第7話 外出してみた

「はぁ……。私って、なんでこんなに……」


 華美な馬車の中。

 そこには、第二王女とその護衛の女騎士が座っていた。


「リアとお話したかったのに……」


 憂鬱そうにため息を吐くルシアナ。

 リアとは、ゼフィリアンの愛称だ。

 昔は、セレナも一緒によく遊んでいたものだ。

 リアという愛称は、その時にルシアナが『よびにくい!』と言って付けたものだ。

 女の子みたいで嫌だ、と言って嫌がってたっけな。そう懐かしみ、締まりのなくだらしない顔になるルシアナ。


 ちなみに、女騎士は、完全にスルーしている。

 この王女あるまじき様子に、初めはこそは唖然としたものの、今では慣れたものだ。


 そして、でも、と表情を戻すルシアナ。


「最近はもうルアって呼んでくれない……」


 他人行儀に話すゼフィリアンに、再び鬱極まる様子になるルシアナ。

 それどころか、やっぱり私が素直になれないせいで、と自己嫌悪に陥り、さらに落ち込む。


「だって、だって……あんなに、かっこよくなってるなんて……〜〜〜っ!」


 だが、それも束の間、すぐにゼフィリアンを思い出し、思い切り赤面する。

 あいつが冷徹な態度をとるから、塵を見るみたいな絶対零度の視線を向けてくるから、体が火照ってきて——


「んんんんん〜〜っ!! ダメ、こんなの、まるで変態じゃない……! 違う、そんなんじゃないっ。そう、あれは、久し振りだというのにあんな態度を取るあいつが気に入らなかっただけで……」


 そうして、一人で誰にするでもなくボソボソと言い訳を始める。

 女騎士は、完全にスルーしている。

 そう、今では、こんなのは慣れた。


「ま、まあ、ね? リアが望むなら、そういうのもいいかなって……え、ちょっと、そんないきなり……! まだシャワーも浴びてな……あっ」


 ルシアナの言い訳は盛り上がり、妄想の段階を迎える。完全に、妄想と現実が混濁し、願望を垂れ流している。

 しかし、相変わらず女騎士はスルー。

 そう、こういうのは、もう慣れたのだ。

 だから、込み上げてくるこの笑いは、きっと勘違い。


 その時だった。


—ドンッ


「っ!?」


 馬車に衝撃が走り、女騎士は慌てて外を見渡す。


「なにごとだっ!?」


 すると、馬車の外では、他の馬車に乗っていた近衛騎士と、盗賊と見られる薄汚い者が戦っていた。

 それ自体は珍しくない。

 この国は、都市開拓が偏って進められている。

 都市は他の国より一線を画して繁栄しているが、それ以外の山道などは他の国よりも危ない。

 盗賊も湧き放題だ。

 だが、一つ、おかしなことがある。

 それは、近衛騎士が盗賊に押されていることだ。

 盗賊の薄汚い格好は、食っていけなくなった農民や傭兵崩の特徴だ。好んで盗賊になる異常者ならば強さには説明がつくが、なにせ格好が合わない。


 導き出される結論は——。


「——チッ、帝国の犬が……!」


 帝国の犬。

 敵対関係にあるグフクル帝国の間者だ。

 この様子を見るに、近衛騎士にも何人か混じっていたか……。


「くそ、魔力が……」


 魔力が制限されている。

 並の魔道具ではできないことだ。

 まさか、秘宝アーティファクトか?


 いや、今優先すべきなのは、王女の安全だ。


「王女様、ここでお待ち下さい。いざとなったら、この魔道具を」

「え、え……?」


 混乱する王女を目尻に、仲間の援護に向かう。

 残った近衛騎士は半分といったところか。


 背中を向けている敵に狙いを定める。

 騎士道精神? そんなもの知ったものか。


「はぁっ!」


—キン!


「っ」


 後ろから斬り掛かったというのに、反応され、剰え反撃された。

 相当な手練だ。

 戦況は苦しい。

 相当に。


「ふッ! はッ!」


 幸いなのは、敵の数が少ないところか。

 近衛騎士のなりすましは、練度は低かったようで、馬車の横に転がっている。

 敵は残り三人、こちらは六人。


 これならいける……!


