第43話 エリアの外で戦います

「〖念動力〗!!」


 スウさんと透明な敵の間で、空間が歪みました。


 敵の名はミュータント スピリット種 レムナント・ワイト。


 ポルターガイストで攻撃してくる、実体のないアストラル系MoBです。

 物理攻撃がほぼ効かない、最悪のMoBです。

 このタイプのMoBには星団帝国も相当手を焼いたそうで、人類敗北の大きな一因となりました。


 レムナント・ワイトは敵を握ったりする際、握る部分が実体化するだけマシですが。

 さらなる上位種は、一切実体化しません。

 しかしこの下位種のレムナント・ワイト一匹ですら出現すると、ネバーシティはほぼ壊滅状態です。


 軍にできる事は市民を避難させ、町を無人にする事だけでした。


 上空に待機している攻撃ヘリも、周囲で銃を構えている連合兵も何も出来ず、スウさんを見守るだけ。


「――ッ!! 受付嬢さん、今のうちにその子を連れて逃げて下さい!!」


 スウさんは、私の近くで気を失っている猫の耳をした女の子を示します。


「は、はい!!」


 私は女の子を掻っ攫うように持ち上げ、近くの物陰に走ります。


 兵士の人が走ってきて、私から女の子を受け取ります。

 すると見えない腕のようなものが、私の背後で地面を削る音がしました。


「ひっ!!」


 私は思わず小さな悲鳴を挙げました。

 さっきも兵士さんの1人が、あの腕に頭を潰されたのです。


「させるか!! 〖念動力〗!!」


 スウさんの放った〖念動力〗が、私を追ってきていた腕を掴んだようです。


「――くっ、なんて力―――!!」


 けれどスウさんの顔がゆがむ。力負けしそうになっている。

 私は、兵士の方に体を受け止められながら、スウさんが心配で叫びました。


「ス、スウさん!!」

「大丈夫です――〖念動力〗〖超怪力〗!!」

「〖念動力〗に、〖超怪力〗の合わせ技!?」


 スウさんが腕を動かすと衝撃波が巻き起こり、スウさんの正面の壁に何かが衝突したようなクレーターが出現し、突風が巻き起こりました。

 さらにスウさんは、拳を握るようにします――すると壁の近くから黒い液体が出現しました。


 兵士の人々が口々につぶやきます。


「ダメージが通っている!」

「さ、流石は・・・特別権限ストライダー」

「ドミナント・オーガを征して手に入れた〖念動力μミュー〗とは、ここまで強力なのか―――!」


 ところが、その黒い液体が逆再生のように動きました。

 まさか――


 私はおもわず小さく声を洩らします。


「・・・・再生してる」


 スウさんの顔色も悪くなりました。


 私や兵士の人々にも、緊張が走ります。

 だけど、スウさんはこれで終わらなかった。


「相手が精神体・・・・なら―――〖サイコメトリー〗!」


 スキルを使い、何かを見つけたような表情になったスウさんが、レムナント・ワイトに滑るように走り込みました。

 そして、


「妄執の根源はこれか!」


 言って、左手で何かを引きちぎる動作をしました。


 一陣の風が巻きおこって、空に舞い上がりました。

 スウさんは彼女だけに視えるなにかを視て、空に視線を動かしていきます。


「そっか―――うん、ゆっくりお休み」


 微笑み呟いてから、彼女は私達を振り返り「終わりました」とつぶやきます。


 兵士さん達から巻き起こる拍手。そして歓声。

 私も思わず拍手をします。

 そんな拍手に紛れて、銃声がしました。


「―――え!?」


 スウさんが、足を押さえて蹲りました。


「出ていってよ、プレイヤー!! この宇宙から出て行って! お前らが居るからMoBが攻めてくるのよ!!」


 アニマノイドの壮年の女性でした。

 その顔は憎悪に染まっています。


 なんて事を!!


 すると、スウさんの顔が女性に向きました。


 スウさんの表情が厳しいものになります。

 そしてスウさんは痛みを堪えるように、ふらついて立ち上がります。


 壮年の女性の顔が引き攣ります。彼女の持つ銃の震える銃口が、スウさんの顔に向きました。


「な、何よ! アンタ達が悪いんでしょ!! 自分は街を救った英雄だとでも言いたいの!? ――そもそもあんた達がいなければ、レムナントワイトがこの街を襲ったりしないじゃない!」


 壮年の女性が叫びました。


 スウさんは、ヒステリックな声を挙げる壮年の女性に向かい、右手を挙げて「〖念動力〗」と言いました。


 私は、(壮年の女性が殺される!)そう思いました。

 兵士も歯を食いしばりました。

 私も、思わず目を背けそうになります。


 スウさんは、右手で何かを引き寄せるような仕草をしました。

 そして左手で何かを握り潰した。

 すると、空中に黒い液体が舞った。


 え――アレって!!


