第10話 初配信をします
八街さんと『未知との遭遇』をキメた日の昼休み。私は喜びのあまり、またスマホを確認していた。
そんな私に掛かる声一つ。
「鈴咲さん! やっぱり絶対、生放送すべきだと思うんですよ!」
「え、は、配信は・・・・やっぱり駄目だよ。私ほら、喋るとつっかえるし」
・・・あの動画も、音を消して投稿したし。
「それも可愛いんですよ!」
ボッチの筈の私に話しかけているのは、なぜか八街 アリスさんである。
私はなんの因果か、八街さんとお弁当を食べている。
私がいつも通り、隠れ家である非常階段の下というベストプレイスでお弁当を食べようと立ち上がったら「
「一緒におべんと食べましょー!」
と、爆弾投下。
「こ、困ります」と返しても「おべんと一緒に食べるだけなのに、なんで困るのですかっ!」と笑われるだけだった。
押しに弱い私は、綺麗過ぎる顔と向かい合って食べることに。
しかも私の席って教室の真ん中だから、晒し者。
八街さんは、人の視線に慣れているのか気にした様子など皆無。
私も推しにこんなに接近できて、一緒にお弁当まで食べられるなんて凄い幸運なんだけど。
もうとっくに
ほ、ほら鼻血が出てきた。やっぱり身体が壊れて行っているんだ。
「ちょ、鈴咲さん、大丈夫ですか!?」
「のぼせたかも」
「興奮しすぎですよ」
笑われながら、鼻にティッシュを詰められました。
私は推しと鼻に詰め物しながら食事するという、トラウマ体験をすることになった。
ほうれん草のゴマ和えが、鉄臭い。
私が鉄分豊富なほうれん草と鼻血で、鉄分の過剰摂取をしていると、一部の女の子が「え、なんで八街さんと鈴咲さん?」とか、男子と話した時より怖い視線を向けてくる。
・・・こ、校舎裏に呼び出されるのはヤダ、カミソリで顔に✗はヤダ。
でもみんなが怖いわけじゃなくて、昨日私を保健室につれて行ってくれようとした私の前の席の女の子は「八街さん、私の椅子使って」と、微笑んで友達2人と食堂に向われた。
彼女の前世はきっと、慈母神。
にしても前の席の子も、その友達も、全員美人――恐ろしや。
私が八街さんに、しばらく生放送のやり方を説明されながらほうれん草をチビチビ食べていると、
「鈴咲さん! 私の唐揚げと、そのプチハンバーグを交換しませんか」
「う゛ぇ゛!?」
八街さんの口から飛び出した突然の申し出に、私の脳の信号が止まりかけた。
とっさにお弁当を持ち上げて、肩の方へ隠す。
「だ、だめだよ」
「あ、ハンバーグ好きなんですか?」
「そうじゃなくて、これ私の手作りだから、手こねだから!」
「手作りなんですか!? 凄い、絶対食べたいです!」
言って、八街さんが唐揚げをフォークに刺して、私の口元へ持ってくる。
「はい、あーん」
私は自分の顔が赤くなったのを感じた。
え、なんの頭脳戦が始まったの?
八街さんは繰り返す。
「はい、あーん」
頭脳戦かと思ったら、ゴリ押しという名のムリヤリだった。
押しに弱い私が、推しの押しに勝てるわけもなく、負けて開口すると唐揚げが突っこまれた。
あれ? まって?
――こ、これって・・・・間接的に言って、キスじゃない・・・????
―――お、推しとファーストキスしちゃった。
「契約成立です、プチハンバーグを要求します」
私はフットーした顔で頷いて、お弁当箱を
ケチャップが掛かったプチハンが、キスにやられた私のハートみたいにフォークに射抜かれて、八街さんの口に運ばれる。
あああ、〝すずさ菌〟をそんなに嬉しそうに頬張ったら! みんなにキモがられて、ソロプレイヤーになってしまう!
「絶望は、死に至る病」なんだよ!?
