三章、嘘八百

第7話

チャイムが鳴る。もう少し授業を進めたそうだった教師は、アタシたちの「早く終われ」と祈る圧に負けて諦めたような表情で授業の終わりを告げた。

 一斉に椅子を引く音が響く。先の休み時間に早弁をとっくに済ませており部活の昼練に行く者、購買に走る者、仲の良い友達と机を寄せ合ってお弁当を食べはじめる者。

 アタシは席を立ち、巾着袋を掴むと一人教室を出た。同じクラスにアタシと話したがるやつなんていない。廊下を歩いていても、視線を逸らされる。誰彼構わず殴ったり絡んだりなんてしたことないンだけどな。

 グラウンドの校舎から真反対の隅。少し歩いて辿り着く先に、ぼろぼろのプレハブ小屋がある。新しい部室棟ができて、もう行事の前にだけ創作物の物置としてしか使われていない場所。トタンで壁と屋根があるだけのそこは、夏は暑くて冬は寒いけれどその居心地の悪さで人が来ないから、アタシにとっては居心地が良かった。

 昼休みさえここで過ごせれば、あとは授業だけ座って受けていればクラスでの居場所のなさなんて気にしなくとも学校は終わる。床の埃を払い、胡座をかいてスカートの裾を直した。

「かりん〜!」

 昨日の晩ごはんを詰め込んだお弁当を開けようとしたとき、騒がしい声が聞こえてくる。

「お疲れ」

「お疲れ! あのさあ聞いてよ!」

「聞くから座りなって」

 パンツが見えそうなくらい短い制服のスカートを履いた少女が予想通りに飛び込んできた。日差しに埃が舞うのが見えて、自分の前の床を示す。「座ってなんてらんない!」と彼女は落ち着かなかったが、焦ったようにぺたんと腰を下ろした。

「彼氏できたンだー! それがね、もう超かっこいいの! 今までの彼氏よりずっと大人で」

 嬉しそうだからそんなことだろうと思った。

「アリサ、この前別れたばっかじゃなかった?」

「お互いにね、一目惚れしちゃったー! もう、バチーン! って目が合った瞬間だったよ! 恋ってねえ、時間じゃないのよ!」

 甘そうな菓子パンばかりを床に並べ、夢見る瞳が斜め上を見上げる。

「よかったね」

 あんまり楽しそうなのでそう言うしかない。いつも通りならまたひと月ほどで別れて地獄のような顔をするんだろうけど。

「かりんは? かりんは好きな人できてないの?」

 毎日のように聞かれてもアンタじゃあるまいし答えが変わる訳ないだろう。そのはずだったのに、ふと雨の夜の情景が浮かんだ。

 ガラの悪い男に殴られそうになったとき、間に割って入ってきた背中。……アタシ、「邪魔ァ!」って叫んじゃったんだっけ。あれに一目惚れ? ないない。

「いないよ。バイトで忙しいし」

「そんなにお金って要る〜? 十代は今だけなんだから、青春しなきゃ勿体ないのにぃ。かりん、お昼もお弁当だし服もプチプラじゃん。何に遣ってるの」

「貯金。バイトが楽しいだけだよ。部活が楽しいみんなと一緒で」

 運動部の昼練の声を聞きながらお茶を飲む。

「今は何のバイト?」

「……飲食」

 あのおかしな探偵業のことを説明しても納得してもらえる気がしなかった。アタシ、嘘ばっかりだな。

「かりんのバイト先行きたいのにぃ。いつも教えてくれないよね」

「恥ずいし」

「あ、でもね、来週の夜は空いてる? 雫さんがね、東町の奴がちょっかい掛けてきてるから抗争に顔出してほしいって」

 世話になってる先輩の名前を出されると弱い。来週だってもちろんバイトで稼ぎたい気持ちはあるけれど、自分の戦力をあてにされていることも分かっていた。

「行くって言っとく」

 スマホのチャットアプリを開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る