第135話 アリスちゃんとわたし

◆◇◆◇◆




 クラン対抗PvP大会が終わり、喧騒も静まっていく中――一人、ロッカールームで、項垂れ、目をつむる女性がいた。

 スナークだ、彼女は誰も居なくなったロッカールームのベンチに座っていた。

 彼女は項垂れたまま、過去に思いを馳せる。




「アリスちゃん、アイス食べる?」

「うん! お姉ちゃん!」


「アリスちゃん、お姉ちゃんお腹いっぱいだから、このクッキー食べて」

「うんー!」


「アリスちゃんの服を先に買ってあげて、お父さん」

「わーい」


 アリス・テイラーとアン・テイラーは、仲の良い姉妹だった。

 そしてアンは、アリスにとって母親代わりでもあった。

 幼いアンは常に妹のアリスの事を考えて、母を失ったアリスの為に行動してきた。


 だがある日、父ジョン・テイラーが見知らぬ女性と日本に駆け落ちしてしまう。

 「必ず迎えに来る」とアリスとアンに約束して。


 かくして父は、迎えに来た。

 だがアリスとアン――二人の親権は既にアリスとアンの実母の親戚に移っており、親権を争う裁判となった。父は経済的理由から、アリスの親権しか取り返せなかった。


 ジョン・テイラーは妻を愛していたのもあるが、もう一度アリスとアンに母を与えてあげたかった部分があった。

 新しい妻とも話し合い、新しい妻は「二人の母親になりたい」と言ってくれた。

 だが、実母の親戚もまた、駆け落ちなどをした父親は信用できないと、アリスとアンを守ろうとした。


 全ては二人――アリスとアンを思うがゆえの・・・・すれ違いであった。

 

 けれど思いはどうあれ、アリスとアンは、引き裂かれる事になる。

 そうして、アンの心も引き裂かれた。


「お父さん、アリスを連れてかないで! お願い、お願いよ!! ―――私からアリスを奪わないで!!」


 悲痛な叫びがこだましたが、それは届かなかった。

 アリスは日本で、アンはイギリスで暮らす事になる。


「アリス、アリス・・・」


 幼いアンは泣いた。アリスが恋しいと泣いた。

 何時しかアンは、自分が強くなってアリスを迎えに行き、アリスを守るんだと誓い――まるで男性のように生きるようになった。

 ――こうして二人は、FLで再会する。




 スナークが、ロッカールームで静かに呟く。


「アリスちゃんは、スウあの子の事、本当に好きなんだね」


 スナークは、手を額に持ってきて組む。


「あの子とアリスを引き裂くと、俺がアリスちゃんを傷つけることになるんだね。・・・・大事な人と引き裂かれる辛さを知っている、俺が――アリスちゃんを、大事な人から引き裂くことになるんだ」


