第1話 女の子に○○バレさせてみた
「失礼します」
俺は、当主である父、ゼノルベドの部屋を訪れていた。
魔法という概念に対し理解が浅い俺は、誰かに教わるのが手っ取り早いと思い、教師をつけてもらうべく訪れたのだ。
「……」
無言の圧力。
強面である父は、こちらを睨むようにジッと見つめる。
そこから生み出される威圧感は、肝の小さい者なら逃げ出してしまうような、尋常じゃない恐ろしさを持つ。
だが、ここで逃げ出すのは悪手どころか論外と言える。
なぜなら、父ゼノルベドは──
「──おおおおおお!! よぉく来たなぁああゼフィたん! どうした、パパに、パパに会いたくなったのか!?!?」
──凄まじい親バカだからだ。
「いえ。今日は、魔法の教師をつけてもらいたくて来ました」
「ぬ、そ、そうか……いや、待て!? お前から魔法教師を望むとはなにごとだ!?」
俺としては不本意な驚かれ方だが、ゼノルベドが怪訝に思うのも無理はない。
俺が五つの時につけてもらった魔法の教師は、俺の、子供とは思えない口の悪さと性格のキツさに鬱になり、やめてしまった。
それからもしばしば、教師の提案はされていたが、その全てを'ぐずる'という必殺技で蹴ってきた。
そんな俺が自ら教師を求めるとは、思ってもみなかった非現実的な事態だろう。
さて、親バカと言っても、ゼノルベドは大事なときだけはそのフィルター抜きで考えるタイプだ。ここで生まれた疑念を解消しなければ、適当な木っ端教師が選ばれる恐れがある。
「実は、夢を見たのです」
「夢か」
「はい。それは、魔法が使えることで、好みの女性を簡単に引っかけられる、というものです。効果はなんと、なにもしないときの三倍」
普通なら、明らかに親にする会話ではない。しかし、忘れてはいけないのが、ゼフィリアンは信じられないほど好色だということだ。
その程度は、モモが未だに処女なのが不思議なくらい。
よって、今ゼノベルトに話した動機は、その疑いを解くのに大いに貢献することだろう。
「ほう、それは納得だ。いかにもお前じゃないか。 よかろう、ゼフィ! お前に、飛びっきり美人で優秀な魔法の教師をつけてやる!」
「……ありがとうございます」
……いや、思ったよりあっさりだったな。
最善にいっても、もう少しくらいは試されると思っていたのだが。
しかし、それは自体は嬉しい誤算なのだが、俺の好色が理由だと考えると、こう、複雑なものがあるというか……。
まあ、なんにせよ、この大事な時期に、少しでも時間が節約できたのは嬉しいことだ。素直に喜ぼう。
}{
「お兄ちゃん?」
ぼんやりと部屋に戻っていたら、妹が現れた。
紫色の瞳に、俺と同じ純白の髪、顔も、ゼフィリアンの血縁者だけあって、人にあるまじき端正さを誇る。
たしか、この娘の名前はセレナで、第三婦人の娘だ。
「セレナか。なんの用だ?」
しかし、セレナが俺に話し掛けてくる目的が分からない。
原作では悪役令嬢として有名だが、そういえば兄妹である俺との関係は明かされていなかった。
もしかしたら、このセレナの行動を解明すれば、その、原作からは分からなかった情報が得られるかもしれない。
「いや、用っていうか……見かけたら、それくらい言うでしょ?」
若干不満げな声音で、セレナが答える。
セレナの中ではそうなっているらしい。
やもすれば、今のところ純粋そうなセレナが、どうして性悪悪役令嬢になったのかが解明できるかと思ったが、残念。
「……そうか」
「うん」
そのまま通り過ぎようとする。
「……えっ、ちょっと待ってよっ」
「なんだ?」
やはり、同じ家出身の悪役同士のシンパシーというか、特有の合図でもあったのか?