「すっごく、おいしいですっ! 料理巧すぎますよ!」
私は、八街さんの心からの満面の笑みの神々しさに耐えきれず、思わず口元を抑えて顔を背けた。
「で、生放送はいつ始めますか?」
八街さんに向いた私の右耳に、驚きの言葉。
「へっ、まって!? やるのは決定事項なの?」
「あれ? さっきやりますよね? って訊いたら〝イエス、マム〟って」
しまった、記憶にない。
記憶の断片化が起こっている。
「――私、最近の記憶がなくて」
「ついさっきの話じゃないですか!」
八街さんが「ぶはっ」と吹き出す。
吹き出しても可愛いなんて、凄い。
私なんか「ドゥフッ」なのに。
生物として何か、決定的に違う気がする。
「で、でも私、見た目こんなだし。生配信とかしたら姿が映っちゃわない?」
「あー、髪の毛はもうちょっと綺麗に
八街さんは胸ポケットから、
え、なにその女子力、高すぎない? 『53万』位ありそう。――あの有名なシーンくらいの絶望的な力の差を感じる。
「や、八街さんの櫛で私の髪を梳く気!?」
「これでも現役モデルですから、テクニックには自信ありますよ。スタイリストさんの受け売りですけど」
そ、そういう話ではなくてですね。
八街さんは、『ゴルゴ』でも気づかないくらいさっさと私の背後を取り、私の髪を梳いてくる。
(あ―――他人に髪の毛を
あんまり他人に触れられた事が無いせいか、耐性がなくてモロに気持ちよくなってしまう。
ほら、寂しい時とか自分で自分を抱きしめない? ああ言う時とは、気持ちよさがぜんぜん違う。――え、やらない?
しばしの心地よさに身を任せていると、ウトウトしてくる。
これはあれかな、ネコとか撫でてるとネコがいつの間にか眠ってるみたいな。
なんてテクニシャンなの、八街さん・・・。
船を漕ぎそうになっていた私の肩が、優しく叩かれる。
「できましたよ」
言われて「ハッ」と覚醒すると、八街さんが胸から手鏡を取り出した。
何でも出てくるなあ、あのポケット。
きっと、あの胸ポケットはどっかの別次元と繋がっているんだ。
相変わらず馬鹿なことを考えていると――鏡に写ったのは、私とは思えない私。
「どうですか?」
「結構、いいかも・・・」
「とっても良いですよ! 格言にこうあります。〝可愛いは作れる〟」
「素晴らしい格言・・・・」
下手な救世主よりも私を救ってくれそうな言葉を訊いて、座右の銘にしようと思っていると、八街さんが、また胸ポケットから何かを取り出した。
まって、その胸ポケットどんだけ入るの?
というかよく見たらさっきの手鏡って、明らかに胸ポケットに入らないサイズなんだけど。
「ど、どっから出したの八街さん・・・」
思わず尋ねると八街さんは、
「あ、この手首の腕輪です。フェイレジェで手に入れたアイテムなんですよ、たくさん物が入る便利袋です。正式名称は〈時空倉庫の鍵〉と言います。で、胸の辺りに出入り口を設定してます。――ちなみにこのアイテムがあった場所は、ウチのクランメンバーしか知らないんですが――鈴咲さんも欲しくないですか?」
本当に、どっか別の次元と繋がってたっぽい。
これはすごく便利。欲しいか欲しくないかと訊かれると、
「す、すごく欲しい」
「じゃあ今度、一緒に取りに行きましょう!」
「えっ、でも―――っ」
「デートですね!」
「デ、デート!?」
「女の子をデートに誘う、常套手段を伝授しましょう。相手が興味の有るものを聞き出して、一緒に買いに行こうとか誘うんです」
なにその超高等テクニック。
――八街さんって、やり手のナンパ師だったの・・・。
言いながら八街さんは、ポケットから取り出した何かを私の髪に付けた。
手鏡を向けられると、雪の結晶みたいな飾りの付いた、可愛らしいヘアピンだった。
「撮影で使った小物を貰ったんです。世界に一個しか無い一品物ですよ」
「え゛!?」
今をときめく有名人が使った、一品物のヘアピン!?
「わたし気づいたんですよ。わたしがそれを着けて歩くと、一式 アリスだってバレちゃうって、だからあげます。すっごく似合ってます――涼姫って言う名前の鈴咲さんに、ピッタリですよ。とても可愛い!」
推しに可愛いと言われて、私は真っ赤になって俯いてしまった。
陽キャ怖い。――いや、ズルい。
◆◇◆◇◆
結果、生放送を行う事を確約させられて、約束の5日後。
八街さんをスワローさんのワンルームにご招待すると、八街さんは早速、私にカメラを向けて笑顔を要求してきた。
「はーい、笑って下さいー」
なんだか、銀河クレジット的に高そうなドローンで撮影している。
ただいまスワローさんは、ハイレーンの基地にいます。基地の中でスワローさんを飛行形態にして、ワンルームで撮影されています。
ちなみにスワローさんのドローンにもカメラは付けられるんだとか。――知らなかった。ずっとスマホで撮影してたよ。
「こ、こう?」
私は、ちょっと緊張しながら自分でも分かるほどぎこちなく、カメラに向かって両手でピースしてみる。笑顔が苦手で、ちょっと涙目かも。
すると八街さんが苦笑いになった。
「それは、アヘ顔ダブルピースって言うんです。普通に笑って下さい」
え、そんな得体の知れない顔になってた・・・・?
