第16話 ルシアナを泣かせてみた
「⋯⋯そんな」
耳を劈く静寂の中、誰かの声が聞こえてくる。
くく、どうやらキマったようだな?
ゼフィリアンとしての、畏怖への欲求がどんどん満たされていくのを感じるぞ?
それにしても、判断が遅い。
「おい、判定は?」
例の女の試験監督に聞く。
「え? あっはい、え、Sです」
S?
⋯⋯ああ、そういやあったな、そんな設定。
設定としてはあったものの、原作ではその判定を受けたキャラがいなかったため思い出すのに時間がかかった。
たしか、D-からA+までが標準判定で、Sという特別な判定は、明らかにA+の基準から脱しているという意味だった。
上から二番目かと思って少し焦った。
だが、周りはもはや沈黙している。
言葉も出ないようだ。
いい気味だな!
しかも⋯⋯ふっ。
これで、ルシアナへにわからせは完了しただろう。
A+ごときでフロンティーヌのような笑みを俺に向けたことを存分に恥じるがいい!
そう思ってルシアナの方を見たが――
「〜〜〜」
「〜〜」
辛そうな顔をしながら、後ろに控えていた女――二人目の試験監督と思われる――に何かを告げ、奥に、逃げるように引っ込んでいった。
俺は何かと訝しむ気分になり、少々顔を顰めたが、しかし、ルシアナのある脆弱性を思い出すことで、思わずその顰めを薄い暗黒微笑に変える。
(いいことを考え付いた)
計画を練りながら、俺は、嬉々としてルシアナを追った。
}{
「《
ーサラッ
的は、音もなく、空気中に溶けるように粉となり、もともとなかったかのように崩れる。
「⋯⋯そんな⋯⋯」
その光景を、デュエラシア君主国第三王女である私、ルシアナは、愕然として見ていた。
開いた口が塞がらない。
おそらく私は、傍から見れば、間の抜けた表情をしているだろう。
だが、嘲笑う者は誰一人いない。
その『傍』にあたる生徒たちもまた、間の抜けた表情をしているから。
誰もが、とても同年代の青年のものとは思えない圧倒的な技術に茫然自失している。
「⋯⋯ッ」
下唇を噛み締める。
そうしないと、涙が溢れそうだったからだ。
パーティの帰りに襲撃され、リアに助けられて以来、私は修練に励む日々を過ごしていた。婚約者として、リアの横で、胸を張って肩を並べることのできるように。
リアに送る手紙に費やす時間は少なくまってしまったけれど、それでリアの婚約者にふさわしい人になれるのなら苦ではないと考えていた。
今日は入学試験、その成果をリアに示す絶好の機会。
私は僅かな緊張と、それを上回る期待を胸に魔法を放った。
結果はA+、凡そ魔法を使うことを生業にできる水準。
誇らしくて、それをリアに見てもらえたことが嬉しくて、思わず笑みが漏れてしまった。
だけど――。
「おい、判定は?」
「え? あっはい、え、Sです!」
「⋯⋯そうか」
S。
国に仕える高位の魔法使いの集団である魔法団という、近衛騎士に対を成す存在があるが、Sとは、それに入団可能なほどの能力を表すと言われている。
これに符号を付けることはなく、これ以上の評価はない。
片や、
もう片や、第七階位の魔法どころか
これの、どこが釣り合っていると言えるの?
自分が惨めになる。
二年間努力を重ね、やっと、あの時自分を助けてくれたリアに比肩できたと思った。
リアの婚約者として恥じのない人になれたと思った。
でも、違った。
リアは、さらに上に行っていた。
「⋯⋯お花を摘みに」
「え? ええ、どうぞ」
その後、私は、気分の悪さを訴え、高位貴族などに用意されて介抱用の個室に籠った。
そこには、ただただ私の啜り泣く音だけが響く。
しばらくして、ようやく涙が止まった。
もしかしたら、枯れたのかもしれない。
あまりのショックに、泣き終わった今でも、何もできず、呆けている時間が続いた。
何分経ったのだろう?
もう、だいぶこうして虚空を見つめている。
そろそろ、誰かが声をかけに来るかもしれない。
腫らした目元は、どう説明しよう。
そんなことを考えていると――
――ーコンコン
扉から、ノックの音がする。
「後にして」
反射的に、口から拒絶の言葉が出てくる。
「そういうわけにもいかん」
「――ッ!?」
しかし、到来した人物があまりに予期せぬ人だったために驚き、固まる。
「入るぞ」
けど、その予想外の人物、愛しい人は、そんな混乱など気にせずに扉を開け私のところへ歩いてくる。
「なんで、あんたがッ」
ああ、私の悪い癖だ。
手紙ではあれだけ愛が囁けるのに、本人を前にすると照れ過ぎてうまく話せなくなる。
昔はもっと自然に話せていたはずなのに、いつからかこうなってしまったの?
またしても、大きな自己嫌悪に苛まれる。
実力も態度も、二年前となにも変われていないじゃない⋯⋯。
しかし、そんな後悔をたぶんに孕む自己嫌悪は、リアからの、らしからぬ意外な一言に、まるで風に飛ばされる塵のように蹴り散らかされる。
「――ルアが心配だったからだ」
「ッ!?!?!?」
リアが、リアが甘いっ!?
しかも、『ルア』って呼んでくれた!?
いやいや、ていうか『心配だった』!?
「は、はあ!? なななななっなに言ってんの! そ、そんなので私が騙されるとでも!?」
ああもう!
違うでしょ!
せっかくリアが甘い雰囲気を醸し出してるのに、そんなこと言ったらぶち壊しじゃない!
私がなに言ってんのよ!
けれど、またしてもリアは想定を超えてくる。
「さっきの魔法は光魔法第七階位のものだったな。お前があれを使えることには驚いた」
「⋯⋯嫌味? あんたは、独自魔法なんて使ってたじゃない。そういうことなら出ていってくれる? 気分が――」
「――よく頑張ったな」
心臓が破裂したかと思った。
わかりやすく落として上げられただけなのに、それだけなのに、私の心は単純にも乱高下する。
上がりすぎて、周りには白い泡が弾け、頭の中はぼんやりと朧気で、夢見心地になっている。
いや、そうじゃない。
わかりやすい飴と鞭ではなく、一番の欲しかった言葉を、一番言って欲しかった人に言われたことが幸せなんだ。
そのことを自覚した時には、顔が真っ赤になっていた。
でも、あの横暴で天邪鬼な態度は引っ込んだみたい。
「⋯⋯うん」
「二年前まではなにもしていなかったお前が、この短期間でここまでの魔法を習得したんだ。正直、お前を過小評価していた。改めて―――よく頑張ったな、ルア」
「⋯⋯うん⋯⋯っ! 私、私⋯⋯!」
再び涙が出てくる。
あれ、枯れたと思ったのに。
優しく抱き寄せてくれたリアの胸で、私は、十五にもなって幼児のように泣きじゃくった。
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