第30話 命の理り1

◆◇side:とある1100年前にデータノイドになった人物◇◆




「おーい、補給物資と手紙が来たぞー」


 宇宙を渡っている航宙戦艦についた搬入口から、大きなキャリーワゴンが運び込まれる。


 航宙戦艦は任務中、宇宙の孤島状態になる。そんな孤島には航宙貨物船で、時折物資や郵便物が届けられる。

 戦艦に乗る兵士たちにとって、大きな楽しみの一つである。


 兵士たちがキャリーワゴンに群がって、佐官が届けるべき人間の手に配り始める。

 荷物を配るのは配達員ではなく、佐官の仕事だ。


「おっ、ハロルド・木下曹長、いつものヘカテリーナさんからだぞー」


 まだ若い希望に満ちた瞳の兵士が手紙を受け取ると、周りの人間にコツかれからかわれた。


「こっちは成田 命理少尉、いつものアイリスさんから、また大きめの箱だー」

「あっ、はい! 私です!」


 成田 命理が佐官の手から、箱を受け取って嬉しそうに飛び上がる。

 しかし、無重力の宇宙で思いっきり飛び上がってしまった事で、頭を天井にぶつけて「ぐえっ」とガチョウの様な呻きを漏らして、周りから笑われる。


 佐官が笑いながら命理に尋ねる。


「またプラモデルか?」

「だと思います。アイリスありがとー!」

「ほんとに、お前はプラモデルが好きだなあ」

「私の生きる意味ですから!」


 この戦艦に半年前に来たばかりのハロルド・木下が、周りに誰となく尋ねる。


「命理少尉って中学時代、プラモデルを戦わせる競技で銀河一になったってマジですか?」


 答えたのは佐官。


「マジマジ、そのせいでこいつバーサスフレームの扱いが飛び抜けて上手くて、着任早々俺から一本取りやがったんだよ。ひでえ奴だろ?」

「ははは、それはひどい奴ですね(笑)」

「―――な? そのせいで俺は今でもネタにされてるんだぜ。――今度命理の私室見てみろよ、プラモデルだらけだから」


 命理が段ボールを抱えて佐官に尋ねる。


「私、行っていいですかー?」

「ああ、――塗料とか使うなら換気はしっかりな」

「はーい。今回アイリスが選んでくれたのは、どの機体だろー」


 嬉しそうに私室に戻っていく命理の方から、「ぐぇ」という呻き声が再び廊下に響くのだった。




 命理は部屋に戻り、親友からの贈り物を開封する。

 まず輸送用の段ボールを開くと、目に入ったのは便箋――幸運を象徴するという青い蝶の模様が描かれている。


「なになに、『これ多分、命理ちゃんが小さい頃に無くしたやつだと思います』――って、まさか!」


 命理は素早く、だけど丁寧に包装紙を剥がす。

 すると出てきた、赤いロボットのイラストが描かれた箱。


「ギャーーーっ! これずっと製造中止になってた、ぐれんRじゃん! ヒロインの機体なのに製造中止ってどういうことだよって言われてたやつ! 再販になったんだ!? アイリスありがとーーー!」


 命理が大騒ぎをしていると、私室のドアがノックされた。

 彼女が「はーい」と返事をすると、ドアが開かれ女性士官の顔が視えた。ピンク色の髪の女性士官は呆れた顔になる。


「猿みたいな声が聞こえると思ったら、やっぱり命理か。またプラモか?」

「あっ、デイジー! そうなの! 今日は、すんごいレア物が届いたんだよ!」

「――うわっ、目がキラキラじゃん。何が良いんだか」

「何って、ぐれんRはね、ヒロインの後継機なの。火行太陽エンジンっていうのを積んでるんだけど、これが欠陥エンジンでね。全力を出すと暴走して、機体が崩壊するんだけど――」

