24 探索一日目

 季節は冬だと言うのに、地熱のせいで足元の草にも新芽が出ている。

 魔石探索一日目。


 馬車に分乗した一行は、とりあえず馬車で行けるところまで行き、そこから徒歩での行軍となる。

 まばらに若木の生えた森を抜けると、そこからは馬車道がない。降りて歩くことになった。ガイドのクロシドを先頭に、黒い溶岩がバリバリに固まった山道を登っていく。溶岩はさまざまな形をしていて、まるで人型のように立ち上がっている。もっと大きな岩の塊のような物もあるし、小さな物もあって全体が黒い。

 

「ここは、いつ溶岩が流れたんですか?」

 ヘイリーがクロシドに尋ねている。

「二十年ほど前だったと記憶しています。当時は “半世紀は草木も生えないだろう” と言われていたのですが、そんなこともなかったですね」

 なるほど、よく見れば溶岩の上にもうっすらとこけのような物が生え、隙間にも草が生い茂っている。この調子なら、木が育つのも遠くない未来だろう。

 三時間ほど歩いたところで、脇道にれた。ここからは本当にクロシドの案内なしには進めそうもない。しばらく右に左にくねくねと獣道のようなところを進んで行った。


「ここです!」

 先頭を行くクロシドが手を挙げた。

 人型溶岩の森の間に、大きな穴が空いている。

 入り口は木材の太いはりが組まれていて、入りやすいように階段状に段がつけられている。やはり、以前から探してくれていたのだ。


「中は広いんですが、入り口が狭いので気をつけて」

 そう言われて、一人ずつ順番に降りる。


 暗い地中に空間が広がっていた。皆、背中に背負った荷物を下ろして、照明灯を出した。白い照明石の光が洞窟を照らすと、確かに中がかなり広いということがわかった。

 イネスがセレに話しかける。

「セレ、なんか匂うか?」

 全員の目線がセレの方を向いた。


 セレは歩いている最中も、洞窟の前に立った時もずっと、どこかから何か魔石の匂いがしないか気にしていたが、こう答えるほかなかった。

「ううん……何も匂わないわ」

「しっかりげっ! そのために来たのだぞ!」

 とサイモンに怒鳴られた。

(そんなこと、わかってる。でも、匂わないものは匂わないの!)

 セレは心の中で反発の声を挙げた。


「まあまあ、まだ来たばかりじゃありませんか。それにここはかなり奥がありそうですよ。慌てず参りましょう」

(ありがとうヘイリー様。本当にいい方ですね!)

 心の中で感謝した。


 クロシドはロープを出すと、近くの岩に結んだ。

「ここからは狭いので、別れて探索しましょう」

 イネスも手慣れた様子でロープを岩に結えている。


「俺は外を見張る。何かあったら知らせろ。何かなくても昼には一旦戻れ」

 そう言うと黒騎士サイモンは、洞窟から出て行った。

 セレとエリスは顔を見合わせて、うなずいた。

「あんなやつ、いなくなって良かったね」

「ほんと、ほんと」


「俺は探索に慣れているから、ヘイリー殿と行きます。セレとエリスはクロシド殿に付いてくれ」

 イネスがそう言うと、一行は二手に別れて別の方向に進んだ。


「あの……さっきの騎士殿が言っていたのは……?」

 クロシドが遠慮がちにいてきた。

「あたし、魔石がでわかるんです!」

「えっ? ……匂い、ですか?」

「はいっ! 匂うんです」

 

 エリスが援護してくれる。

「セレちゃんは、小さい頃から魔石がそばにあると匂いでわかるんですよ」

「お医者のお祖父じい様が、“脳が魔石を嗅覚でとらえているんじゃないか” って言ってました」

「ああ、それで……」

 クロシドはそこでようやく納得がいった。

 何故、この二人がここに連れて来られたか、その理由がわかった。


「それで、昨日は言わなかったんですけど。……クロシドさん、私たちここに来る前、王妃様にお会いして来ました」

 先を歩いていたクロシドの歩みが止まった。

「今、何と……?」

「私たち、この前王宮に行ってお会いしたんです、王妃様に」

 クロシドがごくんとつばを飲み込んだ。

「……お、お元気、でしたか?」

 振り向いたクロシドのその切なそうな表情に、セレもエリスも何かを感じた。

 これは……『訳あり』なのだと。


「お元気そうでしたよ」

「私たちのことを心配してくれて」

 セレとエリスが交互に言葉を投げかける。

「そうですか……」

 黒髪とひげに挟まれた青い目に、涙が浮かんだ。


「お知り合いなのですね」

「……母が王家の乳母うばなので、俺とは乳兄妹ちきょうだいなんです」

「そうなんですか……」

「長いことモルガニアに行ってない、っておっしゃってたのものね……」

 クロシドは涙を拭くと、顔を上げて言った。

「ありがとう。元気と知って良かった」

 何か人には言えぬ事情があるのだろう。もしかしたら、この魔石探索の仕事を引き受けたのも、そのためかもしれない。

 

 「悪いな、しんみりしてしまって……俺たちもがんばろう」

 気を取り直した彼に付いて、二人は洞窟の奥へと進んだが、その日、セレの鼻が活躍することはなかった。



 その夜、イネスの部屋を護衛のヘイリーが訪れた。

 昼間洞窟の中で話したことを、もう一度話すためである。

 二人は部屋を出て、宿屋の二階の一番奥の部屋に向かっていた。その部屋は二間続きの、宿の中でも一番広い部屋だ。

 コンコンコン。

 ドアを叩くと、こたえるように内側からドアが開かれた。


 見覚えのある男である。

 背の高いその男は腕の立つ護衛だ。

「どうぞお入りください」

 丁寧に招き入れられると、奥の椅子に優雅に掛けている人物が目に入った。


「アンドリュー様、イネス殿をお連れしました」

「ご苦労だったね、ヘイリー」

 王都から数日ぶりの再会だ。

「無事、お着きになられたのですね」

「ああ、なかなか兄上の目を誤魔化すのが大変でね。領地に帰る振りをしなければならなかったよ」


 イネスは、ザイベリー伯爵家の三男のこの少年に、王都で話を持ちかけられた。

 彼の兄であるザイベリー侯爵は、イネスたちに魔石を探すよう申しつけた張本人だが、『仕事が終わった途端に殺すだろう』と言うのが、弟君の見解だ。


 むざむざ殺されるのを待つつもりもないが、こちらはセレとエリスという人質を取られている。そこで、弟君のアンドリューと取引をした。まだ、ディヤマンド王国には入って来ていない、ある魔石との取引だ。

 もしかしたら俺は、この腹黒い兄弟に手玉に取られているのかもしれないが、今はあまり打てる手がない。無いならば、少しでも生き残れる可能性を探っておくべきだろう。


「一日目は様子見だね。……あの案内の男はどうかな?」

「今日のところは率直すなおに仕事をしていたと思います」

「あの男のことを調べてみたが、モルガニアの騎士だそうだ」

「やはり。……立ち居振る舞いから、そのように感じていました」

「そうか、貴殿ならわかるとは思った」

 アンドリューは、ふっと薄い笑みを浮かべた。

 

「明日からは、彼も御者として同行させましょう。イネス、こちらはマクスエルです」

 そう紹介された途端、従者が声を上げた。

「若様、それでは若様の護衛がいないではありませんか」

 アンドリューは静かにマクスエルを見据えて言う。

「私が自分の身も守れないとでも?」

「そのような……失礼いたしました」

 マクスエルは何事もなかったように、引き下がった。

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