第27話 偉い教授さんに噂されます

◆◇Sight:三人称◇◆ 




 フェイテルリンク・レジェンディアには、〝クラン〟という人々がグループやコミュニティを作りやすくするシステムがある。


 MMOではクランや、ギルドと呼称されることが多い。


 フェイテルリンクでも、例に漏れず人々はクランを中心に集っていた。


 そんなクランは、テーマや目的を設定される事もある。

 同じ目的を持つ者が集まれば、協力しあうのが容易だという理由だ。


 例えば「楽しくやろう」などおおざっぱな目的もあれば、戦闘を目的にするクラン、探索を目的にするクランもある。


 動物や、キャラを愛でるという特殊な目的のクランもある。


 なりきりを目的にしたクランなんかもある。


 ゲームのシステムが許すなら、犯罪を目的としたクランも作られる事が多い。

 ただフェイテルリンクで犯罪を行った場合、即BANであるから存在はしないが。


 ここにも、一つの目的で人々が集まったクランがある。

 クラン名は〝ビブリオ・ビブレ〟。

 このクランに集まるプレイヤーの目的は、研究である。


 主に、フェイテルリンクレジェンディアの研究を行っている。

 しかも、日本人だけではなく各国の研究ガチ勢が集まっている。


 ビブリオ・ビブレは、このゲームに存在する研究するクランの中でも、最大手の1つだ。


 これ以上の研究クランとなれば、NASAとJAXAが共同で作ったクランNAXAくらいだろう。


 しかもビブリオ・ビブレは、合計勲功ポイントや保有クレジットであればNAXAを遥かに凌駕している。巨大さで言えば、日本で4本の指に入るトップクランにして考察クランとしては世界最大だ。


 そんな大規模クランの副マスター、通称〝先生〟。

 リアルでは、有名大学で教授をしている人物。

 本名「萩本 英治」、ストラトスID「ハギモト」。


 よわい50になる彼は、このフェイテルリンクを始めてすぐにフェイテルリンクが現実で行われている事に気づいた。

 さらに星の位置や状態から、フェイテルリンクの舞台が現代の数万年後の世界だと算出した。NAXAなどもこの事に気付いているが、公表はしていない。


 ハギモトは初め、現実を忘れてゲームの研究でも楽しもうとフェイテルリンクの世界にやって来たが、ここがゲームの中などではなく現実だと分かってしまってからは、研究者に戻ってしまった。


「やはり、地球方面へはワープ航行できませんか」


 ハギモトがクランメンバーに残念そうに尋ねた。


「はい。ワープ航行を行うには、転移先付近に巨大なワープ補助装置が必要のようで、地球方向のワープ補助装置はロックが掛かっています。我々の地球では考えられないような強固なセキュリティにより封鎖されており、ハッキングはほぼ不可能です」

