第2話 訪問(A2パート)小学生の忍

「ちなみに何枚の模写を描かせたのですか」

 ひめがきゆいが問い返した。


「えっと怪盗コキアの犯行は四度ですが、そのうち三度模写を依頼しています。噂で聞いたところによると、残る最初の事件である高山西南氏もよしむねに模写を依頼していたそうです」

「ということは、そろそろ覚醒するかもしれませんね」

「覚醒、ですか」


「ええ。それまで継続的に絵を描いてきた人は、ブランクがあっても描き続けているうちに以前の技術を取り戻すことが多いんです。もちろんブランクでまったくダメになる人のほうが割合としては多いんですけど。義統さんは怪盗コキアに盗ませるくらいには似ている絵が描けるのですよね。であれば画力は戻りつつあるのではありませんか」


 たま警視は思い出したようだ。

「確かに描くごとに似てきたような気もしますね。ただ、我流だと言っていましたから、できれば有能な師匠に恵まれるとよいのですが」

「そうですか。まあ小学生でのあの出来栄えにどこまで近づけるのか。大いに楽しみですね」


 駿河するが刑事は現状を整理しようと考えたが、玉置警視が言葉にした。

「ということは、小学生のときの義統くんの絵を観たことがあるのは、私と駿河くん、そして姫垣さんですね。なつさんとはままつくんは初めて見ることになる。最近の模写は私と浜松くんと駿河くんだけ。駿河くん、あとで小学校に電話で確認するように。あれからずいぶん年を経ているので、まだ残っているかは怪しいからね」

「わかりました、玉置課長。あとで連絡先を調べて問い合わせます。おやっさんもきっと度肝を抜かれますよ。とんでもなくレベルの高い絵ですから」

「しょせん小学生の絵だろう。その後高校生のときに模写したそうだから、そちらのほうがレベルが高いのではないのか」


 浜松は目で見たものを信じるタイプだ。噂に踊らされることがなく、美術品の良し悪しも自分なりの価値観を有している。


「それがほぼ完コピなんですよ。模写を小学校へ寄贈して、警察が本物を取り返して突き合わせたら、どちらが本物かわからなくなった、との曰く付きですからね」

「本当なんでしょうか、玉置課長」


「浜松くん、あの絵を観たら世界が変わるぞ。義統くんが怪盗コキアだと聞かされても納得してしまうくらいだ。高校当時の義統くんはまさに神がかっていたからな。彼が断筆していたと聞いて惜しむ気持ちが強かったが。怪盗コキアとしてでもいいから絵を描き続けてほしかったくらいだ」


「課長は義統くんが怪盗コキアならそれでもよいとお考えなのですか」

「散逸した義統コレクションの正当な継承者なのだから。本来の持ち主がコレクションを回収しているだけ、ということになる。確かに窃盗は犯罪だが、もとを正せば彼のものだ。今の所有者と話がつけば、義統くんが持っているほうが納得できる」


 これは玉置の思いつきだったが、概ねそのとおりのことが行われているのである。

 ただ、義統コレクションを強奪した組織があるというのは想像のらちがいだったろうが。



 忍は自宅で駿河刑事からの電話を受けた。

〔義統、今度お前の小学校へ行って、寄贈された作品を見学しようって話になったんだが〕

「何年前の話だよ。小学校に問い合わせても、もう原本は残っていないだろうに」


〔いや、それがな。まだ本物を飾っているんだそうだ。で、模写のほうはお前に返したって聞いてな。それを持って小学校に来てほしいんだけど〕

「模写をどこに置いたか、記憶にないんだけどな。で、小学校へ見学に行くのは何人なんだ」

〔警察からはうちの課長の玉置警視とおやっさんと僕。あとは芸術家協会の夏目会長と姫垣副会長だな〕

 絵画の専門家がふたりか。もし模写を持っていったら、なにを口走られるかわからない。用心に越したことはないか。



 忍の出身小学校を訪問するにあたり、玉置警視が忍に連絡してきた。

〔義統くん、今週中に君の出身小学校を訪ねるつもりだよ〕

「はい、駿河から話はうかがっています。もしあのときの模写が必要だとしたら、少しお時間をいただきたいのですが。どこにしまったか失念しておりますので」

〔あれだけの傑作がとるに足らない代物ってことはないだろう〕

「いえ、私はもう絵の道は挫折していますから。玉置さんや駿河から模写を依頼されて描いていますが、私自身似ていないことに落胆するばかりです」


〔そうかな。私には描くごとに腕を上げているように見えるのだが〕

「少しずつですが感覚が戻っているのかもしれません。でも、自分の美意識からすればまだまだ及んでおりません。やはり母は父が結婚したいと惚れ込むだけの才能を持っていたのでしょう。それで、模写は必要ですか」


〔せっかく電話をしたんだ。可能であれば持ってきてもらいたい〕

「わかりました。それでは今から家探しして見つけたいと思います」

〔必要であれば駿河くんと浜松くんにも手伝わせるが〕


「そこまで甘えるわけにもいきません。すでに捨ててしまった可能性もありますので」

〔あのレベルの模写を捨ててしまえるほどの才能を今も持っているのかい〕

「一度は閉ざした絵画への道ですから、禍根を断ちたかったという気持ちから、かなりの絵を処分しましたので」

〔惜しいな。処分したいのなら私にも声をかけてくれたらよかったのに。私は君の絵を高く評価しているのでね〕

 玉置警視は初対面時から忍の才能を高く評価していた。


〔芸術家協会の重鎮と話をして、君が怪盗コキアではないか、という話になったのだが〕

「私には瓜ふたつほどの絵は描けませんよ。それに私が怪盗コキアだったとしたら、警察から模写の依頼があった段階で持ち逃げするとは思わないんですか。もしくは模写した絵と交換するとか。やり方はいろいろあるはずです」


〔それもあるが、怪盗が名指しで奪いに来る絵の作者は誰か。世間に知れ渡るわけだから、名前が知られて儲けられるのは義統えつが遺した作品を売りに出すときに高値をつけられる点にある。現在最も義統悦子の作品を持っているのは義統くん、君だ〕

「なるほど。ですが、僕は母の絵を売るつもりはありませんよ。あくまでもコレクションとして維持管理をしたいだけです。義統コレクションを強奪した美術窃盗団なら、高値で売りさばくために自作自演している可能性が高いと思いますよ」


〔ふっ、義統くんの言うとおりだ。義統コレクションを売ろうとしているのは、強奪した美術窃盗団に違いない。ということは、これからもどんどん義統悦子の作品を売りさばくと考えられるわけか〕

 玉置警視をうまく誘導して、忍は疑いを逸らせた。





(第1章B1パートへ続きます)

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