第137話 私の写真集が発売されます

 その朝、私は神奈川の方に買った家で、一本のCMを目にしてムンクの叫びのような顔と姿勢で叫んだ。


 CMの内容はこうだ。


 私が生まれてこの方、鏡で一番観てきた人物が、水着、甘ロリ、ゴスロリ、果ては妖精の際どいコスプレとか、あられもない姿で、森の木立、小川、湖でポーズを取っているのが映像になっているCMだ。

 

 つまり以下のような内容だ。




 私が森を駆け回る写真が幾つも流れる中、渋い男性のナレーションが入る。


「これは銀河を舞台に、妖精のように駆け巡る少女のおとぎ話。

あのスウの幻想的な美しさを、ありのままに映し出した一冊。

星を駆ける英雄の――本当の姿が、ここに。

スウ、ファースト写真集『フェアリーテイル』」


 最後に被写体の顔のアップが映しだされ、彼女はささやく様な声で、決め台詞を言うのだ。


「バッドエンドなんかじゃ、終わらせない」



 私は悍ましいほどにSANチェックに失敗して、息をダイソン球のように吸い込みながら、


「ヒ゛ヨ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」


 床を転げ回った。

 錯乱の中、記憶を掘り起こす。


「な・・・・なんでだ! なんで私はあの時、自分を可愛いと思ってしまったんだ!? ―――そうだ、あのカメラマンだ。カメラマンが『いいよいいよ、かわいいよ』って呪文の様に繰り返し、いつの間にか催眠術に掛けられたみたいに、自分をかわいいと勘違いしてしまった! ――いや、むしろヤツは間違いなく催眠術師だ!」


 ヤツの催眠術に掛けられて、いつの間にか水着にまでなってしまっていた!


 成猫サイズにまでなったリイムが、不思議そうな表情で首を傾げている。


 「ママが、また奇行をはじめちゃった」みたいな目だ。

 「ああ言う時のママは、相手にしないほうがいい」と理解しているのか彼はソファで、転げ回る私を首で追っているだけだった。


 だが、アルカナくんは私を心配そうに見てオロオロしている。


 しかし問題のCMのナレーションが、私の砕けかけたハートに追い打ちを掛けてくる。


「初回限定版特典『スウの1日密着映像。ブルーレイ2枚組』。初回出荷特典『スウのASMR音声1時間』付き」


 私は、床を転げ回りながら泣き叫ぶ。


「なし、なし、ストップ! 出荷しないで!」


 何処かから幻聴が聴こえてくる。


「出荷よー」

「そんなー(´・ω・`)」


 人生の屠殺場送りじゃん、もう!


 うずくまり、拳を床に叩きつけながら恨み節を放つ。


「なーにが『バッドエンドなんかじゃ、終わらせない』だ! 私の人生、もう終わらされてるじゃねーか! 過去の私、お前のせいでバッドエンド直行だクソが! つか、ファースト写真集ってなんだよ! セカンド写真集が有るとでも言いたいのか!? ねーよそんなもん! ・・・――――無いよね?」


 それもこれも、あの日――




 事務所に呼び出され行くと、知らないおヒゲの男性がいた。


「始めましてスウさん。おおっ本物は本当に愛らしい」

「えっ、えっ、この人誰ですか?」


 私は目を白黒させながらフーリに尋ねた。すると彼女が答えてくれる。


「彼は亀井 写楽さん。写真家よ」

「写真家さんですか。そんな人がなぜ事務所に?」

「スウさんの写真集を作りたいらし――」


 私は脱兎のごとくスーチャンネルの事務所を飛び出そうと、走り出した。

 しかし、出入口の扉から入ってきた人物と衝突。


「あれ? 副社長、どうしたんですか?」


 江東さんだった。

 思いっきりぶつかったのに、私が後ろにふっとんだだけで、江東さんはビクともしていない。

 この人、事務の癖に、あんな筋肉が!?


 私は尻もちを着いて、鼻を押さえながら江東さんを見上げる。


「江東さん、どいて! 私の命が危険なの!」

「えっ、平穏な事務所にしか視えませんが」

「良いからどいて! このままでは、私は抹殺されるの――主に精神的に!!」


 私が必死に訴えるのに、江東さんは気にせず事務所の奥に手を振る。


「あっ、亀井さん! お久しぶりです」


 江東さんがそんな会話をしているせいで、フーリに事務所のドアの鍵を締められる。


 フーリに服を引っ張られ、事務所の中へ引き摺り込まれる、私。


 暴れても駄目だ逃げられない。フーリも運動不足のくせに!


