第18話 軍人さんが会いに来ます
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
「昨日は情けない姿をお見せしてしまって」
「そんな事無いよ! 私、感動して泣いちゃった! ――でも相手の人も凄すぎたよ、胴をスパーンと」
私は八街さんと廊下を歩きながら、立花って人の胴を真似る。
すると、八街さんが急に止まった。
振り向くと、目をまん丸にしてる。
何事かと、思わず尋ねてしまう。
「どうしたの・・・八街さん」
「そ、その動き。鈴咲さん・・・・私の後ろから応援してくれてましたよね? もしかして立花さんの試合の録画とか動画とか、何回も視たんですか?」
「えっ、全然。昨日の試合で視たのを真似しただけだけど・・・」
「視た? 視えたんですか!? 昨日の試合だけで、立花さんの動きが―――!!」
「え・・・・なになに、顔が怖いよ八街さん」
八街さんが、額に手を当てて俯いている。
〔もう、無茶苦茶だ、本当にこの人〕って小さな声が聴こえた。
「あ、あの八街さん?」
「鈴咲さん、どう思いますか? 最初の一本の時、どうして先に動いたわたしが、先に打たれたんでしょう。立花さんの動きが見えたなら、何か分かりませんか?」
ああ、あの動きならなら覚えがある。
「分かるかもだけど――でも私、ドッグファイトでしか説明できないよ・・・・大丈夫かな」
「なんでそこで自信を無くすんですか、もちろんですよ。スウさんの知識に照らし合わせて教えてください。というかやっぱりドッグファイトとか詳しいんですねえ――本当に女子高生ですか?」
「最後の一言がちょっと気になるけど、じゃあ・・・・ドッグファイトだと、相手の後ろを取るのが大事なのは知ってる?」
「はい。それは知っています」
「でも後ろを取ってもね、ミサイルならともかく機銃なんかは、弾丸の飛ぶ場所と相手の飛行機の飛ぶ場所にズレが生まれるから、相手の行く先を撃たないといけなくなるの。この時、相手の先に自分の機首を向けて進むんだけど」
「たしかにそうですね」
「だけど、ずっと相手より前に向かって飛んでたら、やがて相手より前に出ちゃう。そしたら今度は自分が後ろを取られちゃう」
「やり過ぎた追い越し、って感じですね」
「そうそう。で、八街さんが最初に打たれた時、立花さんは竹刀を僅かに寝かせて、頭上に隙を作って八街さんを誘った」
「・・・は?」
八街さんが「式の解法が、思っていたのと違っていた」みたいな感じで唖然とした。
動画の読込中みたいな、頭の中で「
「隙を作って誘ったッ!? ――え!? ・・・・私はあの時、立花さんに誘われていたんですかッ!? わたしが隙を見つけて先に打ったんじゃなくて、相手が準備万端で用意した罠に、自分から飛び込んでいった!?」
八街さんが、私の肩を掴んでガクガクと揺さぶってくる。
「え、え、え、あ、う、うん――そ、そうだと思う、そういう雰囲気だったし、し、し。エ、エ、FPSにも立ち位置とかで偶にそういう事してくる人いるから、ら、ら、――」
私は体を揺らされながら、続ける。
「――す、す、隙だーって追いかけたら、ま、周りから一斉に撃たれたり、り、り」
私が言い終えると、八街さんは私から手を離して、急に立ちくらみでもしたような様子になる。
〔あの時、わたしが誘って陰りを見つけたと思ってたのに。――相手にはお見通しで、わざと隙を作っていたんですか・・・と言うか、そう言えば、強い人はワザと隙を作ってそこに打たせるって言いますし〕
と、呟きながらフラついた。
(陰? 私?)
