第33話 命の理り4
◆◇sight:成田 命理◇◆
「みて、成田よ」
「やだ・・・ウィルスが伝染るから離れてご飯食べよ?」
当機から離れていく、データノイドの兵士たち。
でも、当機は何も感じない。当機は食事を口に運び続ける。
黙々と、スープを掬う、口に運ぶ、スープを掬う、口に運ぶ。を繰り返していると、眼の前に四角いお盆が置かれた。
「ここ、いいかな?」
当機が見上げると、金髪の女の子が居た。
恐らくデータノイドじゃない、ホモサピエンスだ。
軍所属なのにデータノイドにならずに、まだ生き残っている人物だ。
優秀なのか、新米なのか、どちらかだろう。
しかし、データノイドの食堂であるここにホモサピエンスが来るのは珍しい。
きっとこの人は、当機が誰だか分かっていない。だから近くに座ろうとしている。
当機は、いつものように自己紹介をする。
「当機の名前は命理って言うわ」
「私は、アイリス」
彼女は何故か、名乗り返してきた。
「え」
当機が見上げると、彼女は当機の顔を見詰めていた。
感情がエラーで壊れた当機――そんな当機の感情を補助している、人工感情が反応する。あれはきっと悲しそうで、何かいいたそうな――複雑な表情だ。
アイリスと名乗った女性はふっと表情を消して、当機の前に着席した。
感情を隠した――なぜ?
「命の理りで祈り――素敵な名前ね」
「どうして当機の名前の漢字が分かるの? というか漢字を知っているの? ――それより何故座るの? 当機は成田 命理よ?」
「うん、知ってるけど――有名だし」
「私のチップは、危険なウィルスに満たされているのよ?」
「いや、それヒトに伝染るもんじゃないし」
アイリスという人は、平気な顔でパンを齧り始める。
さらに話しかけてまで来た。
「ねえねえ、命理ちゃん」
「・・・・命理――ちゃん?」
「うんうん、命理ちゃん。どうして感情を無くしたの?」
「命理・・・ちゃん・・・・? 憶えてないわ――当機は当時の記憶が、殆ど残ってないの。記録も無いみたいだし」
「本当に記憶がないのね」
当機が首を傾げると、アイリスという女性はすこし笑った――寂しそうに笑った。
その後アイリスという人は、食事を続ける当機を慈しむように――見守るように眺めた。
当機は、じっと眺められているのに、なぜか悪い気がしない。
心地よい、優しい視線。
けれど視線の理由が分からず、思わず尋ねようとすると、先にアイリスという人物が私に尋ねてきた。
「命理ちゃん、無くなったのは記憶だけ?」
「――感情も欠けてしまったわ。ウィルスで、感情部分がエラーを起こして壊れてしまったらしいの。今は人工感情で補っていて、うっすらとした感情があるだけ」
なぜかアイリスという人物が、ひどく辛そうな顔をしている気がした。
「辛くない?」
「少し」
「・・・・そっか」
当機の答えに寂しそうな顔になったアイリスという人は、当機から視線を外し、黙々とパンとスープを食べ始めた。
やがて当機が食事を食べ終え、お盆を返却棚へ戻そうと立ち上がろうとした時だった。
「ねえ、命理ちゃん。自分の過去の事、知りたい?」
「――それは別に、どちらでもいいわ」
「―――そう」
「ただ、一つだけ・・・誰かと何かを約束した気がするの――それだけは思い出しておきたい」
「それはきっと、もう思い出す必要はないよ」
「なぜ?」
当機の質問に答えはなく、アイリスと言う人が当機の髪に手を伸ばしてくる。
「触れて良い?」
尋ねられたので頷くと、アイリスという人は、私の髪飾りの角度を少し直した。
幸せの象徴らしい、青い蝶をあしらった髪飾り。
アイリスという人が、また尋ねてくる。
「これ、いつも着けてるの?」
当機は頷く。
「これを着けてると、なぜか嬉しい気持ちが少し湧き上がるの。あまり感情が無くなってしまったから、当機にとっては、大切な御守り」
この言葉に、アイリスという人の瞳が揺れた。
