1-11
そこは、オールドウォール通りの中心部。大男トーマスは怯えていた。ひどくひどく怯えていた。トーマスの今日の仕事は、大型のガスランタンを足元に置いて、ただここに立っているだけ、というものだった。報酬は悪くない。
しかし、そこにはなんとも不気味な空気が漂っていた。邪悪な魔物が吐く息に、体が飲み込まれる、そんな気分にさせられた。
トーマスは緊張をほぐすために、鞄からコミック〝バットマン〟を取り出した。コミックをぱらぱらとめくる。バットマンとミスター・フリーズが対戦する話だった。トーマスの好きな話だ。だが、まったく物語に集中できない。コミックを握る手は、かたかたと震えていた。
トーマスの精神は、言い知れぬ強烈な寒さに包まれていた。
ゼインは鷹のように鋭い目つきで、その大男を凝視していた。
突っ立って何かを読む、無警戒な大男。背はこちらに向けられている。
絶好の獲物だと思えた。まるで神からの贈り物……。
ゼインは思う。
この1週間で2回しくじった。またしくじれば、あいつらはおれをお払い箱にするだろう。
もう、2度と失敗はできない……。
ゼインは、冷たく重い斧の柄をぎゅっと握りしめる。手のひらが汗ばんでいるのがわかる。
ゼインは完全に足音を消し去って、一歩一歩、慎重に進んでいく。
大男との距離は、少しずつ短くなっていく。
おまえは、おれのものだ。いま、狩ってやる。おれの斧がもたらす甘美な痛みを味わえ。
大男まで6ヤード(約5.4メートル)のところまできた。
さあ、おまえは、おれの――
そのときだった。目が潰れそうなほどに眩しい光が、ゼインを襲った。
うわあ!
前方左から、オオカミの咆哮のように太く力強い声が聞こえた。
「警察だ! 動くな!」
ウィルソンCQBに取り付けられたシュアファイアX300から放たれた1000ルーメンの光が、爆発がごとくに犯人を襲ったのをジェフは確認した。犯人は彫像のように動かない。いや、動けないのだろう。
ジェフは犯人に銃の照準を合わせたまま、大男トーマスに言う。
「トーマス! きみはもう行っていい! さぁ、走って!」
大男トーマスは、そそくさと走り去っていく。
ジェフは、犯人を凝視する。特大の斧をもった中背の男だった。
ジェフは、こちらの優位性を相手にしっかりわからせてやる必要があると判断した。
ジェフは暗闇でも視認しやすいファイバーオプティクスのサイトを、犯人の斧に合わせる。
彼は引き金を引いた。
ウィルソンCQBから発射されたウィンチェスター製185グレイン・シルバーチップ.45ACPが斧に命中し、その武器は弾き飛ばされた。
ジェフは大声で言う。
「こちらの腕前はわかったろう! 逃げようとしたら足を撃つからな!」
ジェフは銃を構えたまま、ゆっくりと地を踏みしめるようにして犯人に近づく。
犯人は体を屈めたままで、動こうとはしない。
犯人から3ヤード(約2.7メートル)のところまできた。そこで足を止める。
ウィルソンCQBの銃口は、しっかりと犯人の頭に向けられている。
犯人は動揺と敵意が入り混じったような目で、こちらを見ていた。
ジェフは言う。
「いいか、わたしは中央自治政府から与えられた権限により、犯罪者を自己判断で処罰することができる。つまり、この場でお前を射殺することもできる。殺されたくなければ、わたしの質問にしっかりこたえろ」
犯人は、がさがさのだみ声で応じる。
「ああ、わかったよ、なんでも答えるから殺すのだけは勘弁してくれ」
「よし、それでいい。お前の名前は?」
「ゼインだ」
「その調子だぞ、ゼイン。大事なことを聞く、エイミーは生きているか?」
ゼインはなにかを考えるように、目をきょろきょろとさせた。
「エイミー? 誰だそいつは?」
「お前が襲った、酒造工員アベル・ラッドの娘だ。iPhoneを持った少女だ。おまえ、その子をさらっただろう。エイミーはまだ生きているのか?」
ゼインは目を見開く。
「ああ、あのガキか。まだ生きてるぜ」
ジェフはウィルソンCQBの銃口を、よりいっそうゼインに近づけてから言う。
「わたしをエイミーがいるところまで連れていけ」
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