第34話 不思議なクエストで迷います

◆◇Sight:三人称◇◆




 現実で倒れ、意識を失った涼姫は真っ暗な何もない空間を歩んでいた。


「〖暗視〗〖超暗視〗――駄目だ、何も見えない」


 スキルを使っても、暗闇は変わらなかった。

 ここには光も温度もないのだろうか。

 しかし自分の手や体は、はっきりと見えるのだ――光がないなら見えないはずなのに。現実とは思えない空間だった。


「クエストって、『はい、いいえ』の選択肢がでなかったけど・・・・強制イベント?」


 しかも、どうやったらここから出られるのかも理解らない――「というか自分は生きているのだろうか?」という不安がよぎる。


「アリスいない? イルさん! 視聴者の皆さん、誰かコメント出来ませんか!」


 なんの反応もない。

 この真っ暗な空間には八街 アリスの姿も、スワローテイルのドローンもなく、視聴者のコメントもすっかり視界から消えていた。


「〖第六感〗――反応がない」


 涼姫はいよいよ切羽詰まって、何が見えるかわからない最後の頼みの綱を、恐る恐る使う。


「〖サイコメトリー〗」


 スキルの結果に、涼姫が顔を挙げる。


「反応が有った」


 デジタルノイズのように視界が荒れた後、微かな反応。ともすれば見逃してしまいそうなほど、か細い光。

 それを見た瞬間――涼姫の視界に〝何か嬉しそうに抱き合い、笑いあう女の子が二人〟視えた気がした。

 さらに別の誰かが、〝青い光を抱きしめようとする姿〟――視えた彼女は感情のない瞳で、泣いていた。


 恐らくサイコメトリーの影響だ。


「こっ、――この人たちは、誰?」


 か細い光が、奥へ飛んでいく。


「こっち?」


 なんの記憶か判別できないほど弱々しい光。それが呼んでいる気がした。


 真っ暗な空間で白い蛍のように揺れながら飛んで、涼姫の道標になった。

 しかし光はまるで、よるべなくさまよう迷子の姿にも似ていた――ただただ寂しかった。


 悲しいほど、頼りない光だった。


 やがて涼姫の足が止まる。


「女・・・の子?」


 視界に現れたのは、膝を抱えた裸の少女だった。

 短くした銀髪で隠れた表情を、さらに膝に押し当てていて、どんな顔をしているか判断できない。


「君が、私を呼んだの?」

 

