第134話 決着
VRから切断され、VRチェアから試合場のモニターを見上げていた星の騎士団クランマスター、ウェンターが瞑目した。
そんな彼の隣に座っていた中学生の女の子、ペンタポットが尋ねてくる。
「クラマス、どうしたの?」
「ああ、ペンタ君。スウ君とリッカ君、見事な連携だと思ってね」
「確かに」
「スウ君がリッカ君の名前を呼んだだけで、リッカ君はスウ君が何をしたいかを察知していた」
「スウさんが名前を呼んだだけで、リッカさんはすぐさま『応』と返してた―――」
「まさに以心伝心だ。――うちのメンバーは喧嘩をしているというのに」
「みなさん、
「リッカ君とスウ君はまるで、心を通じ合わせるように動いている――合体メカを操縦するには完璧だ」
「でもユーさん、スナークさん、ジョセフさんは最近になって知り合ったばっかりだから仕方ないかも・・・」
「ウチはクランメンバー2000人超だけど、人数が多いから強いという意味をもう一度考えてしまうよ」
ウェンターとペンタポットが話している間に、ユーが数回被弾して舌打ちをした。
『あのガキ――弓まで上手いな』
ジョセフが「やれやれ」と肩をすくめて首を振る。
『スウが、ムシャ・リッカを運び出してからスウのAIM力の上乗せまで掛かってるみたいに命中力が上がってるぜ』
スナークが納得を返す。
『――戦闘機のAIMってのは銃と違って、銃自体を動かせない分、機体の操縦が直接関係するからな。――それに遠距離からの命中力は、僅かなズレが大きく影響する。誤差の累積が大きい。スウの飛び方はほとんど振動のない上に、完璧な並走だから、ムシャ・リッカからすれば止まっている物を撃つのに近い。AIMが、馬鹿みたいに上がってやがる――くそっ、何とかしなければ、このままではアリスをスウに奪われるじゃないか』
焦ったスナークが爪を噛もうとして、ヘッドギアとパイロットスーツでできないことに気づいて舌打ちした。
ジョセフがヘラヘラと笑う。
『こっちが、まさかの大ピンチだ。笑っちまうぜ』
ジョセフの軽いノリに、スナークがヒステリックな声を挙げた。
『笑っている場合か、真面目にやれ! これはアリスが星の騎士団に戻ってくるか戻ってこないかの戦いなんだぞ!』
『オーケーオーケー、わかったわかった』
リッカが誇らしげに、ムシャ・リッカSの胸を張る。
『
スウが、馬上から弓を放つ武芸を出されて愕然とする。
「私、馬扱い!?」
『遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我が名はリッカ。これぞ人馬一体の境地なり!』
「私、馬扱い!!」
しかしアリスが難しい顔になる。
『でも姉さんの〖次元障壁〗がすぐに復活してしまいます。やっぱり、スウさんの〈一斉射撃〉と、ムシャ・リッカかナイト・アリスの同時攻撃でないとフラグメントは撃破できません。スウさんの一斉射撃は正面以外に放てますか?』
「・・・無理」
『横向きに慣性だけで飛んでも、相手はあのユーと、さらに特機です・・・直ぐに引き離されるでしょう。なら相手の正面か、背後を取る必要があります。――でも』
「スワローさんの特機化は、3分で解ける・・・・」
『はい。そうなったらもうドッグファイトで勝つ方法がないですよね? じゃあ、あと1分も時間がありません』
「アリス。――もし負けても、向こうのクランに行かないよね?」
『行きたくは無いですが――姉は強引ですから・・・・大義名分を得たなんて思ったら何をしてくるか』
「そんな・・・・じゃあ、絶対に勝たないと―――」
不安になったスウは「アリスを失いたくない」という一心で、思考を高速回転させる。
――スウの脳内で、思考がプリズムのように乱れ飛ぶ中。
スウはやがて、プリズムの中に〝見つけた〟。
ここで、ユーから勝ち誇ったような通信が入る。
