第5話 パーティーに誘われてみた
「どうすればうまく気配を消せるか、ですか?」
蔵書室にて。
勉強が一段落ついたところで、俺はサナエに気配の消し方について訊いていた。
音を消すところまではいいが、サナエのように世界から隔離されたかのようなレベルには到底及ばない上に、速さや力が制限されてしまう。
「ああ。気配を消すことと行動することが両立せんのだ」
「それ自体は、お教えしても構わないのですが……なぜ、わざわざ私に? 戦闘技術についてお訊きしたいのであれば、カリナ様にお訊きすればよいのでは?」
表面的には一貫して無表情だが、瞳孔が僅かに開閉したのを、俺は見逃さなかった。
ゼフィリアンは、恵まれた視力でさえ生まれつき備え持っているのだ。
曖昧な予感だが、サナエには、なんでか俺を試そうという魂胆があるらしい。
「先ほどお前の立ち振舞を真似て組手をしたら、カリナに称賛された。僅かに見ただけの動きの模倣で、だ。だから、本人の考えを取り入れれば、より高度な技術が身につくと思った」
俺が話し終え、一呼吸ほど間が開く。
「……そうですか。つかぬことをお訊きしました。もちろん、私でよければ是非。私は、ゼフィリアン様の教育係ですから」
サナエが、意味深に教育係にアクセントを置き了承する。
これは、他意があると捉えられてしまったか?
……いや、もしサナエが訳ありで、正体バレを気にしているならば、もっと慎重に行動するはずだ。
間違っても、四六時中気配を消していたりはしないだろう。
よし、大丈夫だな。
細かいことはいい。
「私の動きは、忍術という技術体系における基本的な動きです。忍術を学ぶ者は、
いや、忍術の世界キツ過ぎだろ。
そんな簡単に殺されるのかよ?
忍術は、原作でも登場した。隠しルートに遭難するルートがあるのだが、そこでうまくいけば『日の
そこで、忍術か陰陽術を習得できる。
小説やアニメにはさらっとした感じでしか出ていなかったが、ゲームでは非常に強力なものだった。
もちろん、首を落とすなど一言も出てこなかった。
残念ながら。
「その代わり、緊張感の中で常に技術が磨かれるため、忍術を学ぶ者の平均的にはずば抜けて高い能力を保有します。その程度は、この国の暗殺術が児戯に見えるほどです」
忍術強過ぎだろ。
思ったより高性能だ。
中盤以降で活躍できる暗殺者のキャラクターが少なかったのは、それが原因か。
「まあ、忍術を学ぶ者の平均が高いのは、門を叩いた者の七割は恥知らず認定されるからですが」
おい忍術。
厳しいところだと、じゃなくて全部厳しいので、だろ、首が飛ぶのは。
それに、倍率が高すぎて皆強いだけかよ。
ロマンどこやった。半分くらい逃げたぞ。
「前提は提示いたしました。もし忍術を学びたいのであれば、責任にはご自分で取っていただきますが——それでも、学ぼうと思いますか?」
学ぶ上での決まりのわりに、随分と緩い試し方だ。
だが、愚問だ。
答えなど、決まり切っている。
「お前は、俺に二言目があるとでも?」
「滅相もございません。ですが、これも決まりですので」
内心愁眉を開く。
断られたら、せっかくの
……それで、早速始めるのかと思ったが、拍子抜けなことに『準備があるので今週末からが望ましいです』と断られてしまい、今日は流れ解散となった。
}{
「固有の性質?」
午後、俺は使える超人級の内残り半分の組み合わせも試し終わり、フロレンティーヌに言われたことを鸚鵡返しにしていた。
今は、フロレンティーヌに超人級の次の段階を教わっている。
「そ。一定数使うと目覚めるから、もうあるよ。心臓の魔力源に注意したら、なにか感じるはず」
心臓の魔力源。
ゲームでは、魔法を始めるときに初めに聞いたことではあるが、フロレンティーヌから聞いたのは今回が初めてだ。
もしかしたらまだ解明されていないのではないか、とすら思い始めていたところだった。
言われた通り、注意してみる。
……これか?
