第5話

最初は日野さんにホームページの作り方を隣りで教わろうとしたものの、基本のパソコン操作や用語すら知らない俺に彼女が痺れを切らし、「パソコンの初歩的な使い方なら後で教えるから、先にホームページはアタシが作る」と言われてしまった。大人しく事務所の掃除をしているとテーブルの上の固定電話が鳴る。

「はい、志賀探偵事務所です」

「あの、初めまして、山中と申します……! すみません、知り合いがこちらに助けて頂いたと伺いまして。依頼を受けて頂けるかどうか伺いたいんですけども……!」

 焦りや緊張の伝わる女性の声がした。日野さんも手を止めてこちらの会話を気にしている気配がする。ボールペンとメモを手に取った。

「はい、お電話ありがとうございます。どのようなご依頼でしょうか?」

「猫が昨日から家を出て帰ってこないんです。飼ったときからずっと家の中で飼っているのに、昨日は引っ越しの業者が来て作業をしていたら驚いて飛び出していってしまって。こちらで以前知り合いが猫を見つけて頂いたと話していたので、思い出してご相談しようと思ったんです」

「承知しました。猫探しのご依頼ですね。今すぐにお受けできます。どちらで詳しいお話を伺いましょうか。事務所でも構いませんし、ご自宅か、もしくはご希望の場所があればそちらまで伺うことも可能です」

「ありがとうございます……! 普段の様子なども説明がしやすいので、今からお伝えする自宅の住所まで来て頂いてもいいでしょうか」

「はい……はい、分かりました。今からですと、三十分後の十二時ごろに伺いますね。他にご質問はございますか?」

「あの、大変不躾な質問で申し訳ないのですが。このように探偵さんにご依頼するのが初めてで……。費用というのは、大体いくらくらい掛かるものなのでしょうか?」

「実働時間に対して一時間あたり三千円を頂いております。依頼達成時にのみ頂きますのでご心配は要りませんよ」

「本当ですか?! ああ、安心しました……! ありがとうございます。それではよろしくお願いします!」

 電話を切って、依頼が入ったから出るよと伝えようと日野さんを見れば彼女は呆れかえっていた。

「一時間三千円?! しかも達成時のみ?!」

「そうだけど?」

「馬鹿じゃないの?! ほとんどタダ働きじゃない。よく生活できてンな!」

「ちゃんと達成すればいいだけだよ」

「百パーセントって訳にいかないでしょう。ホームページ作るのに他の事務所も今沢山見比べてるけど、どこも働いた人数分の働いた時間にかかる費用と、それに加えて成功報酬を取ってるんだよ」

「ふーん、そうなんだ。それじゃあ依頼する人は上手くいかなくてもお金を払わなきゃいけないじゃん」

「そういうもんなんだって!」

「力になれなかったらお金を貰う気にはなれないな」

 ジャケットを羽織り、薄手のコートを羽織る。スマホと財布をポケットに入れて、事務所の鍵を持って。

「ほら、早く行くよ。すぐに出るつもりの時間で先方に伝えたんだから」

 振り返りまだパソコンの前にいる日野さんに声を掛けると、「保存とシャットダウンっていう作業がいるんだっての……!」と従業員とは思えない返事が返ってきた。彼女に任せきりにしているので文句は言えない。

「こっちはアンタが生活できてンのか心配してるってのに!」

「ま、ご覧の通りのボロビル内のテナントですが。生活はできてるよ。日野さんの給料も保証するから安心して」

 ちっとも安心できない、とぶつくさ言いながらも彼女は俺に付いてビルを出る。

 いい天気の繁華街。こんな明るさは似合わない店の数々はどこも閉まってシャッターの鼠色だけを見せている。駅からは離れて坂道を登り、どんどん閑静な住宅街へ。

「歩いて行くの?」

「近所だからね。交通費節約。日野さん、今日はヒールじゃないし歩けるでしょ」

「ヒールでも走らせるくせに」

「ああ言えばこう言う……」

 思わず呟けば大きな目が恐ろしい形相で睨み上げてきて、すぐに目を逸らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る