ーぐはぁっ!

ーぐがぁッ!


「——は?」


 しかし、戦況は悪い方向へ傾いていく。

 敵の一人の自爆技のような攻撃で、騎士の戦力が一気に半減した。

 一人は即死し、二人は、飛んできた金属の破片に体を蜂の巣にされ、戦闘続行が不可な状況だ。


「くッ」


 驚愕に生まれた隙を縫った暗殺者の攻撃がくる。

 左腕の筋に食らってしまった。

 左手はもう使い物にならない。


「お前らの目的はなんだ!」


 時間稼ぎをする。

 そんなことをしたところで意味があるとは思えないし、応じてくれるかすら定かではない。

 それでも、したくなってしまうのが、人の業というものだ。


 ところが、意外にも、敵は応じてくれた。


「目的、ね……そうだな、んなこと考えたことなかったな」

「……それなら……」

「だが。強いて言えば……そうだな」

「……?」


「——人の苦しむところを見るため、かなぁ!?」


「ぐはっ!」


 腹に短剣を刺され、食道からドロっとした鉄の味が込み上げてくる。


「異常者、め……」

「異常者ぁ? 俺からしちゃあ、この欲求が理解できない方が異常者だね。みんな、自分に素直になればいいのに!ああ、勿体ない……。……んお? はは、むこうも終わったみたいだな。おい、索敵の結果は?」

「あ……あぁ……」


 戦闘不能だった騎士にとどめを刺したもう一人の敵に、異常者が訊く。

 残り二人の仲間も死んでしまった。

 絶望に、思わず声にならない呻きが漏れる。


「ここ二キロ圏内、人間はいません」

「はははっ、だそうだぜぇ、騎士さんよぉ? 無駄な時間稼ぎ、ご苦労だったな?」

「……っ」


 気づいていながら、あえて乗っていたのか。

 掌で転がされていたわけだ。遊ばれていたんだ。

 ……もう、どうしようもないのか。


「んじゃ、姫様を探せ」

「はい」

「ま、待てっ! 待ってくれ! 姫様は、姫様だけは……!」

「うっせぇな、黙れよ! 暇潰しは終わったんだ、てめぇにもう役目はねぇよ!」

「ぐっ……っ」


 結局、自分は何もできずに死ぬのか。

 惨劇を繰り返さないために、努力してきたのに、変わらず無力なままで。

 


「いやああ! あがっいた、いたいっ、やめっ……」


 馬車から、ルシアナの悲鳴が聞こえてくる。

 申し訳ありません、王女様。私が無力なばかりに。

 罪悪感に押し潰される。

 しかし、それは次第に怒りへと転変する。

 なんで、どうして自分たちがこんな目に遭わないといけない?

 おかしい。


 全てがおかしい。


 あの異常者どものせいだ。

 全部、あの異常者が悪い。


 許さない、異常者めが。

 異常者、異常者、異常者!


 憎い。許せない。



 だが、いくら憤怒しても、なにも起こらない。

 無駄だ、全て無駄に終わる。


 ああ、王女様が刺されてしまう。

 内臓を刃物で滅多刺しにされる……。


 異常者が、刃物を振り上げる。

 それを、アリスティアの腹部に振り下ろし——



「——なにをしている、愚か者め」





}{





「《魅了チャーム》」


 俺の魔力は、魅了属性を帯びているため、魔物含む生き物に好かれる性質がある。

 と言っても、闇属性も帯びているため、同時に強い神聖属性を持つ生物にはむしろ嫌われるが。

 例えば、第二王女とか。名前はたしかルシアナだったか?

