第29話 謎のクエストに巻き込まれます

 私が、海の生態系に被害を与えていると、


「あ、やられた!」


 海中が真っ黒になった。

 墨を吐かれてしまった。


 コメントを読んでいて、手元が狂った。


 墨の中から触手が伸びてくる。


「イルさん、飛行形態!」


 執事服のイルさんが、羽を広げる。


『飛行形態、イエス・マイマスター』


 瞬時に変形したスワローさんが、上へ逃げる。

 すると、アリスが迫る触手を左右の手に持ったナイフで切り裂いた。


 上からみると、升目状に並んだビルの群れから無数のタコがこっちに向かってきている。

 まだ、あんなに居たのか。


 私は、〈汎用スナイパー〉を仕舞って〈汎用バルカン〉を取り出し撃っていく。

 しかし、そこら中が真っ黒になってしまう。


「墨が面倒だなあ。スキル〖暗視〗――うーん、墨が温度感知邪魔してるけど、肉眼よりはマシになったかな。あ、そうか〖超暗視〗。――こっちはよく見える・・・けど」


 〖超暗視〗も暗い部分がよく見えるだけ。墨は透視出来なかった。

 〖暗視〗は温度で景色を見て、〖超暗視〗は光を当てたみたいに見えるようだ。

 アリスの持ってる〖透視〗があれば、見えたんだろうか。


 とりあえず、タコは〖暗視〗の方がまだ見えるんで、〖暗視〗に切り替え――ん?


「これ重ねがけできるのか・・・」


 〖暗視〗だけだとサーマルスコープみたいに、温度のない場所は真っ暗だった視界が明瞭になった。


 無影灯のような景色に、サーマルの色が透過するように重なって見えている。


「これは良いかも」


 墨をかすかに通して見える、緑色の影を撃ち抜いていく。


 暫くして――、


「とりあえず、片付いたっぽい?」

『いやー、殆どスウさんが倒しましたね。わたしは〖透視〗で墨の向こうが見えてるのに、拳銃が当たらない当たらない』


 やっぱり、アリスの手に入れた超能力で見えてたんだね。


 αとかでもいいから〖透視〗が欲しいなあ。


「たしかに沢山倒したけど、こっちが距離取ったら向こうは何も出来ない敵だから楽だったよ。目的地はどこ?」

『中央の背の高い2つのビルの左側です』


 ビルっていうか、見た目は塔。

 らせん状の建物が2つ並んでいる。


「左側? ――右は?」

『右は駄目です』

「駄目?」

『入れないんですよ、観て下さい。右の塔はなんか数珠つなぎの玉が巻き付いていますよね?』

「うん、あれって?」

『1000年前の警備ロボットらしくて、今でもあのビルに近づく者を攻撃してくるんです。ちなみに自己修復持ちです。回復速度は遅いですが』

「勝てないの?」

『無理ですね。火力が凄まじくて、手に入る中で最強のバリアやシールドを持つ機体でも、1発でバリアもろともシールドが破られます。だから回復も間に合わなくて勝つのは不可能です』