彼女は歯を食いしばると、当機から顔を背けた。
アイリスという人が唇を噛んで震え、短い沈黙の後、彼女は当機に向き直った。
「・・・命理ちゃん、友達いる?」
アイリスという人が言って、辺りを見回す。
当機の近くに誰も居ないのを確認したようだ。
「いたらしいわ」
「いた――らしい?」
「カリギュレイターが教えてくれたわ。でもその人はもう、当機に近寄ってこないわ」
「・・・・それって―――」
「問題ないわ。その事に、なぜか当機の人工感情は満足しているの。それに友達だったという人が当機に関わってひどい目に遭うほうが辛いわ」
アイリスという人物は暫く私を見詰めていた。もう何も質問がないようなので、当機が立ち上がると急に彼女は口を開いた。
「命理ちゃん、私と友達にならない?」
不思議な言葉だった。
彼女には何の利益もない、不利益しかない言葉だった。
「どうして?」
「どうして・・・って。なんか――ほっとけ無いの・・・――駄目?」
当機は、事実を伝える。
「止めておいたほうがいいわ。当機と一緒にいると、貴女にまで妙な噂が立つ」
「そういうの、どうでもいいから!」
アイリスという人物が少し大きめの声を出す。表情は、酷く真剣に見えた。
「友情――当機はもう殆ど感じないけれど」
「問題ない」
「・・・・それなら良いけれど、止めたくなったらいつでも止めていいわ」
「やった! じゃあ友達だよ!! ――今日から・・・」
アイリスという人物は「今日から」と言う時、少し辛そうにした。
人工感情が、あれは「泣き顔なのではないか?」と演算していた。
当機とアイリスが友だちになって、一ヶ月が経った。
その日もVR訓練を終えて、兵舎に戻ろうとしていると、上から水が降ってきた。
当機はずぶ濡れになった。
見上げると、兵舎の2階の窓から顔を出した女性型データノイドが笑っていた。
「ギャハハハハ! あっ、ごっめ~ん!」
「でも、そっちもボンヤリしてるから悪いのよ~。お詫びにほら、用意しておいてあげたよ」
女性型データノイドは窓から箱を出して、ひっくり返した。
沢山のネジが降ってくる。
「いつもぼんやりして、頭のネジ、緩んでるんでしょ? 交換しときなよ」
「ブハハハハハハ!」
当機が、大笑いする女性型データノイド達を呆然と見上げていると、彼女たちの方から怒声がした。
「貴様ら!!」
「オ、オルカン隊長!!」
当機達の部隊の隊長の声だ。
最近、復活したオルカン隊長――
「俺が一番気に食わない事を教えてやろう」
「たい、隊長・・・」
「も、申し訳有りません!」
オルカン隊長が二人の首根っこを摘み上げ、窓から放り投げた。
当機の眼の前に転がる、女性型データノイド二人。
「喧嘩するなら正面からやれ、影からこそこそやる奴が一番気に入らん! 背中を任せる仲間に卑劣な行為を働いてどうする。前も後ろも敵にして、お前らはそんな事で生き残れると思っているのか!?」
「ひぃ」
「許して下さい!」
「許しを請うなら命理少尉に請え! だいたい、命理が記憶と感情を失ったのは、俺やお前たちを助けるためなんだぞ!」
そんなオルカン隊長の言葉に、女性型データノイドが凍りついた。
当機は思った(そうなの?)と。当機にはオルカン隊長の言うような、彼女たちを助けたような記憶はない。思わず首を傾げてしまった。
「え」
「私、たちを・・・?」
オルカン隊長が、地面に尻もちを突いた女性型データノイドに向かって腕を組み、睨む。
「そうだ。命理はな、あの大敗北の日。生き残った10人のなかで、唯一まともに戦えたのは自分だけだからと。無数に転がったデータノイドたちのデータチップを守るため、ウィルスに侵されて本気で戦えば自分の記憶と感情が失われるのも分かっていて、全力の戦闘を行ったんだ」
「う、うそ・・・話が違う」
「命理少尉は・・・・私達を守るために、こんな事に?!」
転がって尻もちを突いたままの二人が、地面に両手をついて、当機を見上げてくる。