「とにかく話を聞いて、スウさん」

「いいえ、いいえ、いいえ!」

「ヌードとかじゃないのよ?」

「いい・・・・え゛? ――ヌードなら、舌噛み切ってるわ!」

「よかった、今回は水着だから」

「なんにも良くない! なんで私の水着姿を他人に見せないといけないんだ、皆目見当もつかん!!」

「みんなが見たいからよ」

「陰キャの水着姿なんて、見たいわけなかろう! ――てか今回はってなに、次回はヌードだとでも言う気か!?」


 フーリが笑う。


「水着の写真なんて大した事ないわよ。ちょっと撮られて終わりなのだから」

「フーリはそうでしょうよ! お顔も、お身体も、どこに出しても、どこを出しても、誰もがうっとりするような芸術品なんだから!」

「スズっちだって、可愛いじゃないの」

「お ん な の 言 う 、 か わ い い は 、 し ん よ う で き な い」


 私は目を剥き出し血張らせて、顔面を捻るのに、フーリは気にした様子もなく返す。


「胸とか、配信で凄く人気じゃない」

「アイツ等はそこにしか興味無いだろ!? なんなら、ぺーだけの写真集で満足でしょうよ!?」

「流石にそんな事は無いと思うのだけれど――スズっちのパイロットスーツ姿なんか、凄くプロポーションが良いし」

「あれは、アリスが追加してくれたオプションなの! パイロットスーツが締めたり、寄せたり、緩めたりしてくれて、見事なプロポーションにしてくれるの!」

「流石アリスウツ・・・至れり尽くせりね――でも、それってコルセットみたいなものでしょう? なら少しづつ体型も変わる筈だから、ずっとアリスウツを着ているスズっちさんの体型は、結構良くなってるんじゃないの? ――とりあえず試しに、撮られてみたら良いと思うわ」

「絶対に嫌だ!」


 すると亀井さんが、私に向かっていう。


「女性のかわいいが信用ならないなら、私が言いましょう。スウさんは本当にかわいい」

「もう何も信用できない!!」


 しかし、後ろに控えていたアルカナくんも、


「ボクは、涼姫様はとても美しいと思います!」


 なんて子どもの純真な眼差しで言ってくる。うっ、アルカナくんが言うならとか思ってしまった。


 違う、そうじゃない! 説得されちゃ駄目なんだよ!

 すると亀井さんが1枚の写真を持って私に歩み寄ってくる。


「まあ、これを見てください」

 

 亀井さんが自分が撮ったものらしい写真。


 そこには、私の大好きなアニメに出てくるロボットのプラモデルの写真が写っていた。


「えっ、カッコイイ」


 今にも動き出しそうで、重量感まである見事な迫力。


 後光のような光と、傷ついたロボットの対比。


 地球を守るために戦い、疲れ果てた兵器を、神々しく映し出している。


「私、人物以外もいけるんですよ。スウさん、何か撮ってほしい物はありますか?」

「は、はいっ!」


 私は〈時空倉庫の鍵〉から自慢のプラモデルを取り出す。

 これの作成には拘ったんだ!


「おおっ、素晴らしい作品ですね。塗りが丁寧で非常に繊細だ。ではデジカメですが、失礼して――」


 亀井さんがプラモを持って私から離れていく。

 そうして大分離れた所で、パシャリ。


「どうですか?」


 今撮られた一枚の画面が向けられる。

 そこには小さな私と、巨大なメカ。

 まるで私がアニメの世界に入ったみたいだ。


「ではスウさん、今度はプラモデルを持ってみてください」

「あっ、はい」


 私がプラモデルを手に乗せると、もう一枚パシャリ。


 亀井さんがまた画面をこちらに向けてくる。


 今度は私が大きく写っていた。


 ――でも。

 

 えっ、これが私?


 窓から漏れる斜陽をバックに、幻想的に映る一枚。


「私なら、貴女の魅力を引き出せますよ」


 き、奇麗かも。


 若干私の心が揺れ動いた瞬間、亀井さんのプレゼンが始まった。


「貴女は美しい! 誰よりも!」


 今まで何人もの被写体を口説き落としてきたその話術に、私は徐々に催眠術に掛けられたようになり、最後には頷いていた。




 そして今に至る。現実に戻って私は、窓の外を涙目で見た。


 生まれてしまった黒歴史。もうどうしようもない。


 学校を休みたい。


 今まで、病気以外ではどんな事があっても休まなかったけど、もう二度と行きたくない。仮病が持病になりそう。


「学校行くの嫌だぁ・・・」


 私が喘ぐと、アルカナくんが首を傾げた。


「涼姫様、今日はお休みになられますか?」

「それは駄目ぇ」

「それでは、お支度致しますね」

「・・・・おなしゃす」


 されど学校を休む勇気すらない小心者の私は、結局登校。


 ちなみに正気に戻った私が「私だけ水着にされるのはずるい! フーリも水着になって!」ってフーリにキレたんだけど。


「別に構わないけれど」


 と、フーリはあっさりと私の配信に、水着で登場した。しかもビキニ。

 配信に出たフーリは、


「すごい価値のスウさんの水着姿と違って、私の水着姿は1円にもならないのだけれどいいの?」


 とか、きょとん。


 さらにアリスなんか、


「え、水着で写真は辛い? ・・・じゃあ、一緒に写りますか?」


 と、私のヘルプに写真集に友情出演までした。

 そうだアリスは本職だった。水着とかになって写真を撮られるのが仕事だった。


 強い、強すぎるぞあの二人! これだから陽キャと陰キャは相容れないんだ!