「わかりました」


 ハギモトはフェイテルリンクの世界の地球に行きたかったが、ワープ航行が使えないならとてもじゃないが地球へは行けない。


 光速に近い速度で飛ぶ亜光速航行でも、19000年近く掛かる距離に地球はあるのだ。


 銀河連合は恐らく光速を超える航行方法も保有しているとハギモトは考えるが、それは手に入らない。


 ハギモトはハイレーンに作った建物の大きな天体望遠鏡で、遠く遠く銀河の彼方に輝く太陽を見た。

 運がいいのか銀河にあるガスが途中にないので、太陽は普通の天体望遠鏡でもちゃんと見える。


 太陽は今日も元気だ。現代の太陽と変わらず、さんさんと輝いて平常運転をしている。

 いや、この光は17000年程前の光なのだけれど。

 それでもきっと太陽は今日も、地球に昇って沈んでを繰り返しているだろう。


「間違いなくあそこに地球があるのですが――今は、どうなっているのでしょうね」


 しかし、地球はまるで違う姿になっている筈だ。


 文明を失い、自然に包まれた惑星になっているのか。


 未だ、何かの文明を保っているのか。


「興味深い」


 ハギモトを動かすのは、フェイレジェの科学力が恐ろしいとか、地球のためのとか使命感からではない。


 彼を動かすのは、いつも知的好奇心だ。


「先生、太陽は元気ですか?」


 地球に行くのは不可能だと伝えたプレイヤーが、ハギモトが何を見ているのか察して尋ねてきた。


 ハギモトは、彼に「風邪にも、ハシカにも罹っていないようです」と笑い。

 天体望遠鏡から目を離して、コートを羽織ってシルクハットを被った。

 そうして黒い蝙蝠傘を杖のように手首に掛けると、望遠室の出口に向かった。


「おや、先生がお出かけですか? 珍しい」

「ええ。すこし、人と会う予定がありましてね」

「どなたですか?」

「ちょっとした語り部です」


 ハギモトは、容姿も似ていることからとある喜劇王の様だと言われるチョビ髭を引っ張りながら、いたずらっぽくウィンクをしたのだった。




 惑星ハイレーンの首都。プレイヤーがフェイテルリンクに来て、最もはじめに訪れる場所――スタートタウン。

 始まりの街と呼ばれる街の片隅に、プレイヤーには余り知られていない、美味しい紅茶を出す喫茶店がある。

 ハギモトお気に入りの場所だ。


 店に近づくと見えてくる、昭和レトロな店構え。


 ハギモトは青春を思い出しながら中に入る。


 店内も、日本の80年代にやって来たような内装。


 ハギモトが自分に郷愁を抱かせる店内を見回すと、目的の女性を見つけた。

 彼女は、机に付いたレバーやボタンを操作して何かを楽しんでいる。


「おや、今日は先に居らっしゃいましたか。こんばんはです」


 女性は机に埋め込まれたモニターに向かって集中しており、顔も上げずに返事をした。


「こんばんわぁ~」


 間延びした挨拶をハギモトに返した人物は、髪がピンク色だった。


 目立つ色だが、目立つのは髪だけではない。


 格好が全体的に派手だ。蛍光色の緑のパイロットスーツに、さらに様々な蛍光色で彩られたジャンパーを羽織っている。

 その上に乗る顔には、眠そうな表情。


 まだ若い――15歳ほどの少女だった。


 耳に当てた大きくシンプルなヘッドホンからは、シャカシャカと音が漏れている。どうもサイケデリックロックのようだ。

 電子ドラッグという奴だろうか。


 さらに少女が夢中になっている机に表示されているゲームは、かつて流行ったもの。

 宇宙人が、地球へ侵略しに襲いかかってくるという内容のゲーム。


 白と黒だけの画面に、ドットが丸出しの宇宙人が上から下に迫ってくるのを、画面最下部に配置されたプレイヤーの自機が、自らに衝突するまえに撃ち落とすというシンプルなゲーム――だが、


「あ~、また負けたぁ」


 少女は自機を破壊されて、机に突っ伏す。


「今日も目標のクリアは無理ですか? ピロウさん」


 ハギモトは、ピロウと呼んだ彼女の前の席に座る。


「ねぇ~先生。私はなんでこんな、僅かなプログラムで作られたゲームで目標をクリアできないんだろう。このゲームには、どんな恐ろしいテクノロジーが使われているんだろう」


 微笑んだハギモトの元へ、マスターが注文を取りに来る。


「アールグレイを」

「かしこまりました」

「コーヒー、おかわりぃ」


 ハギモトが紅茶を注文しながら傘を机にかけると、ピロウは空になったカップをマスターに突き出し、再び宇宙からの侵略者に挑んだ。


 マスターはピロウのカップを受け取って、カウンターに戻る。そうして、お湯を2つ沸かし始めた。


「さて、情報屋さん。注文していた物は手に入りましたか?」

「だから連絡入れたんだよぉ~」


 ピロウはフェイテルリンクの世界で、情報屋のなりきりをしていた。

 しかし、なりきりと言うには彼女の腕は良すぎた。


「どちらの情報ですか? 運営の正体の方?」

「そっちは、まだ謎。とりあえず、銀河連合の正規軍が運営してる訳じゃないのは分かったんだけどねぇ。正規軍に命令してる存在が居るみたい。あ、これ10万クレジットの情報ね」

