第78話 攻略開始します

「イルさん。サーチライトを消して」

『イエス、マイマスター』


 すると、アリス、リッカ。


『え、光が消え――スウさんどこですか!?』

『な―――っ?』


 広域通信も。


『――おい、スワローテイルはどこに行った!! ――ボスもスワローテイルを見失った!?』

『嘘だろ、―――サーチライトを消してやがる!!』


 命理ちゃんが呟いた。


『スウ・・・・まさか、こんな暗い中でライトを消したの・・・・?』


 エレノア軍曹の慌てる声がする。


『なっ、Msスウは今〖暗視〗を持ってないんですよ!? ――そして、あそこは真っ暗な宇宙空間です!! サーチライトを消したりしたら、弾幕を躱せません!!  ――Msスウ、駄目です!!』


 大丈夫。躱せる――だって私は弾幕を憶えているから。

 マイルズのもたらしてくれた、弾幕パターンの情報は頭の中に入っている。

 広域通信で誰かが叫んだ。


『なんだよそのイカれた行動!? ・・・・ここは真っ暗な宇宙空間だぞ!! 恒星どころか、衛星の反射光も差し込まないんだぞ!! なんでライトを消して、雨あられと飛んでくる弾幕を躱せるんだよ!!』


 アリスとリッカが、通信で歓喜している。


『躱せるなんて、スウさん―――流石です! そんな方法が!』

『いけぇ、スウ!!』


❝まてまてまてまて、なんで躱せる❞

❝スウが言った「簡単」ってこの戦い方の事か!? 真っ暗な中で無数の弾幕を躱すのは「簡単」じゃねぇよ!❞


 しかし、サーチライトを消した私にヘルメスが向き直る。

 どうやらハドロン砲を放とうとしているみたいだけど。


「やっぱり、赤外線や紫外線も見えているよね」


 でも、向き直ったヘルメスが私を見失う。

 それはそうだ。黒体という熱を瞬く間に吸収する物に囲まれた機体で、エンジン出力を0にしたんだから。ロケット噴射口付近の赤外線も紫外線も消えた。


 私はエンジンの起動だけすると、ロケットは出さずに、VRで手足を動かして機体の重心を変えたり反動で、弾幕を縫っていく。


 バーサスフレームは黒体に囲まれた、――絶対零度に覆われた機体だ。しかも私のスワローテイルは黒く、殆ど黒体が剥き出し。


 熱でも、もう私を追えない。

 さらに黒体は電磁波なども吸い込む――レーダーも通用しないだろう。


 ヘルメスにとって、私はもう透明にしか見えないはずだ。


 すると、ヘルメスがイライラして叫んだようだ。

 空気のない宇宙空間に、マイクのハウリングのような叫びが響き渡った。

 