「じゃあ―――」


 私が「やめとこうか」と言い掛けた時だった。

 謎の声が、私の脳を貫いた。


『そこに行って! 時間がないんだ!』


「あのビルだ。声が、あのビルに行って欲しいって言ってる!」

『え、右!? でもあのビルは』

「いや、もしかして私なら・・・」

『でも無――』


 一瞬間があって、アリスが呟く。


『――あれ? スウさんなら、無理じゃない? 避けるなら、相手の火力とか関係ない?』

「と思う。イルさん、右側のビルへ向かって!」

『イエス、マイマスター』

『―――そうか、無理じゃない! ショーグン、スワローさんの後ついていって! スウさん、援護します!!』

「お願いっ」


❝なるほど。敵の強力な攻撃がネックでも、スウなら全部躱すから❞

❝耐える戦いをしないから――ほかの人には無理でも、いける?❞


 ビルに巻き付いていた数珠つなぎの銀色の玉が、甲高い鳴き声のような――警戒サイレンのような物を水中に響かせながら、蛇のように泳いで私達に向かってくる。

 すると海の魚たちが、危険を察知したように一目散に逃げだした。


 私が倒しきれていないクラーケンも居たようだけど、逃げ出していた。

 どうやら海の生物は、あの連続球体の危険性を知っているらしい。


 敵の情報が、網膜に映される。


〝防衛機構 ・3341〟


「変な名前」


 防衛機構が蛇のように動いていたのを止めて、円を描く。

 円が高速回転を始め、弾幕が放たれ始める。32個の銀球すべてから放たれた。


「これなら、余裕」

『普通なら、あんなの躱せないんですけど・・・・』


 アリスは言いながら、離れた場所からハンドガンを撃っている。


 私はスワローさんを回転させながら、防衛機構の放った弾幕を縫って銀球に迫った。スワローさんで銀球を中心に、横滑りさせながら〈汎用スナイパー〉を撃ち込む。


 銀球は、〈汎用スナイパー〉を30発くらい撃ち込むと砕けた。スナイパーで30発はかなり硬い。

 これじゃ、水中用の弾丸が足りなくなりそう。


❝この人、あんな飛び方しながらスナイパーを30発全部当てたよ・・・❞

❝ありえねぇ・・・・❞


「イルさん、〈ドリルドローン〉」

『〈ドリルドローン〉イエス、マイマスター』


 ドリルドローンのAIが騒ぎだす。


『マザーの手伝いだ』

『がんばるよ、ママ!』


「カストール、ポルックス、あの球体を壊して」


『ごめん、マザー。ぼくではあの弾幕を抜けられない』

『ママごめんなさい』


「大丈夫、私が補助するから」


『ではマザーのVRに接続する』

『接続開始』


 私は脳内に幾何学模様を描いて、二人をいざなう。


 すると〈ドリルドローン〉の二人は、銀球に突き刺さった。


『流石マザー、反応が早い』

『何も無い所を飛んでるみたいに、簡単に近づけた!』


 ドリルの継続ダメージは大きい。暫くして銀球を砕く。


 私は、その間にも弾幕を躱しながら〈コンパクトミサイル〉発射。

 〈コンパクトミサイル〉が、水の泡の尾を引いて銀球を破壊していく。


❝どんどん弾幕が減っていく❞

❝マジで一発も被弾しねえ――❞


 私はドリルドローンと〈汎用スナイパー〉で狙撃するんだけど、


「――水中用の弾丸が切れた」


❝まじか❞

❝不味くね?❞

❝〈励起翼〉も〈励起剣〉も熱武器だから使えないよね? さっきみたいに、水蒸気爆発が起こる❞

❝ひょっとしなくてもピンチ?❞


 私は通常弾の弾倉を、スナイパーライフルに接続する。


❝え、通常弾でどうすんの❞

❝水の抵抗ですぐに減速して、ほとんど飛ばないのに❞


 私は弾幕を躱しながら、防衛機構に急接近。


「通常弾が使えないのは、水の抵抗のせいだから、至近距離からの射撃なら!」


 私は相手に押し付けない程度――相手から30センチくらい銃口を離して〈汎用スナイパー〉を放った。


❝なるほど、接射か❞

❝ゼロ距離射撃かよ❞

❝いや銃身に水が入ってるから、完全に銃口を押し当てたら威力が下がる。だからスウは完全に押し当てるんじゃなくて、相手の寸前で放ってる❞

❝いや、・・・・戦闘機でそんな微調整とか・・・なにしてんのあの人❞

❝弾幕が、かなり薄らいだし、そろそろアリスたんも近づけるんじゃ。スウさん無茶苦茶な戦い方してるし、そろそろ加勢してあげたほうが良いかも❞


『ですね、突撃します』


 ショーグンが腰の二本を抜いて、独楽のように回転して銀球に切りかかった。


 私とアリスは手分けして銀球を破壊していく。


 (そろそろ全部の銀球を破壊完了かな?)そんな風に思った時だった。

 耳鳴りがした――首筋にもヒヤリとした感覚。


(―――アリス!?)


 振り向けば、まだ残っていたエイリアン・クラーケンの触手が、ショーグンに迫っていた。


 触手がショーグンの足に絡みつく。


『えっ』


 アリスの驚きの声。

 ショーグンが動けなくなった。


 まずい、防衛機構の弾幕がアリスにぶつかる!!


 私はとっさにスワローテイルを、ショーグンと弾幕の間に滑り込ませた。


「三択ブースト、シールド!!」


 弾幕が、スワローテイルに直撃。


『スウさん!!』


 アリスの悲鳴。


❝不味い、防衛機構の弾幕が紙装甲のスワローテイルに当たった!!❞

❝一撃爆散! ――・・・・って、してない?❞

❝あれ?❞

❝なぜじゃ❞


 アリスが混乱しだす。


『えっ? えっ? なんで防衛機構の弾幕を、スワローテイルのシールドで耐えられるんですか? 盾役のバリアすら一発で抜いてくるんですよ? スワローテイルだと、シールドどころか機体ごと爆散じゃないんですか¿?』