「成田少尉・・・・」
「命理!」
やがて二人は、涙まで浮かべて言ってきた。
「ごめん!」
「本当にごめん!! 私達、貴女は一人で逃げて生き残ったから無事だったんだって訊いてたの!」
「私達を助けるために、記憶も感情も失ったなんて!!」
そこに関して、当機は何も問題ないので返す。
「大丈夫、当機には感情が無いから、何も辛くない。それに助けた記憶もないし」
すると当機の言葉に、何故か二人が一層辛そうな顔になってしまった。
「気にしないでいいのよ」
当機がそう付け加えると、オルカン隊長が奥歯を鳴らして、苦虫を噛んだような表情になった。
「くそっ俺があの時、倒れさえしなければ。――命理、なにか有れば俺に言え、俺は何時でもお前の味方だ」
「そうよ、私達も味方だから――助けてくれた恩人なんだから! 私はエリン!」
「私達に、なんでも言ってね! 私はリンダ!」
「ありがとう?」
その後、何度も頭を下げながら、当機から離れていく女性型データノイド二人。
二人の後ろ姿を眺めていると、オルカン隊長がため息を吐いた。
「・・・・だがよ、命理」
「はい」
「お前、最近笑うようになったじゃねぇか」
「・・・・そうですか?」
「ああ。時々、『ふふっ』という風に笑っているのを見かける」
「・・・・だとしたらきっと最近友達になれた、アイリスという人物のお陰です」
「そうか。アイリスと、最近友達になったのか」
「はい」
「そうか」
オルカン隊長は「そうか」と何度も繰り返しながら、当機に悲しそうな笑みを向けていた。
(どうかしたのだろう?)彼の表情の意味が、当機の人工感情では分からない。
答えを返してくれない。
でも確かに、アイリスに対する当機の思いは、日に日に強くなっている。
当機はどうもアイリスが「大好き」だ。
これを友情と言うのだろうか。人工感情に問うてみても、答えはなかった。
その後、新兵器が開発された。
それは新たなるデータノイドのボディ。
ただ、このボディを使ったデータノイドは徐々に記憶と感情を失うと言う噂があった。
しかも、このボディは自動的に動く時があり、むしろ人間の思考を補助AIにする事すら有った。
◆◇sight:アイリス◇◆
アイリスは軍が推し進める
人間の記憶と思考を奪うボディの使用など許せるはずがない。アイリスはAnother1の使用を強行に推進するダーマス中将に直談判に行った。
さらにアイリスは気づいていたのだAnother1は、命理の記憶と感情を奪った敵のウィルスのアルゴリズムを元に作成されていると。
しかもダーマスは、オルカン中隊全員のボディもAnother1に変更しようとしている。
アイリスはこれ以上、命理の記憶と感情は失わせないと、決意を込めた。
アイリスが、ダーマスの私室の机を両の手のひらで叩く。
「ダーマス中将、あの可怪しなボディをデータノイドのみなさんに使わせるのを今すぐ止めて下さい! 記憶と感情を奪うなんて彼らの人間性を奪う気ですか!! しかも戦闘中はほとんど、人間の思考をAIにしているそうではないですか!」
「何を言っている。あのボディを導入してから、我々は連勝続きではないか」
「ふざけないで下さい! 貴方が却下したバーサスフレーム――本来なら現在の主力になっていた筈の機体を主力として採用し直せば、あんな可怪しなボディが無くとも十分な戦果を果たせます!」
「貴様、私の判断が間違いだったとでも言う気か!? 今更生産ラインを再構築する体力など、我が軍には無いわ!」
「ふざけっ――現在採用されている低性能なバーサスフレームを作っているグリーンピュアと貴方の間に癒着が有ったと言う噂がありますよ!」
「き、貴様ァ! 貴様らは黙って上官に従っていればそれで良いのだ!」
そこで、ダーマス中将の私室の通信が鳴った。
「なんだ!」
ダーマスはVRで通信を開いて怒鳴った。
しばらくダーマスはアイリスを無視して、通信相手と会話していた。
