第13話
志賀は結構背が高い。外出時はいつも羽織っている薄手のロングコートの裾が、綺麗に翻ってよく似合うくらいに。
「志賀って何センチ?」
「身長? 百七十八」
ほら。アタシと二十五センチ差だ。ヒールを履いていないと顔が遠いと思った。
「モデルみたい。もっとお洒落すればいいのに」
細いし。顔だって悪くない。たぶん、クラスにいたら男子の中で一番格好いいって話題になりそう。
「興味ない」
それなのに、志賀はそんなことを言う。
「何でー?」
「俺はお洒落する方がどうしてなのか気になる。信用商売だから見た目を悪くしていいことなんて一つもないけど、悪い印象さえ持たれなければ無難でいいでしょ。目立つ方が動きづらい」
正論だとは、思うけれど。なんというか、こういうのを可愛くないって言うんだと思う。
「それでいつも『親に紹介できる彼氏全国ナンバーワン』みたいな格好してンのか」
「は?」
志賀は訳が分からないというような顔をした。
「あー、これがトゥンカロン。マカロンの進化系じゃん」
店に辿り着いた志賀はショーケースを覗き呟く。
「そうだよ。可愛いでしょ?」
「よし、分かったから帰ろうか」
「なーらーぶーのー! 食べなきゃ分かンないだろ!」
「味は想像つくって!」
行列を見て引き返す志賀を引っ掴んで連れ戻す。持ち帰りだし、長い行列に見えてもこの分だとすぐ買えるだろう。
「日野さんはほんと甘い物好きだね」
「志賀はそうでもない?」
「カレーの方が好きだなあ」
「唐突にカレー。辛口?」
「うん。施設を出てから、この街のいろんなカレー屋さんを巡った」
「アタシはカレーなら家で作ったのが一番だな」
「俺は掃除洗濯は最低限できるけど料理はできないから。施設では三食出てきたのを配膳するだけだったし」
施設の話が出て、内心迂闊だったなと思った。志賀は、家のカレーの味なんて知らないのかも。
「家を出る前にお母さんに作ってもらった味は覚えてない?」
「そうだね、流石に。当時は甘口だったんじゃないかと思うけど」
「じゃあアタシが作る味と似てるかもね。うちは超甘口!」
「お子様の舌だね」
志賀は事務所を出てから初めてふ、と笑った。
トゥンカロンを二つ箱に入れてもらってアタシが受け取る。天気がいいからそこの公園で食べようと誘った。休みの今日は親子連れでいっぱい。志賀は叩き起こされたバンパイアみたいに眩しそうに目を細めている。
「ベンチ空いてないよ」
「いーよ、ここで」
芝生に腰を下ろす。
「日野さん、躊躇いなく地べたに座るなあ」
そう言いながら志賀もアタシに倣った。
「じゃーん。初トゥンカロン、どうぞー」
箱を開けて志賀に向ける。
「いただきます」
最初の一口を頬張って咀嚼するのをじっと見ていたら、目が合った。
「おいしいね」
微笑まれる。いただきます、と手を合わせてアタシも手を付けた。
ぺろりと食べきってしまって、口の中の甘いクリームの味を名残惜しみながら口を開く。
「で? さっきイヤリング届けた時、なんかあった?」
志賀は目を丸くした後で破顔した。あはははは、としばらく話すこともできずに笑い続ける。
「何もないって言ったのに! どうして日野さんは超能力もないのにそんなに分かる訳?」
志賀はまだ笑いながら尋ねてきた。こんなに笑っているのは、雨の中追手を撒くのに二人で走ったとき以来の気がした。
「普通だよ。志賀が超能力に頼り過ぎて人の感情の機微に疎いだけ。普通の人はみんなこうやって社会で生きてンだ」
トゥンカロンの箱を畳みながら答える。
「そっか。普通か」
志賀は笑いを納めた。あ、アタシ、また失言したかな。志賀に隠れて苦い顔をした。
「ごめんね。せっかく仕事が終わったのに、言ったら日野さんにも嫌な思いさせちゃうかなって思って言わなかっただけなんだよ」
知らなければ幸せでいられる。志賀がぼそりと呟く。
「でも、余計に気を遣わせちゃったね。はー、俺そんなに分かりやすいかな。雇い主として気をつけます。
イヤリングを届けるときは何もトラブルはなかったよ。俺が勝手に『見ちゃった』だけ。あの人が、昨夜あのイヤリングを着けて浮気していたのを」
「んん?! 浮気って、依頼者の夫がじゃなくて依頼者自身が?!」
「そ。俺たちがホテルの前で夫の方を張ってる間にもね。あの奥さんは自分も浮気してたって訳。珍しいことじゃないよ」
志賀は自分に言い聞かせるように話した。
「珍しいことじゃない。俺が勝手に、役に立てたって思ってただけ。気の毒な婦人を助けられたと思っていたけど、本当は悪事に加担したのかも。もしも夫は妻の浮気に気付いてもいないのだとしたら、本当は同罪なのに夫ばかりが責められるよう裁判の手助けをしてしまったのかもしれない」
「はー……」
ため息を吐きながらアタシは立ち上がった。
「どっちも浮気って、ほんとしょうがない夫婦だな!」
呆れて大声が出る。
「そンなの、志賀は知るはずもなかったんだから何も悪くないだろ」
志賀はぽかんとした後、アタシを見上げながら苦笑した。
「日野さんの言った通りだね。話せば楽になるって」
どーでもいいことに思えてきた! と志賀も立ち上がって伸びをする。
「だろー?! 人間ってそういう風にできてンだきっと」
「日野さんは眩しいね」
帰路に着きながら、志賀は目を細めてアタシを見た。
「よく言われる。金髪だからな」
志賀はなぜか吹き出していた。
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