私は一応、説明を続ける。
「戦術でも隙と見せてを誘い込むのは、よく使われるから。だから、立花さんはすぐさま反応できた」
「なるほどです」
「あとは、戦闘機の格闘戦って相手の後ろを取るのも大事だけど、相手の戦闘機の描く軌跡の内側に入るのも大事なんだ」
「相手の内側に入るですか――それも剣道でも大事かもしれません。昔の剣の達人も懐に入る重要性を言ってます。『切り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ 踏み込み見れば跡は極楽』と。しかも、この言葉を言ったとされる候補が――二天一流を創始した、宮本武蔵さん。新陰流を創始した、柳生宗矩さん。鹿島新當流の創始した、塚原卜伝さん。
「立花さんは常に八街さんの動きの中心に竹刀を置いていたよ。だから立花さんの竹刀が、直ぐ様到達してきた」
「そんな・・・気づきませんでした」
「つねに八街さんの動きを追尾してた・・・・――それから、あと、立花さんって最短ではなく最速で動いてた気もするんだよね」
「――最短ではなく、最速??」
「これもドッグファイトなんだけど・・・・ドッグファイトで重要なのは、速度エネルギーと、位置エネルギーなのは知ってる? つまり、速さと高さを取り合う」
「はい。双方のエネルギーを、多く溜めた方が強いというのはパイロットを初めてから学びました」
「それなんだけどね。位置エネルギー――つまり重力を利用した加速があるから、高さを速さに変換できるんだ。ただこの高さを速さに置き換える時、直線で降下するより、曲線を描いて降下しながら追いかけた方が速い時がある。この曲線を最速降下曲線って言うんだ。――サイクロイド曲線の形になるんだけど」
「あっ、サイクロイド曲線なら、数学の教科書の目次にあった気が――三年生で習うやつですね」
「そうそれ!」
「でも、最速降下曲線は教科書に無かったような。鈴咲さんはどこで最速降下曲線の知識を?」
「・・・・えっ、それは・・・・飛行機のFPSをやってたら、いつの間にか覚えてた・・・」
「なるほどゲームですか、リアルなゲームなんですね」
「最近のは、きっちり物理演算してるから・・・・というわけで最速降下曲線の応用だと思う。膝の力を抜いて、腰を曲線のように動かせば、最短じゃないけど最速になる。――それで軽くて重力の影響を受けにくい、拳や竹刀は直線に動かすとか?」
私が、ぎこちなく体を振り子のように揺らす。
「筋肉とかの構造からも、直線より速い動きは有るかも知れないし」
「こうでしょうか」
いいながら八街さんが、見事な膝の脱力で振り子のように重心移動した。
さすが運動部・・・・運動不足の私と違って、重心移動が巧い―――。
「その動きだと思う。八街さんはやっぱり、凄く上手いね」
「褒められました。――立花さんは、これを関節で直線運動に変換していた訳ですか」
「多分そうだと思う。宇宙で戦闘機を飛ばす時も、直線より曲線で追いかけたほうが速い時があるし、重力以外でも保存力があれば、最速のルートはサイクロイドの形になる事があるから、色々応用は効くんだ」
「・・・・なるほど、やっとわたしが先に打たれた
八街さんが言って、困ったような顔になった。
すると私達のやり取りを
「ちょっと、鈴坂さん、八街さん困ってるじゃん!」
「付き
「八街さんとお前じゃ、釣り合わねーし!」
こ、こわっ。
ここ校舎裏じゃないのに―――!
女の子って、校舎裏以外でも詰め寄ってくるの!?
でも確かに彼女たちが言う通り、私と八街さんじゃ釣り合わない。
これは、正論パンチすぎる。
私が何も言えないで俯いていると、八街さんが顔を挙げて女の子3人を見下ろした。身長が高いので、すごい迫力。
「黙ってもらえますか? 付き纏っているのは、わたしです。――わたしが鈴咲さんに付き纏っているんです」
「「「「え!? そうなの!?」」」」
すると八街さんが、ため息をついた。
「なんで声が4つハモっているんですか。なんで鈴咲さんは、驚いているんですか」
私が3人組の女子と顔を合わせていると、校内放送が掛かった。
『1年1組、鈴咲 涼姫さん――えっと、どちら様でしたっけ――あ、アメリカ航空宇宙軍大佐――え、アメリカは航空宇宙軍じゃなくて合衆国宇宙軍? は、はい。合衆国宇宙軍大佐、ヴィクター・ハリソンさんがお待ちです。至急職員室へ来て下さい』
な、なに・・・?
私は久しぶりに、宇宙の真理に気づいてしまった猫のような顔で、宙を見た。
――――――合衆国宇宙軍、大佐・・・・?
こ――これって、もしかして国際指名手配!?