「しったこっちゃないけど」


 私はヘルメスを、〈臨界黒体放射〉で打ち据え続ける。


 ヘルメスが〈臨界黒体放射〉の射線を頼りに、私に向き直る。

 だから今度は、サーチライトを点けてやった。

 ヘルメスが、真っ暗なかから突然放たれた強烈なサーチライトの光に視界を灼かれ目を腕で庇った。


 ハウリングがより酷くなっていく。


 ヘルメスの腕が、奴の顔から離れると、現れたのは憎悪の表情。


「おいでヘルメス。私が相手だ」


 私は、ヘルメスが私を完全に見失わないように、サーチライトを時折点けたり、黒体放射を放ったりした。


 すると、エレノア軍曹の笑いとヴィックの笑いが通信から漏れてきた。


『すごい』

『これだ』

『『これがスウ』なのですね』


 柏木さんも少し、呆れ気味の声を出している。


『――本当に君には、驚かされるばかりだ』


 広域通信で名前を知らないプレイヤーたちが、口々に話し合う。


『なるほど、これなら!』


柏木さんが広域通信で指示を出す。


『みなさん、スウさんに迫る弾幕を、光で照らしてあげて下さい――でもスウさんに光を当てないように気を付けて下さい』


 私に迫る弾幕に、光があふれる。

 助かる、自分の行く道が光で照らされている。

 やはり記憶で避けるより、実物が見えている方が避けやすい。


「みなさん、ありがとうございます」


 私はゾーンを崩さないように、広域通信でお礼を述べた。


『ヘルメスのヘイトがスウに向いている間に、ぇ、ぇぇぇぇぇぇ!!』


 ヴィックが広域通信で指示をし始める。


『タンクプレイヤー、前へでてくれ! バリアが壊れそうになったら、Msスウのようにライトを消して下がって欲しい! 後方で回復してもらったら戦線に戻ってくれ! 操縦の苦手なヒーラーは、後ろで回復してやってくれ!』


❝なあ、これなら下手な俺でもヒーラーになれるかも❞

❝盾役も耐えて、後ろに下がるだけでいいなら、中層メインで活動してる俺でも!❞

❝こちらヴィクター・ハリソン。スウの視聴者――あいかわらず多いな。この中には腕に覚えのあるプレイヤーもいるだろう。手伝ってくれるならありがたい❞

❝俺、視る方が好きで、フェイレジェでほとんど活動してないけど周りに猛者って言われてるから、スウたんピンチだし行こうかな❞

❝君、ぜひ来てくれ!! ――他、腕に自信の有る者も、腕に自信がなくともやれることを発見したプレイヤーも、申請後、是非合流してくれ! 戦績ごとに、担当してもらいたい区域を伝える!❞


 そんなやり取りがあって、10分経った頃から援護が増える、人が増えていく、


 ――これなら行ける!!


 でも私も〈発狂〉クラスの弾幕を、初見は流石に――、



❝スウが弾幕に被弾した! ――シールドが砕けたぞ!❞

❝くそ、一発でシールドが割れた。・・・・スワローテイルって、紙すぎんだろ!!❞


 マイルズが謝罪してくる。


『すまない、ボクの記入ミスだ!!』

「マイルズのせいじゃ・・・・」


(ピンチだ、どうやって立て直そう)


