第3話 覚醒に愛も希望も要らないことを証明してみた
すみません、たぶん更新頻度落ちます。
予測は、週2,3回です。
質の方は落ちることはないので、どうかこれからも、今作をよろしくお願いいたします(_ _)
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「なっ。この文献、あの文献と矛盾しているではないか!」
魔法の練習は午後で、午前は空いている。時間は有意義に使うべきだ。俺は、アクシア公爵家の邸宅の蔵書室にて、学園首席合格を目指す勉強をしていた。
そこで、デュエラシア君主国——今更ながら、この国の名前だ——における各貴族の役割を調べていたわけだ。
しかし……。
「古くからの王族の統治? こっちには、少し前までは公国で、やっと王政復帰を起こし君主国となったのが半世紀前とあるが?」
書いてあることが支離滅裂だ。
“ヒカユセ”の時代背景への拘りの表れと言えば俺自身の気持ちには沿うが、ゼフィリアンの死亡の阻止という目的には沿わない。もはや逆流だ。
「前途多難だな……」
——「なにかお困りで?」
っ。
ビビった。
いつの間にか後ろに佇んでいたメイドが、ぬっと現れた。
ゼフィリアンとして、なんとか驚きは表には出さなかったが。
で、誰だこいつ?
黒髪黒目の、凹凸の少ない顔立ち。転生してからは——といってもまだ三日目だが——西洋風の顔立ちしか見ていないので、なんだか安心する。
しかし、モブとして登場した人物でも、顔が出ている限りは覚えているが、いずれの作品にも該当する人物は見当たらない。
セレナのことにせよ、フロレンティーヌのことにせよ、まさか自分の家だけでここまで余白に遭遇するとは思わなかった。
「……ああ。学園の筆記試験に向けて文献を漁っていたのだが……ここの文献たちは、どうやら事実を超越して創造力の翼を広げているようだ。まるで勉強にならん」
「……。そうですか」
こいつ、メイドのくせに、自分から訊いた回答へのリアクションが薄い。
見た感じ二十代後半で、メイドの平均就職年齢はおよそ十六歳だが、まさか、こいつはこれまでこの態度で解雇されなかったのか?
ゼノルベドは俺に甘い。
しかし、それは俺がゼノルベド息子だからだ。
ゼノルベドは、子供以外の存在には鬼のように厳しかったはずだ。
不思議なメイドだ。
「でしたら、よろしければ
教育係と申すわりには、記憶に全くない顔だが、まあ、たしかにただのメイドではないのならば、この態度も説明が付くな。
いや……付く、か?
「そうか。では、教えろ。まず、我が家の役割だが———」
まあいい。
安全に使えそうなら十分だろう。
俺は細かいことは気にせんのだ。
}{
「ククッ」
予想に反し、満足のいく結果だった。
教育係を自称するのに見合った、いや、むしろそれ以上の働きを見せてくれた。
まるでチャットAIのように、どんな些細なことでも、聞けば丁寧に答えてくれた。
あの教育係兼メイドがいれば、首席合格はより楽で堅実なものとなるだろう。
名前くらい訊いておくべきだったか?
}{
「あ、お兄ちゃん!」
昼、もともと客室として使われていた部屋に着く。
今日も、昨日と同じく、この部屋でセレナと昼食を摂る。
実は昨日、魔法の鍛錬のあとにセレナに捕まり『言っておくけど、昼食は毎日一緒だからね!』と約束させられたのだ。
そんなに一緒に食いたいならなぜ朝晩も誘わないのかと気になり、尋ねてみたのだが、すると、『そこまではさすがに烏滸がましいかなって』と、照れたとも、本気で申し訳なく思っているとも取れる遠慮がちな態度で、どっちとも取れない遠慮がちな答えが返ってきた。
俺としては構わないし、それどころか逆にご飯は家族で食卓を囲う者という認識すらあったので、それは今一腑に落ちなかった。
「お兄ちゃん、また魔法やり始めたんでしょ!?どう、どんな感じ??」
昼食が運ばれ、セレナが思い出したかのようにハッとすると、興奮気味に訊いてくる。
「どんな感じ、とは?」
「いや、だから、あるじゃん、そういうの!お兄ちゃんすごすぎて、いつも教師に自信失わせて自分から辞めさせてたよね? そんな感じのっ」
なるほど、セレナからはそう映っていたらしい。実際は、俺の口撃力の高さに辞めていったので、この誤認には幼女を騙しているようで気が引ける。
「そういうことか。それなら、今回はあまりない。精精、得意分野で負かして泣かせたくらいだ」
「ガッツリ自信なくさせてるじゃんっ!」
そうとも言える。
そうだ、そうえいばあのメイド、俺は知らなかったが、もしかしたらセレナなら知っているんじゃないか?
