28 探索五日目

 探索五日目。

「なんか雰囲気が悪くない?」

「さっき宿のおじさんに聞いたら黒騎士、夜のカードゲームでズタボロに負けたらしいよ」

(そのせいかー。サイモンがものすごい顔してる……)

 

「ここ二日地震もなかった。今日は最初の洞窟に行く」

 命令して来た。


 最初の洞窟に辿たどり着いて中へと階段を降りて行くと、今まで無かったはずの川ができていて、洞窟内を流れている。小さな水流は探索二日目にクロシドとセレたちが潜った奥の洞窟の方から流れている。

「水が出ている方へ行ってみましょうか。何か変わっているかもしれません」

 クロシドの提案で、今日は皆で行くことにする。

 サイモンだけは洞窟の入り口で待機しているが。よほど地震が怖いのだろう。


 こちらの洞窟は人一人が立って通れるくらいの道だ。足元の水も、ざあざあと音を立てている割には、どこに貯まるでもなく吸い込まれて行く。

 奥へ進んでいくと、崩落ほうらくが起きていた。

「やはり、水のせいで崩れています。戻りましょうか?」

「待ってください!」

 セレがクロシドを引き留めた。

「この奥、ここから匂いがするんです!」


 そのセレの一言で、皆が一丸となって水が湧き出している場所を掘り始めた。

 掘るごとに更に水が染み出し、『崩れるのでは』という恐怖感が先立つ。

 イネスとクロシド、ヘイリーが連携して、どんどん掘っている。

 すると――――

 バゴォッと大きな石が外れて、細かい砂利のような層が現れた。

 セレの鼻はいよいよ獲物が近いことを告げている。


「そこ、そこにあります!」

 宣言した。

 砂岩の層にはさまった細かい石が詰まったところに、照明石のライトに照らされて、一瞬チカリと赤い光が輝いた。

「あっ、それ!」

 イネスの手がその結晶を慎重に掘り出す。

 ポコッ。

 母岩に包まれた大きな赤い結晶が取り出された。

 イネスはそれを流れている水で洗うと、ヘイリーに手渡した。


 ヘイリーはその妖しく輝く結晶を受け取ると、革袋に入れふところにしまった。

 そして、皆に聞こえるように言った。

 

「いいですか、皆さん。このことは決してサイモンに知られてはなりません。あの者は殺し屋です。魔石が見つかったら、皆を始末して石を持ち帰るように密命みつめいを受けています」

 ヘイリーの言葉に、クロシドの顔に戸惑いの表情が浮かんだ。


「このまま探索を続けている振りをして、少しずつ戻っていきましょう。何なら少し休んでも良いですし」


「君は、サイモンことを知っていたのかい?」

 クロシドがそっとセレに尋ねて来た。

「知りませんでしたけど。でも、怪しいなって思ってました」

「このまま、無事に帰れるのかい?」

「帰れたらいいですけど……」

「でも、イネスとヘイリーさんとマクスエルさんは味方だと思います」

「そうか……」


 一行はいつも通り夕方まで時間を潰し、今日も何の収穫もなかったとサイモンに告げながら、宿に帰った。

 夕食後、サイモンとマクスエルは他の客と共に食堂に残ってカードゲームを始めた。

 部屋に戻って程なく、イネスがセレとエリスを呼びに来た。

 二人揃って二階の奥の部屋に呼ばれたのだ。


「こんばんは、レディーたち。お久しぶりですね」

 ドアの向こうで待っていたのは、ザイベリー伯爵家のアンドリュー様だった。

 

「アンドリュー様! お久しぶりでございます」

 二人とも身を低くしてご挨拶する。

「今日はお疲れ様でした。念願のものを見つけてくれたのですね。あなたたちの献身にお礼を言います。感謝しますよ」

「そんな、もったいないお言葉です!」

 

貴女あなたたちをお呼びしたのは、今後のことをお知らせするためです」

「今後のこと、ですか?」

「明日、ここを撤退します。貴女あなたたちのことは守りたいと思いますが、知り過ることは危険ですので、あえて教えません」

 そこで一旦アンドリューは言葉を区切った。


「これからの予定を言いますね。

 まず、レディーたちは部屋に戻って静かに休んでください。たとえ、他でうるさい音がしても叫び声がしても、けっして部屋から出て来ないでくださいね。明日の朝には静かになっていると思いますので。ここを引き上げる支度をしておいてくれると助かります。

 ヘイリー、彼女たちを部屋へ送って差し上げて」

「承知しました」

「それでは、レディーたちお休みなさい。けっして部屋を出てはいけませんよ」

 アンドリューがそう言うと、護衛のヘイリーは二人に付き添って、部屋を出て行った。

 

