第40話 途方に暮れます

 私とアリスは、快くフーリの提案を受け入れた。


 あ、そうだ。私は、アリスに尋ねてみる。


「ねえ、今の家族に沢山お金を入れられるかな?」

「今の・・・? はい、沢山給料が出ますよ」

「もしお給料が出るならね、両親の口座に入れてほしいの。義母おかあさんが管理してるんだけどね。そこから私の生活費が出ているの」

「なんか言い回しが――とりあえず、分かりました」


 アリスが私に何かを尋ねようとした時だった。


『1年3組、鈴咲 涼姫さん。職員室に来て下さい――繰り返します。1年3組、鈴咲 涼姫さん。職員室に来て下さい』


 担任の、男性教諭の声が聞こえた。


「なんだろ・・・」

「またヴィクターさんが来たんでしょうか」

「うーん?」




 私が職員室に行くと、担任の先生に衝撃的なことを言われた。


「鈴咲・・・・お前、学校に来れなくなるかもしれない」

「え」

「この2ヶ月、学費が滞納されている」

「え!?」


 私は、想像もしない出来事に大混乱した。


「私の学費って、両親の口座から引き落とされてるはずですよね!? 両親の遺産は税金抜いても3千万近くあるし、流石に1年で尽きるわけ・・・」

「どうも、引き落とせるお金がなかったようだ。このままではお前は停学後、支払いが行われなかったままなら退学になるかも知れない。免除方法や、分納方法もあるから保護者とよく相談して―――」

「入学費はもう払ってますし、学費って月々1万円くらいですよね!? 私の生活費を差し引いても無くなるわけ・・・」

「・・・・無くなっている、らしい・・・」

「――口座は・・・今、私の保護者になってもらっている、母方の親戚に管理してもらっています」

「そうか――」


 何かを察したような表情になった担任の先生の目尻に、光るものが浮かんだ。


「――鈴咲! なんでも先生に言え! なんでも相談に乗る! 就学支援金制度もある! お前なら学校から奨学金だって出る! 何なら学費くらい、先生が出してやっても良い!」