「違う・・・・その機体のどこが良いのか訊いてるんじゃなくて、プラモのどこが良いのか訊いてんだよ。――どこの世界に知らない作品の機体の良さを尋ねる奴がいるんだ」

「えっ――そっち?」

「当たり前だろ、頭の上の『?』を消せ。どうなってんだ、お前の頭の中」


 デイジーと呼ばれた女性士官の呆れた顔に、命理は苦笑いを返してから、天井のライトを見て懐かしそうな顔になる。


「まあ、この機体にはね、ちょっと思い入れがあるんだ」

「んーなんだ? 自分語りしたいお年頃か? ――まあ、お前は中学卒業してすぐこっちだから、まだ17だもんな。多感よな」

「――まあね」

「じゃあ、お姉さんが訊いてやろう」

「んとね。子供の頃初めて完成させたプラモデルが、このぐれんRでね。でも親戚の男の子に無理やり試合させられて、プラ弾でバキバキにされちゃったんだ」

「・・・・それは悔しいな」

「うんギャン泣きしちゃった。そんな男の子がさ、これまた最低の男に成長しててさ。アイリスがもうMr.クソガキとか呼ぶくらい。で、アイリスが中学2年の時にね、やり返してくれたの。――スカっとしたよ」

「へぇ」

「相手がまた無理やり試合を挑んできて――しかも相手、非公認のモーター使ったズルい機体だったのに、アイリスは簡単にやり込めちゃった。カッコよかったなあ」


 デイジーが、懐かしそうに語る命理の眼をみてニヤニヤと笑う。


「おいおい、瞳が恋する乙女だな」


 命理は、デイジーの言葉に真っ赤になる。


「恋!? ――へ、変な事いわないで!?」

「はっはっは。――お前、恋心とか言われるの嫌いなんだっけか」

「うん。アイリスの事は好きだけど、これは恋とは違う気持ちだから」

「わるいわるい」


 デイジーは、謝ってはいるもののニヤニヤするのを止めない。

 命理は目をつむって、瞼の裏に思い出を映す。


「アイリスもね、みんながわたしに『部長の事、好きなの? 恋してるの?』って言ってくるのに、アイリスだけは『部長のこと、好きなんだね』とは言ったけど『尊敬してるんだね』って言ってくれた」

「アイリスって奴は、お前の事をよく見てたんだな」

「うん。アイリスは私の事を凄くよく知ってる。私が子どもの頃プラモデルを壊されたって言うのは知ってるけど、壊されたのがぐれんRだって言うのは言ってない。なのに時期とかから、分かっちゃったんだろうなあ」

「アイリスって奴は、頭いいのか?」

「うん、昔流行ってた対戦シミュレーションしってる?」

「あー、シビリアンとかいう奴?」

「それ。シビリアンの世界一位がアイリス」

「うっそ。ま、まじかよ・・・・アレとんでもなく高度な戦略ゲームだったのに。軍でも上位者の棋譜を参考にしてるって訊いたぞ? つまり軍は、そのアイリスって奴の戦略を真似してんのか・・・」