この家では、メイド含む使用人は役割がかなりきっちりと決められている。ぴったりこの範囲を守備、ここで立っている、この人に付く、など。
そのため、生活範囲によっては見かけることのない使用人も出てくる。
つまり、あのメイドは、セレナの生活範囲のうち、俺の生活範囲と重ならない部分で働いているのかもしれないということだ。
「セレナ。黒髪黒目のメイドを知らないか?」
「黒髪黒目のメイド?」
「ああ。たしか二十代後半くらいだった」
「もしかして、サナエのこと? 東洋風の顔立ちのメイド長の。それなら知ってるけど」
「おそらくそのメイドだ。そうか、サナエというのか」
メイド長だったのか。
驚きだ。
しかし、それならその辺のメイドに訊けば連れてきてもらえそうだ。
「……お兄ちゃんは、ああいうのがタイプ、なの?」
セレナが質問を投げ掛けてくる。
が、意図が読めない。
「どういうことだ?」
「いやっ、だからさ……」
セレナは一瞬口籠るも、言い切る。
「ああいう女の人が、好きなのっ?」
……ああ、そういうことか。
そういう風に見るような人物ではないので、思い至らなかった。
つまりは嫉妬しているのか、このブラコンめ。
「いや、そういうわけではない」
「……本当に?」
「なぜ疑う」
「いや、だってさぁ……」
俺は、どちらかといえば、ロリの方が好きだ。
ペロペロ舐め回したい。
……まあ、飽くまでどちらかといえば、だが。
だから三十代手前となるとあれだ。
あまりイケない。
しかし、それを伝えても——さすがに言葉は選んだぞ?——最後まで疑いは晴なかったようで、ずっとロリの魅力を説かれ続けた。
アリスやペドに分類される幼女にロリの魅力を説かれるとは。
解せん。
}{
「あ、おにーさんやっと来たぁ。もう、いつまで待たせるの〜?」
指定の時間ぴったりに訓練用の部屋に着くと、そのにはフロレンティーヌが待ち構えていた。
「お前が待っただけだろ。時間前の到着はご苦労。……そんなに俺と会いたかったか?」
「っ! いいい度胸だねおにーさん。っでも、そんなナマイキにしてられるのも今のうちだよ? ……属性魔法の難しさは、無属性魔法の比じゃないから! おにーさんが惨めに嘆くの、楽しみだな♡」
なるほど、昨日の様子からは考えられないくらい生き生きしていると思ったら、そういうことか。やはり、ろくな理由ではなかった。
「今日やることが分かっているようで一安心だ。では、始めるぞ」
「っ」
こめかみにピキッと青筋が走る。
これは一際効果があったようだ。
だんだんフロレンティーヌの怒りの壺が分かってきたぞ。
「ふーっ。……まず、無属性魔法と違うとこは、主に二つ。魔力を染め上げてから性質を付与したり、形をいじったりしないと発動しないとこ。それと、染める時は、属性ごとに性質があって、その中から始めから付いてくる性質を選べるとこ。副的にはもっと色々あるから、無属性魔法と属性魔法じゃあものが違うってわけ。ここまで理解できてる〜?」
この辺は原作でも説明があった通りだ。
原作ではその性質や形状を弄ることで攻撃手段を増やしていた。
特にゲームなんかでは、より多彩な技を作り出すこともできた。
「ああ」
「それでね、こっからが重要なんだけど、たぶんおにーさん——属性魔法はほとんど使えないよ」
……?
「属性魔法が、使えない?」
たしかに、魔力が異質だとは聞いたが、そんなことは言ってなかっただろ……?
「ほとんど、ね。少しは使えるよ。でも、普通、魔力っていうのは硬い玉とか剣とかに加工してこそ魔法として機能するから、それができない おにーさんは大半の用途が潰れる。だから、ほとんど使えない。使えるのは、付与とか、デバフとか、硬化が必要ないものだけ」
「用途が……大半が、潰れる……?」
「そういうこと。魔法で強くなるのは無理」
「……」
——強くなるのは、無理……?