「せ、先生、大丈夫です安心して下さい。私は幸いお金持ちになるとおもいます! 本当に幸運ですが!」


 あの時アリスが配信をしようと誘ってくれなかったら、私の人生、大変な事になっていたかもしれない。本当にありがとう、アリス。


 私は「大丈夫です」と示すため、清々しい笑顔を先生に向けた。


 でも――私はどんな顔をしていたのだろう。

 先生がますます泣きそうな顔になった。


 笑顔は、失敗したのだろうか。


 私は―――人に心配されるのが苦手だ。

 他人に心労を掛けると、恐怖を感じる。


「す、すみません。あとで新しい口座をお知らせするんで、そっちから引き落として下さい!」

「鈴咲! 本当に俺に言ってくれよ! 辛かったら、なんでも言え。いいな!」


 温かい。だけど他人を頼るのは、身を切るより怖い。


「はい!」


 私は笑顔で、職員室を後にした。




 家に帰ると、玄関の前に私の私物が全て置かれていた。


 玄関を開けると、鬼の形相のお義母さんと、お義姉ちゃんが立っていた。


「出ていけ!」

「出て行って!」


 突然言われて、脳が困惑で埋め尽くされていく。


「え」


「もうアンタの居場所はこの家にはないわ」

「さっさと出ていくことね!」


 確かに、義母さんと義姉に余り好まれていないことは実感していた。

 だけど、それでも私を引き取ってくれたから信じていた。


 義母の行為は、何かの法律に抵触するかも知れない。でも、そういう事じゃない。

 今は、ただただ胸が痛くて。


「・・・・はい、迷惑をかけてごめんなさい」


 ドアが閉じられる。

 私は、あまりに驚いてしまう事態に、むしろ変な笑い方をしながら呟く。


「ふひひ、この荷物どうしよう―――」


 数が多いし、机とかタンスとかもある。タンスの中身とか全部そこらにバラ撒かれている。


「あっ、そっか! 〈次元倉庫の鍵〉に入れれば良いんだ!」


 〖念動力〗や〖超怪力〗を使いながら荷物を回収していると、ドアの向こうから声が聞こえた。


 「ジジイの遺産も使い尽くしたし、もう用無しよ」、「こっからは金を食うだけだもんね」そんな声が聞こえていた。


 近所の人が、私を変な目で見ていく。


 私は変な人間として見られるのが怖くて、不安でめまいがする。

 イルさんなら、どんなツッコミをするかな。


 私は、家だった場所の前で、笑顔で涙を流しながら荷物を回収して去った。


 マンションを出て、駐車場でスワローさんを呼ぶ。


 たまにマンションの住人が、訝しげに私をみて付近を歩いていく。 

 駄目だ。これじゃ私を心配なんてしちゃう人がいるかも知れない、そんな事をされては駄目だ。隠さないと。

 笑顔を絶やすな。涙を流すな。

 大丈夫。住む場所はスワローさんのワンルームがある。

 大丈夫。


 ――それにしても情けない。


「私、ほんとうに愛してもらうのが下手だ。才能がなさすぎて嫌になる」


 愛してもらうのって、難しいね。




 唯一何でも相談できるのが、イルさん。だから吐露してみる。


「イルさん。私一人ぼっちになっちゃったみたい」


 すると回転する私の眼の前に、イルさんのホログラムが現れる。


『私が居ますよ、マイマスター』

「うん、そうだったよ。ありがと」


 少しだけ、気が楽になった。

 そうだよボッチがどうした、ずっとそうだった。

 学校では常にボッチだったんだ。


 小中学校での授業や休み時間など全ての活動時間を合計すれば、ほぼ10000時間になるらしい。

 人間は10000時間学べば、なんでも一流になれるという。

 10000時間の法則だ。


 私は10000時間、ずっとボッチだったんだ。

 ならば、私は一流のボッチだ。

 だから大丈夫。ありがとうイルさん。


 一流のボッチなんだから、一人になっても傷ついたりしない。

 本当にありがとうね。


 重力を消した部屋で、まどろむようにしずかに目を閉じた


 ちょっとだけ一人で頑張ってみるよ。

 誰かと暮らすのが怖くなっちゃったけど、ボッチは怖くない。


 私は、知っているマザーグースと呼ばれる歌の1つをなんとなく口ずさんでいた。

 お母さんがよく歌ってくれていた、子守唄だ。


「〽Rockロック a byeバイ babyベイビー, onオン the treeツリー topトップ,(赤ちゃんゆらゆら 木の上で)

Whenウェン the windウィンド blowsブロウズ, the cradleクレイドル willウィル rockロック.(風にゆうらん ゆりかご ゆめみて)

Whenウェン the boughバウ breaksブレイクス, the cradleクレイドル willウィル fallフォール.(こぬれ折れたら よるべなく)

Andアンド downダウン willウィル comeカム babyベイビー, cradleクレイドル andアンド allオール.(折れたらおちるよ あいのかご なにもかも)」