「了解しました」


 ハギモトはウィンドウを出して、クレジットをピロウに入金する。


 ちなみにピロウにとって、銀河クレジットはメイン通貨だ。

 なぜならピロウはもう、完全にフェイテルリンクの世界に住んでいるからである。

 ピロウは2年ほど地球に帰っていない。


「では、もう一つの方ですか? なぜ旧人類が滅びたか」

「そっちの情報を持ってきたよ~。ビブリオ・ビブレが言ってた経路から、それっぽいの見つけた~」

「突破できたんですか、あの強固なセキュリティを」

「苦労はしたけどねぇ」


 ピロウには、戦闘機や人型兵器を乗りこなす腕はなかった。

 しかし彼女は、プログラムの天才だった。

 彼女はフェイテルリンクに来て、直ぐにこの世界のプログラミングを熟知した。


 人間とは思えないほどの速度で、複雑な量子プログラミング技術をまたたくまに身につけたのだ。


 ふと、再び自機を宇宙人に撃墜されたピロウが溜息をつく。

 気だるげに息を吐く姿は見る人が見れば、色っぽいと感じるだろう。


 ハギモトには、彼女の若さが羨ましく映るだけだったが。


「はい、これがその情報」


 ピロウは画面に目を落としたまま、小さなマイクロSDを机に滑らせてハギモトに差し出す。


「素晴らしいです。少し確認しますね」

「どーぞ~」


 ハギモトはスマートホンにマイクロSDを差して、内容を確認する。


「2つ有るのですね。一つは、戦争の時の年表ですね」


銀河歴2100年:

 ベクターが出現、ベクターとの間に戦争が勃発する。


銀河歴2125年:

 ベクターの技術を取り入れることで、優勢に転じる。


銀河歴2130年:

 マザーMoBが出現。

 MoBにより、星団帝国が劣勢になる。


銀河歴2133年:

 データノイドの発明により、MoBに対して徐々に優勢になり始める。


 そこには、かつてこの宇宙で行われた戦争の記録が綴られていた。


「それから、動画ですね――」


 再生すると、かなり荒い画像で、大きな試験管が映し出された。

 その中には、金髪の女性が浮いている。


「彼女は?」

「マザーMoBになった人らしいよ」

「噂の・・・」


 ハギモトもまた、独自にこの情報に行き着いていた。


 ハギモトは年表と動画を確認して、呟く。


「なるほど。ベクターという者が襲ってきたから、このフェイテルリンクの宇宙はMoBなどという、恐ろしいモノを作らざるを得なかったのですか」

「みたい~。このベクターって、何なんだろうねぇ~」

「貴女もこのレポートを読んだのですね」

「情報屋だからねぇ」

「ベクターに関しては、情報屋の貴女も知らないのですか?」

「私の網にも、まったく掛かったことが無い単語だねぇ」


 ハギモトは、ピロウのやっているゲームに目を落とした。


「聞いた感じだと、ベクターとはこのレトロゲームの宇宙人の侵略者の様な物でしょうか?」

「私の情報網には、宇宙人がいるって情報は引っかからなかったけどね~」

「ふむ、だとすると謎運営も宇宙人ではない可能性が高くなりますね」

「なるほど、そういう考察に繋がるのかぁ」

「あと他にも分からない単語があります。ピロウさんには、このレポートに出てくる星団帝国ユニレウスとは、なにか分かりますか?」

「あー、それなら分かるよ~」

「さすがピロウさんです。教えてください」

「そろそろ運営からネタばらしあるから、5万クレジットねー。星団帝国ユニレウスは、まだこのフェイレジェ宇宙の人類が滅んでいなかった頃存在していた統一国家。要は旧人類が銀河全土を治めていた統一国家の名前だよ~。平和と平等を標榜する国だったとされてるよー」