 そんな不安を胸に抱くと、びっくりする量の回復が私に飛んできた。

 スワローテイルがありえない量のヒールの光に包まれ、シールドが一気に回復する。

 それはもうオーバー・キルならぬオーバー・ヒール。

 すぐさまエレノアさんの声が聞こえた。


『スウさん、大丈夫!! 貴女は絶対、当職達ヒーラーが殺させない!!』


 さらに他のヒーラーさん達からの声も聴こえてくる。


『ここにいるヒーラー全員が貴女を見てるから、安心してヘイトを握り続けていて!!』

『まさか、回避タンクが有り得るなんて思わなかったけど』

『弾幕は防げてないけどな』

『ヘルメスはハドロン砲を、スウたんにずっと当てようとしていて、防いでくれてるから盾だよ。アレさえ来なければ、戦線は維持できる』

『頑張って、頑張ってくれスウ!!』


 やがて、私とヘルメスはドッグファイトの形になった。


❝すげぇ、ボスとドッグファイトしてるよ、この娘ワロwww❞

❝こんな状況、見たことねぇよwww❞

❝スウたんがずっとヘルメスを後ろから追って、攻撃し続けてる!❞

❝ヘルメス、スウたんの後ろを取れねぇwww❞


 私とヘルメスは互いに後ろを取り合おうとする。だけどヘルメスは、ドッグファイトをする力がそれほど無いらしく、私の後ろを取れない。

 ヘルメスと私が加速を繰り返す。

 ヘルメスはたまに後ろを向いて攻撃をしてくるけど、当たるものか。

 ハドロン砲は怖いけど。そもそもヘルメスが、サーチライトを消した私をマトモに見つけられないでいる。

 対して、ヘルメスはずっと、私以外のプレイヤーのサーチライトに照らし出され続けている。


 ヘルメスが、大分傷ついている。

 恐らくもう、あまりもたないだろう。

 すると、またも宇宙空間にマイクのハウリングの様な音が鳴り響いた。

 そこから突然だった――ヘルメスが反転、真正面から私に向かってくる。

 ――まるで、Gを感じていないかのような無茶苦茶な反転。

 正面対決ヘッドオンの態勢だ。

 私は嗤う。


「それは悪手だよ」


 私は飛行形態のまま腕を動かし、両サイドの〈汎用バルカン〉2挺を取り出してスワローテイルの手に持った。

 そして撃ちまくる。全ての弾丸を躱すヘルメス。狙い通りだ。

 ここで私が何を狙っているかを語る前に、少し説明が必要になるかもしれない。――戦闘機の攻撃には、有効射程というものがある。


 有効射程といえば、まず、どれだけ遠くまで弾丸などの攻撃力が持続するかというのを思い浮かべると思う。

 でも戦闘機では、他に気にしないといけない項目が増える。


 高速移動する戦闘機には、これ以上〝近くで攻撃してはいけない〟という、有効射程が存在する。

 この近距離の有効射程は、正面対決ヘッドオンで戦った場合にさらに狭くなる。

 なぜかと言うと、相手を破壊した場合、相手の破片――宇宙ならデブリと呼ばれる物が、危険な速度でこちらに迫るから。


 特に宇宙での正面対決ヘッドオンの場合、音速の何倍という速度で迫ってきた敵の戦闘機を爆散させて勝っても、相手の飛行速度からさらに爆散により加速されたデブリが速度を失わずこちらに衝突し、自機を破壊する可能性が高くなる。