新しい性質とやらは。
今までなかった、ドス黒い核のようなもの感じる。
「見つけた? いや、おにーさんにはまだ無理か。だって、あたしでさえ二時間くらい掛か——」
「見つけた」
「なぁっ!?」
固有の性質とは、なんのことだろう。
原作には特性という仕組みはあったが、やはりそのことだろうか。
特性自体は、プレイヤー向けの説明にしか出てこなかったため、この世界独自の解釈で呼称されている蓋然性は多分にある。
「んんっ。じゃあ、どんな性質か調べるから、実験用スライムに掛けて。魔力の質に合った性質になるから、掛かると思う」
スライムにその性質の魔力を纏わせる。
しかし。
「なにも起こらないが」
「はぁ? そんなわけないでしょぉ? 失敗したんじゃない?」
「何度もやり直した」
「じゃあ、これに掛けてみて」
フロレンティーヌが、取り出した
……が、効果はない。
そうして、いくつか試したのだが……。
押し黙るフロレンティーヌ。
その性質は、とうとう正体を現さなかった。
}{
「パーティーに参加してみる気はないか?」
「パーティー、ですか?」
魔法が早くに終わり、時間を持て余していたら、ゼノルベドに呼び出された。
そして、いきなりこの質問を投げ掛けられた。
「そうだ」
パーティーとは、消去法で社交パーティーのことだと測ることができる。
しかし、社交パーティーに出ることを提案されたのはこれが初めてだが、社交パーティーは——子供のうちから出るのならば——もっと幼い頃にデビューするのが基本だ。
この時期からのお披露目というのは、変な話と言える。
「なぜ、今なのでしょうか?」
「ゼフィ。それは、お前が成長したからだ。メイドからの報告では、前のような癇癪や横暴がすっかり止んだというではないか。これまで、社交パーティーの誘いは全て私の方で断ってきたが、それが止んだ今は頃合いかと思ってな」
つまり、俺の不用心さが招いた結果というわけか。
こうなるならもっと慎重に行動すべきだった。
いや、だが、待てよ?
これは、捉えようによっては、チャンスにもなり得る。
癇癪や横暴が止んだから、ということは、原作では社交パーティーに参加できない予定だったわけだ。
しかし、もし、ここでそれを変更したら?
さらには、社交パーティーの場で、俺が悪評も覆るような態度を取ったら?
——俺の死亡フラグは減るだろう。
よし。社交パーティー、嫌だけど参加してやるか。面倒くさいけど、しょうがないからな。
「分かりました。そのパーティー、参加します」
「そうか」
ゼノルベドは、なんでもなさそうにそう返してくる。
「では」
顔をより怖くし、ゆっくり喋るようになる。
晦渋だが、実はゼノルベドが喜んでいる時のサインだ。
「そのように手配をしておく」
この反応。
どうやら、ゼノルベドには、社交パーティーでなにかをする腹積もりがあるようだ。
意外とお茶目だし、なにするのかは早めに推測しておく必要がある。
例えば——
「——といっても、今日の夕方からだがな。準備は、モモかサナエに言えばいい。服はもうある」
……は?
}{
「これもいいですね! あ、でもやっぱりゼフィ様はこれが……あぁぁ、どれにしようっ!」
「はぁ……」
どうせ、こんなことだろうと思った。
モモによる、俺の無限着せ替え地獄。
「いえ、ゼフィリアン様にはこっちのクール系が似合うに決まっています」
しかも、その発端はサナエなので、当然こいつもいる。
なぜこうなった……。
会話を思い出す。
『まさか今日だとは……。おい、サナエ』
『はい』
『っ!(忍者ならもしやと思って呼んだが、まさか本当に現れるとは)』
『?』
『いや、気にするな。それより、社交パーティーに出ることになった、用意を手伝え』
『畏まりました。では、ドレスルームにご案内します』
『頼む』
……
『ゼフィ様っ!これがいいと思います! あ、これもいいですよ!』
「た、たしかに! ゼフィ様、このクールな服も!」
まさかモモが待ち受けているとは思わなかった。
モモに頼むと、こうなるのは分かっていたからサナエにしたのに……。
サナエ、許すまじ。
このせいで時間を食い過ぎ、パーティーに遅れそうになったのは、言うまでもないことだ。
}{
「——このパーティーを開催できたことに感謝を示し——」
ステージの上から、スピーチが聞こえる。
ゼノルベドのものだ。
「——しかし、このパーティーの開催理由は至極個人的なもの——」
ゼノルベドは、俺に参加するかを訊くときに、今までの誘いは断ってきたと言った。
「——い。代わりと言ってはなんだが、料理は、この辺では——」
たしかに、誘われたから、と明言することはなかった。
