第2話 魔法の教師を驚かせてみた

 「あたしが今日からよわよわなおにーさんに魔法を教えてあげるせんせー、フロレンティーヌ·ムーンウィスプだよ!このあたしが ざこおにーさんごときに教えてあげるんだから、感謝してよ〜?」


 サイドテールの銀色の髪に、青と赤のオッドアイ。落ち着いた黒オリーブに身を包んでいるが、背伸び感が半端ない。そして、その表情には、思わず殴りたくなる、余裕そうなニヤニヤ顔が浮かんでいる。

 あれから数日経ったが、このメスガキこそが、俺の魔法の教師らしい。


 一見ただのペドにしか見えないが、その正体は教科書に載るレベルの偉人。

 魔法の技術に大きな革命をもたらし、賢者として畏怖されていている。


 「……ああ、頼む」


 非常にむかつくが、しかしこっちは招いた側だ。それに、父親がどういった方法でこの大物を教師に指名したのかは知らないが、俺の境遇を考えるに、ヘイトが溜まり次第殺される、なんてこともあるかもしれない。

 ここは下手に出るべきだ。

 むかつくが。


 「あっれ〜、もしかしておにーさん、厳つい顔して肝は小さい? あはは、だっさ〜」


 ……。


 「まあ、当たり前か〜。だっておにーさん、小物くさい上にどーてーくさいしぃ?」


 ……あ?

 こいつ、今なんつった?

 小物くさい?


 俺の推し、ゼフィリアンが?


 この俺、ゼフィリアンが!?


 巫山戯るなぁ!!!


 ゼフィリアンが、このゼフィリアンが小物くさいわけがないだろ!

 目ぇ腐ってんのか!!


