怪盗コキア〜射手座の翼
カイ艦長
怪盗コキア〜射手座の翼
第1章 訪問
第1話 訪問(A1パート)夏目と姫垣
過去四度の犯行により、「怪盗コキア」の名は
実際にどのようなことが起こっているのかは、所有者にも警察にも詳しくはわからなかった。ただ、危険を冒している割に尻尾をいっさい掴ませないことから、逮捕もひと筋縄ではいかないと思わせた。
芸術家協会の事務所において、警視庁捜査三課の
「怪盗コキアについて、日本画壇の重鎮でいらっしゃる
玉置警視が切り出すと、かくしゃくとした夏目雪平が白くて長い顎髭を撫で始めた。
「怪盗とやらは、どのような作品を狙っているのですかな。それによって素性もわかるのではと思うのだが」
玉置警視は浜松刑事に視線を投げた。
「私からお答えいたします。怪盗コキアは過去に四度現れております。盗まれた四枚の絵の共通項があるとすれば、散逸した
「義統コレクションといえば、パトロンとして名を馳せた義統
物腰の柔らかな姫垣唯南の言葉に浜松刑事が続けた。
「はい、義統傑氏はすでに亡くなっております。現在はその息子である義統
「では散逸した義統コレクションをその息子である義統忍とやらが奪還しているのではないのかな」
夏目の言うこともわからないではない。警察も当初は忍こそが怪盗コキアだと疑っていた。
しかし、画家・義統
忍が本物だと太鼓判を押す絵が盗まれ、返ってきた絵も間違いなく本物なのだから、忍が怪盗コキアであるとは考えられないことだった。
もし忍が怪盗コキアであれば、自ら本物を盗んでは返還するという非効率的なことを行っていることになる。
駿河刑事が口を開く。
「僕は義統忍と高校の同級生でしたが、彼に犯行は不可能です。現在は体育教師として働いておりますし、絵を真剣に描いていたのは中学生くらいまでで、高校からはお遊びでしか絵を描かなくなったそうですから。なんでも小学生の頃に内閣総理大臣賞を獲ったことで達成感を覚えたそうなので。おそらく燃え尽きたのでしょう。義統コレクションを継いだのも父親の遺言だったからであり、その管理は他人に委ねていると聞いております。彼にはすでに絵への執着はないと考えております」
夏目は目を閉じた。過去へ思いを馳せているのだろう。
「義統忍、か。そういえば、私がまだ一協会員だった頃に、有名パトロンの息子が描いた女児の肖像画が話題になったことがあるな。たしかあの絵が内閣総理大臣賞を獲ったと耳にした。私の師から聞いた話だが」
「私はその絵を観たことがございます。とても小学生が描く絵のレベルではありませんでしたわ。あれほどの画才が朽ちてしまったとは、画壇は貴重な才能を逸してしまったのでしょう。惜しいことをしました」
重鎮の姫垣からしても惜しまれるほどの画才だ。もし忍が今も絵を描いていたとしたら、どれほどのレベルになったのだろうか。玉置警視が続けた。
「実は、私もその絵を観たことがあるのです。というより、その絵は彼の自宅で観たのですが。小学六年生の頃に描いた女児の肖像画が小学校に寄贈されたときに、一度盗難に遭ったのです。そこで当時高校生だった義統くんに伝えたところ、代わりにと絵の模写を一枚描いてくれたことがあります。幸い、盗まれた絵はわれわれ警察が取り返して小学校へ戻されました」
「内閣総理大臣賞を獲った絵ではないものの、女児の肖像画と代わりに描いた絵は今もその小学校にあるのでしょうか」
「どうでしょう。とりあえず本物は小学校へ寄贈し直したはずです。模写を処分したいときは義統くんに申し出て、彼に返却するよう申し伝えてありますので、小学校か義統くんか、どちらかのもとにあるはずですが」
姫垣はうんうんと頷いている。
「わかりました。後日その小学校を訪問いたしましょう。夏目さんも一緒にいかがですか。あれだけレベルの高い絵は、とても小学生に描けるものではありませんよ。今も絵を描き続けていたら、きっと世界に名を残す活躍を見せてくれたはずです」
「そうですな。この歳になると小学校に行く機会もまったくありませんしな。孫も小学校はすでに卒業しておりますし」
「そのときは僕も連れて行ってもらえませんか。その絵をご覧になって、おふた方がなにか思いつかれるかもしれませんので」
「よかろう。そちらの警察の方、お名前はなんと申すのかな」
「駿河と申します、夏目様」
「駿河さんは二枚の絵をご覧になったことはあるのですか」
「はい、玉置課長が申した事件の際に高校で義統と同級生でしたので。義統とその小学校へ赴いて、写真をお借りしたんです。それを元に忍が模写を作りました。もう、元の絵と瓜ふたつじゃないかというくらいの出来栄えでした。同じく同級生だった秋山さんという女子生徒もその絵を見ています」
「確かに義統くんはあの頃、積極的にではないものの絵を描いていたようです。画材自体は家にあったそうですから、あとは描こうとする意志があったかどうかですね」
玉置は忍と出会った当時を思い返していた。
まさに天才少年の域に達していたのに、なぜ絵を描かなくなってしまったのか。いつか彼から直接聞いてみたいと思っていた。今回その機会が巡ってきたのかもしれない。
「所有者の要望で、怪盗コキア対策として義統悦子の作品の模写を彼に頼んだことが何度かあります。本物ほどではないにしろ、かなり似ている作品を描いていましたよ」
「ということは、まだ趣味で絵を描いている可能性もあるのか」
浜松刑事の言葉を駿河刑事が拾った。
「どうなんでしょう。もし高校当時の画力が残っているのなら、もっと似ていて不思議はないんです。あの頃は美術の教科書に載っていた名画を完コピしていましたからね。まるで観たことのない本物を観ているかのように」
「私も義統くんのその義統悦子作品の模写を観ましたが、確かに高校当時の画力には程遠かった印象があります。少なくとも描き続けてはいなかったようです」
玉置警視は忍が絵を描き続けていないだろうと想定していた。
だから、模写を依頼して完成画を見たときには、若干の落胆を隠せなかったのだ。
(第1章A2パートへ続きます)
次の更新予定
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