第1章 異世界転移

第1話 異世界転移(A1パート)ユニスの深き森

 ユニスの深き森を巡回していたアキは得体のしれない胸騒ぎを覚えていた。

 レイティス皇国ソフィア皇女付きの親衛騎士団長であり、幼い頃から姉妹同然に育ってきたソフィアが今苦難の日々を過ごしている。

 原因は先皇の死による政治的な混乱にあった。


 宰相のエンニオが「ソフィア皇女に政治は任せられない」として独裁権を手中に収め、あろうことかソフィア皇女の殺害を騎士団に指示したのである。

 親衛騎士団はソフィア皇女を皇都から連れ出して皇国南部に広がる手つかずの森林ユニスの深き森へ潜伏することとなった。

 なんとかしてエンニオに懲罰を加えてソフィア皇女の復権を果たしたいところだが、エンニオはユニスの深き森を包囲して外へ出ることを阻んでいる。

 このままではソフィア皇女はこの森の中で死を迎えるしかなくなってしまう。


 危機的な状況を打破するには、すぐれた知恵の持ち主が不可欠だ。過去の六勇者が助けに来てくれればなんとかなるかもしれない。

 賢者のナジャフ、魔導士のカセリア、聖女のエイシャ。いずれかが助けてくれれば打開できるはずだ。

 しかし森を出て助けを呼びに向かった兵が戻ってくることはなかった。それだけ強固な包囲網である。おいそれと森を出ることはできないのだ。


「ソフィア様、もはや宰相の包囲網を破るのは不可能です。国境を越えるより手段がございません」

 賢者のグノーが提案してきた。彼は先の大賢者ナジャフの弟子である。知識の豊富さは皇国屈指だ。


 幸いユニスの深き森は皇女の所領の一部であり、隣接する国境を越えると、婚約者であるユリウス公子の所領が存在している。

 エンニオが反逆してソフィア皇女をユニスの深き森へと追い込んだのは、暗に隣国のセラフ公国へ亡命しろと迫っているのだろう。

 だが、迂闊に亡命するわけには行かない。それは皇国民を見捨てることと同義であり、「ソフィア皇女に政治は任せられない」というエンニオの主張を肯定することになってしまうからだ。

 だからソフィア皇女を国外へ連れ出すのはためらわれた。


「アキさん、お話ししたいことがあります。ふたりきりになれる場所に行きましょう」

 ソフィア皇女の真剣な声音を耳にして、アキはそれを受諾した。


 愛馬にソフィア皇女を乗せて滝まで駆けていく。ここなら滝の音にかき消されてふたりの会話を盗み聞きすることは難しい。


「アキさん、これから皇家に伝わる秘術を試してみようと思います」

「皇家に伝わる秘術、ですか。それはもしかして英傑を召喚するというものではありませんか」

「はい、現状を打破するにはこれしか手段がありません」

「確かにそうですが、なんぴとをもって苦難に当たらせるおつもりですか」

「それがまだわからないのです。」


 過去の六勇者のうち夭折したふたり、戦士のトルーズと女剣士レフォアのいずれかを呼び出しても、個人の武でどうこうできる状況にはない。

「大賢者のナジャフ様がいればどうにかなるかもしれませんが」

「現在生きている人を呼び寄せることはできません」


 今最も必要とするのは、大賢者のナジャフに匹敵する駆け引きの天才である。

 弁舌でエンニオを打ち負かさなければ、皇女の安全は確保できない。


「それでは今生きておらず、かつナジャフ様以上の交渉術の達人ということになりますが、そんな都合のよい人物がいるでしょうか」

「候補がいないわけではないのです。ただ、その者がこの世界で生きていないという根拠がありません。もし今生きていなければ、最もすぐれた人物であることは確かです」

「そんなに都合のよい人物がいるのですか」


 ソフィアは表情を固くした。

「先皇が最も信頼した天才軍師のカイル・オルタードです」


「カイル・オルタードといえば、一か月采配を振っただけで悪魔に目をつけられたプレシア大陸の混乱を収めた人物ですね。確かに才は申し分ないと思いますが。その人物は死んでいるのでしょうか」


「私は少なくともこの世界にはいないと見ています。そもそも大陸に突如現れて、突如去っています。それ以後姿を見た者がいないということは、別の世界へ向かったのだろうと想像がつきます」

「他の国や大陸へ向かった可能性はありませんか」

「もしそうだとしても、そんなに長い間その国や地域、大陸で暮らしているとは考えづらいのです」


「わかりました、姫様。カイル・オルタードにすべてを懸けましょう。秘術に必要なものがあれば、今すぐ持ってこさせますが」

「斎戒沐浴だけでじゅうぶんです。この秘術は皇家の血による契約で成り立っています。現状、私以外が召喚術を扱うことはできません」

「まさに最後の切り札ですね。それではすぐに始めましょう。幸い清らかな水は滝で代用できるでしょうから」


 呼び寄せる英傑を大軍師カイル・オルタードに決定し、ソフィア皇女は禊を済ませて召喚の儀式を催した。


「皇国の歴史における英傑として、カイル・オルタードをここに召喚致します。カイル・オルタードはわが呼びかけに応えよ」


 ソフィアが祝詞をあげると、彼女の体が輝き出した。

 これが皇家の血に受け継がれた契約の力なのだろうか。輝きが収まるとソフィア皇女はその場で崩れ落ちた。


「姫様。お気を確かに」

「カイル・オルタードは呼びかけに応じたようです。しかしこの場所に導くことはできませんでした。ですがおそらくユニスの深き森にはいるはずです。その者をただちに見つけ出してください」

「わかりました。それではただちに親衛騎士団に命じて森をくまなく捜索致します」

 そう言うと、ソフィア皇女を抱きかかえて馬に乗せ、皆の待つ宿営地まで駆け戻った。


「アキ隊長、どちらにおられたのですか。急にソフィア皇女と消えられたので大騒ぎでしたよ」

「すみません。どうしてもふたりで話したいことがありまして。それより親衛騎士団に命令です。このユニスの深き森でひとりの人物が倒れているはずです。それを見つけ出してください」


「その者は敵ですか味方ですか」

「味方になるはずです。もしその者が敵になれば、われらは勝てるはずもありません。それほどの逸材です」


 親衛騎士団をユニスの深き森の隅々まで巡回させて、カイル・オルタードの発見と保護を優先しなければならない。ソフィア皇女の護衛を団員に任せるとアキも自ら愛馬を駆ってカイル・オルタードの探索に向かった。





(第1章A2パートへ続きます)

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