「もう一匹いました―――!! 〖サイコメトリー〗!!」


 注意の声を放ってスウさんは空中で、飛んでくる何かを掴む仕草をします。

 すぐさま、スウさんの後ろで衝撃波。

 するとまた一陣の風が起こって空に舞い上がりました。


「も、もう一匹って、レムナント・ワイトがもう一匹? ――それを倒したんですか? ――自分を撃った、あの女性を守るために?」


 兵士が、壮年の女性をいそいで取り押さえます。


「出ていけ!! プレイヤーは出ていけ!!」


 女性は叫びながら、車両に押し込まれました。


 私は、急いでスウさんに駆け寄ります。


「だ、大丈夫ですか!!」

「は―――はい。パイロットスーツが弾丸を吐き出してくれましたし、薬液で痛みも引いてきています・・・・」


 言ってからスウさんは、壮年の女性が押し込まれた車を視て悲しそうな顔をしました。


「・・・・私達は出ていったほうが良いんでしょうか」

「違います、彼女は知らないだけです! 必要なんです、貴方方が私達には!」


 兵士の人も駆け寄ってきました。

 担架を用意しています。


「自分を撃った女性を助けるなんて、なんてお優しい方だ――友好度とかそんな問題では最早ない・・・!」

「とにかく、軍用治療ポッドに!」


 私は担架に乗せられたスウさんの付き添いで、治療ポッドに一緒に走って行きます。


 兵士の人がスウさんのパイロットスーツを切り裂こうと高周波ナイフを取り出しますが、スウさんが「破かないで下さい! 大切な物なんです!」と言うので、私は男性を退避させてパイロットスーツを脱ぐのを手伝って、ポッドに入ってもらいました。


 私は、薬液に浸されたスウさんにポッドの外から尋ねます。


「どうして、あの女性を助けたんですか?」

『多分、私の気が弱いからです』

「気が弱いですか? ・・・・でも、気が強くないと・・・あんな行動できませんよ・・・・?」

『そうですね・・・はい。――気が弱すぎて、狂っている可能性は有ります』

「なるほど、流石狂陰さん・・・」

『え――っ! その名前、NPCさんにまで伝わってるんですか!?』

「スウさんは有名人ですから」


 私は、ポッドの中で髪をたゆたせている、スウさんの頭上を見ました。

 友好度ランク〝アインスタ〟。


 さっきの一件でマザーコンピューターが、スウさんは最高ランクに値すると判断したようです。


 当然といえば、当然ですね。自分を撃った銀河連合市民を助けた上に、その後罵倒されても文句一つ言わないで、ただ悲しそうな顔をしていたんですから。


「すみません。私達の勝手な考えで、こちらの世界にお呼びしたのに私達が貴女を怪我させてしまって」

『ちょっと胸は痛みましたけれど。それより、本当に私達はこちらに居ていいんですか?』

「いて下さい! 先程も言いましたが貴方方の力が必要です!!」

『じゃあ・・・・お尋ねしていいですか? どうして、私達プレイヤーをこちらの世界に呼んでいるのか―――その理由を』

「そうですね。貴女はそれを訊く権利があります。――どちらにせよ調べれば出てくる事ですし」


 私はスウさんに語ります。平行世界から〝ヒト〟をお呼びしている理由を。


「この世界の旧人類、つまりホモサピエンス――ヒト種が滅びているのはご存知ですか?」

『はい』

「私達は彼らが滅びた後〝最後のヒト〟の願いで、人類を名乗るようになりました。そうして新銀河人権宣言を行いました」

『そうだったんですか』

「長い議論がありました。始めはアニマノイドだけが人類になりました。データノイドさんとヒューマノイドさんに関しては、優秀過ぎても無能すぎても人間ではないという判断で能力を抑えたり上げたりしました。それでもデータノイドさんだけが人類になりました。ヒューマノイドさんが人類になったのは200年前です。AEが搭載されたことで、人類になったのです」

