第36話 夢を見ます

◆◇◆◇◆




 空を覆い尽くす、星の輝き。

 降りしきる、星の雨。

 流れ星の花束。

 なんだか神奈川の夜空にしては、星が随分と鮮明だ。

 天にそびえる天の川銀河も、まるで宇宙空間で視るように眩しい。

 

 私はマンションの下の公園で、落ちてきそうな星空に圧倒されていた。

 呆然と立ち尽くしていると、やがて朝日が世界を色づかせ始めた。

 星を陽光が、かき消していく。


 街が目覚めていく。

 ――でもそこは、なぜか人の音が欠けた街だった。


 ふと、私は呼ばれた気がした。忘れられたような丘の上、そこへ足を向けた。


 丘に来ると――突然、世界がめくられるように時間と日付が変わった。まるでカレンダーをめくるように、世界がめくられる。


 突如一陣の風が駆け抜けた。波打ち輝く〝えのころ草〟――夏の匂い。

 見上げれば、白い入道雲。


 視線を下げれば、緑の草の上――パステルカラーのビニールシートに、じゃれ付くように眠る幼い少女。

 白いワンピース。

 真っ白な世界、無垢な世界。


 優しい匂いのするバスケットには、手作りのパンケーキ。


 側には汗をかいたガラスのコップに、オレンジジュース。

 だけど世界は彼女をみたりしない。夏の風に揺れる木々が、そう囁いているようだった。


 少女の寝顔は囚われる物のない、無垢。

 彼女の側の砂時計は、止まったまま。


 少女の事を、誰も憶えていない――だから彼女の姿は酷く曖昧で、にじんだ水彩画のようにおぼろげだった。


〝そうか〟と私は思った。


 だからこそ――おぼろげだったからこそ、私には彼女が誰だかわかった。


「アイリスさん――」


 私が呼ぶと、幼い姿の少女は少し身じろぎしてから、目を覚ました。


 世界は何も変わらない。世界は彼女を見ていない。


 聴こえ始めた木々の声。鳥の声。蝉の声。季節の声が騒がしい。


「ああ――涼姫さん」

「はじめまして」

「はじめまして」


 まるでアイリスさんの事を、飛ばし読みするような季節がうとましい。


 私は、彼女にちゃんと告げる。


「待ってて下さいね」

「大丈夫、時間はいくらでもあるから」


 アイリスさんは、止まったままの砂時計に小さな指を乗せた。


 アイリスさんから見れば、一瞬で世界の終わりが訪れる。

 私達からすれば、アイリスさんは永遠に変わらない。

 一瞬が永遠で、永遠が一瞬の場所。時間も距離もない。

 人は、それをなんという――無間地獄。

 だけど、アイリスさんは陰り一つなく微笑む。


「待ってる、私達の世界の真ん中で、夢を見ながら」

「きっとそこに行きますから」


 私はアイリスさんの手を引こうとする。

 だけどそれはすり抜けて。

 にじんだアイリスさんが、私の名前を呼ぶ。


「涼姫さん――」


 そこでふと、アイリスさんは止まった。

 そして尋ねてくる。


「――涼姫って呼んで良い?」

「もちろん」

「涼姫」

「はい――」


 違う。私も親愛を込めて、返事をし直す。


「――うん。じゃあ私もアイリスさんを、アイリスって――」


 すると、アイリスが首を振った。それは何かを悟ったような仕草だった。


「世界は、私を憶えてないから」


 私は、彼女の言いたいことに気づいた。


「・・・・・・・・そっか――じゃあ、でも――今だけでも」

「それなら! じゃあ―――涼姫、」


 アイリスさんが眩しそうに目をとじて、歯を見せ笑顔を作った。

 私は彼女の笑顔を、ひだまりの様な笑顔だと感じた。


「命理ちゃんをよろしくね!」

「うん! アイリス!」


 青い蝶が、湧き上がるように舞った気がした。

 私がしっかりと頷くと、アイリスは触れれば消えてしまうような儚い笑みになった。彼女は目をこする。


「また、ちょっとだけ眠るね」

「ちょっとだけ待っててね」


 静かに頷いたアイリスが寝転ぶと、すぐに寝息を立て始めた。

 ゆっくりと、アイリスの姿がうすれていく。写真が日焼けしていくように、世界が彼女を忘れていく。

 私はアイリスに手を振って、街に向かって歩き出した。

 街に、人の音が帰って来た。




 目覚ましが鳴った。

 なにか、夢を見ていた気がする。

 夢の内容は、思い出そうとしてもどうしても思い出せない。

 私は頭を振って、ベッドから起き上がった。

 今日はやらないといけないことが有るんだ。




◆◇◆◇◆




 命理ちゃんと邂逅した次の日の朝、まだ空気が青い中。

 私はマンション下の公園に向かい、シーソーの上に乗った謎の青い生物の像の上にまたがる。

 そうしながらスマホで命理ちゃんの友達を助ける手がかりにならないかと、今まで2、3回しか見たことのない『フェイテルリンク・レジェンディア攻略WIKI』をスマホで眺めていた。


