第31話 命の理り2

 俯く命理の頭上の方から、オルカンの声がした。


 命理が顔を上げると、そこに大きな背中があった。はちきれんばかりの筋肉が軍服を引き伸ばしている。


 突如現れた隊長の姿に、命理は顔を挙げて目を見開く。


「オ、オルカン隊長・・・・?」


 この場所に居るはずのない人物。命理は、中学時代にオルカンに出会っていない。

 だから命理は、思う。(なぜオルカン隊長がここに居るのだ?)と。


 ハッカーがここにオルカンを配置する意味もないだろう。

 ハッカーの目的が自分を目覚めさせないことなら、ハッカーがわざわざ自分に「起きろ」なんて言う人物に、会わせるわけがない。

 ならば、オルカン自身が自分をハッキングしたのだろうか?

 しかしオルカンはハッキングどころか、プログラムすら分からない人間だ。だからこの場所にオルカンが現れるわけがないのだ。


「何故ここへ・・・・」

「気合だ」


 どうやら気合で来たらしい。


 オルカンが、ハッカーの作り出した鷹森 コウヤの前に立ちふさがり、背後の命理に顔を向ける。


「どうした命理少尉。お前らしくない、さっさと戻ってこい。お前ならハッキングなど撥ね退けてあっさり戻ってくると思っていたが」


 オルカン隊長が命理の瞳を見た後、目を潜める。


「なんだ、何かあったのか?」


 オルカンは(ハッカーになにかされたな?)と鋭く見抜いた。


 命理は大きな背中に、思わず吐露してしまう。


「隊長・・・・私、分からなくなって」

「分からない? 何がだ」

「・・・隊長! 私は生きてるんでしょうか!? 法律や倫理はデータノイドも生きているって言うんですが――本当に生きているんでしょうか!?」


 命理の神に救いを求める使徒のような声に、オルカンはため息を吐く。

 そうして、ヤレヤレと肩を竦めた。


「なんだお前、そんなつまらない事に迷って目を覚まさなかったのか」


 「つまらない事」と言われて困惑する命理だった。


「つ、つまらないこと!?」


 命理の悲痛な声に、オルカンが身体ごと命理に向き直り、腕を組んで答える。


「本当に生きているかだと? ――そんなもん、本気で生きている奴が、本当に生きているって言うに決まっているだろう」


 あっさりと、泰然自若と答えたオルカンの瞳を命理は思わず覗き込んだ。

 不敵な笑みの向こうに、何か揺るがない自信にような物が見えた。


「ほ・・・・本気で生きてる奴が、本当に生きてる・・・?」


 オルカンの「俺に敵などいない」とでもいう笑みが、さらに深くなる。


「そうだ、つまらねぇことで悩んでる暇があったら、本気で生きてみろ。お前は悲しい時――」


 オルカンが自らの胸板に、親指を立てる。


「――ここんところに、痛みを感じ――嬉しい時はここんとこがワクワクしてくるだろう」

「―――でも、それは、電気信号の幻覚で!」

「お前の気持ちがなにで出来てるかなんて関係あるか? お前の気持ちがある、それだけが大事だろう。お前は辛い、嬉しいって感じてる。お前の人生に、それ以上何が必要だ」

「じゃ、じゃあ隊長! ・・・・本気で生きるってなんですか! どうすれば本気で生きられるんですか!! そんなのわからない、私には!」


 するとだった、黙って様子を見ていた夢の中のアイリスが口を開く。


「全力で楽しんで、全力で泣いて、全力で欲しいものを手に入れに行く。多分それが本気で生きるってことだと思うよ。命理ちゃん」

「ア、アイリス・・・?」


 命理は、夢の中のアイリスの言葉に目を見開いた。


 ハッカーにコントロールされているはずの夢の中で、自分の味方をしだしたアイリスに驚いたのだ。

 だけど、そうだ。たとえ自分の記憶が作り出したアイリスだったとしても、アイリスがハッカーなんかに負けるわけがない。


 命理はこの奇妙な現象に納得した。

 そして頷く。


「・・・・全力で笑って泣いて、欲しいものを手に入れに行く・・・・それが本気で生きるって言うこと・・・―――――そうね! ――アイリスならきっとそう言うわ。ハッカーも馬鹿ね。幾ら私を惑わせても、アイリスを配置しちゃったら、意味がないのに」