 絶対わからせる。

 こいつから全て吸い付くし、得られるものを全て奪ってから、泣き叫ぶまで虐めてやる。

 いや、泣き叫んでも虐め続ける。


 その時が楽しみだ。


「おい、さっさと魔法を教えろ。お前と話していると、時間がもったいない」


 フロレンティーヌは顔を少し顰め、一気に不機嫌になる。


「……ふ~ん? そういうこと言っちゃうんだ。いいよ、よわよわでざこざこなおにーさんに、現実を見せてあげるよ」


 だが、すぐ、ひっぱたきたくなる表情に戻る。

 いいだろう、嘯いたお前に恥をかかせてやる。



「訓練用の部屋はこっちだ」




 }{




「まず、自分の属性はわかりますかぁ? いくらざこでも、そのくらいは分かるよね〜?」


「分からん。豪語したところ悪いが、それは常識ではない」


「っ!ま、まあ、ざこすぎるおにーさんじゃ分からないよね〜。これに魔力を注ぎ込むと属性が出るよ。分かったら早くやってくれない〜?」


 さすがに教えるとなったら余計なことは省くと思ったのだが、当てが外れた。

 いちいち怠すぎる。


 だが、気を取り直して属性の測定だ。

 原作では、主人公の適性しか見れないと謎システムがあったため、ヒロインでさえそれを予測するしか知るすべはなかった。

 攻略サイトや裏設定にも書いておらず、そのためゼフィリアンの属性は原作で使っていた炎しか分かっていない。


 心が躍る。



 フロレンティーヌが虚空から取り出したのは、俺の頭ほどの大きな水晶玉だ。


 なんと、こちらも俺の知らないアイテムだ。

 原作では、それらしき描写すらない。

 やっぱり最高だ、早速新アイテムとは。


 テーブルに置かれたそれに向き直る。


 魔力を出す、魔力を出す……。

 こうか。


 水晶の周りが、そこだけ空間を切り取ったかのように真っ黒になる。それは、だんだん幻想的な薄桃色グラデーションになっていて、直径1.5mの球に広がっている。

 なんとなく、モモを連想するな。


「はぁっ!?な、なんでよわよわなおにーさんが、こんな結果をっ!?宮廷魔法師レベルとかあり得ないんだけど!」


 お、どうやら、早々にわからせが始まってしまったようだ。

 見たか、俺のわからせオーラ。


「おかしいな」


「……?」


「弱々しくて雑魚と聞いていたのだが……いや、なるほど、分かったぞ。お前の頭の中では、これでも雑魚ということか。さすがは賢者だ、次元が違うな」


「っはぁあ!? ム カ つ く〜っ!いいもん、これからが本番だもん!!」


 愉快、爽快、気分がいいとはこのことだな。

 しかし、こちらとしても、これは前戯にも満たないお遊びだ。

 本番はこれから、というのは俺が言いたい。


「それで、あれは何属性だったんだ?」


 怒っていても、教えるつもりはあるようで、答えるフロレンティーヌ。

 もっと怒らせたくなっちゃうじゃないか。


「あれは闇と魅了と炎、適性が高い順に。あ、でも三属性だからって調子に乗っちゃダメだよ?あたしは十個も属性あるんだし、魔力量だってその一億万倍はあるんだし!」


 一億万倍とは。

 語るに落ちているじゃないか。


「それで、前はなにしたの? 無属性はやったよね?」


 滅茶にご機嫌斜めだったが、自慢によって機嫌を取り直したようで、再び泣かせたくなる顔で訊いてくる。


「魔力操作と軽い付与は習ったが、それだけだ」


「はあ、そこからか〜。 世話が焼けるな〜。じゃあ、とりあえず身体強化から教えるから、耳の穴かっぽじってよぉく聞いてね?」


 フロレンティーヌの魔力が、その体を覆うように纏わる。

 そして、虚空から、今度は石を取り出し、握り潰す。


「これが身体強化。ふつーはニ、三倍くらいだけど、あたしみたいにつよつよだと十倍はざら、あたしは最高六十倍♪ どう? 身の程理解できちゃった?」


「ああ、やり方は理解できた。……こうか?」


「はい、全然違いますぅ〜。おにーさん、なにやってるの〜? ダッサ! ダサダサだよっ!」


 チッ、調子に乗りやがって。

 そんなに興奮するなよガキ。


 それにしても、なぜできないんだ?

 魔力の纏わせ方は完璧に再現できている。

 無属性での魔力しか使っていないのも共通だし、俺だけできない理由が見当たらない。


「おい、魔力の操作は同じなのに、なぜできないんだ?」


「はぁ? なに言って……え、ホントにできてるじゃん? ぷっ、おにーさん、身体強化使えない体質じゃん〜? よわよわすぎでしょ〜?」


 なにを言っているんだ。

 そんなこと聞いたことないぞ?

 原作での戦闘時のゼフィリアンの動きは、身体強化抜きではとてもできないようなものだっだ。

 そもそも、原作では身体強化は誰でも使えると言っていた。

 それだと矛盾している。


「身体強化が使えないなんて聞いたこともない」


「正確には使えないんじゃなくて、使えてるけど効果がないってこと!身体強化っていうのは、魔力に弾力とか硬さを持たせて、外付けの筋肉とか骨格を作る技術。でも、おにーさんみたいな場合は、魔力がサラサラすぎて性質の変化を邪魔しているんだよ! ぷぷ、かわいそー」


 そんな設定があったのか。

 さすが“ヒカユセ”、抜かりない。


「それなら、どうして付与はできるんだ?」


「付与っていうのはね、物質が持つ魔力を増やす技術だから、むしろ繊細に細部まで行き渡るサラサラ魔力の方が簡単にできるってこと! よわよわで無知とか、おにーさん情けな〜」


 メリットはあるというわけだ。


 なんとなく察しているかもしれないが、こいつ魔法に関する質問への反応速く、回答で異様に饒舌になるのは、こいつが魔法オタクだからだ。


 原作での登場シーンは、風呂掃除をしていたら液体化したフロレンティーヌがシャワーから出てくる、というもので、多くのプレイヤーや読者の度肝を抜いた。

 その背景も、魔法を誤爆させ戻れなくなり危機一髪で助かった、と、魔法オタク全開だった。


「バレットも硬化もできないけど、その分感覚系の無属性魔法は強力になるから喜んでいいと思うよ〜? まあ、身体強化は使えないけどね? ぷぷっ」


 バレットは無属性の魔力を撃ち出す遠距離攻撃で、硬化は名前の通り体の一部分を硬くする防御技だ。

 言われてみれば、どの戦闘シーンでも、ゼフィリアンがこれらを使っていた様子はない。


「じゃあぁ、遠見ディスタンスヴィジョン! こう!」


 フロレンティーヌの目に魔力が集まる。

 なんだか、面倒くさい構造だな。


「どう? できる? できそう? ううん、できないよね〜、おにーだんなんだし」


「……できた」


「は? う、嘘……は、早すぎ! っしかも、精度も一級って……!」


「次は?」


「えっあ、つ、次は超聴覚スーパーヒューマンヒアリン超嗅覚スーパーヒューマンスメオ!これは難しいから、おにーさんには厳し……」


「できたぞ」


「っ! そ、そんな! あたしでも習得に十分は掛かって……んんっ。よ、よくできたねおにーさんっ。でも、さすがに第六感シックスセンス超直感ハイパーガットフィオリンまでは、そう簡単には……」


「できた」


「な、なんで……」



 その後は、記憶力や思考速度の強化など脳に関する者や、反射神経や瞬発力をあげる末端神経と脊髄の強化などを習得し、今日は終わりとなった。


 魔法、意外と楽しいじゃないか。



「あはは……あたし、なにを威張っていたんだろう……賢者とか、恥ずかしいだけだし……あれ、目から生暖かい液体が……なんだこれ?…………魔法、つまんな……あはは……」



 明日はいよいよ属性魔法だ。

 明日がとても待ち切れない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る