25 探索二日目

 今朝は細かい雪がぱらついた。いよいよ寒さがきびしい。

 ここに来て良かったことの唯一が、『毎日温泉に入れる』ことだ。

 洞窟の中では地熱のせいで以外と暖かい。だが、一歩外に出れば、火山地帯といえど冬の寒さが襲ってくる。

(早く終わって、ゆっくり温泉に入りたい……)

 セレの正直な心の声だ。


 探索二日目。

 昨日と同じ洞窟の、もっと先まで行ってみることになった。

 昨日の探索では、鉱床こうしょう鉱脈こうみゃく片鱗へんりんも見つけられていない。


「クロシドさん、この洞窟はどこまで続いているんですか?」

 エリスが尋ねる。

「誰にもわからんのだ。洞窟は枝分かれしてずっと奥まで続いている。探索も、最初の頃こそ資金が潤沢じゅんたくで人も沢山雇っていたが、資金援助も途絶えてしまって、もうここには俺しかいない。俺が知っているのも、この先の先くらいまでだ」

「そうなんですか……」

「ヘリオドールが……ディヤマンドの王妃様が探して欲しいと言っていると聞いて、思わず手を挙げてしまったんだが……」

 

 セレとエリスはクロシドの切ない思いを感じた。一緒に育った大事な妹が他国へ嫁入りし、困っていると知れば何でもできることをしてあげたいと思うのは当然だろう。もし、そこに兄妹きょうだい以上の想いがあれば尚更なおさらだ。


 足元をちょろちょろと水が流れている。大した量ではないが水が出るところは、それがきっかけで崩れやすい。

 岩の間から湧いてくる水は、少し温泉成分も含んでいるようだ。

「温泉のガスが出ているかもしれないわ。ここから一度戻りましょう」

「同感だ」


 ゴゴゴゴゴゴ……


 その時、地鳴りがして地の底から振動が伝わって来た。

「地震……!」

 昨日の夜中にも短い地震があったが、この洞窟の中で聞くとかなり怖い。

「戻るぞ!」

 クロシドが二人を連れて引き返す。


 照明灯が揺れて足元がよく見えない。あっ、と思ったらつまづいて転んだ。

「キャッ!」

 倒れ込んだエリスを、クロシドが肩に担ぎ上げた。エリスは先に立って足元を照らす。大急ぎでロープ伝いに最初のドームのところまで駆け戻った。

 他の方向に進んでいたイネスとヘイリーがもう戻っていた。

 細かい揺れはまだ続いている。


「セレッ! 大丈夫か? ここから出るぞ!」

 イネスの呼ぶ声が聞こえた。

「はいっ!」

 全員、急いで洞窟の上まで避難した。

「おいっ、何だこの地震は!」

 上で待っていたサイモンが狼狽うろたえている。


 一行は地震が収まるまで、馬車のところへ戻って休むことになった。

「皆さん、ご無事ですか?」

 御者役のマクスエルが声をかける。

「こわかったぁ」

 エリスの顔が青ざめている。

 ディヤマンド王国では地震が起こることはほとんど無い。

 地質自体がとても古いのだ。あっても古い火山で火山活動をほとんどしていない。なので、地面が揺れるということに免疫がないのだ。

 

「地震活動が少し落ち着くまで、洞窟はもぐれませんね。今日はもう戻りましょう」

 クロシドにそう言われては、皆納得するしかなかった。何より、地震も噴火も怖い……。


 宿に戻って明日からの対策を練る。

「今のところ地震だけで、噴煙ふんえんなどは上がっていません。洞窟ではなく、もう少し別の場所を探ると言うのはどうでしょうか?」

 クロシドの提案にサイモンが噛みついた。

「そんな悠長ゆうちょうなことを言ってどうする! 地震などいつもの事なのだろう? 俺はさっさと終わられて帰りたいんだ。危ないなら、あの娘を一人で行かせればいいだろうが! あやつしか匂いがわからんのだからなっ」


 ……まったく最低なやつだ。人を何だと思っているのだ。

 皆のあきれた目がサイモンに注がれる。自分は洞窟の入り口で番をしているだけなくせに……。

 

「まあまあ、探す場所が洞窟だけとは限りませんよ。俺の経験ではこういった地形の変わりやすい場所では、古い鉱脈が隆起したり崩れたりして、川に流れ込むということがよくあります。明日は、河原を中心に探してみませんか?」

 イネスが代案を出してくれた。さすがはイネスである。


 この日、セレとエリスはゆっくりと温泉に入り、温かい体のままぐっすりと眠ることができた。

 夜遅く、二階の一番奥の部屋にまたイネスとヘイリー、マクスエルが集まっていた。話の中心にいるのは、無論アンドリューである。


「まったくあのサイモンの言い方には、嫌悪けんおすら覚えます」

「まさに騎士の風上にも置けぬ暴言です」

「二人とも。つまらぬことに感情を傾けるな」

 アンドリューにいなされて、二人の従者が恐縮する。

「申し訳ございません、若様」


「あやつが仕事熱心でないことは良いことでもある。ただ、あまり時間が掛かり過ぎると、変な関心を引くかもしれない。こちらに疑いの目を向けさせないよう、何かデコイでも泳がせようか……」

「俺に一つ案があります」

 イネスが声を上げた。

「何か考えついたのですか、イネス殿」

「はい。ここには美味しい酒があるので、サイモン殿に薦めてみたのですが、酒はたしなまないということでした。その点を買われて抜擢ばってきされたのかもしれません。それに、あいにくこの場所には娼館も無いので、女を当てがうということもできません。ですが夜、宿の方たちとカードゲームをしているのを見かけました。ああゆうゲーム性のあるものが好きなのかもしれません」


 アンドリューは黙って聞いていたが、なにか考えるように顎に手を当てた。

「そうか、それは面白いことを聞いた。さっそくこれから試してみよう。マクスエル、いいかな………」

 アンドリューはマクスエルに何やら作戦を伝えると、金を持たせて部屋から送り出した。

「今夜はお試しだな……」

 アンドリューはそう小さく呟くと、口元だけで微笑わらった。

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