「凄いでしょ♪」

「お前、さっき自分が銀河一だって言われてた時より嬉しそうだぞ」

「へへ、わかる?」

「分かるに決まってる、そんなに頬を紅潮させてたらな。お姉さんも、そんな親友が欲しかったぜ」

「アイリスは、誰にもあげないからね!?」

「お前からは、奪えそうにないよ」


 言ってデイジーが髪を指で掻き上げた。そんな様子を見た命理が眉をひそめる。


「ところでさデイジーの髪、伸びたよね。美容院で髪切らないの?」


 戦艦にも美容院は存在する。


「だよなあ、邪魔だからバッサリいくか」


 言ってデイジーがナイフを取り出すと、命理はその手を止めさせた。


「いやいや、いくらなんでもそれはない」

「ないか?」

「女子としてない」

「そっか」


 言って命理とデイジーが顔を見合わせ笑っていると、非常ベルが鳴った。


『ベクターの戦艦と遭遇しました。第一非常態勢。繰り返す。第一非常態勢! 各員は速やかに持ち場に移動せよ――繰り返す』

「命理、行くぞ」

「うん!」


 ――その後、バーサスフレームで出撃した命理は、デイジーを庇い命を落とすことになる。




 目覚めると、命理は機械の体になっていた。


 彼女――成田 命理は自分の身体につながるコードを見て理解した。


(そうか、私は死んだのだ)と。


 彼女は星団帝国の兵士として、バーサスフレームを駆り、平行世界人と戦った。

 そうして物資輸送の護衛の任に着いていたところ、デブリだらけの宙域で敵のエースと遭遇してしまい、激戦を繰り広げた。


 最後には友人となった兵士を庇い、コックピットにレーザーの直撃を受けて命を落とした。


 今の時代、希望者は死んでも思考と記憶は機械の身体に入れて復活できる。データノイドとなって蘇生するのだ。


 命理は目的があるので、生前にデータノイド化の希望申請を行っていた。


 命理の目に、病院にも研究所にも見える部屋が映った。


「命理さん、調子はどうですか? 声が聞こえますか? ノイズはないですか?」

「はい。視覚、聴覚、触覚――全てクリアです」


 命理が返すと、医者にも研究者にも見える格好の女性が彼女の身体をモニターでチェックしていく。


「関節の調子も悪くなさそうですね。光崩壊炉も正常に稼働しています――戦闘能力チェックの予約は後でお願いします」


 現代のデータノイドの身体は、戦闘に最適化されている。

 小型バーサスフレームだと評する人もいる。


「はい」


 女性がモニターから命理の瞳に視線を移す。


「成田さん、今は混乱しているかも知れません。急に機械の体になってしまって不安かも知れません。――しかし、帝国政府は成田さんを全力でサポートします。安心して下さい」

「・・・・ありがとうございます」

「もし、どうしても今の状態が辛い時は、カウセリングも受けられますので」

「はい」

「成田 命理さんの生前の財産などは、今の貴女が受け継ぎました。住所なども変わりません。軍での階級もそのままです。成田さんは1ヶ月の休暇となります8/8から原隊復帰してください」

「了解しました」


 診察が終わり、医者が病室を出ていくと、命理は一人となった。

 すると――命理はやることもなく考えてしまう。


 命理はベッドの上で、膝を抱え考えてしまった。

 データノイドとして生き返るのを希望したのは自分だけれど(この身体で、自分は本当に生きていると言えるのだろうか?)


 死後、自分の生と死について考える時間が有るというのは、予想よりも残酷なものであった。

 

 原隊復帰直後、命理は人類の記憶と思考を保存したデータベースを守護する任務に就いた。


「データベースを守れ! アレを壊されたら、人を蘇生できない!」


 最近の並行世界人ベクター達は、まずデータベースを狙ってくる。


 始め命理の所属する星団帝国ユニレウスは、ヒューマノイドとバーサスフレームを量産して、ベクターと戦っていた。


 しかし最近はスキルというのを使うデータノイドが誕生したことで、データノイドがメインの戦闘が繰り広げられ戦争は優勢に展開している。

 けれど、データベースを破壊されては、データノイドそのものが作れなくなる。


「命理少尉、右を守れ、左は俺に任せろ」

「はい、オルカン隊長!」


 この頃、命理はダーマス師団のオルカン中隊と言う場所の配属になっていた。


 敵の多脚戦車――蜘蛛のような――バクテリオファージのような胴体に、円盤の頭を乗せた、1つ目の群れが床や壁や天井を這いながら襲いくる。


 宇宙探査も出来るように考えられた形なのだろうか、多脚探査機に武器をつけたような敵戦車だった。


 円盤に裂け目のように配置された1つ目が、特に醜悪だった。


「ベクター戦車多数――500を超えています」


 人類の記憶と思考を収めたデータベースは、巨大基地の巨大地下施設の室内にある。それを狙って戦車が襲い来る。


 施設は対空、対宙、完全に守られているので、敵は爆撃を諦め、内部に直接乗り込んできた。


 データノイドが放つ実弾と、多脚戦車が放つレーザー火器が飛び交い廊下に縞模様を描く。


 命理と同じ、オルカン中隊の女性士官が毒づく。


「たくっ、上層部は何を考えてるの、実弾を使う旧世代のアサルトライフルでどうやって戦車の装甲を破れっていうのよ」

「物資不足らしいわ」


 命理が答えると、女性士官は呆れた声を出した。


「宇宙側も、ちょっとやばかったらしいわよ。オルカン隊長が航宙戦車かバーサスフレームを要求したら、貨物船が送られてきたらしいわ。貨物船の中から武器で攻撃しろって、馬鹿いってんじゃないよ。宇宙の防衛線が破られたらデータベースが爆撃されるのよ」