すると、彼の口元が歪んでいく。
――邪悪に、そこしれないほど嬉しそうに。
「中尉」
「なんですか・・・?」
「データノイドたちを救う方法が、発見されたぞ」
◆◇sight:成田 命理◇◆
当機が射撃場で銃の訓練をしていると、以前仲直りをした女性型データノイドの二人――エリンとリンダが飛び込んできた。
「命理大変よ!」
二人共、血相を変えている。
「どうしたの? エリン」
当機が首を傾げて、相変わらず機能していない表情で尋ねると、エリンが声を大きくする。
「アイリスが適合者だって、訊いたの!」
話が要領を得ないので、当機はさらに尋ねる。
「――適合? なんの?」
「マザーMoBになる適合よ!」
「えっ?」
エリンのあまりに衝撃な言葉に、人工感情が大きくザワついた。
「なにそれ、マザーMoBの適合者? じゃあ、マザーMoBは元・人間だったとでも―――? しかも、アイリスが適合者?」
「そうなの! アイリスがマザーMoBになれる人間だって、ダーマス中将と話してるのを、私達訊いたの!」
「丁度ダーマス中将の私室の前を通った時聴こえてきたのよ!」
「まさかダーマス中将は、アイリスを!?」
「アイリスは、ダーマス中将にAnother1の使用をやめさせることを条件に、被検体になる事を了承していたわ!」
「Another1・・・・」
「そう、私達の為なのよ!」
「どうしよう、命理!」
「アイリスは、渡さない―――!」
この後、当機とオルカン中隊はアイリス奪還に動いた。
だが、これは失敗に終わり、オルカン中隊は全員反逆者として銀河辺境の監獄に収監された。
こうなるともう、当機達にアイリスを救う手段はなかった。
そして銀河に、ベクターのマザーMoBの能力を遥かに超える、恐るべきマザーMoBが銀河に誕生する事になる。
2年後、突如として並行世界人との戦争が終わった。
当機とオルカン中隊は、反帝国軍組織・フェイタルリミットという組織に救い出される。
そこから戦争終結からさらに5年が経つ。
当機は軍を抜けて、並行世界に行ってしまったアイリスの足跡を探し続けていた。
きっといつか、再会できると信じて。
日だまりのような笑顔だけを、みちしるべに。
アイリスの足跡は、当機に関する物が沢山あった。なんとか当機達を助けたいという思いに溢れていた。
「アイリス、貴女はどうしてそんなに当機を助けようとしたの・・・?」
当機は困惑しつづけていた。
「友達だから」
そんな言葉が返ってきそうな気がした。
さらに5年、戦争終結から12年後――当機はアイリスと再会する。
フェイタルリミットから銀河連合と呼ばれるようになった組織に呼び出され、当機が新型バーサスフレーム、ユリシスに乗って馬頭星雲に向かうと、そこには恐ろしい姿があった。
知っている――あの巨大な姿はマザーMoBだ。
無限に進化し、MoBを生み出し続ける存在。
蝶の羽根を持った女性の形をした青い光――彼女を見て、〝私〟は泣いていた。
「アイリス・・・、〝貴女〟は、アイリスなのね」
『いノ理ちャン』
命理ちゃん―――確かに聴こえた。
あれはアイリスだ。
アイリスなんだ。
アイリスの足跡を辿っていた時、私を助けたいと思ったアイリスは戦争を終わらせるしか無いと結論つけていた。
その答えが――あの姿。
私は思えば、憶えている限りで初めて泣いた気がする。
MoBは、全ての人類を滅亡させるためだけにいる兵器。
さらに、素体となったアイリスがあまりにも優秀すぎたため、今度のマザーMoBは、かつて戦ったマザーMoBとは比べ物にならない強さだった。
こうして、並行世界人との戦争よりも過酷な戦争の火蓋が切られた。
それは私が、アイリスを殺してあげるための戦いの始まりだった。
「今度は私が――アイリスを助ける番」
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