26 探索三日目

 今朝の黒騎士サイモンはご機嫌だ。

 反対に御者役のマクスエルは憂鬱ゆううつそうな顔をしている。

「どうしたのかしら?」

「さあ?」

 よく眠れて活力のあふれているセレとエリスが、この二人の対照的な姿に疑問を投げかける。

 イネスはサイモンの姿を見て、昨夜の作戦の成功を確信した。


 探索三日目。

 昨日話し合った通り、今日は川沿いに探索を進める。

 マウント・エルリアの裾野を西に向かって馬車を走らせ、川に巡り合ったところで馬車を停めて河原に降りていく。

 赤茶けた大きな石がゴロゴロと川の両岸を敷き詰めている。

 セレは久しぶりに、鼻がヒクつくのを感じた。


 それとなくイネスに近寄って行き、ささやいた。

「イネス、ほかの魔石の匂いがするんだけど……」

「ほかの……?」

「うん……あの石じゃなくて、ほかのなんだけど」

「知ってる石か?」

「知らない……初めての匂い」

「いいぞ、行ってみよう」

 

 二人は離れて、一定の距離を取りながら、上流へ向かった。

 匂いはどんどん強くなっている。

 一行がセレの動きに気がついて、追い始めた。

 セレがエリスに目配せする。エリスはセレを追い越して大きな声で言った。

 

「あっれー? これ何かしら」

 エリスが足元の石を拾う。

 皆がエリスの手元に視線を集中する。


「何かあったのか?」

 サイモンが駆け寄ってエリスが手に持った石を取り上げた。

 その途端に、石からピューッと水が勢いよく出てサイモンの顔を直撃する。

「うわっ、何だっ?」

「あっ、水湧石すいゆうせきだったみたい!」

 サイモンが手を振り回すが、エリスはサッとけた。


 その嘘くさい芝居の後ろで、イネスのマントに隠れたセレが石を拾った。セレはその石をすぐイネスに預けて、何食わぬ顔で離れた。

 この日、こうして目を誤魔化しながら、セレは二つの新しい魔石を拾った。


 後で知ることになるのだが、一つは『振動バイブレーションストーン』、もう一つは『精神石サイコストーン』だった。

 河原をさかのぼって石を探すのは、狭い洞窟の中と違い、寒くはあるが解放的で崩落や有毒ガスの心配もなく気が楽だった。


 エリスはあの後、本当に『水湧石』を拾っていたし、イネスも他に『火焔石』を拾っていた。

「明日の探索もこちらの河原にしますか? けっこう収穫があったようですので」

 クロシドの問いかけに、皆が賛成した。

 馬車は河原を移動する私たちに合わせて、上流へ移動してくれていたので、撤退てったいも楽だった。

 夕食後、セレとエリスは自分たちの部屋へ戻ったが、護衛のサイモンとヘイリーはカードゲームを始めたようだった。


 彼らがゲームにきょうじている間、イネスとマクスエルは二階の奥の部屋にいた。

「作戦は成功のようですね」

 アンドリューがニンマリと口角だけを上げた。

「はい。負けて悔しそうにしてやると、どんどん熱中しておりました」

 マクスエルが報告する。


「イネス殿、今日は何か収穫はありましたか?」

「残念ながら “勝利の石” ではなかったのですが、面白い石をみつけました」

「ほう、面白い、ですか」

 イネスはふところから小さな乳白色の石を取り出した。

「これです」

 イネスは石を差し出す。

 

 アンドリューは初めて見る石に興味をかれたようだ。

「ディヤマンドでは出回っていない魔石だと思います」

 アンドリューは静かにその石を手に取ると、いた。

「これは、どんな石なのですか?」

「『精神石サイコストーン』と言います。人の心をあやつることのできる石です」

「……っ!」

「これを使えば、相手の心の中の辛い思い出を呼び起こすこともできますし、恐怖で支配したり、反対に楽しくさせることもできます。“精神感応が得意な魔石”とでも言いましょうか」


