第11話 一年前の出来事/偏愛するあなたへ
†国王視点
王城の一室。
そこは、陽の光の暖かさを生かした、赤をベースとする、繊細な派手さを持つ上品な執務室——
——などではなく、薄暗く、全体的に真っ黒で、壁には骸骨や異国の魑魅魍魎の仮面、ドラゴンの頭や実用性皆無な魔剣のレプリカなど、悪趣味な嗜好品で埋め尽くされている趣味部屋だ。
「くくく……」
そこで、気味悪く、籠った嗤いをあげる者がいた。
——国王だ。
「くくくくく……」
籠った嗤いをあげる。
「くく、くくく……」
籠った、嗤いを……。
「えぇーい、笑ったら登場と言ったであろう! 職務怠慢だぞ!? リチャードよ!」
せっかくいい感じだったのに、台無しだ!
これでも儂、国王ぞ!?
国王は、憤慨する。
呼ばれて、扉をすり抜けるようにして入ってきた強面な宰相、リチャードは、気怠げに答える。
「そんなことよりも、第三王女殿下のことが先決ではありませんか。あんなことがあったんですよ?」
殺傷能力の高い正論に、唸る国王。
実際、そのことを相談すると言って、リチャードに、この趣味部屋に来るよう命令した。
「でも、ゼフィリアン君優秀だしぃ……やっぱいっかなって」
立場は逆転し、気怠げに、というか面倒そうに言い訳をする国王と、憤慨するリチャード。
「いっかな、とはなんですか、いっかな、とは!」
彼らは昔馴染みで、公的でない場なら、こうして立場を気にせず、互いに自然体で話せるほど仲がよかった。
一見憤慨しているリチャードの口元にも、やがて穏やかな微笑が浮かんでくる。
「しかし、問題はあれか」
「ええ。『監視係』によると、間違いなく、彼一人だったようです」
今度は、二人して唸る、真剣に。
あれというのは、ゼフィリアンの残した手紙のことだ。
彼が、馬車をのぞき込んだ時に入れたもの。
「ふむ……まあ、本来だったらもっと本格的に調べさせるべきだが、いかんせん、立場が立場だ」
「放置するしかない、でしょう」
「……ああ」
話がまとまる。
そう思いきや。
「しかぁし! 娘の婚約者として相応しいかは、調べる! 絶対だ! こればかりは譲れない!」
同じく昔馴染みの男の息子とはいえ、これだけは、なんとしてもきっちりやる。
ゼノルベドといい、国王といい、この国の上層部には親バカしかいないようだ。
「はぁ……。それは知りませんが……なんというか、ゼフィリアン君には同情しかありません」
リチャードは、かわいい甥っ子に訪れるであろう未来に憐れみながら、部屋を後にする。
王城に仕える使用人の間では、しばらく、老人の雄叫びの噂が流行ったそうだ。
}{
「お、おう……これは……」
アクシア家、執務室。
ゼノルベドは、愛しい我が子に届いた手紙に、口元を引き攣らせていた。
手紙というのは、第三王女からのものだ。
昔から、定期的に届いていた。
しかし、一週間に一度、歴史書数冊分の文量で送ってくるもので、疲れたゼフィリアンが届き次第処理することを、使用人に命じていた。
だが、今度のは、事情が違うようだ。
「これは……挑戦状?」
そう、今までは、照れながらも愛を表現した、初々しい手紙で、若かった頃を思い出し懐旧になったものだ。
しかし……。
『よくも私の誘いをなんどもキャンセルしたわね!? しかも、直前で!
手紙も、全然返してくれないし!
もうがまんの限界だわ!
私、第三王女ルシアナは、アクシア公爵家子息、ゼフィリアン氏に決闘を申し込むわ!
場所は、……』
今までは、表紙から内容を察し、あのように思ってきたが、一転して荒々しい表紙を見て、不穏なものを感じ、開いてみた。
そしたら、これだ。
もう籠絡したのか、なんて絡んでみたこともあったが、まさかここまでだったとは……。
息子の将来が、不安になる。
「まあ、こういうのは当人で解決すべきだ……。そうに違いない」
私は知らん、と言い、使用人に、散歩から戻ったら、本人に渡すように言う。
彼は、色恋沙汰にろくな思い出がない。
貴族社会では、完璧超人とさえ言われるこの男にも、案外弱点は多いのだ。
自分でそんなモノローグをつけながら、執務に戻る。
その作業をする手は、心なしか、僅かに震えているように感ぜられた。
}{
「——
オレンジ色に輝く契約書が、赤紫に、怪しく光り、フィルョーグゼに吸い込まれる。
「お、おお……!?」
フィルョーグゼが、なにが起こっているかも知らずに、そう感嘆する。
この魔法は、
堂々と使ったのは、例の風潮に追加して、獣人という種族自体が魔法を得意としないという統計があり、悪用される可能性の低いこの国では、まだ禁止されていないからだ。
まあ、それでも宗教関係者に見つかれば即アウトなのだが、とにかく便利なので、それでも使う。
今のところ一番気に入っている魔法だ。
なお、英雄級の行使には条件があり、俺がこの魔法を使えるのは、その条件とやらが他と違うからだ。
俺はまだ、英雄級の魔法を彩なせずにいた。
「では、俺は帰る」
「もう行くのか? ついでにしばらく滞在しろ」
コーヒーを用意させ、しばらくゆっくりしたあとに、お開きを申し出る。フィルョーグゼが、引き留めようとする。
「俺は多忙だ。また来てやるから、娘との団欒はその時まで待て」
「……ああ。楽しみにしている」
危ない。
こいつは、どこまでいっても戦闘狂だ。
あと一分でも言い出すのが遅れていれば、戦闘になっていたに違いない。
娘と話したかったという気持ちも、あるにはあるだろうが、ほぼ単なる言い訳で、引き留めたのも、返事に引っ掛かりがあったのも、理由の大半は
俺は、迅速にモモの手を取り、影転移を発動させた。
}{
「お待ちしておりました」
っ!?
