第32話 命の理り3

 オルカン隊と命理が所属するダーマス師団は、惑星リーンズに急行したが――ダーマスの癒着により満足な補給を得られなかった彼らは、ほとんど全滅する羽目になった。


 命理の眼の前で、オルカンの胴体を〈アトラス〉のレーザーが貫いた。


「オルカン隊長!」


 オルカンはデータノイドだ。

 だが、先程の戦いで、彼のデータはデータベースから失われている。


 命理は周りを見回す。

 周囲の光景は、正に死屍累々だった。無数に転がる、動けなくなったデータノイド達の身体。それ等が雪の地面に散らばっている。


 倒れ伏すデータノイドの中央で、命理の吐く息だけが、夜空に白く点滅するように浮かんでいた。


「残り兵数、10名・・・・通信途絶――絶体絶命」


 今散らばっているデータノイドの彼らの身体が破壊されると、多くの者が復活できない。

 ――命理もその一人だが。


 後方支援をしていた命理は未だ無傷だ。彼女は周りを見ながら呟く。


「持って帰らなきゃ、みんなのデータチップ人間を」


 データノイドの頭には、小さなデータチップがある。

 そこに、生前の記憶と思考が収まっている。それさえ有れば、彼らはまたデータノイドとして蘇生される。


 命理が空を見上げる。

 そこに100体を超える〈アトラス〉。


『*ザザ* 応答してください、応答してください、ダーマス師団――誰か応答を!』


 通信に答えたのは、命理。


「はい。こちら、ダーマス師団、オルカン中隊、成田 命理少尉です」

『*ユタ大佐、応答有りました!* 成田少尉、状況を報告して下さい! オルカン少佐はどうなさいましたか』

「オルカン隊長はたった今、行動不能になりました」

一騎当千ワンマンアーミーのオルカン少佐が!? ――わ、わかりました! こちらで作戦を立案します。兵数は、動ける人数は、あと何人ですか! 武装は何が残っていますか!?』

「残り兵数――10名。武器なし」

『全滅!? 2万の兵士が全滅したのですか!?』

「全滅ではありません、私とあと9名います」

『戦えない状態です。全滅――いえ、もはやそれは壊滅というのですよ! *ユタ大佐、どうすれば!* ――命理さん、どうか皆さんのデータチップを持ち帰って下さい! ――データチップさえあれば、皆さん生き返れます! データベースが破壊された今、彼らを救えるのは命理さんしかいません!』

「任務、了解」


 命理は背後を振り返る。

 そこには、片手や片足を失い、到底戦える状態には見えない味方の兵士たち9名。


 まともに戦えるのは、自分だけだ。


 命理は空を睨む。

 巨大なMoB〈アトラス〉達、40体。


 〈アトラス〉の背後には大きな白い月――黒い雲。

 雲の切れ間からは、かろうじて残った双子星の片方に光に反射した衛星が作り出す黄金の光がカーテンの様に漏れている。

 天使の梯子と言う奴だ。


 命理は自嘲した。

 絶望的な状況に掛かる天使の梯子を見て――運命が、藻掻く自分をあざ笑っている様に見えたからだ。

 しかし、この梯子もすぐに消える。あの双子星の片割れも重力がおかしくなったのだから、どこかへ飛んでいく。


「任務開始―――」


 命理は脳内にあるナビゲーター――カリギュレイターを呼び出す。

 カリギュレイターは、丁度バーサスフレームのAIのデータノイド版のような存在だ。


「カリギュレイター、データベースからデータが失われている人を視界に表示して。彼らの身体を優先的に守るから」

『了解しました――情報を視界に表示します』


 命理の視界に無数の「▽」が映し出された。このマークの下にいるデータノイドはデータチップが壊されたらそこで終わりだ。命理の頭上にも「▽」が映っていた。


 命理はまず、オルカンのチップを取り出して、〈時空倉庫の鍵〉の中に入れた。


「それからカリギュレイター」

『はい』

「光崩壊炉、臨界へ」

『その行為は推奨できません。現在成田少尉はウィルスに感染しています。解析の結果、今の状態で全力戦闘を行えば、免疫に処理を回せなくなり、成田少尉の記憶と感情が破壊されてしまいます』

