第6話 生意気な王女を泣かせてみた


「?」


 社交パーティー——俺も詳しくは分からないが、舞踏会ではなく晩餐会だと思う——の挨拶が一通り終わり、食事を開始しようとしたところで、正装の胸ポケットに小さな紙が入っているのに気付く。

 その正体に心当たりはない。


 不思議に思い、折り畳まれたそれを開くと。


『ゼフィきゅーん、私だ、ゼノルベドだ☆☆


 いやぁ〜〜、突然ごっめんね〜〜♪♪

 ホントは私もやりたくなかったんだけど、第二夫人がうるさくて テヘペロ——』


 それを再び閉じる。

 きつい。

 読むのが。

 とてつもなく。


 しかも、本当はキリル文字のようなラテン文字のような文字で、俺の脳内で変換された文は十分マイルドになっている。原本は、こんな比ではない。

 視覚への暴力という辞がこれほどしっくりくるものは初めて見た。まさに呪の書だ。

 こんなところで、まさかSNSの日本語コメント翻訳をロシアンルーレットと呼ぶ異国人と、それに対する日本人の気分を同時に味わえるとは。

 だが、単なる世間話なら、ゼノルベドは口頭で言うはずだ。彼も、そこまでシャイではない。

 そのため、この難解極まる特級呪物にはなにか重要なことが書いてあるはずだ。


 くっ、やるしかないのか……っ!


『で、それでなんだが、実は王女を呼んじゃいました(*μ_μ)


 どう、どう??

 嬉しい? 喜んでる?

 あ、だからって、ニヤついちゃダメだよ、それはただの不審者だからね(๑•̀ㅂ•́)و✧


 ゼフィきゅんには、王女と仲良くしたもらうから☆

 婚約者にしないとだから、ちゃんと仲良くするんだよ??

 責任重大だからね???

 といってもまあ、そこまで肩を張らなくていいよ( ´∀`)bグッ

 もう婚約の話はだいぶ進んでるし、ゼフィが多少ヘマをするくらいは大丈夫だからᕙ⁠(⁠⇀⁠‸⁠↼⁠‶⁠)⁠ᕗ

 首が飛ばないようにだけ気を付けてね〜☆☆』


「ぐはっ」

「ゼフィ様!? 大丈夫ですか!?」


 モモに心配される。

 おっと、少し直視過ぎたようだ。

 適度に休憩を挟むべきだったな。

 しかし、感嘆符も使わずして、このようなうるささを表現するとは、アクシア家当主、恐れ入った。

 そもそも、なぜこの文明レベルですでに怪文が生まれているのだ。

 ゼフィリアンの父親だけあって、分野によっては特筆すべき才能を発揮しているようだ。


 それにしても、王女が来るとは。

 アクシア家は、貴族の中では嫌われ役兼汚れ役を担当する家だ。

 王族の中でも限られた者がその命令権を持ち、 代々汚職に手を染めた貴族の暗殺や益虫的働きを持つ裏社会の組織の牽制などを担当する家柄。

 その立場上、王族も、表面的にはアクシア家を気に食わないという態度をとるべきだ。

 名目上は招待状を送ったが、断ることが前提のものだったはずだ。この晩餐会に参加するのはおかしい。


「王女殿下のご登場です!」


「……」


 噂をすれば影が射す、お出ましのようだ。

 そちらを見る。


 神秘を宿す金色の瞳に、緩いロングのサイドカールにセットされた、太陽を思わせる明るい蜜柑色の髪型。

 そして、その派手さは、見合うだけの存在感を放つ奇跡としか言いようのない黄金比の顔立ちにまとめ上げられてる。

 高貴さを可愛らしさを両立した、清楚系の頂点のような少女だ。

 幼くして、男女関係なく恍惚とするような魔性の美貌。

 誰もが好感を抱くような美少女である。


 だが、俺はこの娘が嫌いだ。



 なぜなら——。


「いたっ、ゼフィリアン・アクシア! あなたの悪事も今日で終わりよ! 今度こそあんた罪を裁くのだから! 覚悟なさい!」


 ——こいつがゼフィリアン アンチだからだ。



「黙れ、アバズレ。人のパーティーでアバズレのように暴れるとは、アバズレめ。ああ、本当にアバズレだ。アバズレ」

「はぁっ!? あ、アバズレアバズレうるさいわねっ! 黙りなさいよ! でも、パーティーで暴れるのはたしかに……」

「なんだ、今さら何を言う? ルシアナ、お前はすでに雰囲気を、そしてパーティー自体までも滅茶苦茶に壊した。もう遅いんだよ。あと、うるさいのはお前だ。少しは客観視というものを覚えたらどうだ? アバズレ」

「あぁっ、またアバズレって! いいわよ、どうせあんたも——」


 ゼノルベドめ、余計なことしやがって。

 せっかく懐いてきた貴族どもも、引いているではないか。


「王女に対してあんな態度を……!」「度胸がすごい!」「ほう、これほどまでとは」「さすが次期当主、肝の座り方が違う!」


 いや、全然違った。

 大喜びしてやがる。

 なんだよこいつら、前肯定ボットか?

 ゼフィリアンの性格が後天的にも歪められていた件。

 それは、ああなるわけだ。

 そもそも、こいつら、俺がどんな人物だろうとアクシア家の一員として認めてたんじゃないか?

 解せん。


「——よっ! ねえ、ちょっと、聞いてるの? 無視しないでよぉっ!」


 王女が涙目になり、俺をぐわんぐわんと揺らし始めた。

 言いたいことは全て言ったので、無反応を決め込む。


「……」

「ねぇっ、なんか言ってよっ! お願いだから……ひっく……ねぇってば……」


 のためにも、王女を早めに返さないといけない。


「うわーん!! もう帰るっ!!」


 よし、成功だ。

 この王女ルシアナは、なぜか理由をつけて居座ろうとするくせがある。

 前に用事があってこの屋敷に招いたことがあったが、その時は、『足が痛いわ』だの『私を呼ぶ声が聞こえる』だの言って謎に粘っていた。

 そういうわけで、追い返す実は作戦を練っていたのだ。

 それにしても、素晴らしい才能だ。

 この行動だけで、あのルシアナに帰ることを宣言させるなんて。

 人を動かす才能まであるとは、さすがはゼフィリアン。


「さて、邪魔者もいなくなった。皆、引き続き、パーティーを楽しめ!」


『わ゛ああああ』


 こういうのは、気分がよくなる。

 人を操る楽しさに目覚めてきた。

 愈々、悪役という感じがしてくる。




 }{




 さて、第三王女が外出した。

 もう少し時間が欲しかったものだが、些細な猶予さえ与えるわけにはいかない。

 そのために王女を早く内に帰した。



 深刻な状況に、煩悶もあるが、仕方あるまい。

 


 午前三時。

 俺は、粛して屋敷を抜け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る