 すぐにバレる情報でもハギモトは文句を言わない、拙速はそれで使いようが有るからだ。


「平和と平等ですか」


 ところがこの情報の利用方法より、ハギモトは他の事に考えが及んだ。


 ハギモトは国家が標榜する物とは、いつも目指すものであることを知っている。


 素晴らしいスローガンを掲げ、実現し自慢しているなら、拍手喝采を贈りたい。


 (この星団帝国ユニレウスという国に、拍手を贈れると良いのだが)と思った。


 だがハギモトは、レポートを読み終えて、悲しそうに表情を歪めた。

 そしてピロウに宣言する。


「すこし謎運営が何者かに対する報酬の値段を上げましょう。知っておられる方やNPP、書かれている文書を見つけてくれたら100万クレジットの報酬を差し上げたいと思います」

「日本円にして約1千万円。先生、太っ腹だねぇ。急にどうしたのぉ?」

「助けたい人が出来ました」

「先生が? ――知識欲しかない人だと思ってたけど」

「私も驚いています」

「ベクターの正体の情報の方は、ハウマッチ?」

「そちらも50万クレジットで、買い取らせていただきます」

「すごぉい、太っ腹ぁ」

「それからこのレポートは完全ではないようです。完全な物を見つけてくれたら更に50万クレジットを支払いましょう」

「いいねぇ」


 ハギモトはマスターが運んできた紅茶に口をつけ、レポートに目を移す。


「しかし、MoBに関しては大分詳しく分かりました」

「だねぇ~」

「MoBとは、人類を滅ぼす為だけに作られた兵器。MoBには、マザーMoBというのが居て、マザーは無限に進化し、無限に配下のMoBを生み出せる。MoBは異能を持っている」

「マザーMoBって、まるでファンタジーゲームで言う所の魔王だねぇ」

「魔王――そうですね、言い得て妙かもしれません。悪の親玉と言った所でしょうか――」


 ハギモトはレポートを眺めながら、ため息を吐いた。


「――しかし人類が滅んでも、戦争はなくなりませんでしたか」


 ピロウが顔を挙げる。


「人間が滅びたら、戦争はなくなるって聞いたけど~?」

「どうやらこの宇宙では、そうは行かなかったようです」


 言って、ハギモトは窓の外を見た。

 宵闇が迫り、驚く程の数の星がまたたいている。


「――私が救いたい人を、本当に救うなら――――それはそれは、強力なプレイヤーの力が必要になるかも知れません」

「勲功ポイント1位、マイルズ・ユーモアみたいなぁ?」


 ハギモトは首を振る。


「恐らく、彼よりも強力な」

「じゃあ、いないじゃん~。マイルズは1位なんだよぉ?」

「そうですね、物理的に不可能かもしれません」


 ピロウは、自分の情報網にまだ掛かっていない――世の中に知られ始めたばかりの少女の名を、知らなかった。


 だが、運命は選択する。


 そろそろピロウが店を出ようとした時――ピロウのスマホが、サイケデリックな曲を鳴らして振動した。


「ン~? なに~?」

「どちら様ですか?」

「相棒ぉ。暴力女~」

「そんな方が居たんですね」

「なに~? 動画~? 情報屋なら知っておくべき内容ぉ? 動画とか誰でも知ってる物は商品になら――」


 文句を言って、めんどくさそうにスマホをスクロールさせていたピロウが静かな店内で叫んだ。


「――うげぇッ!?」


 ハギモトは、ピロウがすこし下品な叫び声を挙げたので彼女の方を見た。

 するとハギモトの目には、ピロウが目を見開いてるのが見えた。


 やがて、ピロウはスマホの画面に釘付けになったまま立ち上がる。


「先生ッ! 先生ッ!」


 ピロウが手招きをした。


「――なんでしょう?」


 ハギモトは、ピロウに呼ばれて立ち上がる。

 画面を見ろと指し示されたので、訝しがりながらもピロウのスマホを覗き込んだ。


 ハギモトはスマホで流れる動画をしばらく見ていて、いつの間にか目も口も弛緩させひらいていた。


 ハギモトは絶句したまま、言葉を出せないでいる。


 ピロウが、なにも言わないハギモトに掠れた声で尋ねる。


「いける、よね?」


 ハギモトは唾を飲み込んでから、返す。


「ですね・・・このスウという方の助力を得られれば、彼女を助けられるかも知れません」


 運命の歯車は噛み合い、回りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る