 以下がWIKIの内容。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

攻略Gamerトップ > フェイテルリンク・レジェンディア攻略WIKI > 初心者ガイド 

[WIKI内検索:攻略方法       ] ↵


□フェイテルリンク・レジェンディア攻略WIKI


 ―――初心者ガイド―――


■ フェイテルリンク・レジェンディアとは?

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 謎の運営の提供するゲームです。

 銀河を舞台に冒険し、謎の敵MoBの親玉、マザーMoBを倒すのが目的です。


■ 攻略方法

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◎マザーMoBは、銀河の中心に鎮座している。

 つまりマザーMoBを倒すには、銀河の中心に到達する必要がある。


 しかし銀河の中心は遠く、惑星ハイレーンや、銀河連合の他の主惑星から10000光年の場所にある。

 銀河連合の亜光速航行アルクビエレドライブ(光の90%以上の速度で進む方法)でも10000年以上掛かる先にあり、ワープ航行(何万光年すら数分で移動できる)を使わなければ一生かけても、到達できない。


 そこで周囲100光年でワープ航行を可能とする、『ワープ補助装置』を設置する事が、攻略の鍵となる。

 

◎ワープ航行補助装置は、元々空間が破れている場所のみ設置できる。

 空間の破れている場所――フロウ・ポイントは、MoBが守っている場合がほとんどなので、MoBから取り返す必要がある。

 つまりMoBからフロウ・ポイントを取り返すのが、攻略である。


 ワープ技術については、次のリンク先に詳しく書かれています > ワームホールによる移動。

 > 次元折りたたみワープによる移動。


■層について。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 銀河連合は銀河の中心までの距離を、ワープ装置の届く距離である100光年ごとに区分して、層と呼んでいる。

 層は100層あり、100層目にマザーMoBがいる。


■ボスについて 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 MoBは10層毎(1000光年毎)に「ボス」と呼ばれる、非常に強力なMoBを配置している。

 ボスらもまた、空間の破れた場所を防衛しており、ボスらを倒さないと先には進めない。


■初心者クエストについて

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 初心者クエストでは、筆記・実技の試験があります。

 試験の前には、VRかリアルで説明が受けられます。

 特に実技は難しいです。サバイバルや生身の戦闘の実技はそこまで難しくはありませんが、バーサスフレームの操縦方法の試験で詰む人がかなりの数います。

 (バーサスフレーム実技試験の攻略方法は、次のリンクへ > 初心者クエスト・実技攻略)

 バーサスフレームにはAIの補助があるし、人型をVRで体のように操り戦い、また離着陸も簡単です。さらに複雑な事を理解したりする必要もないので、リアル戦闘機パイロット程の腕は必要ありません。

 しかしそれでも、相当難しい試験なので覚悟してください。

 初心者クエストのクリアには平均一週間掛かります。しかし半年以上クリア出来なかった人もザラです。(焦らないで、じっくりと取り組んで下さい)


*注:初心者クエストの終了後、機体選択がありますが、スワローテイルだけは絶対に選んではいけません!(詰みます。詳しくはWIKIのトップを参照してください > 

トップ > スワローテイルを選んではいけない理由)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんか最後の一文がきになるけど・・・・以上がWIKIの内容。


「つまり、一言でいうと『特定の場所をMoBが守ってるから毎層倒す。ボスが10層ごとにいるからぶっ倒す』って事だね」


 もっと端的に言うなら、ゲームジャンルの『ハック・アンド・スラッシュハクスラダンジョン』物かな?


 とりあえず『大事なポイントを取り返しながら、層を攻略していく』って考えたら良さそう。


「じゃあ昨日、印石で手に入れたスキルの実験を始めようかな。まずは〖超怪力〗から」


 私は謎の生き物から降りて、大きめの木を抱えてみる。


「〖超怪力〗!」


 私の全身が真っ赤に光る。カッコイイ。

 流石に無理だろと思って、スキルで木を抜こうとしてみる。

 そしたら抜けそうになった、私の肩が。


「ア゛タ゛タ゛タ゛タ゛タ゛タ゛!!」


 激痛のあまり、公園の地面を転げ回った。

 ジャージを着て来て良かった。


 ジョギングを開始したらしいおじさんが、頭のおかしな者を視るような視線を向けて走る。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