あと、大人気モデルがアヘ顔とか言っちゃ駄目。
「もう生放送始まってるんですから」
八街さんの桜色の唇から、絶望的事実が告げられた。
なに・・・・じゃあ私は、放送開始0秒で世界中にトラウマ級の変顔さらしたって事?
「終わった」
「始まったばかりですよ!」
私が「死に至る病」に侵されていると、視界の端に生放送の視聴者からのコメントが流れる。
❝スウって、ほんとに女の子だった・・・❞
❝しかもいきなりアヘ顔www❞
❝そこそこ可愛いじゃん! なんかちょっと暗い感じだけど❞
❝こんな大人しそうな人が、あの超絶的な操縦するんですか?❞
❝あたしファンになっちゃった❞
❝てかパイロットスーツの上から服着てる人、初めて見た。無重力とかG掛かったらどうすんの、ゴスロリ?❞
❝操縦桿握ったら、性格変わるタイプとか?❞
❝いや、むしろ童貞に対する殺意なら高いぞあの服www❞
❝俺の体の操縦桿も、操縦してほしい❞
すごい、もう視聴者が18000人もいる。
とりあえず、まずは自己紹介をしよう。
「えっと、皆さんはじめまして、スウと申します」
❝ガチだった!! 〈発狂〉デスロのクリア者と、スウは同一人物だった!!❞
❝ほら、言っただろ!❞
❝(゜ꇴ゜)つ [旧1億ジンバブエドル]❞
❝やっぱ〈発狂〉デスロをクリアした奴は、実戦でも化け物なんだな❞
「コ、コメントには返信したほうがいいのかな?」
生放送するのは初めてだけど、他人の生放送は何回も見てるからコメント返しするのは知ってる。
それにずっと視聴者であった私は、視聴者として書いた自分のコメントにお返事が来ると、心がポカポカするのも知ってる。
八街さんが、スマホで何かのを操作しながら頷く。
「ですね、返したほうが良いと思います」
❝もう一人、女の子が居る?❞
❝カメラマンさんも女の子なのかな❞
❝主、女子高生っぽいから、友達と仲良く配信してるのかも❞
え? 八街さんと私が友達だなんて「えへへ」照れるなあ。でも八街さんに悪いから変なこと言っちゃだめだよ?
ちなみに八街さんの声は、ボイスチェンジャーが掛けられている。有名人だし、事務所から許可降りてないから勝手に生配信に出ちゃ駄目らしい。
対して私は顔面を晒すのに、声だけ変えても今更という事で変えていない。一般人だし。
えっと、どのコメント拾えば良いのかな。
じゃあ・・・、
「体の操縦桿ってなんですか?」
私がコメントを拾うと。
❝ワロ❞
❝wwwwwwwwwww❞
❝ワロワロワロ❞
❝大草原❞
なんかウケた?
でも、なんか八街さんは苦笑い。
このコメントの笑いは、もしかして全部苦笑い!?
八街さんから、耳に掛けてるVRイヤーギアに通信が来る。
『そういうコメントは、拾わなくて良いですから』
「え、え?」
『ほ、本当に分からないんですか!?』
「えええっと・・・」
『エッチな内容なんですよ。鈴咲さんって、どんだけ箱入りなんですか!』
私は箱入りというのを思いっきり否定するため、頭を竜巻のように振るう。
「た、多分。話す友達が居ないから、エロ話とかしないから―――」
『・・・・なるほど。これは重症ですね・・・』
はい、すずさ菌の
コメントに人間の操縦桿に対する説明が、たくさん流れてくる。
うわあ・・・・そういう意味だったの?
❝確かにこんな可愛い子に握られると、操縦されてしまう❞
❝やめろ、想像するからwww❞
「す、すみません今のコメント拾いは無しで!」
スワローさんの操縦桿を握れなくなるからやめて!?