 相打ちの自爆に、なりかねないんだ。


 私とヘルメスは、今、恐るべき速度で正面から突進しあっている。――いや、ヘルメスは加速、加速、加速。Gを感じないのか、人間では不可能な加速をする。

 なるほど、ギリシャ神話のヘルメスは韋駄天の神だ。


「お前は、ヘルメスという名前通り、加速が得意なんだよね」


 だから、私はバルカンを撃ち切る。

 そうして弾倉が空になったバルカン2挺を、軽く後ろに捨てた。

 軽く軽く――置くように軽く。

 ――ここから私は、〝向き的に、〟。


 ハウリングが響く。

 『逃げた』と嘲笑っているのだろう。

 『これでお前の後ろを取れる』と。

 だけど、ヘルメスは視るはずだ。

 スワローテイルの前進していた力――慣性を乗せた、2挺のバルカンが自分に迫ってきているのを。


 短いハウリングが宇宙に響いた。

 それは驚愕に聞こえた。


 ヘルメスは、私の置いた罠に衝突。

 自らの速度と、私の速度を加えた2挺の大きな質量に激突――爆発とともに、ヘルメスが弾かれる。

 ほんの僅かな一瞬、ヘルメスの動きが停止した途端――プレイヤーたちの攻撃が一斉に叩き込まれた。


 私もスワローテイルを人型にして、ジャイロなどで反転。

 〈臨界黒体放射〉や、コンパクトミサイルなどを打ち込んだ。


 猛烈な攻撃に曝されたヘルメスは、幾つもの丸い煙の尾を引いて逃げようとするが――逃げ切れなかった。

 やがて30層のボスは――爆散した。


『30層ボス、ユニークモンスター・ヘルメスを討伐しました。クエスト〝俊足の貴公子〟をクリアしました。

銀河クレジット500万。勲功ポイント75万を入手しました。

ボスを倒した事で、★1 コモン称号:〖顔なじみ〗を手に入れました。

連合での買い物がちょっと割引される』


 報酬を確認していると、アリスが通信してきた。


『スウさん、わたしが欲しかったアイテムの《星織の琴》が手に入りました!』


 私が「何に使うの?」って尋ねようとしたら、スワローさんの鼻先を、ものすごいスピードで何かが通り過ぎた。


「な――?」


 なんか光球が宇宙空間を、高速で流れていく。


『ボス・コアだ! 壊せ!!』

『急げ、どっかに飛んでっちまうぞ!!』


❝スウたん、それ壊さないと、次の層が開放されない!❞


「え、そうなんですか!?」

『スウさん急いで壊しましょう!!』


 アリスも話を切り上げて、光球を追いかけていく。

 周りのプレイヤーたちも、必死に光る玉を追いかけだす。

 私も急いだ。


『逃すな、逃したらまた一からやり直しだぞ!』

『はよ、壊せ――お前こっちくんな、ぶつかる!』

『はええ、なんて速度で移動してくんだ!!』

『慣性が乗ってんだよ!』

『ウッソだろお前、近くに来たら馬鹿速いんだが。スウって、こんな速度で戦闘してたのかよ!!』

『あ、ボス・コアが戦艦にぶつかる!!』


 えっ、ちょ・・・・ぶつかった。


『うわぁぁぁぁぁぁ、戦艦が轟沈するぅぅぅぅぅぅ!!』

『おい・・・・あれ日本最大のクラン、星間ノーツの旗艦デュランダルじゃね・・・?』


 あ・・・やばい、マグマみたいなの吹き出しながら崩壊していく・・・。


『とりあえず、デュランダルの乗組員は全員脱出に成功したみたい』


 よ、よかった・・・本当によかった。


 でも、ボス・コアは破壊されたらしく。


『31層から40層までが開放されました』


『おっしゃ、称号ゲットだぜ!』


 星間ノーツの人らしい誰かが、広域通信で言ってた。称号とかあったのかあ。

 でも称号を取れなかったとかより、戦艦デュランダルを撃沈させたのが私とか言われないか怖くて、それどころじゃない。

 それに1個だけのレイド報酬って、くじ引きみたいなもんだもんね。




 その後、私はヴィックに呼ばれ、USSFの戦艦メシエカタログに来た。


「Msスウ、今回は本当に助かった。やはり、私の見る目は間違っていなかったようだ」

「いえ、その私は・・・・」

「Msスウ。私のように人を動かす立場の人間にとって、より良い人材を見いだせたというのは一つの誇りなのだよ。上に立つ人間というのは、才能を見出し、才能を生かせる場を作ることこそが喜びさ。だから君が優秀であれば有るほど、君がその力を発揮できれば出来るほど、私は誇りに思えるというわけだ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ、だから今は胸を張って欲しい。私が君を見い出し、その力を引き出せたのだと確信させてほしい」

「はい!」


 私が、拳で胸を叩くと、


「実際お前は凄い」


 マイルズがスクワットをしながら、私に話しかけてきた。


「ぷ」

「貴様・・・」


 エレノア軍曹も隣でスクワットをしながら、私に話しかけてくる。


「Msスウは誇るべき事をやり遂げたのです。胸を張って下さい」

「エレノア軍曹」


 私は、エレノア軍曹の言葉に胸を射たれ目をうるませた。

 すると、マイルズがなんか言う。


「貴様、エレノアには随分態度が違うではないか」

「エレノア軍曹は私と運動会で、お昼を一緒に食べてくれた大切な人だからね」


 マイルズが目をつむった。


「なるほど――155、156」


 え、この人本当にスクワットを156回もやってるの?

 足もげないの?

 いや――顔とか澄ましてるけど、汗凄くてかなり無理してるみたい。

 明日、立てるのかな。

 ヴィクターさんが、握手を求め微笑んでくれる。


「とにかく、今回は本当に助かったよ、Msスウ。――これからも、よろしく頼む」


 私は一瞬、躊躇ためらったけど「違う」と思い直して、しっかりと握り返した。


「はいっ!」

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