『確かに俺達は、お前に攻撃する術を失った。――だがなスウ、俺の勝ちだ。俺はお前の伝説が切れるまで、このまま並走していればいい。そうして伝説が切れたらお前の後ろを取って、スワローテイルをフラグメントの肩のキャノンで撃破する。そうすれば、アリスとリッカに俺たちを倒すすべはない。お前らの勝ち目も、無い』
「アリス!」
スウがアリスとリッカに向かってクローズ通信でウィンドウを開いて、何をする気か伝える。
アリスは頷いて、
『リッカ、ナイト・アリスに!』
『了解!』
『『チェンジ、ナイト・アリス!!』』
スウが手を離すと、二人の機体が瞬く間に変形。
『『ナイト・アリス参上!!』』
スウは、再び二人を抱えて飛翔。
スウが機首を上げる。
飛翔の軌跡を弛ませる。
コメントが疑問の声を書き込む。
❝なんだ、どうするんだ❞
ユーも機首を上げながら、叫んだ。
『今更―――バレルロール程度が、俺に通じるとでも思ったか!』
❝バレルロールか!❞
バレルロール――横転しながら、大きく一回転する空中戦機動。
だがユーは、スウに並走したまま同じ軌道で追いかけてくる。
しかし、スウがやったのはただのバレルロールではなかった。
バレルの中を沿うように螺旋を描いていたスウの機体が、螺旋の頂上付近まで来た時だった。
スウは、補助ロケットエンジンを回転させる。
機体を小さく横転させ、小さな螺旋を作り出した。
帯でメビウスの輪でも作るように、一捻り。
宇宙空間に、ハート型のような軌跡が生まれる。
スウの生み出したハートの凹みが、タイムラグを生む。
この僅かなタイムラグが、ユーにとっては致命的な差になる。
ユーが飛行に関することで、初めて焦りを見せた。
『宇宙空間で〝横転コルク抜き〟をしたのか!!』
それは伝説の戦闘機乗りが生み出した、バレルロールに着いてくる相手に追い抜かせる
フラグメントが、
それでもさすがのユー。
大量の関節がある人型である有利を利用して、無理やり上昇。宙返りするような空中戦機動――ループを使って、スウに
ただしユーたちの機体には、急激な方向転換により、コックピット内に地獄のようなGが掛かっていた。
ユーもスナークも、ジョセフすらも、歯が折れるんじゃないかと言うほど筋肉に力を込める。
だが、スウたちは、
「アリス、今!」
『はい!』
「〖念動力〗〖超怪力〗!」
『〖重力操作〗!』
スウとアリス、2人のスキルがユーを同時につかまえる。――フラグメントの飛行にまとわりついて、僅かに軌跡を乱す。
『なに―――!? 美しくないぞこれは! ――』
ユーが、自分の描く軌跡を邪魔されて憤慨しながらもスウに向かって言う。
『――しかし、何をしている。これでは背後は取れないぞ!』
ユーがナイト・アリスSに向き直り、正面から対峙した。
その間にスウは、反転――距離を取って、ユーと向かい合っていた。
「貴方から、側背を取るのは不可能に近い。取りたかったのは距離です」
スウは理解していた。この相手から〝残された時間で、側背を取るのは不可能である〟と。
なら
だから、ユーの手強さを理解しているスウは、ここまで持ち込めれば良かった。
逃げて時間を稼がれなければ、良い。
「正面で十分!」
スウの返事に、ジョセフが口角を吊り上げた。
『
両腕のないフラグメントだが、ダンスのように
スナークが肩のキャノンを、ナイト・アリスSに照準を合わせる。
『スウの伝説が切れるまで、あと11秒。これを耐えたらコッチの勝ちだ!』
スウがネックレスを握って、それにキスをした。
「入れ、ゾーン」
光が、スウの瞳から消える。
深い呼吸をして、アリスとリッカが明鏡止水に入る。
頭からフラグメントに突っ込むナイト・アリスSの周囲に浮かび上がる、8つの波紋。
フラグメントのキャノン2門が放たれる。しかしナイト・アリスSは、スウのロール回転で弾丸の間に潜り込み、回避。
「〖念動力〗〖超怪力〗、〈一斉掃射〉いけ! ――」