俺は、絶対に学園で最強にならないといけない。
そうしなければ、待ち受けるのは死だからだ。
だから、魔法の教師を雇い、ゆくゆくは剣の教師も雇い、この短期間でも、最低でも首席合格はできるよう必死に鍛えている。
だが……。
身体強化は使えない。
頼みの綱だった魔法も、使えないと否定された。
今、ここで。
身体強化なしでは、剣はおまけ程度にしかならない。
そもそも、ゼフィリアンは万能寄りとはいえ、本来は魔法使いだ。
魔法抜きの接近戦という選択肢は、当然ない。
論外だ。
これでは、未来がない。
運命が、確実な死という予定が、覆せない。
遡行が、できない……っ!
「馬鹿な……!」
「……おにーさん?」
こんなはずではなかったのに。
頭をかきむしる。
「おにーさん、落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられるか! どういうことか分かるか!? 魔法が、使えないんだ! 剣は駄目だ。他の武術も、接近戦はできないっ。他にはもうなにもないっ!これが、どうして落ち着いていられる!?」
「分かったから、いったん落ち着いてよ。今取り乱しても——」
「うるさい、黙れ!お前になにが分かると言うのだ!!だいたいお前は、」
「落ち着いてって、言ってるでしょ」
「っあ……ぁ……」
怒りに混濁した意識の中、冷水のようにやけに冷たく差し込まれてきたフロレンティーヌのその言葉を最後に、俺の意識は暗転した。
}{
「ぅ……」
ベッドで目が覚める。
ひどい気分だ。
記憶がごっちゃになっている。
なにがあったんだ?
たしか、昼食を済ませ、フロレンティーヌのところへ行って……あぁ、そうか。
魔法が、使えないと言われたのか。
うっかり取り乱してしまったのは不覚だ。
だが、それよりも、状況が最悪だ。
まさか、魔法が使えないなんて……。
むしろ、最悪どころじゃない。
このままでは死ぬんだぞ?
おそらく、アクシア家の悪評と俺自身の評判に殺される。
主人公に問答無用で切り捨てられるのが、目に浮かぶ。
戦う力がない分、原作よりもあっさりと、されどもっと悲惨な死に方をするのだろう。
「?」
いや、待てよ。
原作の戦闘シーンが思い起こされる。
ゼフィリアンは、身体強化もないのに、なぜか華麗に素早く立ち回り、トリッキーに魔法を放ってきた。
——そう、魔法を放ったのだ。
だが、魔力の質のせいで、そういう直接的な魔法は使えないはずだ。
そして、なぜか、その時ゼフィリアンが放っていたのは、炎だ。
魔法が使えるということは、なんらかの方法で属性を調べたということ。それならば、当然闇魔法の適性が最も高いことも知っていたはずだ。
だのに、炎魔法という選択。
この小さなズレを、一つ一つ組み合わせていく。
通常、炎魔法は火魔法のうちの一つで、基本的に規模の大きい火魔法と言っていい。
しかし、燃費の面から、使用場面はパフォーマンスが必要な時に限られる。
だが、原作でのゼフィリアンに、そんな余裕があったとは考えづらい。
「そうか!」
そこで、俺はある結論に行き着いた。
原作で大げさに魔法を使っていたゼフィリアン、硬化しない魔力。
これらの事象から逆算できる、一つの事実。
そう、つまり。
———質量でゴリ押せばいい
}{
「おにーさん、あたしのこと見えてる?」
「っ!?!?!?」
「あはは、驚きすぎっ。みっともな〜。あ、でも、あの取り乱し方はもっとダサかったよ〜? あーあ、あたしの期待してた通りになっちゃたね〜?」
……殺すっ。
……いや待て、こいつ、いつからいた?
俺が考え込んでる間も、ずっと隣で座ってみてたのか?
うーん、まあ、フロレンティーヌに見られても別に恥ずかしくないか。
フロレンティーヌはこう見えて数百年という年月を生きている。それなのに、メスガキのような言葉遣いをしているのだ。
存在自体が痛く、俺以上に恥ずかしい。
羞恥心は、生まれない。
閑話休題だ。
さて、なにはともあれ、方針は固まった。
すべきことは、決まっている。
「フロレンティーヌ、訓練部屋に行くぞ。また泣かせてやる」
あとは、それを遂行するだけだ。
輝かしい未来に、偏頭痛を覚える。
フロレンティーヌの顔の赤みが、やけに勇ましく見えた。
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