――私はサッと青ざめて、八街さんにすがりつく。
「どうしよう八街さん! 私、もしかして国際指名手配されてる!?」
「え、いえ、合衆国宇宙軍は、インターポールとかじゃないですよ・・・」
「イ、イ、インターポール!? 銭形さん!? 銭形のとっつぁんさんが私を捕まえに来たの!?」
「そうじゃないです、合衆国宇宙軍とインターポールは全く別の組織です。米軍の兵士は結構フェイレジェのプレイヤーをやってる方が多くて、色々動いてるんで、多分それ関連で鈴咲さんに会いに来たんだと思いますよ」
私に絡んでいた3人組も騒いでいる。
「え? 鈴坂捕まるの?」「――や、なんか違うっぽいけど」「どういう事なんよ?」
私はSANチェックに失敗したらしく、絞め殺されるような悲鳴を挙げてしまう。
「なんで、
「鈴咲さん、とりあえず落ち着いて下さい。きっとスカウトですよ」
「スカウトォ!? 軍人になれって事!? むりむりむり!! 色んな映画にでてくる鬼軍曹みたいな人にしごかれたら、私壊れちゃう!」
「既に壊れている気がしますが」
「拝啓、軍曹様、私は自分がウジウジしたウジ虫だって事を理解しています。だから訓練は必要有りません。私はウジ虫私はウジ虫私はウジ虫私はウジ虫私はウジ虫」
そんなふうに私がウジ虫になっていると、3人組の女子が私から一歩離れた。
あああ、ウジ虫ですみません。キモくてすみません!
「軍隊からスカウトって」「鈴坂ってもしかして・・・・」「――怖い人?」
すると八街さんが、悪戯っ子の様な顔になった。
「そうですねえ――、鈴咲さんって軍人も顔負けの強さですよ?」
「軍人より強いの!?」
「ヒィッ!」
「う、うそだろ」
3人組が、視線を私の足元と頭の先で何度も往復させる。
「剣道全国大会ベスト8の私でも、勝てるかどうか」
「ちょ、まじで!?」
「ヤバイじゃん」
「ご、ごめん鈴坂――さん、あたしら行くわ」
転びそうになりながら逃げていく、3人「ちょ、おいてくなし!」とか叫んでる。
彼女達は最後まで、「き」と「か」を聴き間違えて走っていった。
八街さんが、彼女たち3人を見ながら「してやったり」という顔でお腹を抱えた。
「あはは」
「わ――私は怖くないのにぃ・・・・ますますボッチになっちゃうよ・・・・」
「わたしが居るじゃないですか。あんなの無視したらいいんですよ」
「一緒にいてくれるの?」
私が見上げると、八街さんが口元を抑えた。
「なんて愛らしい
リューベン? ベートーベンみたいな?
「ずっと、一緒にいますよ」
こんなボッチの慰めのために、「ずっと一緒にいる」とか言ってくれるなんて優しすぎる。
八街さんにエンジェルとか言ってごめんなさい。貴女は、アークエンジェルでした。
「わたしも、職員室までついて行ってあげますね」
「そ、それ凄く助かる!!」
「えー鈴咲、こちらがヴィクター・ハリソン大佐だ」
「Nice to meet you(お会いできて光栄です)。アナタがMs鈴咲ですか?」
大佐が胸に手を置いて頭を下げてきたので、私は、
「サー! イエッサー!」
サー・ハリソンに、全身を直角にして敬礼し返事をする。
筋肉を思いっきり硬直させないと、今にも腰を抜かしてしまいそう。
「ハハハ、お上手な敬礼です。しかし私は貴女の上官ではない、そんなに畏まらないで欲しい」
「サー! イエッサー! 私はウジ虫です! それを理解しております!」
「アッハッハ! あの映画の軍曹ですか。私も一兵卒からの叩き上げでしてね、鬼軍曹の訓練は一通り受けてきましたよ―――一緒にアイツ等のケツを叩きに行こうか、かわいいお嬢さん」
え、なにそれ、まって・・・・。
「大佐は、軍曹のケツを叩くのでありますか!?」
「もう、私の方が偉いからね」
「じゃあ、軍曹より恐ろしい存在なのですか!?」
私は恐怖のあまり、足が震えるのが分かった。
「す、すまないすまない。冗談だよ、怖がらせてしまったのかい?」
「心臓を捧げます!!」
私は右拳を胸の前に置いて、左拳を尾てい骨辺りに置いて叫んだ。
職員室の先生たちが「なんだなんだ」と騒ぎ始める。
すると八街さんが、私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫大丈夫。この人は、怖くない怖くない」
なんだか急に安心してきて、私の身体が溶けるように弛緩した。
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