 お母さんが歌ってくれたパターンは、この後お母さんがすべてを受け止めてくれるような歌詞になるんだけど・・・・本来はここで終わり。

 そう。私のお母さんがいないと、本来はここで終わりなんだ。


 ――私は何を思ってるんだ。


 ごめんなさい、お母さん――助けてなんて思って。

 本当にごめんなさい。


 冷たい宇宙に浮かぶスワローさんの中はゆりかごのように暖かく、遠くで沢山の星がまたたいていた。




◆◇Sight:3人称◇◆




「クソッ! どれだけスウをけなすコメントをしても、他のコメントが多すぎて埋もれやがる! ――」


 アカキバ――つまり、スウ以外のもう一人の〈発狂〉デスロのクリア者だ。

 この男はスウが配信するたびに、スウをおとしめるコメントを大量に書き込む事が日課になっていた。


❝複座隠して〈発狂〉デスロクリア乙、謝罪動画はよ❞

❝スウって嘘つき、マジでキモくね?❞


❝モデレイターにより、あなたのアカウントがブロックされました❞


「またかよ! モデレイターって誰だよ。閃光のアリスか? まあアカウントは幾らでもある」


 新しいアカウントでスウの配信を再生すると、スウが特殊部隊の様にホテルに突入する映像が流れた。


「よし、コメントを再開するか」


 アカキバは、スウを貶すコメントを投入していく。


❝なんだスウってやつ、中二病かよw❞

❝ゴブリンって弱いんだなw 複座のスウでもこんなに簡単に倒せるとかw❞

❝複座のスウって奴キモすぎ、チャンネル抜けるわw❞


❝モデレイターにより、あなたのアカウントがブロックされました❞


「クソがっ! まあアカウントは幾らでも――・・・・ はあ? もう1つだけしか無いのかよ。めんどくせえなあ・・・まあ新しく登録すれば・・・」


❝短期間に多くのアカウントを取得しているので、一定期間アカウントが作成できません❞


「ざっけんなよ!」


 アカキバは、キレてコックピットの床を蹴りつけた。

 しかしもうアカウントもないので、大人しくスウの配信を眺めることにした。


「おいおい、音子のピンチかよ。たしかアイツのチャンネル登録者数、200万人超えてたっけ? ――ッチ。俺が近くにいたら、助けに行って視聴者を増やせただろうに・・・・。――うわ、音子マジでゴブリンに襲われてんじゃん(笑) 盛り上がって参りました(笑) たまには配信を盛り上げるコメントしてやるか(笑)」


❝音子のファン大集合だなwww❞


 アカキバは盛り上げるつもりで書き込んだコメントだったが、スウもアリスも視聴者も全く別の空気でアカキバのコメントはスルーされる。


「なんだよ全員がスルーかよ――コイツ等マジでうっぜぇなあ、俺はアカキバだぞ」


 その後、スウがドミナント・オーガに立ち向かう映像が画面に現れた。


「コイツ、アホだろ(笑)。ドミナント・オーガに向かっていくとか(笑)。スウが死ぬトコ見れそうじゃん(笑)」


 アカキバはスウの悲惨な映像を待ち望んだが、そんな光景は現れなかった。


「逃げんな、ザコが! おもんな」


 その後スウが、ドミナント・オーガを宇宙空間に投げ捨てる。


 音子が「スウが人類で初めてドミナント・オーガに勝利した」などと発言したり、拍手喝采するコメントが流れたりする。


「ドミナント・オーガに米軍が負けた時とは、状況が違うだろうが! 米軍の時はゴブリンの海賊船が米軍の航宙戦艦に襲いかかって、内部に侵入されたから大変な事になったんだろ! この視聴者、スウに金でも貰ってんじゃねえのか!? ――この米軍の少佐ってヤツも状況まるで理解してないし、偽物だろ!」


 やがてスウが宇宙空間のドミナント・オーガに〈臨界黒体放射〉を連射するシーンになった。


「いや、それはチートだろ! なにしてんだコイツ! ドミナント・オーガの印石乱獲とか、誰か止めろ!! スウが手のつけられない強さになるだろ!! しかもコイツだけ、なんであんなに印石が出るんだよ――!! 俺と同じ〖幸運〗持ちだとしても出過ぎだろ!」


 アカキバも間違いなく〈発狂〉デスロードをクリアしているので、クリア報酬で印石を貰った。


 だがアカキバは、複数人でクリアしたため〖幸運〗止まりだ。比して単独でクリアしたスウは〖奇跡〗を所持している。

 けれどアカキバはその事を知らない。スウも〖幸運〗しか持っていないと思っている。


「謎運営、スウを贔屓ひいきしてんのか!?」


 アカキバはイライラしながらSNSなどをチェックする。


 トレンドに、スウがドミナント・オーガに勝利したなどと上がっている。


「マジでなんなんだよこの視聴者ども、別に美人でもないスウの何が良いんだよ!」

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