 まあ、とにかくそういうことだ。

 それに引き寄せられたコウモリに魅了を掛け、情報を探らせる。

 第二王女の移動は当然馬車だが、今日、蛮族に襲われる。しかも、ただの蛮族ではない。それになりすました、他国の極秘機関の連中だ。

 アクシア家は国内の汚物の消毒を担当するが、その極秘機関は他国の困者の抹殺を担う。


「なに、もうそこにいるだと? ……速いな。時期がずれたせいで、馬まで変わったか?」


 中継役のコウモリ——超音波で連絡しているため、それを俺にも分かるように変換する役割を持たせたコウモリのこと——が、位置を知らせる。

 些かズレ過ぎだ。

 ぎりぎり許容範囲内だからいいものを。

 さて、このイベントは、アリスティアが、十歳から十三歳——アリスティアは俺と同い年だ——になるまでの間に外出することを条件に起こるイベントだ。イベントといっても、原作が始まる前の歴史なので、別に変えようはなかったのだが。

 捕らえられたアリスティアは、拷問癖のリョナラーに責め苦を受け、衰弱死する。

 それ自体はどうでもいいし、というか嬉しいのだが、問題はアリスティアが俺の婚約者だということにある。まだ正式には決まっていないが、それも時間の問題。現に、公式には元婚約者という説明があった。

 だから、アリスティアが死んだら、新しい婚約者が現れる。


 それこそが最悪の事態だ。


 新しい婚約者は、ゼフィリアンを傀儡にする。

 つまり、傀儡ルートの黒幕だ。

 しかも、経緯は詳しく説明されておらず、唆されたことしかわからないという不確定要素付き。

 アリスティアは嫌だが、その名も無い婚約者は俄然お断りだ。具体的に言うと、鼻をかむティッシュが部屋にない時と、大事なときに限ってトイレにトイッレットペーパーが見当たらない時くらい、違う。似ているようで、全くの別物だ。


 そのため、仕方なく助けてやるしかない。


「あそこか」


 見つけた。

 馬車が止まっている。

 もう襲撃されたのか?

 いくらなんでも早すぎる。


「!」


 最後の近衛騎士が、腹に短剣を打ち込まれるのが見える。

 適当に刺したように見えるが、的確に大事な腹筋の筋を破壊している。あの暗殺者は、手練だ。

 目的地まで、およそ三百メートル。

 時間がない。

 俺は、魅了魔法で脳のリミットを外し、闇を纏い、移動速度を限界まで上げる。


 着くと、そこでは暗殺者が王女にナイフを振り上げていた。


「なにをしている、愚か者め」


 とりあえず、闇魔法の膜をコウモリ越しに暗殺者の腕に着け、腕を千切る。

 汗腺から魔力を侵入させ、肘から上と下の間の組織を腐らせたのだ。


「ぐああああ!?」


 腕が外から腐っていく耐え難い不快感に、声を荒げる暗殺者。

 悲鳴から、男だと分かる。

 王女は左頬が腫れ上がっており、その横には奥歯が落ちている。

 無駄に甚振られたらしい。

 この襲撃の実行斑に、この特徴を持つ人物は一人しかいなので、そこからこいつの正体が分かる。


「ハルト」

「っ」

「ハルト・ラ・グィヴィーク元子爵、十年ほど前に滅んだ小さい王国の貴族。今は識別番号02番」

「……ハッ、なにを言ってやがるんだ。グィヴィーク子爵? 聞いたことないね」

「『情報を抜き取られた場合、また保有する相手を発見した場合は、その程度を調べてから処分』か。さすがは序列上位、よく染み付いているな」


 暗殺者の空気が、露骨に変わる。


「……てめぇ、何者だ?」


 これは、こいつらの時間稼ぎの常套句だ。

 会話が出た場合、スキップしないと、こちらが不利になる罠。

 俺が持つ情報は、今言った『程度』の内一番上だと判断したのだろう。

 なぜここまで詳しい事情を知っているのかと言うと、原作では、同じ組織の部隊を一つ壊滅させるイベントがあるからだ。

 その難度は死ぬほど高い。

 そこで散々苦しめられたため、こいつらのパターンは完全に把握している。

 まさか、あの、ヒカユセファンの俺でさえ、苦いと感ぜられるイベントが、役に立つときが来るとは。

 さて、今、この暗殺者は、がんばって腕を再生する時間を稼いでいる。


 それが、自分の首を絞めるに等しい行為だとも知らずに。


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