自分で拾ったんだけども。
❝純情過ぎるw❞
❝スウは俺が護る! お前ら変なコメントするなよ!!❞
❝ユニコーンが現れたぞ!❞
❝同じ処女厨でも、俺はヴァンパイアだ!w❞
❝スウたん真っ赤になって、めっちゃ可愛い!❞
というか天パの癖に一重で、顔に縦線入ってそうなへちゃむくれの私を可愛いという人は、眼科をおすすめする。
急いで他のコメントを拾おう。
「えっと、カメラマンさんが居ます。でもドローンだけの撮影もするらしくて宇宙空間にも配置するらしいです。それから、大事な事なんですけど・・・・この顔は作り物です・・・カメラマンさんが、お化粧とか上手いので」
❝普通に可愛いって❞
❝自信持って!❞
なにこれ、コメントが暖かくてポカポカしてきた。
❝持ってるスキルとか、ステ振りとか、携帯してる武器とか教えて❞
「えっと、スキルは〖奇跡〗っていう、なんかアイテムが手に入りやすくなるのを一つ。あとはステ振りも携帯武器もないです」
これに対してコメントが一斉に反応する。
八街さんもカメラの向こうで、ポカンと口を開いている。
❝は?❞
❝〈錯アト〉連続撃破の動画見たけど、あれを戦闘スキルもステ振りも無しでやってたの!?❞
❝どうなってんだよ、あの操縦をほぼ人間のスペックだけでこなしたのか!?❞
❝ガチもんの人間卒業者じゃん❞
❝怖いって、こんな気の弱そうな女の子がトップガンとか怖すぎるって❞
❝『そうはならんやろ・・・』❞
❝『なっとるやろがい・・・』❞
❝・・・なんでそんな事になったんや?❞
「え―――えっと私、訓練シミュレーターにあったクエストにハマっちゃって。訓練だけをずっとやっていたので勲功ポイントとかほぼ初期値だったし、アイテムとかスキルとか増やす機会も無かったんで」
ちなみ勲功ポイントは、ステータスアップや武器、兵器など軍用アイテムと交換できる。
スキルは、
アイテムは、モンスターから入手できるらしい。
あと連合クレジットで、普通のお店から品物を購入したりも。
❝動画説明欄の「3年間頑張りました」って、そういう事!? ―――ずっとそれだけ?❞
「は、はい、3年間ずっと」
❝ヤベェ❞
❝でも、3年であそこまで凄いことになるかな?❞
❝VRトレーニングは3倍の時間訓練できるから、実質9年だぞ❞
❝9年――まじかよ・・・❞
❝俺VRトレーニングを長時間やってたら、クラクラするんだけど❞
❝そりゃ3倍の速度で脳を動かすわけだからなぁ❞
「あ・・・小学校3年生くらいから、戦闘機のFPSにのめりこんでました――それもあるかも?」
❝そういえば、エア・マーベリック・オンライン3にスーっていう凄腕プレイヤー居たけど・・・❞
❝あー、有名な人だよな。プロ涙目の人❞
❝まさか、な❞
❝あ・・・察し❞
スー――た・・・多分私だ。友達いなかったからやる事なくて、ずーっとやってたから。
勉強をおろそかにしてたくらい。
でもイルさんのお陰で、偏差値高い高校に首席合格できるようになった。
あと勉強を訓練シミュレーターの中でやってたから、マジに他人の3倍努力できた。
本当にありがとう、イルさん。貴方が居なかったら私どうなってたか――学業的にも孤独的にも。
❝―――なるほど❞
❝総フライト時間とんでもなさそう❞
「VRは24000時間です」
あ、コメントが止んだ。
ドン引かれた!?
FPSの時間も加えたら、30000時間超だけど引かれそう・・・・言わないほうが良さそう。
❝24000て・・・なんだよそれ❞
❝・・・・そりゃ化け物が生まれるわけだわ。俺らが外で冒険している間に、シミュレーターでこんなヤバイ生き物が
❝怖い❞
うわあ、引かれてる・・・・それに話してるだけだと、視聴者さんに飽きられちゃうかも。
・・・話題を変えよう。
「そ、そろそろ戦闘とかしてみますか?」
❝待ってた!❞
❝スウたんの、操縦テクニック見たい❞
「っと、射手座αの方角に向かえば良いのかな」
そこで、八街さんのスマホが震えた。
八街さんは器用に私をカメラに収めながら、スマホをチラリと見た。
そして、顔色をサッと青くする。
「どうしたのカメラマンさん」
「あ、えっと―――」
言い淀む八街さん。
「――ちょ、ちょっと今日はわたし、カメラマンできるのここまでかもしれません」
「そ、そうなの?」
八街さんが、心配そうにスマホを何度もチラチラと見る。
そして、私を一瞬見た。
これって――
「もしかして、私が力になれる?」
八街さんが、歯を食いしばってから思い切ったように口を開く。
「クランメンバーが無数の小型機に囲まれてるんです――わたしの機体、2つともこの間のイベントで壊れて、修理中で」
「・・・なるほど」
「ごめんなさい。助けてください、スウさん!」
「もちろん―――っ!」
八街さんは、状況をこう語った。
「中学生のクランメンバーの一人が、この間のイベントで勲功ポイント0になって、借金を抱えてしまったんです。それで彼女を助けるためにクランメンバーが動いていました。ところが、彼女と、彼女を助けようとしていたメンバーが危険宙域で無数の小型機に囲まれてしまったんです」
無数の小型機・・・・首領死路蝶の〝最終章〟には無いシチュエーションだけど、前半2、3章には有った。
「まかせて」
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