 宇宙から爆撃ができるなら、データベースなど簡単に破壊されてしまう。


「ちょっと優勢になったら油断して物資をケチるとか、現場は今もギリギリの戦いを繰り広げてるっていうのに」


 悪態をつく女性兵士の眼の前で大きな爆発がおきた。

 さらに現れる、大量のバクテリオファージのような一つ目戦車。

 その数と、醜悪な姿に命理の背筋が冷たくなる。


 一瞬凍りついた命理の眼の前に、一両の多脚戦車が迫った。


 命理が(しまった)と思った時にはもう遅い、多脚戦車の近接武器単分子ソードが振り下ろされた。


 命理はアサルトライフルを盾にするが、そんな物で単分子ソードが受け止められるわけがない。


 命理が二度目の死を覚悟した瞬間――横から人影が飛び込んできた。


「オラァァァァァァァァ!!」


 隊長のオルカンだ。


 オルカンが吠えると、今まさに命理を一刀両断にしかけた戦車が吹き飛ばされた。

 しかも吹き飛んだのは一機だけじゃない。オルカンを中心に十数両の戦車が吹き飛んでいた。


 吹き飛ばされた戦車の十数両がひしゃげて、潰れる。


 オルカンの獅子のたてがみのような髪が爆風になびく。――茶色い髭と髪が繋がり、まるで獅子のような顔。

 大きな筋肉が隆起しすぎて、軍服がはち切れそうになっている。

 竜が身体に絡んでいるのかと思うほどの筋肉。

 そんな人物の大きな背中に、命理は安堵した。


 しかし、命理にはなぜ戦車が吹き飛び、さらにひしゃげたのかが分からない。


「オルカン隊長がやった、今の攻撃――一体なんの武装・・・?」


 疑問を呟く命理の隣で、女性兵士が沈黙した戦車を見て感動の声を挙げた。


「流石、一騎当千ワンマンアーミーと呼ばれる、オルカン隊長!」


 命理はオルカンが強いと聴いていたが、その強さを目の当たりにして混乱している。


「なんなの・・・・? 衝撃波で戦車を潰す武装なんて・・・・」

「隊長はね、〖気合〗のスキルの持ち主なのよ!」

「き、〖気合〗!?」

「そう、気合を込めるほど効果を増大させるスキル!」

「き、気合・・・」


 命理が持つスキルといえば、〖念動力〗と〖透視〗という、ごく一般的物だ。〖気合〗などと言う冗談みたいなスキル名は訊いたことがない。


 命理が困惑していると、通信士から緊急情報が入る。


『データベース2機のバックアップ、全て破壊されました。残り本体1つです。ベクター戦車、最終防衛ラインに接近! オルカン隊、なんとしてもそこを死守して下さい。そこを抜かれたら――』

「なるほど俺達が抜かれたら、もうデータベースを守れる人員はいないって訳か。そしてこの後ろにあるデータベースが、最後の1機と」


 オルカンは普通の人間なら絶望しかねない情報にも動じない。無数の多脚戦車の前で両手を広げ、不敵に笑う。

 しかし一般的な思考の命理は、思わず悲鳴のような声を出す。


「なんでそんなに簡単に最終防衛ラインまで押されたんですか!?」


 命理の驚きの声に通信士が返した。


『ヒュ、ヒューマノイド部隊がハッキングを受けており、機能していないのです!』

「敵に乗っ取られた訳ですか!?」

『電子戦部隊が、乗っ取りは今のところ防いでいます。ですが、データノイドの皆さんもお気をつけ下さい。皆さんをハッキングするのはアンドロイドほど簡単では有りませんが、不可能ではありません!』

「了――」


 命理が「了解」と返そうとしたときだった。

 突如、10歳ほどの少年が、ベクターの戦車の上に現れた。

 あまりにこつ然と現れたため、少年が何をしたのか、命理は勘づいた。


「〖テレポート〗!!」


 命理が警戒をした瞬間、少年は、ウィンドウを開く仕草をした。

 そうして開いたウィンドウの下にあるホログラムのキーボードの上で、指を踊るように、すべらせる。


「この少年がハッカー!?」


 命理が言った刹那、彼女の耳に電子ノイズのような音が聞こえてきた。

 ノイズが耳鳴りのようになった途端、命理の視界がブラックアウトした――命理はデータノイドになって以来初めての夢を見る。




「命理ちゃん? 命理ちゃん?」


 命理が気づくと、中学時代の部室にいた。


 命理は中学時代、ロボットにプラモデルの装甲をつけて戦うソルダートという競技の選手だった。銀河一にも輝いたことの有るチームの選手だった。


 ソルダートはロボットを戦わせる競技の性質上、実戦の延長線上と考えられていた側面もあったが、人気のある競技でもあった。――戦争が続くこの世界で、数少ない娯楽だった。