スウのスキルにより放たれる、スワローテイルが持ちうる最大火力。
幾つかはユーのテクニックで躱されるが、スウのAIM力からは逃れきれず被弾する。
砕かれる〖次元防壁〗。
「――アリスッ」
『はい―――!!』
スウが、ナイト・アリスを投げる。
ジョセフが笑う。
『相棒を、投げやがった! それが、お前達の最後の攻撃か! だが――』
アリスが裂帛の気合を吐く。
『ヤァァァァァァァァァ――』
『――
スナークが、ユーに命令する。
『ユー、3択ブーストの使い所だ、シールドがないから加速で躱せ!!』
『―――ああ!』
アリスの攻撃を、加速ブーストで〝躱した〟フラグメントが、身体を後ろに倒して2連撃の回し蹴りを放つ。
リッカがナイト・アリスの肩のランチャーを放つ、完璧に命中する軌道――だが、スナークが手首をきり飛ばされた腕を操作して、音速を遥かに超えた速度で飛んでくる弾丸をガードした。
さらに、ジョセフによってオーバーヘッドの様に放たれた右足が、アリスの〈ソード・リボルバー〉を弾き飛ばそうとする。
誰しもが分かった、これはジョセフが勝つ展開だと。
誰もが、ジョセフの右足がアリスの〈ソード・リボルバー〉を弾いて、左足がアリスを弾き飛ばす映像を思い浮かべた。
そうなればもう、〖伝説〗が解けた後の戦いになる――スウ達に勝ち目はない。
スウの視聴者達が、悲鳴のようなコメントをタイピングし始めた。
❝だめだ❞
❝負ける❞
ウェンターが頷いた。
「勝った」
スナークが笑った。
『アリス、お前の負けだ。俺たちは、お前の攻撃を躱した』
香坂 遊真が目を閉じた。
「スウ、お前は撃墜したぞ」
スウが叫ぶ。
「〈励起翼〉! 3択ブースト加速!! リミッター解除!!」
オーバーヘッドキックのようになっているフラグメントの背後から、横倒しになったスワローテイルが加速力を上げ、飛んでくる。
ジョセフの顔が、驚愕に染まる。
『ま―――まだ隠し玉を!!』
スワローテイルが、フラグメントの左足に体当たり。
スワローテイルの〈励起翼〉と、フラグメントの足の〈励起剣〉が鍔迫り合いをする。
宇宙空間で両者が拮抗して、互いに弾かれた。
だがスウは飛行形態のままのスワローテイルから腕を伸ばして、〝フラグメントの足〟を掴んだ。
「アリスの攻撃を、あなた達は、まだ躱せてません!!」
スウは叫んで、一度は攻撃を避けられて通り過ぎていたアリスの方に、フラグメントをぶん投げようとする。
アリスはスウを信じて、真っ直ぐ突っ込んできている。
スウが、アリスに吠える。
「アリス、後は頼――!」
ジョセフが叫ぶ。
『墜ちろ、スウ!!』
投げられそうになるフラグメントの左の蹴りが、スワローテイルの腹に炸裂――スワローテイルを爆散させた。
しかしそれでもスウは、フラグメントを前へ――アリスの方へを投げきった――
『3択ブースト、攻撃――面ェェェエエエェェェエエエェェェ――』
アリスが攻撃ブースト、さらに〖重力操作〗まで行われ膨大な重さを纏った〈ソード・リボルバー〉を一文字に振り下ろす。
真っ直ぐ輝く一撃が、フラグメントの胴体に炸裂。
アリスは〈ソード・リボルバー〉がフラグメントの脇腹に接触した瞬間、リボルバーの引き金を引く。
振動していた〈ソード・リボルバー〉の刃がさらに強く――速く振動して、超・高周波で揺れる。
フラグメントの体がズタズタに裂けて、真っ二つになって行く。
『――ェエェエェエェン!!』
ナイト・アリスの猛烈な一閃は、フラグメントを真っ二つにしても、なおも止まらず向かい側まで突き抜ける。
アリスが、コックピットで叫ぶ。
『これにて―――、御免!』
ナイト・アリスが〈ソード・リボルバー〉を血振りのように払って背中に仕舞うと、背後でフラグメントが爆散した。
ハイレーン・クリスタル・コロセウムに、決勝終了のサイレンが鳴り響いた。
『試合終了! 勝者〝クレイジーギークス〟!!』