 私は、タコの触手を人型にしたスワローさんの〈励起剣〉でちょん切る。


 アリスが開放されて、急速離脱していく。


❝何が起きてるんだ???❞


 アリスとコメントが困惑してるので、私は答えておく。


「ブースト掛けました」


『はい?』


❝なるほど! ――ってならんわ! ・・・・ブースト掛けても耐えられんわ!❞


 アリスもコメントも疑問の声。

 だけど一応、理解してくれる人もいた。


❝まって? 三択ブーストで耐えたってことは・・・・三択ブースト・防御ってさ、効果時間を短くするほど効果上がるじゃん?❞

❝あ・・・・まさか❞

❝スウってもしかして人間の壁って言われる0.09秒以下にしてんじゃね?❞

❝確かブースト効果時間を0.06秒以下にすると、急激にシールド硬くならんかったか? 5倍になるやつ❞

❝スウたん、アンタ一体、何秒にしてるんだ❞


「えと、・・・・それは」


 私が言い淀むと、


『ス、スウさん、一体何秒にしてるんですか? 私盾役なんで、ブースト・防御よく使うんですよね。良かったら参考にさせて下さい』


 アリスまで興味深げな声で聞いてきた。


「えっと・・・・0.05秒に設定してます」


 コメントが止まった。

 アリスもしばらく何も言わなかった。

 そして一言。


『・・・・もう、人間じゃない』


『マイマスター、視床下部に異常』

「分かってるから・・・イルさん・・・・」


❝俺、格ゲープロ24年やってるんだけども、3フレームしか無敵猶予のないジャスガをずっと続けるなんて不可能なんだが❞

❝24年? ――まさか伝説のジャスガ職人のタケハラさんか!?❞

❝タケハラさんの疑惑❞

❝3フレームのジャスガ成功率100%のヤツを、地球人と呼んじゃいけないんだが・・・❞


「アリスー! コメントが私を地球外生物にするー!」

『しょうがないと思いますよ』

「ついにアリスに見捨てられた!」


 鈍器で頭を思いっきり殴られたみたいな衝撃を受けて、私はコックピットに床ペロした。ああ、ダッシュボードの屋根が冷たい。世の中も冷たい。

 

 ――やがて、銀球は全て海底に沈んだ。


『―――本当に倒せてしまった。100人でも無理だったのに・・・・』


❝スウさん、つよすぎんご❞

❝アナル◯ーズなんか余裕だな❞

❝おいやめろ❞

❝あんなの壊れちゃう❞


『じゃあスウさん、ビルに向かいましょう』

「もう大丈夫かな。戻ってカストール、ポルックス」

『はいマザー』

『うんママ』


 スワローさんの腕に収まる、ドリルドローン達。


 私は、少し警戒を緩めてスワローさんをビルに飛ばした。

 ビルの正面まで来て、海底に着陸。


『ビルの内部に入ります。外は水中ですから、ヘッドギアを着けて外に来てくださいね。パイロットスーツは、そのままで問題ありません』

「はい」


 ヘッドギアと言っても完全な透明で、後頭部に付いてる発光する円しか目視できない。

 だから、被ると光輪にしか見えないんだよね。


 外に出ると、アリスが待っていた。


 おお・・・アリスってば、光輪を背負うとマジ天使。

 そんな事を思っていると、口が滑る。


「アリスたん、マジ天使。ハアハア」

『なっ、なに言ってるんですか!?』


 アリスが真っ赤になって、口元を押さえようとしてヘッドギアの透明な壁に阻まれて困った顔で横を向いた。


「ご、ごめん! な、なんでもないから! ――いこ!!」


 アホな発言をかき消そうとしながら、私は海底を蹴ってビルの崩壊している入り口から入った。


『あ、置いて行かないで下さい!』


 アリスが、慌てて着いてくる気配がした。




「中に生き物とか、まったく居ないね」

『あんな門番が居たら、中になんか入れませんよ』


 私達は、懐中電灯みたいな光をイルさんドローンと、ショーグンドローンに放ってもらいながら暫くビルを昇って居た。

 まあ、私は〖超暗視〗で見えてるんだけど。


 本当に、何の生き物もいない。

 フジツボみたいなのすら、いない。

 どんだけ厳重に護ってたんだろう。


 ――これまさか、プランクトンみたいな微生物も居ないとか?

 そういえば、スワローさんドローンの放つ光の中につぶつぶ――いわゆるマリンスノーが浮いていない。

 マジで、微生物も居ないのかも・・・。


 この惑星自体には微生物いるよね? 惑星にあんなに沢山の生物がいるのに、小さな生物がいないわけ無いよね? なのにこの中には一匹も居ないとかヤバくない?


 道は一本道というか、階段を上がるだけだった。やがてビルの最上階までやってくる。

 一本道とか、本当のゲームなら暇だろうなあ。でもフェイレジェなら有り難い。


 最上階のフロアには水がなかった、ここだけ空気が有るようだ――なにかの実験室の様な場所。

 そんな場所でまず気になった物は、実験室の中央に鎮座する巨大な試験管だった。


 試験管の中では、様々なコードやパイプに繋がった少女が眠っていた。

 少女の頭は、大きな灰色の金属の球体で覆われている。だから顔は分からない。球体にもパイプやコードが繋がっていた。


 少女は青い液体の中で、寂しくたゆたっていた。


❝これは――❞

❝運営も悪趣味な❞


 この子が私に語りかけて来てたのかな・・・?

 でも、あんな状態じゃ助けの一つも求めるよね。


 アリスが若干、眉をひそめて言う。


『時間がないって言ってたのは、あの人ですか?』

「わかんな――」


 私が言いかけた時、イルさんドローンから、知らない女性の声が聴こえた。


『〈重要クリティカル・クエスト〉〝祈り〟を開始します』


「え」


 私の意識は途切れた。

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