 しかし、膝を抱えた少女に反応はない。


「・・・・ど、どうしよう」


 涼姫はここから出たかった。元の場所に戻りたかった。


 一人が落ち着く自分だけど、こんな真っ暗な場所にずっといたら頭がおかしくなってしまう。

 そして脱出の手がかりは、眼の前の彼女しか居ないだろう。


 涼姫は人との会話が苦手だ。めまいがするほど苦手だ。

 でも、話をするしかない。

 それに彼女が自分に助けを求めているなら、救いたい気持ちもある。

 とりあえず、涼姫は少女の隣に腰掛けた。大きめのパーソナルスペースを発揮してしまい、人ひとり分の距離を空けて。


 「流石に、これは話をする距離では無いな」と思い直し、自分ができるギリギリ限界までにじり寄る。

 あと少女が裸なのが気になった。しかし自分と彼女しか居ないし、女同士だし別に構わないかと結論した。


 涼姫は少女と会話しようと、もう一度話しかけてみる。


「・・・・あの、君が呼んだの?」


 だが、少女からの反応はない。


 涼姫はくじけそうになったが、諦めずに何度も果敢に挑む。


「ここはどこ?」


 沈黙が流れる。


「君は誰?」


 返事はない。


「寒くない?」


 掛ける言葉が、全て空振りに終わる。一向に相手からの反応はなく、会話の糸口が開かない。


 涼姫は暫く考え、今自分が一番言われたい言葉を掛けてみることにした。


「何かあった?」


 すると、少女の反応はあった。


『・・・うん』


 だが、肯定を示す単語が返って来ただけだった。少女は膝から顔を挙げたりもしない。

 当然、会話は始まらなかった。

 けれど糸口はあった。


「何があったの?」


 長い沈黙のあと、答えが返ってきた。


『―――友達を、救えなかった』


 答えはあった・・・・だが涼姫は、少女のあまりに辛そうな様子に、今度は自分が言葉を続けられなくなってしまう。


「そ・・・っか」


 なんとか返せたのは、その一言だけだった。


 涼姫はそろそろ自分のコミュ障具合が恨めしくなって来た。

 こんな時、八街さんなら彼女にぐいぐい話しかけて自分のペースに乗せられるのだろうか。と考えてしまう。


 涼姫は気まずくなって、周囲を見回す。

 もちろん周りにあるのは暗闇だけで、視るものなど何もないのだが。

 居心地の悪さから、何かを探すフリをせずにはおられなかった。


「真っ暗――こんな場所にどのくらい」

『1100年』


 意図せず返事はあった。

 しかし涼姫は、出てきた途方もない数字に、思わず驚いて聞き返してしまう。


「1100年って! ――辛くないの・・・!?」

『当機は感情が薄いわ――それでも最初は辛かったけれど、もう何も感じないわ。機器が壊れたのかも知れない』


(当機・・・・機器?)