『AE?』

「アーティフィカル・エゴ、人工意識です」

『―――人工意識、そんなものを作ったんですか』

「はい。AIだけだと今でも人類ではありません。AIは今でも人類とともにある補助者です」

『なるほど・・・・』

「しかし――私たち現・人類と、ヒトとは決定的に違う部分があります」

『違う部分ですか?』

「それは印石を取り込んでも、何も超常的力を使えないということです」

『使えないことは知っていますが、何故なんですか?』

「私もさすがに詳しくは知りませんが、マザーMoBが元・ヒトだからだと言われています。あの石は結局全て、マザーMoBの精神や記憶の一部なんです」

『あれは精神や記憶の一部・・・・なるほど。――じゃあマザーMoBが現・人類――例えばアニマノイドさんだったなら、同種族のアニマノイドさんが使える印石が出来る可能性があるわけですか?』

「え? ――」


 私はスウさんの言葉の意味があまり良く理解できず。しばらく考えて、彼女の考えの恐ろしさに気づきました。


「――な、なんて怖い事を考えるんですかスウさんは! ・・・・今のは誰にも聞かれてませんよね? 私も聞かなかったことにします・・・恐ろしすぎる発想ですよ!」

『あ・・・・ご、ごめんなさい』


 スウさんは謝ってきますが――〝アニマノイドをマザーMoBにすれば、アニマノイドの使える印石ができるかも知れない〟。

 これってもしかして、軍部も気付いているのでしょうか?

 そんな怖い実験を軍が始めたらどうしましょう。


 ・・・・いいえ流石にもう軍部も、もう一体マザーMoBを生み出して、銀河をさらなる危機に陥れる事なんてしないですよね――しないですよね?


 私は恐怖しながらも、気を取り直して話を続けます。


「――さ、さて、どうして平行世界のヒトをお呼びしているかの核心の理由は、スキルがどうしても必要になる事態が起きたのです」

『それは一体?』

「天の川銀河中央にある、超巨大ブラックホールの質量の増大が確認されたんです。ブラックホールの質量が上がれば、重力が強くなり周りの物を飲み込む範囲が広がっていきます。増大は、初めは穏やかなものでした。ところがほんの数十年前に、急激に増大の速度が上がったのです。計算によると、あと100年で全銀河が、かの超巨大ブラックホールに飲まれる程の速度になりました」

『そんなに速いんですか!?』


 スウさんが少し目を見開きます。


「指数関数的に伸びていました」

『そ、それを解決できるのがヒトなんですか?』

「はい。ヒトはマザーMoBに一度は負けましたが、ヒトならば質量増大の原因と思われるマザーMoBを殲滅できる可能性が有ると言われています。あなた達をお呼びしてマザーMoBを殲滅してもらう計画の名前こそ、〝フェイテルリンク計画〟です。ちなみにフェイテルリンクとはFate(運命) Stella(星) Link(繋がり)を組み合わせた造語で、運命の星のつながりという意味らしいです。レジェンドの部分は、出てくるであろうと予想される伝説的な人物を指しています」


 スウさんが、薬液の中で納得したように頷く。


『フェイテルリンクとは計画名だったんですか。でも、どうしてゲームみたいな回りくどいことをしているんですか? 「倒すのを手伝って」って直接言うのは駄目なんですか? あとは、あまりやって欲しくないですが、拉致して無理やり手伝わせるとか・・・』


 スウさんは少し眠そうに眼をこすりながら、質問を投げかけてきた。


「直接『助けて』と言っても、手伝ってくれるヒトは少なかったと思われます。そして無理やり手伝ってもらう事だけは絶対避けるべきだという判断です。――例えばスウさん。貴女はたった1人の特別権限ストライダーになれる程の人物ですが『助けて』とか、無理やり拉致されて力を発揮してくれましたか?」

『多分、家に引き籠もってネトゲするか――嫌々やって、力は発揮できませんでしたね。シミュレーター20000時間なんて・・・・絶対やらないです』


 私は、苦笑で返した。


「だと思います。しかし我々には貴方がたに比べ膨大な資源、高度な科学力があります。報酬として資源や娯楽を提示しても、全く懐が傷まない程度には。――お仕事のように報酬を求めてくる人、楽しみを求めてくる人、スリルを求めてくる人、未知を探求したい人。そんな人々をできるだけ沢山お呼びしたかったのです。――善意で来てくれる人限定では数が少ないですし、拉致などすれば、より人数は少なくなったでしょう――なにより拉致という方法は、平行世界人ベクターが好んだ方法なので絶対に選びたくありませんでした」

平行世界人ベクターが――そうですか』


 私はスウさんの目を真っ直ぐ見ながら、続けます。


「そして私達が、ただただ怖いのは、あなた方と対立すること。――ですから楽しんで報酬を貰って頂いて、手伝ってもらおうという判断です。――沢山のヒトに手伝って貰う必要があるのに、無理やりではすぐに行き詰まります。――なら逆に自らの意思で参加したいという欲求を、刺激しようという事です」

