第4話 異世界転移(B2パート)一年三か月
カイル・オルタードの献策により、ソフィア皇女はユニウス公子へ書状をしたため、使者を送り出した。
それが成立すれば、ソフィア皇女とユニウス公子の所領は一年三か月の間交換されることになる。
ユニウス公子が公国軍を率いてソフィア皇女の所領へと進軍するだろう。皇都からソフィア皇女が支配することになるユニウス公子の所領への栓の役割を果たすのだ。
これにより一年三か月、ソフィア皇女は身の安全を手に入れることができる。ユニウス公子にしても、婚約者を助けたいはずだ。この提案に必ず従うだろう。
すべての準備が整うのを待って、カイル・オルタードは問いかけてきた。
「できれば、私もこの異世界で生き残る術を手に入れたいんですが。剣を教えていただけませんか」
「軍師様は剣など振るわなくても、采配だけしていただければ」
「いえ、少なくともこの世界にどのような脅威があるのかや、どのような力があるのかなどを知らなければ、一年三か月後の本番で苦戦は免れません。まず私自身が自分の身を守れるようにならなければならないのです」
「ではソフィア皇女と同行していただくわけには」
「いきませんね」
即答された。よぼと強固な意志があるに違いない。
「それではここから近いところにある剣の達人が開いた道場をご紹介します。付き添いは必要ですよね」
「いえ、たった三十一名しかいないのですから、ひとり抜けるとおおごとですよ。一般的な剣をひと振りと基本的な握り方・振り方を教えていただくだけでかまいません。あとはひとりでなんとかしますよ。ちなみにここから歩いて何日くらいかかりますか」
「それでしたら、私が馬で街の前までお連れいたします。馬なら数刻走るだけで着きますので。そこから取って返してもソフィア皇女一行の出発にじゅうぶん間に合いますから」
「わかりました。それではそれでお願いいたします。では、剣をいただけますか」
「私の剣はマジックアイテムなんですよ。こちらをお貸ししましょうか」
腰に佩いている魔法の双剣〈風鳴り〉をかるく叩いた。
「いえ、普通の剣でないと実力が身につきません」
魔法のかかっていない普通の剣をひと振り手渡した。
「まず剣の握り方ですけど、小指と薬指で握って、残りは添えるだけ。これでいいですか」
「はい、それでかまいませんけど。もしかして経験者でいらっしゃいますか」
「いえ、ゲームの勉強をするときに剣術の本を何冊か読んだだけですよ。たしか刀は小指と薬指の二本で持て、と書いてあったはずです」
「ゲーム、ですか。お遊びでも剣術が必要になる世界で生き抜いていたのですか」
「あちらの世界は平和そのものですよ。とくに私が住んでいた国は八十年以上国際的な戦争はしていませんでしたから」
「平和ですか、いいですね。わが国は魔物との戦いが長く続いていて、人々が安らかに暮らせる時代を早く築きたいところですね」
カイル・オルタードは剣を右手と左手で持ち替えながら、剣を握っている。
「では、剣の振り方を教えてください。二本指で持っているとかなり素早く剣のバランスがとれるのはわかりましたから」
「そうですね。剣は重みを活かして大きく弧を描くように振ってください。当たる直前にすべての指で強く握り込む」
言葉どおり縦に剣を振ると、剣は地面へとめり込んだ。
「ちょっと握り込むのが遅れましたのね。本来ならもっと早く握って二の太刀を出せるようにするべきでしょうか」
「そうなんですけど。本当に経験者じゃないんですか」
「子どもの頃にホウキとちりとりで騎士のマネごとはしていましたけど。あれで正しい振り方がわかるわけもありません。まあ時代劇を見ていたからかっこいい振り方を見取り稽古していたのかも」
「時代劇、ですか。どんなものなんですか」
「昔の剣豪が、バッサバッサと悪党を切り倒していく演劇ですね」
「なるほど。では剣さばきも見たことがない、というわけではないんですね」
「実践できるかどうかは別問題でしょうけど。すみませんけど、受けていただいてよろしいですか」
「いいですよ。じゃあ私も普通の剣でお相手しましょう」
「お願いします」
カイル・オルタードが剣を構えるとゆっくりと振りかぶった。そこから一瞬で剣が振り下ろされる。下から剣で弾くと、カイル・オルタードの剣は宙を舞った。
「これは握り方の問題ですよね。アキさんの剣が見えた段階できちんと握っておくべきでした。実践経験がないとこんなものですね」
欠点の分析が的確だ。やはり伝説の天才軍師カイル・オルタードの眼力は疑う余地がない。
「それでは明日から近くの剣豪を訪ねます。ちょうど今、弟子を募集していますから、カイル・オルタード様なら見ていただけるはずです。推薦状も用意いたしますので」
「試験を経ずに弟子入りするのは本意ではないかな」
「その試験がとてつもなく難しいんですよ。この世界には竜岩という金属よりも堅い岩があるんですけど、それに傷をつけられるかどうかを試されるんです。あまりの難易度に新入りの弟子をとらないときもあるのです」
「そんなに堅い岩があるんですか。傷をつけたらっことはほとんどの人は傷すらつけられないってことですよね」
「はい、さようです。私もこの〈風鳴り〉を使わないとうっすら傷がつくくらいなので」
そうか〈風鳴り〉があった。風を切るほど高い音が鳴り、切断突貫力が高まるのだ。これは先代のカイル・オルタードがアキの師匠であった勇者レフォアへ下賜した、この世にふたつとない魔剣である。
「推薦状とこの〈風鳴り〉があれば、グラーフ様はカイル・オルタード様を弟子にとるでしょう。これからの修行の助けになれれば〈風鳴り〉も本望でしょう。どうせ契約が決まれば一年三か月は剣を振るう必要はなくなるのですから」
「そう言えばそうか。でも暗殺者が現れないともかぎりません。〈風鳴り〉は持っていたほうがよろしいでしょう」
「こうしましょう。これは双剣ですので、一本をお貸しします。一年三か月後に返しに来てくださればそれでじゅうぶんです」
右手人差し指でこめかみを叩いていたカイル・オルタードだったが納得したのか柔和な顔つきになった。
「わかりました。それでは一本だけお貸しください。必ず返しに伺いますので」
頷くと〈風鳴り〉の片割れをカイル・オルタードへ差し出した。
「では、明朝に出発いたしますので、準備をきちんとなさってくださいね」
「うーん、私の準備とは言っても、手持ちの財産もありませんし、取り立てて持っていくものもありませんよ。今すぐ執達してもかまわないくらいです」
今は地図とペンとインク、普通の剣ひと振りと〈風鳴り〉の片割れを持っているだけだ。それがカイル・オルタードのこの世界での所持品と言ってよい。
カイル・オルタードは右手に〈風鳴り〉を、左手に普通の剣を持ってさまざまな振り方を試している。どうやら二刀流を試しているようだ。
「カイル・オルタード様、二刀流に興味がおありなのですか。それでは私が鍛えて差し上げられますが」
二本の剣を振っていたが、動きを止めて双方を鞘に納めた。
「いえ、私は自分の身を守るだけの力が欲しいだけです。ズルをせずに、ね」
照れたような印象を受けるが、修行に対して逸る気持ちを感じさせた。
(第2章A1パートへ続きます)
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