第16話 怪物少女に噂されます
「え? みずきってば――八街 アリスが、一式 アリスだって知らなかったの?」
「一式 アリスって誰?」
立花 みずきが、首を傾げる。
(と言うか、アナタも誰)
立花 みずきは、百合ヶ浜南高校の売店の自販機で「天然水のぶどうジュース」を買い、学校の敷地内の森で森林浴を楽しんでいたところ、名前を知らないクラスメイトに「昨日の試合、凄かったねー!」と、声をかけられた。
「一式 アリスを知らないとか、そういう所、みずきらしいよね~」
この人と会ってまだ一ヶ月も経っていない筈だが、〝らしい〟と言われたのに驚いた。
というかなぜ、この人は話しかけてくるのだろう。
というか、名前はなに?
名前を知らないクラスメイトはおしゃべり好きなのか、話を止めない。
「一式 アリスは、八街 アリスの芸名。モデルから女優もこなして、歌って踊れるって感じのスーパーウーマンだよ」
「剣道以外もできるんだ?」
「なんか一式 アリスの剣道以外は、どうでも良さそう?」
「そうかもしれない」
名前を知らないクラスメイトの短いポニーテールが、元気よく揺れる。
「自分よりずっと女性剣士に見える容姿だ」と、みずきは感じた。
「みずき~! なんか連れないぞ~、素っ気ないぞ~! 友達じゃんかー!」
立花 みずきは、三角座りをしている身体をクラスメイトにガクガク揺らされながらも、器用にぶどうジュースを飲んでいく。どれだけ身体を揺らされても、上手に脱力して顔と手だけが微動だにしない。
そうして飲み終えた所で、改めて名前を知らないクラスメイトに驚いた顔を向けて尋ねる。
「わたしたち、友達なの?」
名前を知らないクラスメイトは鈍器で頭を殴られたように仰け反って、本当に痛そうに蹲まった。
しかし、空気をあまり読まない立花 みずきは追撃を入れる。
「わたし、貴女の名前も知らないのに」
「を゛ぅ―――っ」
致命傷を受けたように制服の胸を握った名前を知らないクラスメイトは蹲ったまま、痙攣を始めた。
立花 みずきは、とりあえず聞いた気がするクラスメイトの名前を挙げていく。
「大垣さん? 但馬さん? 中野さん?」
「もういい、止めて! あたしのライフはゼロよ―――! 仲條 優子、憶えておいて!」
「憶えた――でも、今どき子が付く名前なんて珍しい」
「親がくれた大事な宝物だよ! それに、子の付く名前は古来より続く由緒正しい名前なのよ! 蘇我馬子とか小野妹子とか!」
「どっちも男なのに」
「えっ、小野妹子って男なの!?」
「よく、ウチの高校入れたと思う」
再び致命傷を受けた仲條は地面に突っ伏した。この学校の土の味は、淡白だった。
しばらくしてなんとか起き上がった仲條は、おもむろに立花 みずきの隣に腰掛ける。
「どうして隣に座るの?」
「友達じゃんか!」
「いつ友達になったの?」
「そこの説明、いるの!?」
「いらないの?」
「じゃあ、お互いに友達だと思った時から友達だよ!」
「じゃあ私達、友達じゃないと思う」
「貴様の言葉は、まるで刃物だな! 剣士だからか? 剣士だからなのか!?」
立花 みずきは、仲條の訴えを無視してスマホを取り出す。
そうして1つの動画を再生しだした。
「あ! それ、昨日の試合?」
「そう」
「見せて見せて」
仲條の顔が寄ってくる。
立花 みずきは、風に揺れる短いポニーテールが頬をくすぐって鬱陶しいと、密かに感じた。
仲條が、元気に尋ねてくる。
「一式 アリスの研究?」
「そんな事はしない。今の八街 アリスをイメージしていたら、未来の八街 アリスには勝てない」
「そういうもんなんだ?」
「そういうもん」
「〝女子、三日会わざれば刮目してみよ〟てか?」
「実際に見て、剣を合わせて分かることが幾つも有る」
「さすが天才剣士、言うことが違う」
「わたしは天才じゃない。天才っていうのは、わたしの妹みたいなのをいう」
「妹いるんだ、可愛い? 貰って良い?」
「勝手に持っていけ、あれはウザイぞ」
「うざいかー」
「超、口うるさい」
「あはは。――研究もしないのに、なんでこの動画見てるの?」
「楽しかったから」
「楽しかったのかあ」
「久々に剣道が出来た」
「うへ、先輩たちじゃ相手にならないとか?」
「この高校、男子生徒がいないから困る」
「マジカヨ、練習相手いないのか」
「そう」
「じゃあさ、フェイテルリンク・レジェンディアのプレイヤーになったら?」
「フェイテルリンク・レジェンディア?」
「なんか、謎の運営がやってるゲーム? みたいなの。本当の戦いが経験できるらしいよ。剣とかも有るらしいし」
「興味ない」
「あら・・・・」
しばらくの沈黙が流れる。
立花 みずきと仲條は、動画を眺め続けていた。
ある時点で仲條は、「やち、またさぁん、がんばれぇ」という声に気づいた。
そして声の主の特徴的な、ゴスロリとまではいかないけど、黒を基調としたフリルの多い服――確か『童貞を殺す服』とか呼ばれている格好を見て「あ」となり、立花 みずきに尋ねてみた。
「じゃあさみずき、これは知ってる? 一式 アリスが尊敬する友達」
「わたし?」
即答した立花 みずきを見て、仲條は思わず「あはは」と笑う。
「笑われた」
立花 みずきは少し憮然として「結構本気だったのに」と呟くと、動画を仲條から遠ざけて一人で見だした。
そうしながらも、立花 みずきは興味があるのか尋ねた。
「貴女が、八街 アリスの尊敬する人を知っているの?」
「知ってるよ。あたし、八街と中学時代からの親友だから」
「八街 アリスと知り合いなの?」
「親友ね。あった――」
斜めを向いた立花 みずきが(自分は他県から来たから友達とかいないけど、同じ県に住んでいたならあり得るか)と思っていると、仲條も隣でスマホを取り出して、1つの動画を探し出した。
「――アリスが尊敬するって言ったのは、この動画の人だよ」
立花 みずきは、八街 アリスが尊敬する相手に興味がでてしまった。
覗き込んだ動画の映像は、まるでゲームの世界だった。
そこに映っていた人物は目を見開き、瞳の光をなくし黒いドレスを着ていた。
そんな少女が、宇宙空間を駆る戦闘機を操縦して、次から次へと怪獣の様な物を撃墜していく。
最初は流れる映像をなんとなしに観ていただけの立花 みずきだったが、やがて食い入るように見詰めだした。
「貸して」
立花 みずきはとうとう仲條のスマホを奪って、我を忘れたように画面に釘付けになる。
「なにこの人―――なにこれ」
道は違えど、分かる。
「なに―――この、
立花 みずきも、化け物と呼ばれる存在だ。
そんな感性を以て
「これが、八街 アリスの尊敬する人―――?」
「そうだよ」
(――会ってみたい―――)
「八街アリスの尊敬する人が、彼女だという」返事に、少しの嫉妬と、この化け物への興味は、立花 みずきをフェイテルリンク・レジェンディアに足を踏み込ませるのに十分な感情だった。
「ねえ、優子」
「おう!」
「どうやったらこの飛行機や、ロボットみたいなのに乗れるの?」
「プレイヤーになれば良いみたいだけど・・・?」
「なり方を、教えて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます