第10話 危険なクエストに遭遇します


 私が梯子を登りながら「ついてきて」と言うと、八街さんも梯子を昇ってくる。


 コックピットに来ると、八街さんが「え」っと小さく口を開いた。


「スワローテイルって単座式じゃ無かったですか?」

「今日のために複座式に改造をしてみたの。寝転ぶ水平モードがあるから前後に余裕がないので上下になっちゃったんだけど――あ、パイロットスーツは着てね。あんまりGの掛からない飛び方を心がけるけど、限界は有ると思うから」

「はい、もちろん準備してあります」


 八街さんは、持ってきていたらしいパイロットスーツに着替える。

 赤みたいなピンクみたいなスーツだ。

 でも、八街さんはパイロットスーツしか着ていない。私は首を傾げて尋ねる。


「あれ? 服を上から着ないの?」

「パイロットスーツの上から服を着る人は、あんまりいないと思うんですよね・・・。ハッキリ言って硬い素材の服でも無い限り、宇宙空間ではフワフワひらひら邪魔です」


 八街さんが、私の袖もスカートもフリルだらけの服を下から上まで眺める。


「―――よくそれで操縦できますね」

「え、そうなの!?」


❝違和感を感じてたのはそこか❞

❝童貞を殺す服でパイロットという❞

❝俺のへきにささる。癖をメッタ刺しにしてくる❞


「服、脱ごうかな・・・・」

「生脱ぎ!? そんな事――! まあ、パイロットスーツは体の線が出ますけどね」


 それは駄目だ・・・・体の線が出るのは、やばい。

 一式 アリスみたいなモデル体型じゃないんだよ―――こっちは。


「じゃ、じゃあ、このままで」


 八街さんが「でも着込まれると、私の癖には刺さらないんですよねえ」とか怖い事言ってる。

 さらに「ゴスロリなパイロットスーツを、プレイヤーデザインで作ったら着てくれるんでしょうか」とか怖いこと言ってる!


 き、着ないからね?


「複座はわたしが下ですね、お邪魔してる立場なのですから」

「いやいやカメラマンさん、下から何を撮るつもりなの」

「あ・・・そうか、下からだとスカートの中しか視えませんね。どうせパイロットスーツなんですけど。やっぱ服を脱ぎませんか?」

「下からのアングルをやめて・・・」


 なんだかゴネる八街さんを、上の座席に移動させる。

 

❝このアングル、スウの操縦全部見れて最高じゃん❞

❝外の景色もよく見える。星が綺麗ー❞


 斜め後ろだからか視聴者さんの目線からしても、このアングルで間違っていないようなので、私はエンジンを始動する。

 そうして、まずは基地から発進。


 表示されたウィンドウを確認する。


「空いてるカタパルトは無いみたいだね」


 私が言うと、アリスがちょっと焦った。


「どうしますか?」

「時間が惜しいし、手動で発進するね」


 現実の飛行機は離着艦が一番怖いらしいんだけど、そういう怖さはバーサスフレームにはあまりない。


「確かに急ぎたいですが――あっさり手動を選ぶんですね。重力下での飛行形態の手動発進は、人型形態より難しいって聞きますが」

「そんなに変わらないよ。私もどうせ人型形態で最初は飛ぶし」


 人型形態があるから、発進が本当に楽なんだよね。


 地球の戦闘機でも、F-35bとかハリアーとか、他にもエンジンの向きを変えられる推力偏向ノズルとか。垂直離陸や推力の方向を変えるのは非常に重要視されている。

 VJ-101というジェットエンジンが縦になったり水平になったりする飛行機も、ドイツとかで研究されていたりした。


 地球の可変翼も、離陸しやすい翼|(それだけではないけど)と高速で飛びやすい翼に切り替える為の翼。


 可変機構があるフェイレジェでも、まず翼かエンジンの可変研究から入ったみたいで。

 バーサスフレームにも、翼やエンジンから可変出来るようにしたんだなという痕跡が見受けられる。

 だからロケットエンジンを付けている足は、本当に離着陸が簡単になるように設計されているんだ。

 

 私はコックピット前面のアナログ計器のパネルにある中央の青いボタンを押して、スワローさんを飛行形態から、「よっこいしょ」と人型形態にする。


 足の動きが某・超時空みたい。あの変形ってやっぱりリアルなんだなあ。

 人型になると操作が操縦桿などから、VRに変わる。


 格納庫のハッチに付いたランプが緑になってハッチが開いたので、私はVRで体を前のめりに倒して、スワローさんを斜めに倒す。


 VR内での私の姿勢と同じく、斜めに傾くスワローさん。


 この状態で軽く飛び上がって、VRで足から火を噴射するイメージをした。これは脳内で「何番ロケットエンジン噴射」とか言う人もいるらしい。


 ただ、イメージの方が機体の反応が早いので、私はイメージで処理している。

 ロケットエンジンが、イメージ通りスワローさんの足から噴射される。


 スワローさんが浮き上がったので、頭の中で変形のイメージをする。これも言葉でも良い。


 するとスワローさんが飛行形態に戻って、操作がリアルに戻る。


 私の行動に、八街さんがちょっと引きつった声を出した。


「え―――っ、宇宙にでてから飛行機になるんじゃないんですか!? 格納庫でロケット噴射噴かしたまま飛行機に!?」


❝あぶねえ!!❞

❝マジで何してんのこの子!?❞


「え、みんなやらないんですか!?」


❝こんな危ないこと、誰もやらんわ!❞

❝普通、機体をどっかにぶつけるぞ・・・!?❞


 というか会話してたら、本当に機体をどっかにぶつけそうで危ないんで、私はとにかくコックピットにあるスロットルを前に押して、ロケットエンジンの出力を上げて空に飛び出した。


「私、この方法ばっかりやってました・・・」


❝非常識にもほどがある・・・❞

❝まあ、この方法でも出来てるなら問題ないんだけども。よく機体壊さなかったなあ❞


 アリスが、ちょっと驚く。


「凄いですねこの狭い中で、よくスムーズに変形できますね。私なんか・・・・広い場所でも怖いのに。しかもほぼ振動無しで飛ぶものですから、いつの間にか空の上でした」

「スムーズなのか・・・」


 自分の事ほど、よくわかんない。


❝視えてる地平線も全然揺れなかったよなあ❞

❝ドリフトとかも凄いし、車の運転とかも上手いのかな❞


「・・・車は運転したこと無いです」


❝まだ免許取れない年齢かな?❞

❝高校生くらいに見えるもんな❞


 年齢の暴露は止めておいて、やがて宇宙に着いてワープ航行開始。


「じゃあイルさん、惑星エニンの宙域へお願い」


 私が言うと、ダッシュボードの上に扉が出現、中からホログラムの小さな執事が出てくる。


『了解しました、マイマスター。当機はこれよりワームホールを開きエニンのワープこうに向かいます――』


 そこで私は、自分の迂闊さに気づく事になる。コメントが一斉に騒がしくなった。


❝ちょw このAIの声、岩畑 光央の声じゃねw❞

❝どうやって合成したんだよw❞

❝気合い入りすぎwww❞

❝しかも執事にしてやがるwww❞

❝好きな声優に、執事してもらっちゃってるのかワロwww❞


 コメントを意識に捉えて、私は叫んだ。


「ああぁぁああ!! ちがっ、これは、ちがっ!!」

「鈴咲さん、岩畑さんがお好きなんですね」


 八街さんが、私に優しい微笑みを向ける。


「ちがうのおぉぉぉ!!」


❝あっ! それで〝おでこ〟出してるの?❞

❝テ◯オか! テ◯オ!❞


「ちがうぅぅぅ!!」


 私は耳を押さえて、狂ったように頭を振って操縦席に突っ伏した。

 そうして諦め、溶けるように弛緩した。


 なんか・・・魂みたいなのが抜けていく。


❝あ、召された❞

❝スウたん、死ぬなー!❞


 八街さんが、なんとか私を生き返らせようと、『復活の呪文』を唱える。


「大丈夫ですよ! 視聴者のみなさん素敵だと思ってますよ!」

「昔ね、握手会いったらね、とっても優しい笑みを貰ったの―――忘れられないの。それで、生きていこうって思えたの。これが私の辞世の句です」

「字数が、一切あってないですよ!?」


「男か女か分からないような服だったの、しかもダッサイ服だったの。なのに優しい微笑みで手をぎゅっと握ってくれたの――うふ、うふふふ」

「わかりました! わたしも握手会は気をつけますから、生き返ってください!!」


 八街さんのファンを、1人でも救うために私は再び大地に立つ事を決める。


 私がデコ助を止めて前髪を下ろしていると、ワームホールの終点が視えた。

 デコ助は、残念だけど今日で卒業しよう・・・。


 私達は、エニンのワープ港になっている衛星に到着すると・・・・、


「スウさん、あっちに光の線と爆発が!」


 エニン――木星の3倍という、巨大な灰色のガス惑星の影に、光の線がたくさん浮かんでは消えている。


 ――きっと八街さんのクランメンバーが、戦っているんだ。


「イルさん、亜光速航行アルクビエレ・ドライブ!」

『イエス、マイマスター。スワローテイル亜光速航行開始』


 小さな執事がボタンを押すと、スワローさんが暫くエネルギーを溜めた後、光速の90%以上という亜光速航行が始まった。


 周りの景色が波のように歪みはじめる。


 ちなみに光速で動いても景色が伸びたりはしないらしい――星は凄く遠い場所に有るので、丁度地球で早く走っても、月がずっと追いかけてくるような感じらしい。


 でも空間を歪めているので、景色が波々になる。


 あと亜光速航行中はGが掛からない。空間を伸ばしたり縮めたりするからなんだとか。


 それからこの亜光速航行で、加速して体当たりとかはできない。


 この亜光速航行は空間が歪んでるだけで、機体が加速しているわけじゃないので。

 他の物体が伸び縮みする空間に入ると――ちょっとの間、一緒に移動するだけ。


 遠くで行われている戦闘の様子を観察していると、コメントが騒がしくなる。


❝惑星エニンって領域層でいうと、15層だけど、いきなり15層って大丈夫?❞

❝心配だよ❞

❝機体も、マジで旧世代のスワローテイルなんだなあ❞

❝本当に旧世代のスワローテイルで戦えるのかも、心配だわ❞


『マイマスター、ドライブアウトします』

「はい」


 コメントを読んでいると亜光速航行が終了。景色が普通に戻る。

 すると、1つのコメントがすぐさま打ち込まれた。


❝ちょっと待て、お前ら画面の奥みろ! 何だよあの数!!❞


 私も正面を見据えて、表情を引き締めた。ひまわりの種に羽が生えたみたいな形の機体が無数に飛んでいる。

 群れが幾層もにもなって、縦横無尽に飛行を行っている。

 あまりにも、数が多い。


 小さな執事、メガネを掛けて周りを見回す。


『マイマスター、敵総数1万以上』


❝い、1万って!!❞

❝な、なんかこんな映像見たこと有るぞ❞

❝イナゴか・・・!❞


 無数の敵の後ろには、ひまわりみたいな――蜂の巣みたいな形の母船が鎮座している。


 ゆっくり回転する母船の表面には鳥肌が立ちそうなほど沢山の穴が空いていて、小型機が吐き出され続けている。

 あの母船を倒さないと、無限に敵が涌いてくるんじゃないだろうか?


❝つか待てよ、母船まで出てきてるのか15層でこんな事ある? それにあの種みたいなのってハーピィだよな――でも、なんか色がおかしくね?❞

❝あの色って、25層以降に出てくるグランド・ハーピィだろ!❞

難易度異常ワンダリングイベントじゃね? これ❞

❝間違いない。本来ありえない難易度が発生する、難易度異常ワンダリングイベントだ!❞

❝スウたん、駄目だ逃げろ!! ❞

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