期待が膨らむ。
記憶を探る限り、なにか二人だけのシグナルのようなものはなかったと思えるが、それでも胸を躍らせずには居られない。
というか、そもそも、セレナはこんな辿々しく喋る娘じゃなかった気がする。原作では、立派に悪役令嬢しているような娘だし。
その要素も、俺をさらに期待させてくれる。
「えっと、その……」
「……」
「……ちゅ、昼食……たまには、いっ一緒に、と思って……」
さらに記憶を探る。
人の記憶というものは、無意識に付けられたタグによって思い出される。タグ、つまり記憶という引き出しに付けられた取っ手が多いほど、思い出しやすくなるということだ。
今度は、セレナがわりと親しい間柄という線も含めて探る。
……どうやら、昔はわりと、というか、滅茶苦茶仲がよかったらしい。
ゼフィリアンの記憶─—人格が融合しているため、そう呼ぶのも奇妙だが─—にも、楽しい記憶として仕舞われている。
「……お兄ちゃん……?」
その声に、思考の渦から戻り、セレナを見る。
すると、セレナは今にも泣き出しそうなくらいに不安そうな顔をしていた。
「それはいい。もちろんだ」
「ほ、本当……?」
「ああ」
「……うん。……うんっ。 そっか! じゃあ、いつもの部屋で待ってるっ!」
俺の返事を噛み締めるように二回頷き、元気にそう残して去っていくセレナ。
その顔は、とても幸せそうなものだった。
}{
「あっ、そこはっ だ、ダメです! ぃやっ、そ、そんなトコまで……っ!」
部屋に戻ると、俺のベッドの上の毛布がうごめいていた。
そこからは、艶のある甲高い声が漏れていた。
普通、人はこれを怪奇現象として不気味がる。
だが、俺は違う。
理由は、実態を知っているから。
断定しよう、これはモモの仕業だ。
「——なにをしている、モモ」
「っひぃゃ!?ぜ、ゼフィ様!?こ、こここれはそのっ!」
一度毛布が跳ね上がり、その中からモモが出てくる。
ほらな。
こういうことが、ざらにあるんだ。
「これは、なんだ? 続きを言ってみろ」
「いやぁっ、その、お、お掃除といいますか……スッキリさせていたといいますか……」
「掃除? それは興味深いことを聞いた。つまりお前は、掃除をする時に、いつもあのような様になるわけだ。それはなんとも難儀な話だな」
「は、はい!こ、困ったものですっ」
「……俺に偽るか。モモ、お前には、お仕置きが必要なようだな」
「お、お仕置きっ!?……ハア ハアッ」
なるほど。
今更ながら気付いたが、モモにはお仕置きという名の虐めを施しすぎて、癖になってしまったようだ。
言葉尻が跳ねるのは、モモが密かに期待しているときの表徴だ。
ならば、ここはこうするのが正解だな。
「いや、やっぱりお仕置きはなしだ」
「え、なし……?」
「よく考えたら、俺は掃除のなんたるかは知らん。そんな俺が、それをメイドであるお前にケチをつけるのは違うだろう」
「で、でも……お仕置きするって……」
「なんだ、不服か? 俺に嘯けと?」
「い、いえ、そんなことは……!」
「ならよかろう」
物欲しそうな、シュンとしたような顔をするモモ。
放置作戦だ。これなら、欲しがりなモモのお仕置き代わりになるだろう。
そして、一応モモの尻を蹴っておく。
「分かったら、さっさとそのお前が湿らせたベッドの処理をしろ」
「し、湿っ!?も、申し訳ありません!!今すぐに!!!」
モモは驚愕と狼狽、そしてそれを上回る羞恥により真っ赤な顔で目をグルグルにし、いつもの二倍速くらいの速さでベッドメイキングを始める。
そんな様子に呆れながら、俺は、昼食のために指定の部屋に向かって歩を進める。
}{
「セレナ」
「お兄ちゃん!」
部屋に着くと、セレナ飛び付いてくる。
さっきまでの辿々しさは、もう見られない。
「少し遅れたか?」
「ううん、私が早いだけだよっ。待ちきれなくて!」
「そうか」
社交辞令─—それを家族に対して用いる不自然さはさておき─—とかではなく、余程楽しみにしていたようだ。
喜色満面のセレナを見ていると、違和感のパラダイスとか考えていたのが申し訳なくなってくる。
「今日はね、お兄ちゃんが好きな料理を用意させたんだよっ!
──シェフ、料理を持ってきなさい」
驚くべき切り替えの早さを見せ、セレナが冷たく命令する。
ここは悪役令嬢感全開だ。
このちょっとした行動からでも、溢れ出る悪役オーラがレベチ。
これから察するに、俺への態度はなぜだか柔らかいが、もうすでに悪役令嬢としては完成されてしまっているようだ。
「畏まりました」
この二面性は恐ろしいが、同時に嬉しくなる。
薄々気づいていたとは思うが、俺は、このゲームが好きだ。原作は当然観賞用プレイ用布教用各スペア一点の六点買ったし、小説版や漫画版などでもは観賞用読書用布教用の三点セットで必ずかっていた。無論のこと、付録や特典も網羅していた。内容も全て完璧に記憶してある。
そういう具合だ。
ゲームは全ルート廻りまくったし、設定や裏設定なども、公式が用意したものから考察まで余念なく頭に入れていた。
だが、そんな俺でさえ、セレナがゼフィリアンに対してのみ柔らか態度をとる、という描写や設定、考察は知らない。
俺の“光の勇者伝説愛”、通称“ヒカユセ魂”に火がつく。
もう後戻りはできねぇぜ?