 やばい、なんか心配されてる? 心配をかけないように、エキセントリックな答えを素早く用意する。


「きょ・・・巨大すぎる力を手に入れたにも関わらず、コントロール出来ないで自らの身にダメージを受ける主人公ゴッコしてるだけですから、お気になさらず」

「そ、そうかい・・・それは巨大な力を手に入れた者の宿命だね・・・頑張って」


 乗ってくれる優しいおじさんだった。


「救ってみせます」


 私が キュッ と拳を握って返すと、おじさんは「セカイ系かなあ・・・?」と言いながら、遠い目で朝日に向かって走っていった。


 私はとりあえず無様な格好をやめて、膝に手を当てながら立つ。

 そうして涙目で「ゼハゼハ」言って痛みが止むのを待った。


「と、とりあえず分かった。力は強くなってるけど身体からだの強度は上がってないんだから、全力を出したら私の身体が壊れるって事が」


 実はこんな事もあろうかと、握力計を持ってきたんだ。

 先にこっちを使えば良かった。


 私は昨日手に入れたばかりの便利袋の中から、握力計を取り出す。


 産んでくれたお母さんの持ち物。お母さんはスポーツ選手だったから、結構いい握力計で、200キロまで測れる。

 室伏さんクラスでないと、必要ないタイプ。


 でもお母さんも、握力が100ちょい有った。測るたび、私とお父さんに「ゴリラ」って言われて、お母さんは「ウホーッ!」って言いながら追いかけてきた。


 私はいつも身体能力が高いお母さんに追いつかれ、すぐに抱きしめられた。


「雨かな?」


 ちょっとだけ濡れた頬を拭いて、実験を再開。


「いくぞ〖超怪力〗」


 握力計を キュッ としてみる。ミシっと言ったので慌てて手を緩める。

 やば、壊すところだった。


「え、マジ?」


 メモリは見事に振り切っていた。


「200kg以上かあ・・・」


 私は、人差し指と親指で握力計をつまんでみる。

 見事に振り切った。


「ウホウホ」


 なんか嬉しい。


 よし、垂直跳びをしてみよう。

 まずは軽く。


 「〖超怪力〗」と、爪先だけで跳ぶと3メートルほど身体が浮いた。


「え・・・」


 十分、怪我する高さじゃん。


 私は着地の瞬間にわざと転んで、あとは受け身の要領で転がった。

 ちなみに左肩を銃弾で怪我してるので、庇って転がった。それでも結構左肩が痛かった。


「痛テテ」


 授業に柔道があって良かった。柔道で受け身を習うのって大事だね。

 ・・・・にしても、ジャージがどんどん汚れていく。


「全力で跳ぶのは怖いな――でも、全力が知りたいんだよね」


 私は遊具の中に隠れて〈次元倉庫の鍵〉からパイロットスーツを取り出して、ジャージを脱いで身につけて、もっかいジャージを着た。


 そうして砂場でジャンプを開始。徐々に跳ぶ高さを上げてみたけど、パイロットスーツのお陰で身体には全然ダメージがない。左肩も痛くない。


 そろそろ全力! ――と、跳び上がったら3階と4階の途中まで飛んだ。

 受け身着地、ジャージさん涙目。


 スマホでマンションの1階毎の高さを検索してみる。


「なるほど、10メートルほど飛んだ感じかな?」


 次は、50メートル走(距離は目分量)をしてみる。

 3.35秒だった。


「間違いなく、化け物だ」


 乙女でない何かだ。


 自分に愕然としながらも「流石レア印石だなあ」と関心した。

 でも運動はそろそろ止めとこう、左肩の傷が心配だ。


 昨日、ハイレーンで買った塗り絆創膏? を塗ったら薬がものすごい勢いで傷が塞がりだしてたんだけどね。

 さすが超文明。


 パイロットスーツの薬液にも、治癒効果あるらしいし。


 ただ結構深くぐねぐね穴を開けられてたみたいで、二の腕まで長い穴ができちゃったみたい。

 だから完治には3日は掛かるって、ハイレーンの〝タコさん薬局〟で言われた。


 ハイレーンの病院に行けばすぐに治してくれるらしいけどドックに1日入らないといけなくなるらしくて、それだと学校に行けないから3日で治るんなら塗り薬で良いかなと。

 他所様の家に住んでる身だから、学校休んで迷惑かけるのは良くないのです。


「次は〖サイコメトリー〗を試してみよう」


 残留思念っていう人や物に宿った思いが、見えたり聞こえたりするらしいけど。


「握力計を調べてみよっかな?」


 残留思念は、これにも有るのだろうか。


 握力計を撫でながら、残る記憶を調べてみた。

 そして、私は大声で泣いた。


 母の感じた、私や父との思い出が見えたんだ。

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