『確かに楽しんでいます。私みたいにシミュレーターだけをしている人間なんてただの金食い虫なのに追い出されなかったし。――でも、こんな風に本気にならない人間も多いのでは?』


 それは、全く問題有りません。


「今の程度でも十分探索は進んでいるので、方針に変更は有りません。それにあの20000時間があったからこそ、スウさんは強くなったんですから――でも、あの訓練記録20000時間は、正直ドン引きました」

『ひぃんっ』


 スウさんが、横から殴られたような顔になる。

 目の周りを眉間に寄せながら、若干右上を向いた。


「ごめんなさい。――あっ、でも、これは嬉しい誤算だったのですけれど。MoBが出現するようになり、超巨大ブラックホールの質量増大も止まりました」

『本当ですか!? ――それは良かったです!』


 スウさんの表情に、笑顔が咲いた。


「しかし、またいつ銀河に危機が来るかはわからないので、100層に行ってマザーMoBを何とかしようという事になっています」

『100層には旧人類も行けなかったんですよね?』

「はい。その前に、旧人類は全滅しました」

『この前、とある遺跡で出会ったデータノイドさんの話からの推測なんですが・・・・』

「受付嬢として存じています。命理さんですね」


 スウさんは、肯定を返す。


『はい――私達ヒトをこの宇宙に来させるという事は、多分MoBを呼び込むようなものですよね? 大丈夫なんですか? マザーMoBは私達も人類だと認識しているから、MoBを送り込みはじめたのですよね?』

「その通りです。ですが黒体塗料があるので、以前ほど脅威ではなくなっています。それでもMoBは恐ろしい存在なのですが。それに、貴方方が居ないとブラックホールは急成長し、やがてこの銀河を飲み込むのです。――なので貴方方を追い出すという選択肢は、今やあり得ません」

『なるほどです・・・・』


 スウさんの目が とろん としてきました。

 多分薬の効果で眠くなってきたのだと思います。


「寝ますか?」

『はい・・・・すごく眠くて』

「薬の効果です。私が側にいるので、ゆっくりと休んで下さい」

『ありが・・・とう・・・ご・・・・・・』


 「シュー、シュコー、シュー、シュコー」と規則正しい寝息を立てて、スウさんが眠りに落ちました。

 ふと、通信が入ります。母でした。


「お母さん、何してるの!? ―――これ軍事用の通信だよ!?」

『兵隊さんに頼んだんだよ! あんたも無事だったんだね!? 怪我はないかい!? ――こっちに来たって聞いて、ほんと心配したよ。無茶するんじゃないよ!』

「それは、ごめんなさい。怪我はないよ。――だけど、助けてと頼むだけ頼んで、後は知らないふりは出来なかったから」

『頼んだ? あんたがかい? だれに』

「とっても強いプレイヤーさんに頼んだの」

『―――そうだったのかい。町が助かったのは、あんたのお陰だったのかい』


 私はスウさんを見て、視界を母のウィンドウに共有する。


「違う。助けてくれたのは、この人――スウさんだよ」

『プレイヤーさんかい? け、怪我したのかい!?』

「うん、こっちの人間に撃たれてね」

『こっちの人間が撃った―――!? 助けていただいたのに、なんて事を! ・・・それに、友好度アインスタって、なんて人を撃つんだい!』


 私の視界を共有しているので、母にもスウさんの友好度や勲章が見えているのだろう。


『本当にすまなかったよ、プレイヤーのスウさん・・・ありがとうね』

「あとで、母がお礼を言っていたって伝えておくね」

『頼むよ・・・・・・。――じゃあ、あんたもあまり無茶するんじゃないよ?』

「はい。今度こっちに来る時は、休暇で来るね」

『お前の好物のデカジャガの煮物を作って待ってるよ』

「じゃあ早く帰らないと!」


 母と笑い合って、通信を切る。

 私は、スウさんの穏やかな寝顔に微笑む。


「スウさん、私の故郷を護ってくれてありがとうございました。家族も無事でした」


 私は治療ポッドのガラスに額を着けて、呟く。


「フェイテルリンク・レジェンディアの〝レジェンド〟は、きっとスウさん――貴女のことですね」


~~~


 星、フォロー・・・もしかして、しようと思ってたけど、忘れてませんか!><


「必死だな…」ですって!? 今まで失敗しまくって来たんです・・・(´・ω・`)

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