 そして、今日に限ってアリスは朝練で、一緒に登校してくれない。


 アルカナくんがいるから若干マシだけど。アルカナくんを雇っておいて本当に良かった。

 だけど、アルカナくんは学校の部外者なんで中までは着いてこれない。

 ――彼は外で、フクロウの目の良さを活かして、私を遠くから毎日見守ってくれている。

 ちなみにフクロウらしく音もなく行動する事も出来るらしく、何かあったら音もなく駆けつけてくれるそう。


 私は授業受けてても辛いのに、アルカナくんは私の護衛だけを何時間も――毎日本当にありがとう。

 というわけで、一人になってしまった学校のグラウンドで囁かれる声。


「あ、フェアリーだ」


 今一瞬心臓が止まった、間違いなく。一瞬目の前が真っ白になって倒れかけた。


「水着すごかったな」

「妖精の方がエグくなかった?」

「つか、自分を妖精って思ってるってこと?」


 おたすけ、おたすけ。

 とてつもない羞恥が、私の心を握りつぶそうとする。


「あの決め台詞、言ってほしくね?」

「バッドエンドなんかじゃ、終わらせない?」


 やめてええええええええええええ!


 私は多分、火を噴き出している顔面を手で覆って、校舎に滑り込んだ。


 周りからの視線が、私をメッタ刺しにする。ああ、世界が廻るようだ。


「おおう」


 私は本当に目を回していたらしい、下駄箱の前で膝を突いてしまった。


 不味いぞ、ほんとーに不味いぞ。

 これは一日もたないぞ。


 駄目だ、ストレスで自分の髪の毛を食べたくなってきた。


 すると、声が掛かる。


「涼姫、大丈夫ですか?」


 見上げるとアリスがいた。


 私はホッとして泣いてしまう。


「アリスぅ・・・みんなが、私の写真集の噂するのぉ・・・・」


 私が泣きつくと、アリスが周囲で私を見ながらヒソヒソ言っている人間を睨む。

 それはもう全知全能の暗黒神のように「神がこの世の全てを肯定するならば、我は全てを否定しよう」というような瞳だ。


 私は、アリスに抱きしめられ頭をポンポンされて落ち着く。


「涼姫にはわたしが居ますから、もう大丈夫」


 私は、アリスにすべてを委ねた。


「全知全能の神様・・・私の全身全霊を捧げます」

「わたしの可愛い子兎こうさぎよ、わたしを信じ、崇めなさい」

「はいヨグ=アリースさま」


 ここに新支配者様が誕生し、彼女の狂信者がポップした。


 安心する私にアリスは穏やかに笑い、耳元でささやいた。


「わたしも涼姫の写真集買って見ました。とっても可愛かったです」

「うううう」


 君がそう言ってくれるなら、救いだよ。


 その後、歩きながら私はちょっとアリスに尋ねてみる。


「お姉さん――スナークさん、どうだった? 私のせいで・・・」

「涼姫のせい? ―――ああ・・・姉は、アン姉さんは・・・多分、スウさんに感謝してますよ。女の子に戻れてスッキリしたような顔でしたので・・・・むしろ私が姉に、ずっと険しい顔をさせていたんです。わたしのせいなんですよ。スウさんは、ただ姉の荷物を肩代わりしてくれただけです」

「・・・なら・・・それなら・・・良かったかな」

「はい、良かったことです」


 アリスが廊下の窓から空を見上げた。

 私も同じ方角を見れば、空高く入道雲が立っていた。

 ―――もうすぐ、夏だ。




 ところでこの日、クランハウスのバーに行くとくだんの写真集『フェアリーテイル』が平積みにされていて、私は大絶叫した。


 しかもPVとして写真集のCMが大音量で流されていて、涙目でモニターの電源を落とそうとするのに、リあンさんに羽交い締めにされ阻止された。


 その後、スマホでスーチャンネル事務所にいるフーリに『売れ行き絶好調で300万冊の重版が決定した』という名状しがたい内容を訊かされ。

 とうとう目標値が高すぎるSANチェックにファンブルで失敗して、江戸川乱歩の『鏡地獄』をそらで詠唱したらしいが、記憶にない。

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