一斉に歓声と拍手が挙がり、会場が熱湯の中に放り込まれたような有様になる。
観客たちの心は一つ。
「勝った、勝った、自分たちの知る英雄――アインスタにして特別権限ストライダー、なにより〖銀河より親愛を込めて〗を持つ人物が――人数差も、機体差も、それどころか、スワローテイルという旧式の一般量産機で、あろうことか特機をねじ伏せて。
観客たちが立ち上がり、クレイジーギークスへ歓声とスタンディングオベーションを送った。
❝クレイジーギークスも、星の騎士団もスゲェよ―――!!❞
❝でも、勝ったんだなスウたちがッ!!❞
スウがVRから切断されて、ため息の様な長い息を吐いて、チェアに身体を埋めた。彼女に沢山の視線が向けられる。
そして、巻き起こる大合唱。
「
スウは、歓声を挙げる人達を見回し、
「これはひどい」
ひとりごちた。
彼女に歩んでくる人影。
ウェンター。
彼が、握手を差し出す。
「いい試合だったよ」
「はい!」
スウはVRチェアから降りて握手を受け取り、嬉しそうに微笑んだ。
さらに、香坂 遊真――ユーがやって来て手を出す。
「いい試合だった」
その手を見てスウが「うっ」となる。
するとアリスが、スウより先にユーの手を取った。
「いい試合でした!」
「ちっ。確かに、お前も強かったよ」
「やっと、わたしの話もちゃんと聞いてくれるんですね」
「お前は敵だからな」
ユーは言い捨てて、試合場の出口に向かった。
彼にも惜しみない拍手が向けられる。
スナークがやって来て、アリスに尋ねた。
「どうしても戻ってこないのか?」
「嫌です」
アリスは姉の誘いを、バッサリ切り捨てる。するとスナークの眉が泣きそうな形になった。
「アリスちゃんのばぁか! 嫌い!」
「わーん」と言いながら走り去った。
困った顔になったスウの視界の端では、リッカとジョセフが握手をしていた。
背の高いジョセフとリッカだと、まるで大人と子供が向かい合っているようだ。しかし、武道家同士通じ合うものがあるのだろう。
ふとジョセフがリッカに何かを囁くと、リッカがジョセフの腕をひねり上げロックした。
ジョセフが嬉しそうに笑って、リッカに何かを尋ねていた。
スウは微笑ましく観ていた視線を、未だVRチェアに座ったままのコハクたちに移す。コハクたちはスマホを見て驚いていた。
「登録者数、100万近くになってますよ!」「ウチは70万だわ!」「こっちは80万!!」「俺まで50万超えてやがるぜ」「120万・・・?」
スウも、ふとチャンネルをチェックすると1400万人という数字になっていて、呆然とした。
やがて控えロビーに向かうと、一斉に拍手が巻き起こった。
スウは、拍手する選手たちにペコペコと礼をして、求められたら握手も交わした。
この日の最後、表彰式が行われた。
クレイジーギークス代表でクランマスターであるアリスがトロフィー、賞状、そして大きなボードに拡大された、フェロウバーグへの住居権を受け取り、観客に掲げると、一斉に拍手が起こる。
控えロビーに戻ってきたアリスが、スウに嬉しそうに住居権のボードを渡す。
「スウさん、どんな家にしましょうか!」
「そだね・・・・」
そこでふと、スウはゲームのなかでやりたいと憧れていた事を口にした。
「――酒場とか・・・?」
この案は採用され、クレイジーギークスのクランハウスの1階は、マッドオックスがバーテンダーを務めるバーになる。
通称「スウの店」というアイドルグッズを売り出す店になった。
そうして、スウのファースト写真集『フェアリーテイル』などが売り出された。
被写体はSANチェックに失敗することになるが、それは少し後の話だ。
こうして、スウの参加により、かつて無い盛り上がりを見せたクラン対抗戦は幕を閉じたのだった。
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