 命理が中学だった時期は命理が所属する星団帝国側がかなり優勢な時期で、穏やかな時が流れていた。


 机で自分の腕を枕にして目を閉じていたらしい命理が顔を挙げると、作りかけのプラモデルと試合場のジオラマが視界に映った。


 窓の外は深い青の空で、眩しい太陽が教室を照らしている。夏だ、世界の輪郭が濃い。


「命理ちゃん、どうしたの? ビックリしたような顔をして」


 命理が兵士になって、命を落とす前の光景が広がっていた。


 ひだまりのような笑顔を見せる金髪の少女の青い瞳が、命理の名を呼びながら、命理の瞳を覗き込んでいた。金髪の彼女の名はアイリス・・・・命理の親友。命理が誰よりも信頼を置く人物。


 命理には分かっていた。「これはハッカーが見せている光景だ」と、「ハッカーが自分の記憶を利用して都合の良い夢を見せて、自分が目覚めるのを邪魔しているのだ」と。


 さらに、アイリスの後ろにも微笑む人物がいた。


 青空のように微笑む人物は、ソルダート部の部長鷹森 コウヤ。


 今はもう、この世にいない人物だ。

 彼はデータノイドにもなっていない。


 命理は、彼を尊敬していた。恋心などは無かったが、心の底から尊敬していた。だから命を落とした彼が欲しがった世界「誰もが好きなことに打ち込める世界」――「馬鹿げた戦争のない世界」を目指して兵士になった。


 命理が一番会いたかった人物。

 だから命理は思わず立ち上がり、しがみつくように抱きついた。


「部長! 鷹森部長!!」


 この部長は本物の部長ではないのだろう、それでも抱きつかずにはおれなかった。


「どうして、どうして死んでしまったのですか! どうして、蘇生申請をしておいてくれなかったんですか!」


 命理の泣き声に、鷹森 コウヤはただ優しく微笑むだけだった。

 それはそうだろう。なぜなら、この鷹森 コウヤは命理の記憶から作られた鷹森 コウヤだ。命理自身の疑問に命理自身が答えられるはずがない。


 この鷹森 コウヤは、答えを知らないのだ。答えようがないのだろう。

 そう思った命理だったが、鷹森の次の言葉に命理は呆然となった。


「データノイドになった俺は、俺じゃないだろう? そんな物になって何の意味があるんだ。――そもそもデータノイドなんてものは、生きてすらいないんじゃないか? それを、蘇生なんて言わないだろう」


 命理は、尊敬する人物に言われてたじろいだ。

 そうなのではないかと思っていたが、絶対に肯定されたくない事を絶対に言われたくない相手に肯定されてしまったのだから。


 自分の尊厳を、尊敬する人間に打ち砕かれようとしているのだから。


 命理は自分の今と向き合う――機械の体、機械の脳みそ、記憶は確かに成田 命理の物だが、この記憶は記憶媒体に磁気として記録されているだけ。


 思考は0と1をベースに演算されているだけ。


 成田 命理の真似事をしている無機物、成田 命理の動作を模倣する機械――それが今の自分なんじゃないだろうか。


「違う・・・私は・・・・成田 命――」


 鷹森コウヤの瞳が、命理の瞳を射抜く。


「もし今、成田 命理の生存が確認されたとして、お前はそれでも自分を成田 命理だと言えるのか? ――成田 命理が生存していたら、お前は〝何だ〟?」


 〝何だ〟と問われて、命理はたたらを踏んで、尻餅をつきそうなほどよろめいた。


 命理は、なんとか壁に背中を預けて、腕を抱く。


「私は・・・・私は・・・・」


 命理は俯き「私は、何なの?」そう自問しそうになって、辛うじて言葉を切る。


 ギリギリで、自分で自分の尊厳を打ち砕くのを踏みとどまる。


 命理は、混乱した頭を振って、思考するのを拒否しようとした。

 そこへ、

 

「起きろ、命理少尉」

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