「さて、イネス殿、取引です。

 もうすでに一つ、大変有用な石をいただいてしまったので、要求するのは心苦しいのですが、約束は約束です。渡していただけますか?」

「はい。約束は約束ですので。……ですが、確認させてください。セレとエリスは逃がしてもらえるのですね」


「そんなに心配なら、セレスティン嬢はあなたが連れて逃げるべきでは? ディヤマンドにいたら、どこまでも追われますよ。私ができるのは、外国航路の船に乗せるところまでです。利用価値の少ないエリスライン嬢は、私がどこかのお屋敷にでも潜り込ませましょう」


「……お約束いただき、ありがとうございます。石をお渡しする前に、少しだけ、セレと話をして来てもよろしいですか」

「わかりました。時間を差し上げましょう。ヘイリーが部屋の前にいるはずです。戻るよう伝えてください」

「アンドリュー様のご好意に感謝いたします」


 イネスは部屋を出ると、セレたちの部屋に向かった。

 ドアの前にはヘイリーが番犬のように立っている。

「ヘイリー殿、アンドリュー様が戻って来てよいと仰せです。俺は、少し中の二人に話があります」

「わかりました。……イネス殿、ご武運を」

 なぜ、ご武運を? と疑問に思ったが、とにかく話さなくてはならない。

 

 部屋をノックして『俺だ、イネスだ』と告げる。

 遠慮がちにドアが開くと、セレの青い目が探るように見て来た。

「入って。ヘイリーさんに、どんな音がしても開けないよう言われたので……」

 それではドアを開けてはいけないだろうと思うが、今はおいておこう。


「どんな状況なのか私たち、さっぱりわからなくて……」

「そうだろうな。簡単に説明する」

「お願い」

 セレとエリスは二人してベッドに腰掛け、イネスは椅子を引っ張って来て向かい合いに掛けた。


「俺はザイベリー侯爵、兄のほうだが、に脅されて君たちを連れて来た。聖剣に付けられていた魔石と同じ石を探すためだ。

 セレは石を探すための道具として、エリスは人質として、俺は君たちを誘導する道具としてだ。

 石が見つかった今、俺の必要性は無くなった、捨て石だ。なんなら今後の邪魔になるかもしれないから、俺は消されるはずだ。

 だが、君たちは違う。これからも魔石を探すための道具として利用されるだろう。エリスはセレを手元に留め置くための人質にされる、セレが逆らえないようにな」

「ええっ、そんなぁ!」

「ひどい!」


「だが、俺たちに協力者が現れた。アンドリュー様だ。真意はわからないが兄君とは意見が違うそうだ。俺は生き残るために彼と取引した。自分と、君たち二人の安全を交換条件に願った。

 俺はこの後、スリ・ロータスに帰ろうと思っている。長い道のりになると思うが……。

 問題はセレ、お前だ。お前はもうディヤマンドに帰れない。帰ればディヤマンド中に追っ手が掛かって捕まる。エリスを人質にしてお前を引きり出そうとするかもしれない。こんな状況で言うのはどうかと思うが……お前、セレは俺と旅に出ないか?」

 

(“俺と旅に出ないか?” って言った?)

 

「行きたい……すごく行きたいよ……けど」

 でも、いいのだろうか? このまま行ってしまっていいの?

 父や母、弟や妹……何も言えずに、行ってしまっていいの?

 エリスがセレの目を覗き込んだ。

「セレ……行きなよ。お父さんとお母さん、お祖父じい様にも兄妹にも、私がみんなに話してあげるから、行きなよ!」

「エリス……」

「セレ、世界中へ冒険の旅に行きたいって言ってたじゃない。イネスなら、セレのこと守ってくれるよ。こんなチャンスないんじゃない?」

「でも、エリスに会えなくなっちゃう……」

「大丈夫、生きていればきっと会えるよ!」


「……明日の朝までの猶予はある。出かけられるように準備はしてくれ。これから下でひと騒動あると思うが、絶対出て来るな」


 イネスは言いたいことだけ言って、部屋を出て行ってしまった。


「どうしたのセレ。怖気付いた?」

「……だって、怖いじゃない……人生変わっちゃうんだよ」

「大丈夫だって。勇気を出して一歩踏み出せばいいんだよ」

 エリスはぎゅうっとセレをハグした。

「田舎の道端で、迷子の馬を見つけた時、飼い主を探しに行くのは怖かったけど、セレと出会えた。私はあの時の気持ちを忘れたことないよ」

「エリス……」

「イネスのこと好きなんでしょう。今、手を離したら一生後悔するよ」

「……うん」

 二人は抱き合って泣いた。

 明日には、別々の道に進まなければならないことがわかっていたけれど、お互いのことを思い合って、涙が止まらなくなった。

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