じられた。

 あまりにも真実からかけ離れていると、アイリスさんに破壊衝動しかない〝訳がない〟。

 それは、なぜか確信めいた気持ちだった。

 でも、どうして私はこんな事を思うんだろう?


 私には、アイリスさんが今でもとても優しく、無垢な人間に思えてならない・・・。


「なんで・・・」


 そこでふと、私は夏の香りを感じた―――真っ白な無垢が浮かんだ。

 これは?


 滲む光景が視えてくる。


 少年が、なにか言葉を続ける。


『だいたい、アイリスはもう居ない。1000年の孤独、人の精神が形を保っていられるわけがないだろう』


 そんな言葉に、命理ちゃんの愕然とした声が聴こえた。


 彼女もまた、千年を一人で過ごした存在だ――彼女は感情がないからこそ耐えられたのかも知れない・・・しかし、普通の人間が千年を一人で耐えられるか? 答えはノーだろう。


『アイリス・・・・いないの・・・?』


 命理ちゃんのあまりに悲しそうな声――彼女の・・・今にも泣き出しそうな声にをきっかけに、滲む光景がハッキリしていく。


 そうだ誰かと、なにかとても大切な会話をしたような。


 滲んだ水彩画のように曖昧な記憶。


 焼けた写真のように、頼りない光景。


『当たり前だろう。千年も一人で、人間の精神が持つものか。もうアレは人間ではなくなっている』


 〝アレ〟・・・って。コイツはアイリスさんを、〝アレ〟と呼ぶのか? 本当にアイリスさんの子供を保護しているのか?

 そんな疑問を抱いた刹那、脳裏に浮かぶ――風に波うち輝く、えのころ草。


 途端に視界に飛び込んできた、記憶。


 屈託のない、笑顔――歯をみせて、眩しそうに笑う。ひだまりのような笑顔。

 そうだ――アイリスさん! ――いや、アイリス!


 彼女は砂時計を指さした。その砂時計は止まっていたじゃないか。


 彼女は言っていたんだ、アイリスから見れば宇宙の終わりは一瞬で来る。


 私達からみれば、アイリスは永遠に変わらない。って。


 確かに、物理的にもその筈だ――間違いない!


 私は少年に、叫んだ。


「嘘つかないで下さい!」


 私の断罪する斧が切り裂くが如く否定の声に、少年が僅かにたじろぐ。


『な、に・・・?』

「ブラックホール内部や付近は時間の流れが変わります――アイリスさんには一瞬で宇宙の終わりまで行きますが――こちらから観測すれば、アイリスさんの時間はほぼ停止している―――!」

『―――っ』

「アイリスさんは、今だにブラックホールに吸い込まれた一瞬にいるはず! 進化とかしているみたいですが、貴方の焦り方を視る限り、アイリスさんは1000年を過ごしていないようですね――確かに1000年にしてはあまり進化していないMoBに疑問を抱いていたんです。無限に進化するって言われているのに。――なら落着中に進化したんではないでしょうか。とすれば私達がアイリスさんを救えば、彼女は一瞬で救われた事になる! ――」


 ただ、夢の中に出てきたアイリスさんは私を認識していたりして不思議な現象があるけれど。

 あのアイリスさんが本物なら、彼女は1000年を観ているのかも知れない。


 精神の全部、または一部だけが分離して宇宙を眺めているのかも知れない。


 例えば、MoBの精神だという印石のように宇宙に散らばって。

 でも、アイリスさんの状態がこっちだとしても問題ない。

 だって、宇宙を眺めているなら一人ぼっちなんかじゃないんだから。


 銀河連合の人々や、今なら私達プレイヤーの事も見ているはずだ。


「私は、アイリスさんに夢で会いました。アイリスさんは今も居ます。彼女の心は人間のままです」

『アイリスの夢・・・・』


 少年も、なにか心当たりが有るような声を出した。


 私もアイリスさんの夢――というか印石という物がそもそも、まるで夢の中を現実に持ってきたような不思議な石だ――だから「印石こそ、アイリスさんの夢の一部なんじゃないか」って思う。

 ――ならアイリスさんは、夢で現実に干渉出来るのかも知れないって。


 私はフェアリーテイルを人型にして、少年に真っ直ぐ瞳を向けて宣言する――VRで私の動きをトレースするフェアリーテイルが、少年を真っ直ぐ見ているはずだ。


「アイリスさんの心がまだあるなら、人に戻します」

『人に戻す?(笑) ――それこそ無理に決まってる。彼女はどうやっても――』


 治せる。


「〖再生〗」

『――――!?』


 少年が固まった。しばらく彼は微動だにしなかった。


 ―――やがて少年は、ワナワナと体を震わせだす。


『・・・・お前、持っているのか?』

「はい」

『―――まさか、あの女、本当に〝奇跡の始まり〟にたどり着いたのか!? 奴の〝終着駅〟はここか!?』

「あの女?」


 少年が額を抑える。


 彼は、しばらくそのポーズのままだった。

 そうしてだんだんと胸のあたりを震わせだし、それは徐々に全身に波及していく。


 ・・・・ふふふふふふふふ――ハハハハハハハハ―――あははははははははははははは!


 黄金の空に向かって高笑いを挙げる、少年。


『くっくっく――アイツ、本当に奇跡の始まりにたどり着いてやがる。狂ってやがる。いいや、今までも何度かあったのかな? だが何度も失敗したか。くっくっく――』


 奇跡?


『――いいだろう、計画変更だ。今日の所は退いてやる。来い、リル・リトル』


 少年の頭上に波紋が浮かんで、中から出てくる卵に手足の生えたような機体。

 命理ちゃんが警戒の声を挙げた。


『ベクターのアクティブアクター!』

「アクティブアクター? なにそれ、命理ちゃん」

『言ってみれば、ベクター達の作ったバーサスフレームよ』

「強いの?」

『1000年前、ベクターはあまり多くの人数がこちらに来れなかったから、数的には星団帝国が有利だったけれど、互角以上の戦いを向こうは繰り広げてきた。――それにアクティブアクターのテクノロジーの一部は、星団帝国でも解析できなかったわ』

「それはつまり・・・・数では負けなかったけど、1機1機ならバーサスフレームより強いってこと?」


 命理ちゃんが、無言で静かに頷く。


『そういえば、お前たちはボク等から奪ったアクティブアクターの部品だけ積んで特機を造る場合もあったよなあ――』


 だからユニーク能力を持つバーサスフレームが、一部に存在するのか。

 少年が嗤う。


『――例えば』


 少年と卵に手足の生えたようなバーサスフレームが、同時に指を鳴らした。

 すると景色がまるでコマ落ちの様に切り替わり、私達はハイレーン軌道の宇宙空間にいた。


「え、なにこれ――なんでハイレーンが眼の前に? 私達さっきまで40層にいたんだよね!? 移動に20分は掛かるはずなのに」


 周りを見回せば、ボス戦攻略で最後まで残った人たちの機体も浮かんでいる。


「この人数を、一瞬でハイレーンまで・・・・」


 それは、完全に銀河連合の科学力を超える力だった。

 つまり彼は、いつでもどこでも好きな場所に移動できるという事を示していた。


 周りのプレイヤーたちも、ざわついている。


 卵の殻を被った少年の姿はない。


「こんな力で、暗殺とか奇襲とかされたら――いや、それよりアリス!」


 私はアリスを治療するため、急いでフェアリーテイルを出て〖飛行〗でショーグンの中に飛んだ。

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