第3話 異世界転移(B1パート)目醒め
男性は目を醒ますと気だるげに上半身を起こした。
「ここは、どこなんだ」
あたりを見回して状況を確認しているようだ。
「カイル・オルタード様、気づかれましたか。私たちは今、窮地に陥っています。カイル・オルタード様のお力で救っていただきたいのですが」
「カイル・オルタード。私のこと、か」
「はい。伝説の天才軍師カイル・オルタード様でいらっしゃいます」
まだ眠気があるのか、左手で頭を掻きながらあくびをしている。
「たしか大型トラックに撥ねられたはずなんだけど、生きているということはあなた方に助けられたということですよね。どうやらここは異世界のようだし、とりあえず皆さんに感謝いたします。助けていただいてありがとうございました」
男性は寝台に下肢を投げ出したまま一礼した。
「それで私にどうしてほしいのでしょうか。ここは今までいた世界とは異なるようですし、状況がよくわかりません。すみませんが、あなた方の素性と今の状況を手短にご説明願えますか。できれば地図もあると助かるのですが」
「わかりました。すぐに用意させます。カイル・オルタード様の新しい服も必要ですね。油製の服もボロボロになっていますから」
「油製の服。あ、ポリエステルのことか。ここには油製の服はないのですか」
「油をどうやって糸にするのか。その技術がございません。やはり異世界から来られたようですね。グノーさん、地図を使って今の私たちの状況をカイル・オルタード様に教えていただけますか」
「わかりました」
そう言うとグノーはなにもないところから大きな地図を取り出した。
「魔法の地図ですか。いや、その指輪のせいかな」
「さすがに眼力が鋭いですね。この〈収納の指輪〉には多くのものが入れられます。その気になれば水を大量に保管することもできますよ」
「便利そうですね」
「これを先代のカイル・オルタード様から下賜されたのが、わが師ナジャフです」
グノーは続けて大きなテーブルを取り出して、人数ぶんの椅子も用意した。
「カイル・オルタード様、こちらへいらしていただけますか」
その言葉に寝台から立ち上がったカイル・オルタードがテーブルへ歩み寄っていく。テーブルにはすでに大きな地図が敷かれていた。
「言葉は通じるようだけど、文字はやはりダメか」
「そういえば、話す言葉は外国語のようですが、意味はしっかり伝わっていますね。でも文字はわかりませんか」
カイル・オルタードの言葉自体は方言のように聞こえるが、意味は伝わってくる。これが神の力により異世界から渡ってきた人に特有の性質なのかもしれない。
「この地図、一枚もらえませんか。私の世界の文字で書いて把握したいので」
「グノーさん、地図の複製は頼めますか」
「心配ご無用です。材料さえあれば何枚でも複製は作れますので」
「魔法のようなもの、か」
「それでは複製のほうで説明しましょう。ペンとインクは入り用ですか」
そう言いながらペンとインクを取り出していた。
「助かります。では現在地を教えてください」
「今はこのユニスの深い森と呼ばれる森林地帯にいます。ここから北西へ離れたところに皇都があります。私たちが目指すべき場所です」
「目指すべき場所、か。そういえば私の名前は聞きましたが、皆さんの名前を知りませんでした。場を取り仕切っているあなたの名前からお教え願えますか」
「私はアキと申します。こちらにおわすのがわが主のソフィア皇女です。皇位の正統継承者です」
「皇女様がなぜこんな鬱蒼とした森の中にいるのですか。ちょっと待ってください。えっと、おそらくですが、何者かに皇位継承を邪魔されていませんか。それも政権の高位の者に」
「よくおわかりになりましたね。宰相のエンニオが皇位継承を邪魔しています。あろうことかソフィア皇女を放逐し、独裁政権を築いています」
「ということは、皆さんが私に期待しているのは、皇都へ帰参して独裁宰相を倒し、ソフィア皇女を即位させること、と考えて間違いありませんか」
「本当、見てきたように言い当てますね。そのとおりです。なんとかしてエンニオを排除して、ソフィア女皇を誕生させたいのです」
まだ眠気が残っているのかクセなのかはわからないが、左手で頭を掻いている。
「ちなみに彼我の戦力差を知りたいのですが。まずこちらの手勢は何名ほどですか」
「ソフィア皇女様、その親衛騎士団二十四名、六勇者の計三十一名です」
「ではエンニオ側の手勢はその何百倍といったところですか」
「皇国軍が全員敵にまわったとすれば三万名です」
「だいたい千倍ですか。まともに戦って勝てる道理がありませんね」
「カイル・オルタード様の智謀を持ってしても、でしょうか」
「戦って勝てると思うのは妄想もよいところです。ただ、宰相のエンニオが軍権を握っていたとして、兵士たちがソフィア皇女様に歯向かうのをよしとするか。それ次第で戦いようはありますが」
「戦える可能性があるのですか」
カイルオルタードは静かに首を縦に振った。
「ただ、前提条件が三つあります。まずソフィア皇女様が国民の支持を得ていること。近隣国から支持されていること。そして歯向かう軍に対抗できるだけの手段があること。この三つです」
「ソフィア皇女は国民の支持は得ています」
「それは皇族だからですか。それとも政治手腕を買われてですか」
「皇族だからです」
「それでは国民の支持を得ているとは言えません」
即答だった。
「ではこの国のことと、周辺国のことを教えてください。おそらくですが、ソフィア皇女様は近隣国の諸侯と婚約関係があるのではありませんか」
「本当によくおわかりになりますよね。こちらにおわすレイティス皇国のソフィア皇女は、隣国セラフ公国のユニウス公子と婚約しております」
グノーが地図でレイティス皇国とセラフ公国の位置を指し示した。カイル・オルタードは見知らぬ文字で書き込んでいく。
「いい位置関係ですね。これなら条件次第で千倍と張り合えるかもしれません」
「なんとかなるのですか」
ソフィア皇女と目を合わせると、カイル・オルタードへと視線を走らせた。
「ちなみにソフィア皇女はレイティス皇国のどちらを所領しているのですか。そしてユニウス公子の所領も知りたいのですが」
「ソフィア皇女はレイティス皇国の南部、このユニスの深い森の北の一帯を所領しております。ただ、今はエンニオが軍で支配していますが。そして、ユニウス公子の所領はこちらです。ユニスの深い森の南部に位置しています」
「ということは当面、宰相のエンニオも手出しできなくなる、ということか」
「エンニオに手出しさせない秘策がおありなのですか」
「ちなみに一年が何か月かと今が何月でどの季節かを教えてください」
カイル・オルタードは右手人差し指で右こめかみを叩いている。
「一年は十二か月で構成されています。今は七月で夏です」
「ということは九月が収穫の秋ということでしょうか」
「そのとおりです」
手を止めるとひと息ついて、安堵の表情を浮かべている。
「では、これから指定することを実行していただけますか。うまくすれば一年三か月後には国民の支持を得られ、周辺国からも支持されます。あとはエンニオに従う軍と対抗できるかですが、周辺国から軍を派遣してもらえばなんとかなるでしょう」
その場にいたカイル・オルタード以外の人物が
「今から言うことを書き留めてください。そしてそれを過たずに実行に移すのです」
(第1章B2パートへ続きます)
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