 涼姫は、この不穏な言葉の意味は聞き返せなかった。


「どうしてココにいるの?」

『友達を救い出そうとしたから』

「救い出す? 友達って、どこにいるの?」

『銀河の中心』

「え、それって――マザーMoB!? ――マザーMoBって人間なの!?」


 女の子は膝に顔を埋めたまま、小さく頷いた。


「最悪すぎる」


 涼姫は小さく、嘔吐するように感想を吐いた。


「ねえ、ここから出ようよ。こんな変な場所にいないで」

『どうして』

「君はとても寂しそうじゃない。こんな寂しい場所にいちゃいけないよ」


 少女は、涼姫の心配するような言葉に顔を挙げた。

 まるで妖精の様な少女だった、黄金に発光する歯車のような虹彩を持った瞳があった。涼姫を見つめていた。


 やがて、少女が小さく首をふる。


『当機は多分、ここを出ないわ』

「―――なんで」

『友達を救えないから』

「いや、助けようよ! なんとかなるかも知れないじゃない!」

『無理よ、もう救えない。銀河連合の元帥もマザーMoBとなった人間を救う方法を探したけど――結局殺す方法しか見つけられなかった。もう無理なのよ』

「でも、貴女が私に助けを求めたんじゃないの!?」

『当機が貴女に助けを? そんな事しないわ――できないわ』

「え」


 否定する少女だったが、彼女は直ぐに言葉を翻した。

 涼姫を見ていた瞳を、そらして呟く。


『――でも、求めたのかもしれない――』

「どういう・・・」


 涼姫は困惑するけれど、続く少女の声はまるで自問自答の独り言だった。


 少女は表情を変えず首を振る。

 寂しそうに銀髪が揺れていた。


『当機の名前は、命理いのり

「あ―――、私は涼姫――祈り? どんな字を書くの? 私は、涼しい姫って書くの」

『命のことわりと書いて、いのりよ』

「命の理で祈り―――綺麗な名前だね」


 しばしの沈黙があった。

 命理はただ遠くの暗闇を眺めていた――その視線はまるで、何か過去を見ているようにも見えた。


 命理は視線をゆっくり戻して、涼姫に尋ねる。


『ねえ、涼姫――昔話を聴いてくれる?』

「うん、訊かせて」


『昔々あるところに、日だまりのように笑う少女がいました。

少女の名前は、アイリス。

星団帝国ユニレウスは戦争の為、沢山のデータノイドを必要としていました。

けれどデータノイドの扱いは決して穏やかな物ではなく、過酷でした。

苦しむデータノイド達をみてしまったアイリスは、彼らを救おうとしてしまうのです。

けれど、おりしも星団帝国はベクター――平行世界人との戦争の真っ最中』


「平行世界人?」


『そう、平行世界からの侵略者。平行世界人ベクター


「そんなのが襲いかかってきたんだ・・・」


 命理は頷いて続ける。


『データノイドを使わなくなれば、星団帝国は戦争に負けてしまいます。

戦争に負ければ、データノイドは更に過酷な運命に曝されるしょう。

二律背反する条件に苦悩するアイリスに、星団帝国がささやきました。

「戦争を終わらせれば良い」と「その力が、君には有る」と。

星団帝国はアイリスをかどわかし、敵から手に入れた技術の実験台とすることにしました』


「え・・・――敵から手に入れた技術って、それがつまり」


『アイリスは、星団帝国によって精神兵器MoBの精神核――マザーMoBにされ、人類を滅ぼす兵器として平行世界に送り込まれました。

アイリスは見事、平行世界の人類を滅ぼして帰還しました』


「な、なるほど、勝てたんだね。なら・・・・」


『ところが、アイリスが帰還した先には人類がまだ残っていたのです。

アイリスは、人類を滅ぼすようにプログラムされています。

星団帝国は、アイリスの帰還は想定に入れていませんでした。

こうしてアイリスと、この世界の人類の戦争が始まりました』


「・・・・えっ、こっちの人類も攻撃対象になっちゃったの!?」


『この世界の人類は、無限に戦力を生み出し続けるアイリスに劣勢になっていきました。

しかもアイリスを核としたマザーMoBは、ベクターのマザーMoBより遥かに強力でした。

人類はまるで彼女に敵いません。

そこで人類はアイリスを銀河の中心、超巨大ブラックホール――射手座αに封印する作戦を実行します。

――作戦は成功し、アイリスは超巨大ブラックホールに落ちました。

けれどアイリスはブラックホール内部でも進化して、ブラックホールの中から眷属を銀河に転移できるようになります。

こうして、この世界の人類の――最後の戦争が始まります。

結果、人類は負けて滅びてしまいます。

――遂に全ての人類を滅ぼしたアイリスは、役目を終えて眠りに着きました。

アイリスが助けようとしたデータノイドの一人は、アイリスを分解できる酵素を打ち込もうと、一人でずっと射手座αを目指しましたが――星団帝国の残党のデータノイドやヒューマノイドに捕まって、VR空間に封印されました。アイリスのなまのデータを保存するメモリーとして』


 話を訊き終えた涼姫は、あまりの理不尽に憤る。


「・・・ひどい」

『ねえ、涼姫』


 涼姫が気づくと、命理が涼姫の瞳を覗いていた。

 命理の歯車の様な瞳からは、幾筋もの光がこぼれていた。

 とても、感情が無いとは思えなかった。


『涼姫――。こんな場所まで来れる、涼姫・・・・』


 命理は、唇を嗚咽に震わせ途切れ途切れに『涼姫』と繰り返した。


『・・・・お願いが・・・あるの』

「うん、命理ちゃん」

『当機は――今から貴女を現実に帰すわ』

「うん」


 命理の手が硬く握られている。

 生体部品であるその部分は血の気を失い、白くなるほど強く握られて震えていた。


『アイリスは優しい子なの。ゲームで他人を撃つのも辛いくらい。そんな彼女が人類の敵にされた――こんなの絶対アイリスは嫌なはずなの。――アイリスはある酵素を撃ち込めば、死ねるわ。だから―――どうか、アイリスを――』


 涼姫は、命理の瞳をみたまま静かに頷いて返す。


『――どうか、どうか―――ッ!!』


 命理の言葉は、もう悲鳴だった。

 目を硬く閉じて、体躯を震わせ、拳の中から赤いものを流して、叫ぶように頼み込む。

 しかし、命理が全てを言い切る前に涼姫が先に告げる。


『殺――』

「一緒に行こう、100層。そしてアイリスさんを笑顔にしよう!」


 涼姫の言葉に、命理が瞠眼どうがんした。


『え・・・・――』


 命理は疑問のような声を出した後、息を吸い込むようにして途切れた言葉をつなぐ。


『―――がお?』

「そう」

『笑、顔?』

「うん、笑顔!」


 歯車のような虹彩の瞳を包むまぶたの端がちぎれんばかりに、見開かれる。


『マザーMoBを、笑顔―――? ほ、本気で、言っているの?』

「だって、つらい思いをしている女の子は笑顔にするものじゃない!」


 命理が、一層目を見開き表情を跳ねさせた。

 そうして頷く。

 何度も、何度も、壊れたように何度も。


『うん、うん・・・・うん、うん――そうよ―――そう、そうだわ』

「命理ちゃんが外にいた頃の元帥さんも、アイリスさんを救おうとしてたんだよね? なら1100年も経ってるなら、アイリスさんを救う方法も何か見つかってるかもしれないじゃない。だから、まずは100層に行こう。それから色々考えよ、きっとなにか方法はあるよ! 100層だって一人で行けなくても、みんなで行けば良いんだよ。私、配信者っていうのやってるんだけど、そこで頼んだら、力を貸してくれる人もいると思うの!」

「・・・・みんなで?」

「そう、みんなで!」


 涼姫の言葉に、命理が顔を伏せて、涙を拭いた。大きく息を吸って、背筋を伸ばした。

 おとがいを伸ばして震えると、嗚咽を飲み込んで喉を鳴らした。


『涼姫』

「なに命理ちゃん」

『お願いが、あるの』

「うん」

『アイリスを――笑顔にしてあげて!』

「まかせとけ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る