またこいつか、サナエっ。
付いた瞬間に、声を掛けてきやがった。
どうして転移先が読めるんだ……。
影転移自体は、もうとっくにばれていたが、しかしそれとは別に、心臓に悪い。
寿命が縮む気がする。
メイドのくせに。
「手紙が届いております」
「手紙……?」
手紙と言われても、心当たりはない。
パッと思い付くのはルシアナくらいだが、それも、以前に処分するように命じたはずだ。
嫌な予感がするが……。
受け取り、開く。
すると——。
「こ、れは……」
『拝啓
リアへ
あんたに言いたいことがあるわ!
よくも、私の誘いをなんどもキャンセルしたわね!? しかも、毎度、直前で!
手紙も、全然返してくれないし!
もうがまんの限界だわ!
私、第三王女ルシアナは、アクシア公爵家子息、ゼフィリアン氏に決闘を申し込むわ!
……〈中略〉……
……こんな手紙を書くなんて、別にあなたに伝えたいことがあるわけじゃないんだからね。ほんと、何を勘違いしてるのよ。そんなに私のことを心配してるの? ただ、少しだけ言っておかなきゃと思って、仕方なく書いてるだけなんだから!
まあ、あんたってほんとうに、気づかないんだから。私がどう思っているか、全然分かってないんだから。私はただ……別に、あんたのことなんか気にしてないんだからね。ちょっとしたことで、すぐに気を引こうとして、バカみたい! そんなこと、しても無駄だって分かってるけど、それでもやっぱり、少しだけ嬉しいって思ってるんだから。は? そ、そんなわけないじゃない! バカ!
あー、でも、あんたが他の女と話してるのを見ると、正直、なんだか胸がムカつくっていうか……まあ、別に、気にしてるわけじゃないけど。ほんとに、私はそんなことで気にしてるほど幼くないんだから。でも、やっぱり、気になるんだよね。あんたが誰かと笑ってるのを見ると、なんでだろう、ちょっと……嫉妬してるのかな? ふざけないでよ、そんなわけないじゃない! うぬぼれないでよね!
それに、あんたって、私に対してちょっと勘違いしてるんじゃないの? そんな風に優しくされても、別に嬉しくなんかないんだからね! むしろ、私のことをどうでもいいと思ってるんでしょ? だから、なんでもうちょっと私を気にしてくれないの? 私がどれだけあんたに頼ってるか、全然分かってないでしょ。そういうところ、ほんとに……嫌いじゃないけど、好きになれないところよ。
だからって、あんたと決闘なんて……しないけど。しようと思ったことなんかないけど。もし、あんたが私のことを他の誰かに取られたら、絶対に許さないからね。分かる? そのつもりでいるんだから。だって、私が一番大事に思っているのはあんたなんだから……って、何言わせるのよ!
でも、ほんとうに何が言いたいのか、自分でもよく分からないけど。あんたには、ちゃんと分かって欲しいの。今さら、どうにもならないかもしれないけどね。
こんな手紙を送るなんて、ほんとに恥ずかしいけど、まあ、これも一つの覚悟だから。別に、あんたに何か期待してるわけじゃないけど、少しは考えておいてね。
……〈中略〉……
それじゃ、もう終わりにするから。別にこれでどうこうってわけじゃないけど。勘違いしないでよね!
ルシアナより
不尽』
「チっ」
目がチカチカする。
今ので、脳が一気に疲弊した。
この、矛盾を通り越してか
くそ、だから処分しておけと言ったのに。
「なぜ処分しない?」
「ゼノルベド様の命令にございます」
あのお節介め。
「いいか、次から、その命令は無視しろ。無視して、その上でこなしたと報告しろ」
「畏まりました」
まったく。
ルシアナも学園に来る。こんなやつと毎日顔を合わせる可能性がある、と考えるだけで、気が重くなる。
「はぁ」
まあ、落ち込んでても仕方がない。
準備に取り掛かろう。
「おい、やるぞ」
「わうんっ!?」
隣で、獣人の国の連中に影響を受け、ぼーっとしているモモの頭を叩く。
もちろん、やる準備とやらは、隣国のヴァッフ帝国に行く準備だ。
よくある胸糞帝国の胸糞要素をかき集め、圧縮したような、信じられないほどのクソ帝国、それがヴァッフ帝国。一部の考察や掲示板では、ファック帝国と呼ばれていた。
フィルョーグゼが手に入ったことは、予想外の戦力大幅増幅だ。おかげで、今すぐに、あの苛立たしい極秘機関の連中を皆殺しにできそうだ。
一年越しに悲願が達成されそうで、涙が出てくる。
フィルョーグゼには、すでに話を通してある。
決行は明後日。
楽しみだ。
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