 スナークは額の前で組んでいた手を、さらに硬く結んだ。


「それは・・・・駄目だね」


 スナークが天井を仰ぐ。


「スウって奴は、たしかに強い・・・・俺より強い・・・アイツにアリスが護れないなら・・・、もう誰にも護れないくらい強い」


 スナークの顔が、自嘲気味に歪んだ。


「俺がアリスを護るって誓ってたけど・・・・俺は、もう必要無いわけか・・・」


 スナークが誰も居ないロッカールームで宙を見つめながら、喘ぐような息を吐いた。


「じゃあもう、俺なんて言う必要もないか」


 頬を伝う、一筋の雫。 


「私・・・振られちゃった。ははっ」


 スナークが頬の雫を拭った。


「女の子に戻ろう」


 言って、彼女は立ち上がる。


「だけど、その前に――アイツには一言だけ言わないといけない。アリスの親代わりとして、最後の仕事をしないと」


 スナークは出口に向かい、ドアノブを回した。




 スウ達が、大ロビーで帰り支度をしていると、そこに男装の麗人がやってきた。


 クレイジーギークスはやって来たのがスナークだと気づいて、若干の警戒を見せた。


 スナークは カツカツ と靴を鳴らして、スウの眼の前まで来る。


 アリスが姉の前に立ちはだかろうとするが、何かを察したスウがアリスを手で制する。


 スナークはそんなスウの様子を見て(お見通しか)と、少しため息を吐いた。


 スナークが険しい表情になり、声を張り上げる。


「スウ!! 妹を、お前に預けてやる―――ッ!!」

「はい」

「だが・・・・あの子に――アリスに何かあってみろ・・・私は、絶対にお前を赦さないぞ」

「スナークさん、まかせてください。アリスは私が護ります」


 アリスが「姉さん・・・・? じゃなく?」と、少し驚いた表情をみせた。

 するとスナークが柔らかい表情になり、アリスに向き直った。


「アリスちゃん、私、女の子に戻るよ」

「えっ、姉さん・・・?」

「もう虚勢を張る必要もないから――」


 スナークは言って、スウに少し温度の低い視線を向けた。


「この事だけは、お前に感謝してやるよ」


 スナークは踵を返し、背中を向けたまま〝手を振る〟、


「じゃあな」


 スウと――〝アリス〟に向かって。


 スウは、スナークの声から彼女の決意を感じた――ケジメを付けようとしていると感じた。

 だから〝〟と思い、考えをアリスに聴こえるように口にした。


「スナークさん、本当にアリスが好きで、アリスを護りたかったんだね。それで男の人みたいに振る舞って、頑張ってたんだ」


 アリスはスウの言葉に、目を見開く。


「えっ―――」


 アリスが、何度も瞬きをしながら呆然と言う。


「・・・・わ、わたしのため・・・? 姉さんがずっと男みたいに振る舞ってたのは、わたしのため!?」


 アリスがまぶたを大きく開き、瞳をこぼしそうなほどに、眼を丸くして震わせ。叫んだ。


「そ、そんな―――!!」


 アリスは驚いた顔のまま、スウの顔をみた。

 そして、震える声で続けた。


「姉があんな格好や言動をしていたのは、わたしの為だったんですか―――!?」


 スウがアリスに、真剣な瞳で返す。


「そうだと思う」


 アリスは震える手で、自分の口元を押さえる。


「わ、わた、わたし! 姉に一杯酷いこと言いました! 自分勝手だとか、ワガママだとか、この間のレースの時なんか、大嫌いまで言いました! ―――なのに姉は――それでも姉は!?」


 アリスは唇を細かく震わせながら、呟く。


〔あの時、姉はどんな思いで、私の言葉を聞いていたんですか・・・!? ―――それでも姉は・・・・っ!〕


 戸惑うアリスの瞳へ、スウの柔和な双眸が向かう。


「アリス、行っておいでよ。お姉さんに今言いたいこと、伝えておいたほうが良い。――義姉と全然上手く行かなかった私が言うのも何だけどさ・・・・きっと、姉妹は仲が良い方が良い・・・」


 するとリッカだった、


「行って来い、アリス!!」


 声を張り上げ、アリスに喝を入れて、背中を押した。


「は、はい!!」


 アリスが背筋を伸ばし駆け出す――姉の背中を追い掛けて。


 メープルが、リッカの背中を叩いた。


「さすが、お姉ちゃん!」

「うっさいな、わたしも姉だからな。スナークの気持ちはちょっと分かる」

「お姉ちゃん、わたしの事あんなに好きなんだ?」

「ぜんぜん」


 リッカがメープルからそっぽを向いた。

 メープルは忍び笑い。


 スウは、アリスの背中を見ながら少し戸惑った。自分のせいであの姉妹を引き裂きかけたのでは? と。


 するとオックスが腕を組んで、頷いた。


「スウ、雨降って地固まるという奴だ。全てはこの時のため――何も問題ないぞ」

「え・・・・、あ・・・っ。は、はい」


 スウは、オックスさんが自分が気に病むのでは無いかと思い、言ってくれたのだろう。そう思った。

 クレイジーギークスの面々が、大ロビーの出入口で抱き合う二人の姉妹を見て微笑む。

 スウは、二人を眩しそうに見た。


 ―――これできっと、二人は仲の良い姉妹に戻れる。


 カーリヘアの少女は、ロビーに吹き込んできた優しい風に髪を揺らし、目を閉じた。


 少女の姿は差し込む強い日差しに照らされて、影絵のように周りの眼に映った。

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