第2話 異世界転移(A2パート)捜索
ユニスの深き森でも背の高い草が生えている地域へと向かった。
道やその周辺は調べ尽くしているはずなので、他の団員が調べないだろう部分をしらみつぶしに確認してまわるのだ。
それほど狭くもない森だが、草深い部分は馬上からでも確認は難しい。
とくに今向かっている場所は、背の高い葦が群生しており、見通しがまったくきかなかった。
愛馬から降りて、葦を分け入っていく。
最初にここを選んだのはただのカンである。どこから捜せばよいのかわからず、とりあえず気になるところを地図で確認したときにここが目に入って気になったのだ。
もしここに人がいたとしたら、発見されることはまずないだろう。召喚された人物が意識を持っていればすでに移動されている可能性もある。
過去の天才軍師カイル・オルタードは召喚されてからすぐに先皇の前に馳せ参じたという。であれば、今回召喚されたカイル・オルタードもすでに移動しているのかもしれなかった。
だが、宰相エンニオのもとへ向かった報告がないため、おそらくはまだ森の中だろう。
そのとき、小動物が動いて葦に触れたかすかな音を耳にした。なにか不審なものがあったのだろうか。
音を頼りに近づいていくと、不思議な服装をした人物が倒れていた。もしかしたらカイル・オルタードかもしれない。慌てて駆け寄った。
「だいじょうぶですか、カイル・オルタード様」
反応がない。もしやすでに事切れているのか。それでは召喚術が失敗したということだろうか。
倒れ伏す人物の体をチェックするとどうやら何者かに叩きつけられたように全身を強く打撲しているようだった。
上半身を抱き起こして、傷を癒やすポーションを口から飲ませようとすると、わずかながら反応があった。
「これは怪我を癒やす薬です。飲めば痛みが引きますのでお飲みください」
ゆっくりとポーションを口へ流し込むと、少しずつだが飲み始めた。おそらく痛みが強いのだろうが、まずは傷を癒やすのが先である。
「しかし、どうしてカイル・オルタード様がこのような怪我を負っていらっしゃるのですか」
問いかけても答えは返ってこなかった。
ポーションを一本飲ませ終えると、効き目が現れるまで周辺を見渡してみた。すると不思議な素材のバッグと金属製のラウンドシールドが見つかった。
持ち上げてみようとしたが重すぎる。カイル・オルタードはこれを持ってなにと戦っていたのだろうか。巨人やドラゴン。
いや、今はその詮索をしている時間はない。すると男性の右手がピクリと動いた。
「カイル・オルタード様、意識は戻りましたか。ポーションをもうひと瓶飲ませますので、ゆっくりとお飲みください。私の手持ちはこの二本だけなので、あとは宿営地まで戻ってから回復術師に委ねますので、今しばらく辛抱願います」
二本目を飲み終えた男性は、痛みが和らいできたのかそのまま眠りについた。
愛馬で宿営地まで戻り、応援を連れて現場に戻って来ると、男性とバッグと金属製のラウンドシールドを持ち帰った。
「アキさん、この方がそうなのですか」
「はい、おそらくは。不思議な素材の服を着ていますし、バッグも同様です。とても重いラウンドシールドを持っていたことから、なにかと戦っていたのかもしれません」
「ワイルズを呼んでください。彼ならこれをひとりで持ち上げられるでしょう」
六勇者のひとり、剛腕のワイルズが病室に入ってきた。
「ワイルズさんよく来ました。あなたにこれを持ち上げてほしいのですが」
金属製のラウンドシールドを指し示す。
「へえ、金属製のラウンドシールドですか。しかもかなり分厚いですね。これを片手で持ち上げられるのは俺くらいでしょう」
ワイルズは事もなげに左手でラウンドシールドを持ち上げた。
「これ、見かけ以上に重いですね。金属自体が重いような。そのくらい特殊な金属だと思います」
男性を回復の神術で癒やしている六勇者のひとり、聖女エルドールも疑問に思ったらしい。
「この金属はおそらく高い精錬技術で製造されたのではないかと存じます。彼の着ていた服も絹や木綿だけでなく油で出来ていましたから。この大陸にはそれだけの技術はありません」
そう言ったのち、再び回復の神術に集中していく。
「油で出来た衣服、ですか。賢者のグノーの意見はどうなのですか」
病室の片隅にいたグノーが挙手した。
「これはおそらく異世界の技術でしょう。少なくともプレシア大陸にはありません。異大陸であってもそれほど技術力に差があるとは聞いていないので。それを考え合わせれば、異世界か、神界、魔界といったあたりから来た人物なのではないか、と」
「グノーも同意見ですか。では異世界から召喚されてきた人物、というのが正しい認識でしょうか。であれば六勇者を集めてこの人から話を聞く必要がありそうですね」
「残りの三人を連れてきてください。私とアキさん、それと六勇者には、彼から話を聞く権利がありますので」
ソフィア皇女の言葉にワイルズが立ち上がり病室を後にした。
しばらくして三名を連れて戻ってくる。
「皇女様、三名を連れてきました」
「ありがとうございます。それでは彼が目を醒ますのを待ちましょうか」
するとタイミングよく男性が目を醒まそうとしている。
「カイル・オルタード様、召喚に応じていただきありがとうございます」
アキが急いて問いかけても反応は薄い。
「カイ、ル。カイル」
「名前の呼びかけに応じています。この方は間違いなくカイル・オルタード様に違いありません」
回復の神術を用いていたエルドールは祈りの言葉を紡いでいる。順調に回復しているはずだ。賢者のグノーが油製の衣服を興味深くチェックしていた。
「少なくとも、異大陸人であることは疑いないでしょう。油製の衣服などというものはこのプレシア大陸には存在しませんからな」
「油で服が作れるのか。火を着けたら瞬時に燃え上がってしまうだろうに」
魔術師のシリユナガが見解を示した。確かに火が着けばただでは済まないだろう。次いでワイルズが金属製のラウンドシールドを持ち上げている。
「これを持っていたらしい。そして全身を強打して昏倒するほどの大怪我をしている。まるでドラゴンと戦っていたかのようだ」
「ドラゴンと戦うバカがいたとはな。勇者隊全員でかかっても勝てるかどうかだぞ。しかも炎のブレスを吐かれたら油の服など一瞬で燃え尽きるだろうに。存在そのものが怪しくないか」
「フォニックス様、人は見かけによらないものです。それにカイル・オルタード様といえば、伝説の勇者隊を結成した天才軍師。自ら戦うことはまずありません」
グノーが言うように、軍師が先頭を切って戦うはずもない。
「それではなぜこんな重たそうな盾を持っていたわけ。明らかに戦うためよね。身を守るにしても、とてもこれを持ち上げられそうにない筋肉じゃない」
女剣士ルドミラは不思議そうな表情を浮かべている。確かに金属製のラウンドシールドを持つには物足りない筋肉ではある。だが戦場で指揮をするのであれば、これに隠れられれば最低限の守りにはなるだろう。
「皆様、傷はほとんど治癒できました。カイル・オルタード様に目を醒ましていただきます」
エルドールが気付け薬の瓶を開けて男性の鼻元へ持っていた。
(第1章B1パートへ続きます)
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