「——類稀なる才能を発揮した。いわゆる天才という部類で——」
それでもだ。
せめて、俺に一言言わせてほしい。
「——さて、では紹介と行こう。私の息子、ゼフィリアン・D・アクシアだ!」
パーティーって、
残念ながら、ここは自己紹介をしなければいけないらしい。
スピーチが完全に親バカ全開だっただけに、恥ずかしさが半端じゃない。
集まった貴族やその令息令嬢の視線が痛い。こいつら全員、俺を恥ずかしい坊っちゃんのだと思っているに違いない(被害妄想)。
いや落ち着け、ここは、俺の悪評を覆す絶好の機会じゃないか。
ここで、俺が完璧な自己紹介をすれば、悪評を打ち消す好評を打ち立てることで、目的の達成に着実に歩み寄れるはずだ。
「ゼフィリアン・D・アクシアだ。お前らとは、父同様良好な上下関係を築いていきたいと考えている。肝に銘じておけ」
………。
なんとなく、そんな気はしていた。
敬語は、ただただ心理的ハードルが高いだけかと思っていたが……。
俺は——言葉遣いが固定されている。
今回も、敬語を使おうと思ったが、口から出たのは常体。しかも、常態よりも俄然偉そうな口調だ。
「なんと、あの態度は」「噂は本当だったか」「やっぱりアクシア家は……」「信じられない!」「あれが優秀、だと?」………
まあ、こうなるよな。
自明のことだった。
パーティーは失敗か。
ゼノルベドには、半ば強制だったにせよ悪いことをした。
だが、そう思っていゼノルベドを見ると——その表情は、暗鬼のごとしものだった。
「ぐはは……はははは、はーっはっはっは。ゼフィ、やはり貴様はそうでなければ!」
ゼノルベドが、凶悪に笑う。
……どういうことだ?
笑う要素はなかったはずだ。
気でも狂ったように見える。
「ときにゼフィ、いや、ゼフィリアン。人間を率いるにあたって、最も大切なものはなんだ?」
いきなり帝王学の問題か?
と思いつつも、とりあえず答える。
「カリスマです。雰囲気を作れば、大抵は動く。過半数が動けば、残りも動き出します」
「違うな。それは模範的な回答ではあるが、お前が率いるのは貴族たちだ。特に高度な教育を受けた貴族は、そういった集団心理に呑まれない術を持っている。ましてや、アクシア家の傘下は基本的に裏社会での顔を持つ。むしろ、取って食われる危険性すらある」
ゼノルベドは、尊大に告げながら、俺に向き直り真剣なトーンで伝えてくる。
「正解は——絶対的な自信だ」
……自信?
カリスマの否定の後に発する言葉としては、違和感がある。
「たしかに、カリスマの一種ではあるが、しかし、これはもっと根幹的な部分にあたるないと始まらない土台で、それを象るのに必要な柱でもある。今回のこのパーティーは、それを試すためのものだった」
道理で急だったわけだ。
「そして、お前は、見事条件を満たした。まあ、試す前にそれを証明したことや、その証明方法の強引さは想定外だったがな。なにはともあれ……おめでとう、ゼフィ。お前はアクシア家に相応しい人間だ。今、ようやく確認できたことを嬉しく思う」
暴力的な顔の厳つさが、一瞬父親としての尊厳に思えた。
周りを見渡す。
その表情のいずれもが、俺に肯定的な目を向けている。
……俺に否定的な目を向ける者など、一人もいない。
「あの堂々たる態度!」「本当に神童だったのか」「やはりアクシア家仕えるに相応しい」「優秀どころか、天才じゃないか!」……
それどころか、異常に興奮している。
まるでカルトだ、俺の知っている世界ではない。
再びゼノルベドを見ると、鬼仮面をしたり顔に染めていた。
「ここで得たものは、学園での人脈作りに生かせ」
……こいつ、俺が悪評を拭う手立てとして人脈作りを検討していることを見抜いていたのか?
だとしたら、鋭すぎる。転生——というよりは記憶を得たに近いが——のことも、勘付かれていることもあり得てくる。
人格が完全に入れ替わったわけではないが、不純物の混じった俺をまだゼフィリアンとして見てくれるかどうか……。
それとも、これだけの人数を集めて練習させたことを含れば、単なる親バカである希望もなくはないか?
「マッチポンプでもなんでも手伝ってくれるだろう」
いや、そっちかよ。
得た教訓で、とか能力で、とかじゃなくて、人手があれば計画も立てやすいだろう、ということかよ。
紛らわしいな。
学園は、貴族にとって社交の面も強いから、それに向けてということか。
「……はい」
満足気に頷くゼノルベド。
「それでは、照明も済んだことだ。引き続き親交を深めよう!」
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