もっと、もっとセレナについて知りたい。
俺の知らない世界という余白を、真っ黒に塗りつぶしてやりたい。
「セレナ」
「なに?」
「今夜、俺の部屋に来い」
「……えっ。それってまさか……そういうこと……?」
こちらを見上げてくるセレナに、首肯いて返す。
「そういうことだ」
「~~~っ!!分かっ、た……っ」
「?」
赤面して俯くセレナ。
なぜこんなに興奮しているんだ?
まあいい。
なんにせよ、俺は、他にも俺が知らない隠された設定があるかもしれない、というだけで満たされているからな。
細かいことなど、最早気にもならんわ。
セレナを調べるのが、実に待ち遠しい。
「おい、セレナ。そろそろ料理が来る。座れ」
「ぁ……うん」
俺は抱きつくセレナの肩に手をおき、離す。
一瞬セレナが名残惜しそうな声をあげたが、今はランチタイムだということを思い出したようで、危なげにふらつきながらも、素直に席に戻る。
この後は普通に昼ご飯を食べた。
一刻も早くセレナを調査したい気満ちもあったのだが、やむを得ず断念することになった。理由は不明なものの、セレナはずっと上の空だったのだ。なにを聞いても『うん』とか『そーなんだ』とかとしか言わなかったのだ。やむを得ず、本当にやむを得ずに断念した。
}{
「せ、セレナです」
夕食を済ませ、夜七時。
ノックと同時に、セレナの声が聞こえる。
「入れ」
「はいっ」
入室。
セレナの格好は、際どい紫のネグリジェだ。
おい、十歳の幼女になにを着せているんだ。
俺の
用心して、セレナが扉を閉めたタイミングで言う。
「あぁ、鍵は閉めておけ」
「っ!……分かった……っ」
いちいち動揺するとは、さてはなにか勘違いしているな。
マセガキめ。
残念だったな、俺は鋭いんだ。見逃してやらんぞ。
そして、そのマセガキは、そのままベッドに上がり、俺の隣に座る。
「……」
「……」
沈黙が続く。
二分ほど経ち、セレナからはなにも言うことがないのを確認する。
これでもう、俺の用件だけを一方的に果たせばいいという状況は整った。
「セレナ」
「っな、なに?」
ビクッと肩を軽く跳ね上がらせるセレナ。
俺は、感情を込めずに言い捨てる。
「そろそろ始めるか」
「~~~っ!!」
セレナは声にならない声をあげる。
「あの、お兄ちゃん、私、初めてで……」
「分かっている。大丈夫だ、お前は俺の言った通りにしていればいい」
「お、お兄ちゃん……!」
無言でセレナの頬に触れ、顔を近づける。
蕩けた目で見つめてくるセレナ。
「セレナ……」
「お兄ちゃん……」
「なるほど。マクロ目のきめ細かさに違いはない。睫の本数と長さも、一致する。他には……」
「……は?」
スッと、悪役令嬢モードの時のような、冷めた表情になるセレナ。
「この切り替え、なにかの条件を満たしたということか? しかし、それにしては、なにか特別なことをした覚えもない。……どういうことだ? ますます気になって──」
「ちょ、ちょっと待ってよ! まさか、私を部屋に呼んだのって……そんなことを調べるため、だったの……?」
そんなこととは、聞き捨てならないことを聞いた。
「他になにがある?」
セレナは、世話しなく顔色を変える。赤くなり、次に青くなり、そしてまた赤く。
それを終えると、今度は完全に無表情になり、固まってしまう。
「セレナ?」
「……ま……なん……い……」
「……なんと言った?」
「騙すなんて、お兄ちゃんのバカ! クズ野郎っ! もう知らないっ!!」
「おい、どこへ行くっ」
「ついてこないで!」
行ってしまった。
驚異的に毒を含む捨て台詞だ。
こんなの聞いたことないぞ。
マセガキの”マセ”の部分で実験した甲斐があった。
それで……呼び止めるか?
……いや、時間はまだある。焦る意義は見出だせない。それに、様子がおかしかったといっても、所詮は十二歳児。三歩歩けばとまでは言わないが、三時間もすれば元通りだろう。
セレナ以外の余白も探すなど、他にもすることはあるし、ゲームのセレナとこの世界のセレナが同一人物だと知れた今は、丁度いい区切りと言えよう。
他のことに時間を使うべきだな。
しかし……ああ、楽しみだ。
世界が輝いているかのようか錯覚すら覚える。
二つの人生に亘って、俺の世界に彩りを与えてくれるなんて。
神ゲーすぎるだろ、"ヒカユセ"。
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近日ノートの方でモモのAIイラストを載せたので、キャラクターのイメージを固めたい方は是非ご覧ください(^^)
それと、今更ですが「ゼフィ」の読み方は「ぜふぃい」です。伸ばします。
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