「お願い、戦うしか無いの」


 命理は背後を見る。沢山の兵士の身体が助けを求めている。


「守らないといけない人が、沢山いるの」


 〈アトラス〉が命理の頭上に集まってくる。


「カリギュレイター、早くして!!」


『――光崩壊炉、臨界』

「ありがとう」


 命理は両手足を大地に着けて四足で構えると、自らの体を砲台にする。


「〈臨界励起放射〉!!」


 口から放った真っ青な光線で、MoBを薙ぎ払っていく。


『敵MoBに、熱源反応あり――反撃来ます』


 命理は、近くに倒れた兵士のエネルギーパックを奪い、バリアを展開。


 MoBの放ったレーザーを防ぐ。阻まれたレーザーが溶けた飴のようにバリアの上で、わだかまって弾けた。


 ウィルスが生み出す電気信号に、命理の自我が呑まれていく。


「カリギュレイター、戦闘速度で演算開始」

『危険です、処理を免疫以外に回すほど、少尉の人間性が損傷していきます!』

「このままでは勝てない!!」

『戦闘用演算コード、スタート』


 命理が未来視に近いほど敵の行動を読む。

 行動の最適化が光のような速度で行われる。

 身を任せれば、まるで人間が脳のリミッターを外した時のように、機体からだが耐えられないほどの力だって出せる。


 命理は今なら、レーザーだってけられる。


 命理が跳躍すれば――皚々がいがいと輝く雪原で、雪が舞う。


 命理には、ノイズのような視界の乱れが雪の粉なのか、それとも電子の見せる幻想なのかすら分からなくなっていく。


『エラーの意識領域への侵入を確認。直ちに戦闘用演算コードを停止してください』

「停止したら、アレを壊せない。約束したんだ、鷹森部長の夢を繋ぐって、私達がやり遂げるって」


 私の足は、MoBを追い詰めるためにある。

 私の腕は、MoBを壊すためにある。

 私の自我は、MoBを憎むためにある。

 私は、約束を守るために生きている。


 戦いの中、繰り返される――壊す、壊れる。壊す、壊れる。壊す――


「ぁッ――ぃ・・・・」


 白濁した意識。

 薄れていく自我。

 命理は、自分が崩壊寸前なのがわかった。


 だけど、それでも戦い続けて――やがて。


『敵戦力、殲滅を確認』


 通信の向こうから歓声が挙がった。


『や、やった!!』

『10人で、全滅させた!? ――流石は、成田少尉! 天才の記憶と思考を持つデータノイドだけある!』

『で、では成田少尉、他の皆さんに指示して、直ぐに倒れている方のチップを回収して――』


 しかし、カリギュレイターが言葉を翻した。


『訂正――重力震を確認――敵増援、来ます』

「増援――?」


 見上げれば、生まれる100の波紋。


『増援、〈アトラス〉総数100』


 通信の向こうから聞こえてくる悲鳴。


『そんな!』

『もう無理だ・・・』

『せめて10人だけでも・・・!』


「カリギュレイター、戦闘演算コードを再起動」

『命理少尉に忠告します。これ以上無理な戦闘を続けた場合、貴女の記憶、及び思考、自我の復元が不可能になります。現在データベースは失われています。データチップが壊れれば、復元は完全に不可能です』

「もう殆ど復元は不可能だわ――お願い、コードを注入して」

『――了解しました』


 薄れる意識――薄れる自我。


 ただ、淡々と戦い続ける。


 カリギュレイターからの報告が入ってくる。


『警告、エラーが意識内の不可逆思考領域に侵入。

侵食率80%を超えました。

危険です。停止を進言します』

「ねえ、カリギュレイター。私はまだ人間? 生きているのかな?」

『イエス。貴女は人間です。生きています。人類共同委員会によりその様に定義されています』

「ありがと・・・安心する――うん。大丈夫だよ、みんな。そう言わないで、逃げるわけに行かない。だから、もうちょっとだけそこで寝てて。ちゃんとみんなの〝人間〟は、私が持って帰るから」


 通信から悲鳴のような声がした。


『だ、大丈夫!? 成田少尉――!! 貴女、何を見てるの・・・・!!』


「カリギュレイター――〈光崩壊炉〉をもう一度、臨界へ」

『了解〈光崩壊炉〉臨界』


 命理は腕から赤い油を撒き散らしながら、ボルトと鉄板で組んだ即席の剣を持ち上げる。


「まってて――〝当機〟が今、終わらせるカラ」


 当機は、約束を守るために生きてイル。

 なにを約束したか、もう分からないケド。




 ◆◇◆◇◆




 着服による準備不足により引き起こされた、この大敗北は上層部の隠蔽により記録に残ることはなかった。

 けれどこの敗北を期に、戦況は一変――人類は滅亡に向かって歩み始める。

 この戦況の変化は、人々の心に暗い影を落とした。

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