 オルカンが くつくつ と笑う。


「お前のアイリスとかいう女への信頼は、凄いな」

「はい。アイリスは私の最高の親友ですから」


 そこでオルカンは耐えられなくなった。


「くははは! どうやらお前のアイリスへの信頼が強すぎて、ハッカーがどうやってもお前の中のこの女を、お前の敵に出来なかったようだな! 面白い!」


 恐らくオルカンの言う通りなのだろう。


 命理は自分の中の親友を眩しそうに見て言う。


「アイリス、大好き」

「――それは本物の私に言ってね」

「そうだね」


 そして、命理は鷹森部長の目を見て言う。


「鷹森先輩、いや――ハッカー、たとえ今、成田 命理の生存が確認されたとしても関係ないです」


 アイリスは、命理を頼もしそうに見つめていた。


 命理が、鷹森の眼を見て告げる。


「私は私として生きていけば良い」

「・・・・」


 沈黙した鷹森の姿が陽炎のように揺れて、ハッカーの少年の姿を取った。

 だが、命理は相変わらず相手の眼を見たままだ。


「貴方は私に、『お前は、何だ?』って尋ねたわね」

「――尋ねた」

「私は、私よ」


 少年が、アイリスを睨む。


「――ちっ、なんなんだこのアイリスという女は」


 現実で覚醒し始めた命理に、アイリスが手を振る。


「――命理ちゃん、大好きって言ってくれるの、待ってるね」

「うん、待ってて」


 命理が現実で目を覚ますと、ベクター戦車を一人で破壊し続けるオルカンがいた。

 雷撃を纏った拳で、戦車を叩き潰している。


「命理少尉、目ェ覚めたか?」

「はい、目が覚めました」

「じゃあ、こいつらを全滅させるぞ――、こいつらを倒さないと俺達は生き残れねぇ」

「はい」

「全力で行くぞ!!」

「はい!!」


 周りにはまだ眠る多くの兵士たちがいた。データノイドである彼らは今、ハッキングを受けて抗っているのだろう。

 彼らを殺させないためにも、背後で眠るデータ化された沢山の命の為にも、自分たちは逃げるわけに行かない。そして死ぬ気もない。


 ここで自分たちが死ねば、今度こそデータノイドとしての復活も叶わないだろう。

 それでは、本物の鷹森 コウヤの欲しがった世界は作れない。


「今から私は、全力で生にしがみつく!」


 命理が近くで眠る兵士の背中からロケットランチャーを奪って、肩に担いで飛び上がり一番近くの戦車に放った。


 ミサイルが、ベクターの戦車の頭に突き刺さる。

 ベクター戦車が、機体中の隙間から炎を吹き出して沈黙した。


 オルカンが素手で戦車を殴り潰しながら、命理に伝える。


「この戦車共は、どうもさっきのガキがコントロールしているらしい。奴さえ倒せば、コイツ等を退かせられる――ガキは中央の白い戦車に乗ってる。命理少尉、やれ!」

「了解しました! 〖透視〗――〖念動力〗」

 

 命理は自分の持つ超能力のスキルを使い、戦車を〖透視〗した。そうして少年を見つけると、〖念動力〗でその首を掴んだ。


 命理は念動力に力を込めていく。少年の首がミシミシと軋んだ。


『う、うぐぁああ。――テ、〖テレポート〗!』


 少年が転移して、命理の〖念動力〗から逃れる。

 戦車の上に現れた少年が命理を睨んだ。


「ちっ、アイリスとかいう女とお前の絆、あんな物は反則だろう! どれだけパラメーターを改ざんしようとしてもエラーを吐きやがる」

「いくら私にハッキングを仕掛けても無駄よ。アイリスが私の中にいる限り」

「だがお前とそこの大男と、二人きりでこの数が抑えきれるかな? 他の兵士は最早目覚めないぞ」


 命理は背後の兵士たちを見た――確かに、彼らが目覚める様子はない。


「命理少尉」

「はい、オルカン隊長」

「ヤツの目的は、データベースの物理的な破壊ではない」

「えっ」

「ヤツの目的は、恐らくデータベースへのハッキングだ」

「ハッキング!!」


 少年が驚愕に目を見開く。


「!? ――な、なぜ分かった・・・」

「裏方のハッカーがこんな前線まで来る理由なんて、そのくらいしか無いだろう」


 しかし、作戦を見抜かれた少年は嗤う。


「だが、ウィルスはデータベースに埋め込み済みだ。半分のデータは使い物にならない――けれど、潮時か」

「逃げる気!? ――逃さない!」


 命理がアサルトライフルを構えるが。


「テレポート持ちをどうやって捕まえる気だ――〖テレポート〗」


 少年の姿が消えて、通信を通じて声だけが聴こえてくる。


『成田 命理、お前にはウィルスをプレゼントしてあげたよ。ごくごく弱い――そうだね、喩えるなら風邪のような物だ。その風邪は、お前から徐々に記憶や感情を奪う。だが、お前の記憶にはアイリスとかいうチートが存在していて、強力なウィルスを感染させられなかった。だからウィルスは弱すぎて、お前の免疫プログラムで十分に抑え込める。だけど、もし全力戦闘みたいな事をすれば別だ。処理を免疫に割けなくなった時どうなるかな?』


 ククク


『そう、ちょうど風邪を引いた時にマラソンをするような物だ。――本気で生きる事が、本当に生きている証だというなら、人生を本気で走りきってみなよ。そうすれば感情を失うけどね――そして感情を失ったらどうだ? お前は生きていると言えるのかな? ――本気で生きる感情を目的を手に入れる記憶を失っても、人と言えるのかな? アハハ』


 アハハハハハハハハ!


 少年は楽しげな笑い声を残して通信を切った。


「少尉、お前は今後、後方支援に徹しろ。戦闘は行わなくていい」


 今の通信が聴こえていたらしいオルカンが、命理に命令した。


「た、隊長・・・」


 オルカンの言葉に命理が驚いた時だった、味方からの通信が入ってきた。


『ベクターが惑星リーンズ近くの恒星を自壊させようとしています! 恒星を失えば、リーンズの生産力が著しく低下します! 物資不足の今、惑星リーンズの生産力を失うわけには行きません!』

「―――分かった、急行する。行くぞ、命理少尉」

「は、はい!」

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