 普段はほとんど感情の起伏を表さないアンドリューが、強く興味をかれたようだ。

「試してみたいですか?」

 イネスが問いかけた。

「若っ、おやめ下さい! どんな影響があるやもしれません」

 マクスエルが止めに入る。

「じゃあ、代わりにやってもらおうか?」

 アンドリューがサラリと受け流すと、イネスに尋ねた。

「どうすればいい?」

「相手の意識の中を探るのです。明るいほうなら楽しい記憶や意識、暗いほうなら悲しい思い出など、そこに意識を集中するのです」


 アンドリューはその白い石を手の中に握り込むと、石に集中した。

 そして視線をゆっくりとマクスエルの方に向ける。

 マクスエルは緊張で体を強張こわばらせていたが、アンドリューの目にとらわれるとぴたりと動きを止めた。

 すると、なんとも言えない良い表情になったのだ。うっとりするような、そんな表情だった。

 アンドリューは握りしめていた石を放すと、手のひらの上で見つめた。


 どこか遠くを見ていたマクスエルの顔が、いきなり真顔に戻った。

「はっ? 何ですかこれは!」

「何か見えましたか?」

 アンドリューがマクスエルに問いかける。

「は。あの、学院時代の思い出が見えました……その……」

「良い思い出なのですね」

 マクスエルが顔を赤らめている。よほど良い思い出なのだろう。


「わかりました。確かに面白い石です。良いのですか、これを私に渡してしまっても?」

「構いません。アンドリュー様でしたら、この石をうまく使うのではないでしょうか」

 ふ、っとアンドリューは薄い笑みを浮かべた。

「そうですね。君たち探索でがいない間私は暇ですから、これで遊ばせてもらいますよ」

 こわいことをサラッと言う。

「あまり、楽しみ過ぎないでくださいね」

 そう言いおくと、イネスは部屋を出て自分の部屋に向かった。

 すると、廊下でうろうろしているセレに会う。


「どうした?」

「どうした、って……今日拾った石が気になって」

「そうか。……そうだな、まあ来い」

 イネスはセレを連れて自室に戻った。

 簡素な一人部屋には、ベッドと椅子が一脚、小さな机が一つあるだけだ。


 セレに椅子を勧めて、イネスはベッドの端に腰掛けた。

「誰と話してたの?」

 セレのまっすぐな目がイネスを見る。

「君たちに話してなかったが、お忍びでアンドリュー殿が来ている」

「お忍び? ってことは会えないのね、私は」

「それはわからん。そのうち呼ばれるかもな……とにかく、今のところは秘密にしといてくれ。知っているのは俺とヘイリー殿とマクスエル殿だけだ」

「黒騎士とクロシドさんには内緒ってことね」

「そうだ」

 エリスとセレの間に秘密は存在しない。

「わかったわ。……それで」

「これだろ?」

 イネスがその赤黒いカルセドニーのような石をつまんでかざした。


「そう、それ!」

「何だと思う?」

「わかんないけど、触った時、ジンジンしたの」

「ジンジン……ふ、ははは……」

 イネスが笑い出した。

「だけどっ、そんな感じがしたのよ!」

「試してみたいか?」

「もちろんよ!」

「じゃあ、少しだけ……」

 イネスは石を掌の中に握り込むと、セレを見る。

 ジジ……

「やぁんっ!」

 思わずあられもない声が出て、セレは耳を押さえた。

 イネスもその聞いたことのないつやっぽい声に、固まった。


「ごめん……ちょっとだけ鼓膜を揺らしたつもりだったんだが」

「もう何なのよ、その石!」

「これは…… “振動バイブレーションストーン” という石なんだが。……そうか、そんなことにも使えるのか……」

「そ、そんなことって……」

(もうっ、何に関心してるんだか。イネスったら!)

 ちょっと想像してしまい、頬が上気するのを感じた。

 セレは椅子から立ち上がって、イネスに詰め寄った。

「貸して!」

 イネスから石を取り上げると、ギュッと力を込めた。

 ズズズズズ……っと、イネスが座ったベッドごと揺れた。

「わっ……ごめんごめん。もうやらないよ!」

「当たり前です!」

 悪戯が見つかった子供みたいにイネスが謝る様は新鮮で、セレの心をくすぐる。いつもの飄々ひょうひょうとした姿からは想像もできない。


「もういいわ。それで、もう一つの石は?」

「あ、それもごめん。アンドリュー様に……」

「ええっ? 楽しみにしてたのに!」

「ちょっと賄賂わいろ……と言うか。一人で部屋に隠れているのも退屈だろ?」

「……納得はできないけど。渡しちゃったんなら仕方ないわ。でもどんな石かだけは知りたかったわ」

 セレが唇を突き出して、怒った表情を作る。イネスはそれが『可愛い』と思った。

 

 こんな状況でそんなことを思ってはいけないのかもしれない。目的の魔石が見つかれば、自分は殺されてしまうかもしれないというのに……感情というものは、止められないんだな、と思う。


「で、どんな石?」

「ん? ……ああ、あれはある意味、とても危ない石なんだ。“精神石サイコストーン” って言って精神感応が……心を操る石と言えばわかり易いかな」

「……怖いわね。そんな石、アンドリュー様に渡しちゃって大丈夫なの?」

「彼にはこれから、俺たちの味方になってもらわなければならないからね」

「味方って……。確かに黒騎士は味方じゃないわよね」

 いつの間にか並んでベッドに座っていた。

 セレはもう風呂に入ったのか、良い匂いがする。こんな辺境に来ても女の子は女の子なんだな……じっと見つめてしまい、視線をらされる。

 夜半に女の子が男の部屋に一人で来てはいけないだろう。


「エリスが心配するぞ」

 そう声を掛けると、セレは慌てて立ち上がった。

「そうね、戻るわ。また明日」

「おやすみ」

「イネス、ちゃんとお風呂に入ってね」

 子供の面倒をみるお母さんか?

 可愛くて笑いが込み上げる……。

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